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「急じゃないよ。いつも思ってる」
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昨日は……と言っても、時間的には今日なんだけど……
閉店作業をしてる間はずっと、慶は申し訳無さそうにカウンターに座ってた。
そんな慶を、奏太や巴流が気にかけてくれてて、何なら健吾や桐ケ谷さんまでちょこちょこ話しかけたりしてくれてて……恐縮しきりの慶の事を、やっぱり俺は可愛いと思ってしまう。
閉店作業の途中で、健吾に「マジで男にしとくの勿体無いぐらい可愛い」「眺めてたいからちょいちょい連れて来て」とか言われた。
帰り際にもう一度、急に抜けて慶を連れて来る事になった事を謝ると、桐ケ谷さんには「お前がこんなに甲斐甲斐しく世話焼いてんのが新鮮で面白いわ」と言われた。
何だかんだで、みんな、慶を受け入れてくれて…………ほんとに、感謝してる。
俺は、職場や人には恵まれてんなって思う。
~~~~~~~~
今は公園に来たとこ。
池をぐるっと囲んでる造りの大きな公園で、その外周は散歩やジョギングコースになってる。
道幅はかなり広くゆったりしてて、サイクリングにも適してる。
「よし、乗ってみろ」
自転車を買って来た。
朝から家を出て、家から割と近い所にあるでっかい自転車屋で買って来た。
デザインは俺が決めた。
主に慶が乗るから、一応雰囲気と合う物を。
色は慶に任せた。
「これが良い」と、ものの数秒で決めたのは、少し淡いパールオレンジ。
試しに跨ってるのを見て、慶に似合ってる、って思った。
「お給料が出たら半分払うからっ」と何度も念押しして来る慶を軽くあしらって支払いを済ませ、そのまま車に積み込んで、この公園に来た。
自転車に乗る事自体が何年ぶりか、って言ってたから……そもそもちゃんと乗れんのか見ておきたいって思ったから。
自転車買ったはいいけど、乗れませんでした…とかマジ勘弁。
慶が自転車乗ってるイメージも無いし…。
「ほんとひっさしぶりだよ、自転車~」
そう言って慶がパールオレンジの自転車に跨る。
長い足が余ってるけど……届かないより良いか…。
「行くよ?」
「おぅ」
笑顔で俺にそう言って、漕ぎ始めた。
「わっ……、」
出だしは、大きくグラついた。
ハンドルを持つ手もユラユラと定まって無くて、蛇行してる…。
「お前っ、フラフラじゃねぇかっ」
「や、大丈夫っ、勘が戻るまでっ」
「勘ってお前…」
慶の横に付いて走る。
「大丈夫っ、ほらっ」
少し、定まって来たその走りは、勘を取り戻したって様子では無いけど、まぁ一応乗れるんだな、って感じ。
「曲がれんの?」
「え?」
「曲がってみ」
曲がり角、曲がれなかったら困るしさ…。
「ちょっと待って、」
途端にフラつくハンドル捌き…。
ユラユラ揺れたまま何とかグルッと回って見せた。
「ね?」
ね?じゃねぇよ。
グラグラだぞ。
撥ねられる危険性があるぞ。
ヘルメットとサポーターも買えば良かったか…。
直進はだいぶ慣れて来たようで、すんなり走れてる。
ただ、カーブがまだ少し不安ではあるけど……まぁ……一応ちょっとずつマシにはなって来てる。
「侑利くん、乗せてあげようか?」
横を走ってる俺を、後ろに乗せてくれると言う。
どうしようか迷う……コケる可能性大だぞ…。
すんげぇ、調子乗ってる顔してるし…。
「走ってるのしんどいでしょ?ほら、乗りなって」
止まって、後ろに乗るよう促された。
……仕方ねぇか……恐怖心あるけど………機嫌良さげな慶の顔を見ると、乗ってやらないといけない気になって来る。
「じゃあ…」
そう言って、後ろに座る。
「じゃあ行くよ、掴まっててね」
俺を振り返って慶が言う。
「よっ、」
掛け声と共に漕ぎ出したけど……慶より重い俺を乗せてのスタートは、さっき1人で漕ぎ出した時よりも大きくグラついた。
「わーっ」
「ぉわっ」
流石に焦って、思わず慶の肩に掴まる。
「お前、マジ怖いわっ」
「あははっ、ごめ~ん」
何とか軸を保ってスピードに乗り始めた。
冷たい風を受けてなびく慶の髪から、シャンプーの仄かな香りがする。
昨日は、あんな事があったからってのもあって、風呂は一緒に入った。
慶の髪は俺が洗ってやった。
俺はそんな事する奴じゃ無かったんだけどな……
今まで付き合ってる彼女に、髪を洗われる事はあっても洗ってやるなんて事はした事が無かった。
自分でも……慶に甘すぎて引く時があるぐらいだからな……。
「だいぶ慣れた?」
「うんっ」
嬉しそうに返事する。
外周は思ったより長くて、今やっと半分くらい過ぎたとこ。
「代わってやろうか?」
「えっ、乗せてくれんの?」
「良いよ」
緩やかに自転車を止める。
「じゃあ交代」
慶がそう言って、俺と慶は場所を代わる。
「わぁい」
「何で」
「疲れちゃった」
「どんだけも走ってねぇじゃん」
あはは、と笑いながら当たり前の様に俺の腹に腕を回して掴まって来る。
「行くぞ」
「うんっ」
俺は、自転車を漕ぎ始める。
俺だってそんなに自転車に乗る機会ねぇけど……
BIRTHにはスタッフ用の自転車があって、急な買い出しとか何かの時用に誰でも使って良いようになってる。
それに、たまに乗る事があるから、慶よりは上手く乗れるだろう。
少しフラついたものの、すぐ立て直して走り出せた。
「気持ち良いね~」
後ろから、嬉しそうな声がする。
「そだな」
確かに。
寒いけど……何故か嫌いじゃ無い。
「侑利くん、」
「ん?」
「…大好きだよ」
不意に言われた、大好き、という言葉。
「何、急に」
「急じゃないよ。いつも思ってる」
何だよ……どういう気分なんだよ、お前は。
「侑利くんの制服姿、知らなかったから……リベルテに迎えに来てくれた時にね……うわぁ、カッコいい~~って思っちゃった」
「…そりゃどうも」
ちょっと顔がニヤけた。
お前にカッコいいとか言われると……単純に嬉しいじゃねぇか…。
「BIRTHでお客さんの女の人のとこ行った時もさ………その人、俺のだから、って心ん中で思ってたし~」
おい、何だ、どした…。
そんな事、思ってたの?
「何だよ、どしたのお前」
「どうもしないよ、ほんとにそう思ってただけっ」
背中にギューッと抱き付いて来る。
「慶、ちょっと、」
「ん?」
昼前で、割と空いてる外周の途中で自転車を止める。
「とりあえず、」
そう言って、俺は軽く慶にキスをした。
触れるだけの短いキスを、1度では足らず2度。
慶は、キョロキョロと周りを見回してる。
「ちょっとっ、昼間だよ?外だよっ?」
ちょっと焦ってるし。
誰も見てねぇよ。
慶は、突然の事に真っ赤になって俯いてる。
そんな些細な動作も表情も……俺だって全部好きだよ。
……そんな事を考えながら、俺はまた慶を乗せたまま自転車を漕いだ。
~~~~~~~~
リニューアルオープンして2回目の週末。
今日は、前にも来てくれた事のあるバンドがアコースティックライブをしてて、店内はいつもと少し違った雰囲気。
俺は、生演奏が入る日が好きだ。
ジャンルは様々だし、もちろん上手い下手もあるけど、周りを囲んで見てる人が居たり、それを聴きながら飲食してる人が居たり…なんか、生って感じがして良い。
今年は行かなかったけど、昨年の夏は天馬と休みが合った日に少し遠出してフェスに参戦したりした。
高校時代、流行りもあって学際バンドやってたってのもあるんだろうな…。
慶は、あの日から颯爽と自転車でバイトに行っている。
だいぶスムーズに乗れるようになったみたいで、徒歩との時間の違いに「自転車サイコー」とか調子良い事言ってた。
自転車を買った日は、俺が休みだったから敢えて自転車では行かず俺が送迎した。
その時に初めて慶の会社の場所を知ったけど……大通りから会社までの道は、慶が言った通り夜は人通りも無くて暗く、こんなところで慶があんな目に遭ったんだって思ったら、やっぱりあの変態野郎を捕まえて殴り飛ばしてやりたいって思った。
歩いたら割とかかる工場から大通りまでの距離も、自転車だと2分くらいで抜けれるらしい。
自転車だからって絶対じゃないけど、徒歩で行かれるよりはだいぶ俺の気分的にも安心出来る。
「侑利、カウンターにお客さん来てるって」
大和にフロアでそう言われて、カウンターに戻る。
「あ、」
リベルテのスタッフだ。
1人は三上という見習いで……もう1人は店長の…
「あ、この前はどうも」
カウンターに入る前に俺に気付き2人とも揃ってスツールから立ち上がる。
美容師っていう客商売だからか、そういう動きは迅速で丁寧だ。
「いえ、こちらこそすみません、ほんとにご迷惑かけました」
俺も丁寧に頭を下げた。
「いえ、全然。あの…この前名刺貰ったのに、すみません」
そう言って、店長が俺に名刺を差し出した。
「店長の瀬戸です、挨拶が遅れてすみません」
「いえ、そんな」
店長だというだけあって、ちゃんとしてる。
「来てくれたんですね」
「ほんとに来てすみません」
「いえいえ、来て欲しかったんで。今日は奢ります」
「や、それは困ります。がっつり食べようとしてるし」
ははっ、と笑いながらも、2人で思いっきり遠慮して来る。
「でも、ほんとに、この前のお礼させて下さい」
「お礼して貰うような事は何もしてないですよ」
このままでは纏まらないと思ったので…
「じゃあ、半分はどうですか?」
「………あぁ……それなら…お言葉に甘えて」
交渉成立。
「あはは、決まりましたね」
2人もホッとしたように笑う。
俺に全額奢られるのも、気が引けるんだろうな…。
「注文して貰ってますか?」
「あ、飲み物だけ」
2人の前にフードメニューを広げて置く。
*三上尚人side *
羽柴さんが超絶美人なら、久我さんは超絶イケメンだ…。
どの角度から見てもイケメン以外の言葉が見当たらない。
テーブル席は満席で、カウンターに来たけど……ここに注文を確認しに来たりしてるどのスタッフを見ても……イケメンしか居ない。
何だよ、ここっ。
肩身狭いわっ。
とりあえず、久我さんが広げてくれたメニューを見る。
バーなんだけど、随分俺が想像してたバーとは違ってて……レストランの感じもあるし、バンドとか来ててライプハウス的な要素もあるし……とにかく、すごく人気がある店だってのは分かる。
「侑利、指名だよ」
その声に顔を上げると、やっぱり溜息の出るような男前が居た。
こうもイケメンだらけだと、感覚おかしくなりそうなんですけど…。
「あ、天馬」
「ん?」
「こちら、注文決まったら健吾に通しといて」
「はいよ」
「この前、慶の事でお世話になったヘアサロンの店長の瀬戸さんと、スタッフの三上さん」
久我さんが丁寧に説明してくれてる。
「あぁ、どうも、初めまして。黒瀬です。友達がお世話になりました」
今度は、黒瀬という超男前に挨拶とお礼を言われ、また俺達もお辞儀する。
羽柴さんの周りは……イケメンだらけなんだなぁ……。
やっぱ、俺らとは次元が違うよ…。
久我さんは「指名」と言われ、カウンターを後にした。
代わりに黒瀬さんが俺らの前に立つ。
……この人は、久我さんよりも長身で……きっと、モテる為に生まれて来たような人なんだろう…。
「あ、じゃあこれを2つ」
店長と偶然一致したのは、カレー。
野菜と肉がゴロゴロ入ってて、トッピングされてる温玉がなんとも食欲をそそる感じの一品。
「めっちゃ美味いですよ、これ」
男前が俺らのチョイスを褒めてくれて……何故か俺も店長も喜んでしまった。
何だよ、これは…。
黒瀬さんが、厨房へオーダーを通す。
「美容師さんなんですよね」
再び俺らの前に立ち、そう言った。
「はい。あ、こっちは、」
「あ、俺はまだ見習いです」
業とらしく頭を掻きながら言う。
「でも、将来は美容師さんでしょ?」
「そうなれると良いんですけど」
「美容師さんってほんと尊敬します」
こんな男前に尊敬されるなんて、有り得ない。
「俺、待ってる間とか、他の人切ってんの結構見てんですけど、美容師さんってすげぇ速さで切ってくでしょ?」
「あぁ、確かに速さはありますね」
「あれがほんとすげぇって思います。俺なんか、昔ちょっとだけだからって思って自分で切ってみたけど、どこをどう切ったら良いのか分かんないし、鏡なんか見ながら切った日にはもう、ちょっとプチパニックで、」
「ははっ、それみんな言いますよ」
確かによく聞く。
数少ない女性のお客さんも、アレンジしようとしても鏡見てるとどう手を動かしたら良いのか分からなくなる、ってよく言ってる。
それが出来なくて伸ばすの諦めて切りに来る人とか。
「だから、もう髪は絶対プロに任せるって決めました」
男前な笑顔で笑う。
こんな顔で笑われたら、俺も落ちそうだわ………
って違う違うっ。
「お待たせしました」
厨房から、黒瀬さんの更に上を行く長身のスタッフさんが出て来て、俺らの前にカレーとセットのサラダを置いてくれた。
「天馬、指名~」
「あ、じゃあ、ごゆっくりどうぞ」
久我さんに続いて、黒瀬さんも「指名」と言われカウンターを出て行った。
想像するに、きっと、客がお気に入りのスタッフを指名して、その人に何かサービスでもしてるんだろう…。
「凄い世界ですね」
「…そだな」
「イケメンばっか。ここの人みんなにカットモデル順番に頼んだら、俺あんな苦労しなくて済むんですけど」
「ははっ、確かに」
こんだけイケメンが集まってんだから。
そんな事を思いながら、目の前の美味そうなカレーを食べ始める。
閉店作業をしてる間はずっと、慶は申し訳無さそうにカウンターに座ってた。
そんな慶を、奏太や巴流が気にかけてくれてて、何なら健吾や桐ケ谷さんまでちょこちょこ話しかけたりしてくれてて……恐縮しきりの慶の事を、やっぱり俺は可愛いと思ってしまう。
閉店作業の途中で、健吾に「マジで男にしとくの勿体無いぐらい可愛い」「眺めてたいからちょいちょい連れて来て」とか言われた。
帰り際にもう一度、急に抜けて慶を連れて来る事になった事を謝ると、桐ケ谷さんには「お前がこんなに甲斐甲斐しく世話焼いてんのが新鮮で面白いわ」と言われた。
何だかんだで、みんな、慶を受け入れてくれて…………ほんとに、感謝してる。
俺は、職場や人には恵まれてんなって思う。
~~~~~~~~
今は公園に来たとこ。
池をぐるっと囲んでる造りの大きな公園で、その外周は散歩やジョギングコースになってる。
道幅はかなり広くゆったりしてて、サイクリングにも適してる。
「よし、乗ってみろ」
自転車を買って来た。
朝から家を出て、家から割と近い所にあるでっかい自転車屋で買って来た。
デザインは俺が決めた。
主に慶が乗るから、一応雰囲気と合う物を。
色は慶に任せた。
「これが良い」と、ものの数秒で決めたのは、少し淡いパールオレンジ。
試しに跨ってるのを見て、慶に似合ってる、って思った。
「お給料が出たら半分払うからっ」と何度も念押しして来る慶を軽くあしらって支払いを済ませ、そのまま車に積み込んで、この公園に来た。
自転車に乗る事自体が何年ぶりか、って言ってたから……そもそもちゃんと乗れんのか見ておきたいって思ったから。
自転車買ったはいいけど、乗れませんでした…とかマジ勘弁。
慶が自転車乗ってるイメージも無いし…。
「ほんとひっさしぶりだよ、自転車~」
そう言って慶がパールオレンジの自転車に跨る。
長い足が余ってるけど……届かないより良いか…。
「行くよ?」
「おぅ」
笑顔で俺にそう言って、漕ぎ始めた。
「わっ……、」
出だしは、大きくグラついた。
ハンドルを持つ手もユラユラと定まって無くて、蛇行してる…。
「お前っ、フラフラじゃねぇかっ」
「や、大丈夫っ、勘が戻るまでっ」
「勘ってお前…」
慶の横に付いて走る。
「大丈夫っ、ほらっ」
少し、定まって来たその走りは、勘を取り戻したって様子では無いけど、まぁ一応乗れるんだな、って感じ。
「曲がれんの?」
「え?」
「曲がってみ」
曲がり角、曲がれなかったら困るしさ…。
「ちょっと待って、」
途端にフラつくハンドル捌き…。
ユラユラ揺れたまま何とかグルッと回って見せた。
「ね?」
ね?じゃねぇよ。
グラグラだぞ。
撥ねられる危険性があるぞ。
ヘルメットとサポーターも買えば良かったか…。
直進はだいぶ慣れて来たようで、すんなり走れてる。
ただ、カーブがまだ少し不安ではあるけど……まぁ……一応ちょっとずつマシにはなって来てる。
「侑利くん、乗せてあげようか?」
横を走ってる俺を、後ろに乗せてくれると言う。
どうしようか迷う……コケる可能性大だぞ…。
すんげぇ、調子乗ってる顔してるし…。
「走ってるのしんどいでしょ?ほら、乗りなって」
止まって、後ろに乗るよう促された。
……仕方ねぇか……恐怖心あるけど………機嫌良さげな慶の顔を見ると、乗ってやらないといけない気になって来る。
「じゃあ…」
そう言って、後ろに座る。
「じゃあ行くよ、掴まっててね」
俺を振り返って慶が言う。
「よっ、」
掛け声と共に漕ぎ出したけど……慶より重い俺を乗せてのスタートは、さっき1人で漕ぎ出した時よりも大きくグラついた。
「わーっ」
「ぉわっ」
流石に焦って、思わず慶の肩に掴まる。
「お前、マジ怖いわっ」
「あははっ、ごめ~ん」
何とか軸を保ってスピードに乗り始めた。
冷たい風を受けてなびく慶の髪から、シャンプーの仄かな香りがする。
昨日は、あんな事があったからってのもあって、風呂は一緒に入った。
慶の髪は俺が洗ってやった。
俺はそんな事する奴じゃ無かったんだけどな……
今まで付き合ってる彼女に、髪を洗われる事はあっても洗ってやるなんて事はした事が無かった。
自分でも……慶に甘すぎて引く時があるぐらいだからな……。
「だいぶ慣れた?」
「うんっ」
嬉しそうに返事する。
外周は思ったより長くて、今やっと半分くらい過ぎたとこ。
「代わってやろうか?」
「えっ、乗せてくれんの?」
「良いよ」
緩やかに自転車を止める。
「じゃあ交代」
慶がそう言って、俺と慶は場所を代わる。
「わぁい」
「何で」
「疲れちゃった」
「どんだけも走ってねぇじゃん」
あはは、と笑いながら当たり前の様に俺の腹に腕を回して掴まって来る。
「行くぞ」
「うんっ」
俺は、自転車を漕ぎ始める。
俺だってそんなに自転車に乗る機会ねぇけど……
BIRTHにはスタッフ用の自転車があって、急な買い出しとか何かの時用に誰でも使って良いようになってる。
それに、たまに乗る事があるから、慶よりは上手く乗れるだろう。
少しフラついたものの、すぐ立て直して走り出せた。
「気持ち良いね~」
後ろから、嬉しそうな声がする。
「そだな」
確かに。
寒いけど……何故か嫌いじゃ無い。
「侑利くん、」
「ん?」
「…大好きだよ」
不意に言われた、大好き、という言葉。
「何、急に」
「急じゃないよ。いつも思ってる」
何だよ……どういう気分なんだよ、お前は。
「侑利くんの制服姿、知らなかったから……リベルテに迎えに来てくれた時にね……うわぁ、カッコいい~~って思っちゃった」
「…そりゃどうも」
ちょっと顔がニヤけた。
お前にカッコいいとか言われると……単純に嬉しいじゃねぇか…。
「BIRTHでお客さんの女の人のとこ行った時もさ………その人、俺のだから、って心ん中で思ってたし~」
おい、何だ、どした…。
そんな事、思ってたの?
「何だよ、どしたのお前」
「どうもしないよ、ほんとにそう思ってただけっ」
背中にギューッと抱き付いて来る。
「慶、ちょっと、」
「ん?」
昼前で、割と空いてる外周の途中で自転車を止める。
「とりあえず、」
そう言って、俺は軽く慶にキスをした。
触れるだけの短いキスを、1度では足らず2度。
慶は、キョロキョロと周りを見回してる。
「ちょっとっ、昼間だよ?外だよっ?」
ちょっと焦ってるし。
誰も見てねぇよ。
慶は、突然の事に真っ赤になって俯いてる。
そんな些細な動作も表情も……俺だって全部好きだよ。
……そんな事を考えながら、俺はまた慶を乗せたまま自転車を漕いだ。
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リニューアルオープンして2回目の週末。
今日は、前にも来てくれた事のあるバンドがアコースティックライブをしてて、店内はいつもと少し違った雰囲気。
俺は、生演奏が入る日が好きだ。
ジャンルは様々だし、もちろん上手い下手もあるけど、周りを囲んで見てる人が居たり、それを聴きながら飲食してる人が居たり…なんか、生って感じがして良い。
今年は行かなかったけど、昨年の夏は天馬と休みが合った日に少し遠出してフェスに参戦したりした。
高校時代、流行りもあって学際バンドやってたってのもあるんだろうな…。
慶は、あの日から颯爽と自転車でバイトに行っている。
だいぶスムーズに乗れるようになったみたいで、徒歩との時間の違いに「自転車サイコー」とか調子良い事言ってた。
自転車を買った日は、俺が休みだったから敢えて自転車では行かず俺が送迎した。
その時に初めて慶の会社の場所を知ったけど……大通りから会社までの道は、慶が言った通り夜は人通りも無くて暗く、こんなところで慶があんな目に遭ったんだって思ったら、やっぱりあの変態野郎を捕まえて殴り飛ばしてやりたいって思った。
歩いたら割とかかる工場から大通りまでの距離も、自転車だと2分くらいで抜けれるらしい。
自転車だからって絶対じゃないけど、徒歩で行かれるよりはだいぶ俺の気分的にも安心出来る。
「侑利、カウンターにお客さん来てるって」
大和にフロアでそう言われて、カウンターに戻る。
「あ、」
リベルテのスタッフだ。
1人は三上という見習いで……もう1人は店長の…
「あ、この前はどうも」
カウンターに入る前に俺に気付き2人とも揃ってスツールから立ち上がる。
美容師っていう客商売だからか、そういう動きは迅速で丁寧だ。
「いえ、こちらこそすみません、ほんとにご迷惑かけました」
俺も丁寧に頭を下げた。
「いえ、全然。あの…この前名刺貰ったのに、すみません」
そう言って、店長が俺に名刺を差し出した。
「店長の瀬戸です、挨拶が遅れてすみません」
「いえ、そんな」
店長だというだけあって、ちゃんとしてる。
「来てくれたんですね」
「ほんとに来てすみません」
「いえいえ、来て欲しかったんで。今日は奢ります」
「や、それは困ります。がっつり食べようとしてるし」
ははっ、と笑いながらも、2人で思いっきり遠慮して来る。
「でも、ほんとに、この前のお礼させて下さい」
「お礼して貰うような事は何もしてないですよ」
このままでは纏まらないと思ったので…
「じゃあ、半分はどうですか?」
「………あぁ……それなら…お言葉に甘えて」
交渉成立。
「あはは、決まりましたね」
2人もホッとしたように笑う。
俺に全額奢られるのも、気が引けるんだろうな…。
「注文して貰ってますか?」
「あ、飲み物だけ」
2人の前にフードメニューを広げて置く。
*三上尚人side *
羽柴さんが超絶美人なら、久我さんは超絶イケメンだ…。
どの角度から見てもイケメン以外の言葉が見当たらない。
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何だよ、ここっ。
肩身狭いわっ。
とりあえず、久我さんが広げてくれたメニューを見る。
バーなんだけど、随分俺が想像してたバーとは違ってて……レストランの感じもあるし、バンドとか来ててライプハウス的な要素もあるし……とにかく、すごく人気がある店だってのは分かる。
「侑利、指名だよ」
その声に顔を上げると、やっぱり溜息の出るような男前が居た。
こうもイケメンだらけだと、感覚おかしくなりそうなんですけど…。
「あ、天馬」
「ん?」
「こちら、注文決まったら健吾に通しといて」
「はいよ」
「この前、慶の事でお世話になったヘアサロンの店長の瀬戸さんと、スタッフの三上さん」
久我さんが丁寧に説明してくれてる。
「あぁ、どうも、初めまして。黒瀬です。友達がお世話になりました」
今度は、黒瀬という超男前に挨拶とお礼を言われ、また俺達もお辞儀する。
羽柴さんの周りは……イケメンだらけなんだなぁ……。
やっぱ、俺らとは次元が違うよ…。
久我さんは「指名」と言われ、カウンターを後にした。
代わりに黒瀬さんが俺らの前に立つ。
……この人は、久我さんよりも長身で……きっと、モテる為に生まれて来たような人なんだろう…。
「あ、じゃあこれを2つ」
店長と偶然一致したのは、カレー。
野菜と肉がゴロゴロ入ってて、トッピングされてる温玉がなんとも食欲をそそる感じの一品。
「めっちゃ美味いですよ、これ」
男前が俺らのチョイスを褒めてくれて……何故か俺も店長も喜んでしまった。
何だよ、これは…。
黒瀬さんが、厨房へオーダーを通す。
「美容師さんなんですよね」
再び俺らの前に立ち、そう言った。
「はい。あ、こっちは、」
「あ、俺はまだ見習いです」
業とらしく頭を掻きながら言う。
「でも、将来は美容師さんでしょ?」
「そうなれると良いんですけど」
「美容師さんってほんと尊敬します」
こんな男前に尊敬されるなんて、有り得ない。
「俺、待ってる間とか、他の人切ってんの結構見てんですけど、美容師さんってすげぇ速さで切ってくでしょ?」
「あぁ、確かに速さはありますね」
「あれがほんとすげぇって思います。俺なんか、昔ちょっとだけだからって思って自分で切ってみたけど、どこをどう切ったら良いのか分かんないし、鏡なんか見ながら切った日にはもう、ちょっとプチパニックで、」
「ははっ、それみんな言いますよ」
確かによく聞く。
数少ない女性のお客さんも、アレンジしようとしても鏡見てるとどう手を動かしたら良いのか分からなくなる、ってよく言ってる。
それが出来なくて伸ばすの諦めて切りに来る人とか。
「だから、もう髪は絶対プロに任せるって決めました」
男前な笑顔で笑う。
こんな顔で笑われたら、俺も落ちそうだわ………
って違う違うっ。
「お待たせしました」
厨房から、黒瀬さんの更に上を行く長身のスタッフさんが出て来て、俺らの前にカレーとセットのサラダを置いてくれた。
「天馬、指名~」
「あ、じゃあ、ごゆっくりどうぞ」
久我さんに続いて、黒瀬さんも「指名」と言われカウンターを出て行った。
想像するに、きっと、客がお気に入りのスタッフを指名して、その人に何かサービスでもしてるんだろう…。
「凄い世界ですね」
「…そだな」
「イケメンばっか。ここの人みんなにカットモデル順番に頼んだら、俺あんな苦労しなくて済むんですけど」
「ははっ、確かに」
こんだけイケメンが集まってんだから。
そんな事を思いながら、目の前の美味そうなカレーを食べ始める。
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「お前といると、楽だ」
次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。
「お前、俺から逃げるな」
颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。
転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。
これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。
続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』
かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、
転生した高校時代を経て、無事に大学生になった――
恋人である藤崎颯斗と共に。
だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。
「付き合ってるけど、誰にも言っていない」
その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。
モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、
そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。
甘えたくても甘えられない――
そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。
過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの
じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。
今度こそ、言葉にする。
「好きだよ」って、ちゃんと。
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