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02-1. デビュッタントの夜
「ルビー殿下……」
伝令からの命令を聞いた侍女が真っ青な顔になった。
「大丈夫よ、あの男が考えそうなことだもの、想定内の出来事よ」
口先だけの言葉ではない。卑小なクファニックならやりかねないのだ。本当に悪い意味で期待を裏切らない。
「どう料理をしてあげましょうか……」
自分の方が格上だと勘違いしている男に、どうわからせようかと思いを巡らす。楽しい陰謀の時間の始まりだった。
* * *
デビュタント当日――。
昼過ぎくらいから新成人たちが順番に国王への拝謁を行い、夕方まで続く。終わると一旦、休憩を挟んで夜会だ。
私は禁止されているから夜会には参加しない……と見せかけて、しっかりドレスを着こんでる。時間を見計らい、阿呆のクファニックに手紙を届けさせた。
ほどなくして怒りを面に出しながら、こちらにやってきた。
――感情的になっても、足取りが荒くならないのは王宮育ちだからかしら?
国王と王妃の間に生まれた嫡子とはいえ、身体で篭絡したような公爵令嬢にあるまじき母を持つクファニック。何年も浮気を続けていた上に爵位が高かったにも関わらず、出来の悪さから元婚約者を側妃として娶るしかなかった無能を父を持つような王子だ。頭の出来も両親と似たり寄ったり。
だからこういった時でも所作が見苦しくないのは意外だった。
「どういうことだ?」
私まであと数歩のところまで近づいたクファニックから苛立ちながら問われたけれど、答える気はなかった。
「どう?」
「良い頃合いです」
護衛騎士の一人に確認を取ると、求めた言葉が返ってきた。唇が弧を描くのを止められなかった。「行きましょう」とにこやかに言うと、踵を返して目的地へと歩き始めた。
「少しの間、黙っていてください。騒いだら……わかりますね?」
次の角を曲がったら終点だというところで足を止めた。
クファニックは憮然としながらも頷いた。
頷くしかなかったというのが、本当のところだけれど。「側近の破滅を見たくなければ、この手紙を持ってきた騎士に案内されること」なんて書かれた手紙で呼び出されたのだから、腹立たしいだろう。
でも言うことを聞くしかない。
「気配を消してくださいね」
一応、年長なので丁寧な言い方をして差し上げた。
こんなところで言い争いになるのが嫌だから、というのもあるけれど。
「何を……見せたい?」
「黙って……」
詰め寄ろうとするクファニックを止めると静かに進む。目的の部屋の前に歩哨よろしく騎士が二人立っている。廊下の両端にも二人ずつ立たせていて、この一帯を封鎖した。
ドアの前に立つと大きく息を吸う。
「キャアァァァァァァァァッ!!」
部屋に入るのと同時に、あらん限りの大声で叫んだ。
同時にバタバタと焦ったような音が続く。
「これですわ」
横に向かって一言。室内がよく見えるように半歩後ろに下がった。
クファニックの顔が驚愕に彩られる。
「…………………………パイロン?」
室内で、いや寝台の上で半裸の女と抱き合っているのは、側近であり親友、そして私に当てがった男だった。
「嵌めたのか!?」
「いいえ、夜会の度に女性と逢瀬をしているのですわ。今回が初めてではありませんよ」
しっかり訂正させてもらう。
女好きなのは、今に始まったことではない。
「毎回、夜会の途中で離席しているでしょう?」
そう言うと、思い当たる節があるのか黙った。
「違います! 女に誘われて……。信じてくれるだろう、クファニック!!」
叫ぶように訴える親友が痛々しい。
「お前が……!」
パイロンを嵌めたのかと問うのに発言を被せてくる。
「何を………………」
言いかけて止まった。思い当たる節があるのだろう。
――当然だわ。
毎回、中座してクファニックの傍を離れている。全てに私が関わっていると思う方がおかしい。そもそも私との婚約が決まる以前からの行動だ。
いつも決まって夜会が盛り上がっているところで抜け、気付いたら戻ってきていた。戻る前に広間でダンスを一、二曲踊り終わってから。友人や親戚などと談話したいのだろうと思うタイミングだ。
「記録がありますよ。何時、誰とどの部屋でお楽しみだったか。注進があってからなので、直近の半年ほどしかありませんが」
パイロンが中座しているのは、もっと前から。
――もしかして。
クファニックが無言で語る。
顔は口ほどにものを言うとはよく言ったものだ。
「事実ですわ」
少しだけ眉根を寄せる。こんな事さえ気づけないのかと、言外に非難を込めて。
「それで、浮気者の側近に妹を投げ与え、不幸にして悦に入りたかったのですよね? 満足ですか?」
「それはお前が……」
「思い込みで、一生を日陰で暮らさせようと? デビュタントを迎えずに嫁入りすることが、どういう意味か解っていて、それでも敢えて行動したのでしょう? 妹を不幸にしたくて」
正式に社交界に出るためにはデビュタントが必要である。
そして既婚者がデビュタントに参加する権利はない。他国でデビュタントした場合は、その限りではないが。
「私を…………憎かったのでしょう? 母親を苦しめた女の娘が」
私怨と親友の引き立て、一石二鳥とでも思っての行動。一生、社交の場に顔を出さずに人生が終わる将来の強要。
浅薄すぎて笑ってしまう。
「たとえ元王女とはいえ、社交のできない女を連れ歩くことはできない。ましてや嫡男に生まれながらの醜聞を与えられない。……立派な理由ですわね?」
親友の浮気を正当化するために、降嫁する異母妹を犠牲にするのが目的だったのかと問う。裏の意味はどれほど情の無い兄なのだという非難。
「それで私を生きながら殺したかった。一撃ではなくこれからの人生ずっと、底辺で苦しみぬいて死なせたいくらい、長く、酷い有様で」
兄と呼ぶのも業腹なこの男に、自分の非道なやらかしの責任を取らせなくてはいけない。
「私と一緒に、二度と陽の下を歩けない身になりますか?」
「……いや、そういうつもりではなかった」
やり返される未来は想像していなかったらしい。阿呆過ぎる。
「では、私一人を地獄に送り込みたかった。高みの見物をして嘲笑いたかったと?」
「そういうつもりでも」
言葉に詰まる。言い返すだけの機転もないらしい。やっぱり阿呆だ。
「単に嫌いだから、誰よりも不幸にしたかった」
「違う……! 私は、正当な評価をしたつもりだったのだ!!」
なるほど。妹は出来が悪くワガママで享楽的だと言いたいのか。
だから正しくあれと矯正し、真人間にしたかったのだ。
無理だったから、これ以上、振り回される人間を減らすために、軟禁生活を過ごさせることにした……。
「随分と独りよがりですわね」
「私は……」
どうしたらいい――――――――?
縋るような眼で見つめられた。
伝令からの命令を聞いた侍女が真っ青な顔になった。
「大丈夫よ、あの男が考えそうなことだもの、想定内の出来事よ」
口先だけの言葉ではない。卑小なクファニックならやりかねないのだ。本当に悪い意味で期待を裏切らない。
「どう料理をしてあげましょうか……」
自分の方が格上だと勘違いしている男に、どうわからせようかと思いを巡らす。楽しい陰謀の時間の始まりだった。
* * *
デビュタント当日――。
昼過ぎくらいから新成人たちが順番に国王への拝謁を行い、夕方まで続く。終わると一旦、休憩を挟んで夜会だ。
私は禁止されているから夜会には参加しない……と見せかけて、しっかりドレスを着こんでる。時間を見計らい、阿呆のクファニックに手紙を届けさせた。
ほどなくして怒りを面に出しながら、こちらにやってきた。
――感情的になっても、足取りが荒くならないのは王宮育ちだからかしら?
国王と王妃の間に生まれた嫡子とはいえ、身体で篭絡したような公爵令嬢にあるまじき母を持つクファニック。何年も浮気を続けていた上に爵位が高かったにも関わらず、出来の悪さから元婚約者を側妃として娶るしかなかった無能を父を持つような王子だ。頭の出来も両親と似たり寄ったり。
だからこういった時でも所作が見苦しくないのは意外だった。
「どういうことだ?」
私まであと数歩のところまで近づいたクファニックから苛立ちながら問われたけれど、答える気はなかった。
「どう?」
「良い頃合いです」
護衛騎士の一人に確認を取ると、求めた言葉が返ってきた。唇が弧を描くのを止められなかった。「行きましょう」とにこやかに言うと、踵を返して目的地へと歩き始めた。
「少しの間、黙っていてください。騒いだら……わかりますね?」
次の角を曲がったら終点だというところで足を止めた。
クファニックは憮然としながらも頷いた。
頷くしかなかったというのが、本当のところだけれど。「側近の破滅を見たくなければ、この手紙を持ってきた騎士に案内されること」なんて書かれた手紙で呼び出されたのだから、腹立たしいだろう。
でも言うことを聞くしかない。
「気配を消してくださいね」
一応、年長なので丁寧な言い方をして差し上げた。
こんなところで言い争いになるのが嫌だから、というのもあるけれど。
「何を……見せたい?」
「黙って……」
詰め寄ろうとするクファニックを止めると静かに進む。目的の部屋の前に歩哨よろしく騎士が二人立っている。廊下の両端にも二人ずつ立たせていて、この一帯を封鎖した。
ドアの前に立つと大きく息を吸う。
「キャアァァァァァァァァッ!!」
部屋に入るのと同時に、あらん限りの大声で叫んだ。
同時にバタバタと焦ったような音が続く。
「これですわ」
横に向かって一言。室内がよく見えるように半歩後ろに下がった。
クファニックの顔が驚愕に彩られる。
「…………………………パイロン?」
室内で、いや寝台の上で半裸の女と抱き合っているのは、側近であり親友、そして私に当てがった男だった。
「嵌めたのか!?」
「いいえ、夜会の度に女性と逢瀬をしているのですわ。今回が初めてではありませんよ」
しっかり訂正させてもらう。
女好きなのは、今に始まったことではない。
「毎回、夜会の途中で離席しているでしょう?」
そう言うと、思い当たる節があるのか黙った。
「違います! 女に誘われて……。信じてくれるだろう、クファニック!!」
叫ぶように訴える親友が痛々しい。
「お前が……!」
パイロンを嵌めたのかと問うのに発言を被せてくる。
「何を………………」
言いかけて止まった。思い当たる節があるのだろう。
――当然だわ。
毎回、中座してクファニックの傍を離れている。全てに私が関わっていると思う方がおかしい。そもそも私との婚約が決まる以前からの行動だ。
いつも決まって夜会が盛り上がっているところで抜け、気付いたら戻ってきていた。戻る前に広間でダンスを一、二曲踊り終わってから。友人や親戚などと談話したいのだろうと思うタイミングだ。
「記録がありますよ。何時、誰とどの部屋でお楽しみだったか。注進があってからなので、直近の半年ほどしかありませんが」
パイロンが中座しているのは、もっと前から。
――もしかして。
クファニックが無言で語る。
顔は口ほどにものを言うとはよく言ったものだ。
「事実ですわ」
少しだけ眉根を寄せる。こんな事さえ気づけないのかと、言外に非難を込めて。
「それで、浮気者の側近に妹を投げ与え、不幸にして悦に入りたかったのですよね? 満足ですか?」
「それはお前が……」
「思い込みで、一生を日陰で暮らさせようと? デビュタントを迎えずに嫁入りすることが、どういう意味か解っていて、それでも敢えて行動したのでしょう? 妹を不幸にしたくて」
正式に社交界に出るためにはデビュタントが必要である。
そして既婚者がデビュタントに参加する権利はない。他国でデビュタントした場合は、その限りではないが。
「私を…………憎かったのでしょう? 母親を苦しめた女の娘が」
私怨と親友の引き立て、一石二鳥とでも思っての行動。一生、社交の場に顔を出さずに人生が終わる将来の強要。
浅薄すぎて笑ってしまう。
「たとえ元王女とはいえ、社交のできない女を連れ歩くことはできない。ましてや嫡男に生まれながらの醜聞を与えられない。……立派な理由ですわね?」
親友の浮気を正当化するために、降嫁する異母妹を犠牲にするのが目的だったのかと問う。裏の意味はどれほど情の無い兄なのだという非難。
「それで私を生きながら殺したかった。一撃ではなくこれからの人生ずっと、底辺で苦しみぬいて死なせたいくらい、長く、酷い有様で」
兄と呼ぶのも業腹なこの男に、自分の非道なやらかしの責任を取らせなくてはいけない。
「私と一緒に、二度と陽の下を歩けない身になりますか?」
「……いや、そういうつもりではなかった」
やり返される未来は想像していなかったらしい。阿呆過ぎる。
「では、私一人を地獄に送り込みたかった。高みの見物をして嘲笑いたかったと?」
「そういうつもりでも」
言葉に詰まる。言い返すだけの機転もないらしい。やっぱり阿呆だ。
「単に嫌いだから、誰よりも不幸にしたかった」
「違う……! 私は、正当な評価をしたつもりだったのだ!!」
なるほど。妹は出来が悪くワガママで享楽的だと言いたいのか。
だから正しくあれと矯正し、真人間にしたかったのだ。
無理だったから、これ以上、振り回される人間を減らすために、軟禁生活を過ごさせることにした……。
「随分と独りよがりですわね」
「私は……」
どうしたらいい――――――――?
縋るような眼で見つめられた。
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