幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良

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05. 婚約者の兄

前話『04. 婚約者と視察の夜』あらすじ


ディアドラが夜這いをかけられた。
荒っぽい手段で撃退した結果、男は大怪我を負う。
領主を始めとする親族が口々にディアドラを責めたてる。
エインは誰に非があるか理詰めで説明して納得させたが、帰りの馬車は重い空気が漂う。
気まずいまま王都に戻り、そのまま解散になったのだった。
______________________



 視察旅行から戻ってきてからは、ディアドラと顔を合わせる機会がなかった。

 今までの長期休暇と変わらない予定で動くからだ。
 婚約者らしい顔合わせは月に一度。今回は旅行から戻って半月ほどで学園が始まるから、休み中に敢えて顔を合わせる必要はない。

 とはいえ――。

 帰りの馬車の中はほぼ無言だった。必要最低限の言葉しか交わさず、それも一言、二言で終わってしまう。
 気まずいままに旅行を終えて別れているため、できれば早めに顔を合わせたいと思っていた。

 王宮に戻ってから見舞いの手紙を出し、臨時での顔合わせを提案したが、気遣いだけをありがたくいただくと返ってきた。
 縮まったと思った二人の距離が、また元のように開いたと思うと焦燥感に駆られる。

 ディアドラは優秀だ。同じマクウィラン侯爵家の令嬢とはいえリリアスとは比較にならない。もしかしたら、いやかなりの高確率で首席であるフィオンより優秀な筈だ。後ろ盾として姉妹は同じかもしれない。
 だが優秀な王子妃でなければ、王位を目指すのは不可能。何より幼少期とはいえ身体が弱いのは致命的だ。後継を生すことができない可能性があるのだから。

 悶々とした中、休暇が終わり、学園生活が戻ってきた。

 後期は前期以上にイベントが多い。ディアドラと留学生が気になるが、生徒会が忙しくてなかなか図書館に行けないまま、一ヶ月が過ぎた。
 学園で会えないなら、休みの日に王宮で茶会でもと誘ってみたが「忙しいので、決められた日に侯爵家でお待ちしています」と簡潔に書かれた返信が返ってきただけだった。

「次の茶会は我が家だったな、何か希望はあるか?」
 何気ない雑談の中の一つ。
 今までであれば、日常のちょっとした話題に過ぎない。

 だが――。
 今までの習慣と真逆のことをしようと思っている状況では、軽々しく話せなかった。

「フィオン、次のディアドラとの茶会なんだが……」
「次はどんな趣向にしようか、リリアスが楽しみにしていたよ」

 会議の直後だったから、生徒会メンバーが全員在室しているが仕方がない。
 実のところ他人以上にリリアスにも聞かせたくなかった。
 できればフィオンの口からの方が、俺が直接言うよりも傷つかないだろうから。

 だが――どう話を切り出したところで、同い年の義妹を嫌うフィオンは良い顔をしないだろう。
 結局のところ、いつ切り出したところで結果は変わらないのかもしれない。

「次回は二人だけで茶会を開きたいと思う。そもそも婚約者との仲を深めるのに、妹とはいえ別の令嬢がいるのは好ましくないからね」

「どうして今更?」
「今までがおかしかったんだ」

 フィオンの顔が驚きに満ちた。
 だがむしろ今までを是としていた僕たちに非がある。

「何年も婚約していたのに、茶会でまともに話をしたことが一度もないのがおかしいんだよ。今更だけどきちんと向き合いたいと思っている」

「リリアスが悲しむ」
 淋しそうな顔をするが、気を配る相手を間違っている。
 普段通りの、主役のディアドラをまるで無視した言葉に、溜息が出そうになる。

「そもそも婚約者の妹であって本人じゃない。リリアスとはここで雑談をしている。お茶も一緒だし、生徒会メンバーと一緒に街へ行くことだってあるだろう? だけどディアドラとは茶会でしか顔を合わせる機会がない。数少ない時間を大切にしたい」

「それこそ今更だ。何年、蔑ろにしていたと。てっきりリリアスに婚約を切り替えると思って、我が家は準備していたんだ。姉の婚約者も決まってないのに妹の婚約をまとめるなんてできない、その程度の認識だったよ。マクウィラン侯爵家の娘ならどちらでも一緒だろう?」

 その言い草はなんだ、と言い返そうとして止まる。
 不誠実だったのは俺だ。
 フィオンの言動が大きな影響を与えたとはいえ……。

「婚約者を一緒になって蔑ろにして、その加害者と新たに婚約を結ぶ。大きすぎる醜聞だ。自らに瑕疵をつける気にならなければ、そんな真似できないよ」
 ディアドラとも友好的な関係を築けていて、より相性の良い方にというなら話は違ったが。誰も傷つかないような円満な婚約解消と新たな婚約であれば問題なかっただろう。

 でも実際は……?

「円満的な婚約解消を口にしても、誰一人信じないよ。『不遇をかこった挙句に捨てられた悲劇の令嬢と、姉の婚約者を寝取った腹黒令嬢』なんて噂をされたくなければ、これ以上何も言わない方がいい」

「……」
 さすがにもうフィオンが言い募ることはなかった。

「それに僕はディアドラと良い関係を築きたいと思っている。表には出さないよう気を使ってるみたいだけど彼女は優秀だ。推測だが成績は目立たないように手を抜いてるだけだと思うよ」

「まさか……」
「そのまさかさ」
 フィオンの顔色が瞬時に変わる。

 今まで考えもしなかったのだろう、自分より義妹の方が優秀だと。
 そもそも比較したことさえなかった筈だ。同い年の、血の繋がらない兄妹なのに。

「母からはマクウィラン侯爵家の娘と上手くやれとは言われてないんだ。ディアドラと良好な関係を築けとは言われてもね」
 トドメのように側妃が望んでいるのはリリアスではないと伝えた。
 気付くと生徒会室の中はしんと静まり返っている。もう一人の副会長と書記も、僕とフィオンのやりとりを注視している。

「幼馴染の妹として大切に思っている。でもそれ以上の関係になる気はないよ」
 可愛いけれどそれだけだ。

 優秀な令嬢を捨てて、愛想以外に秀でたところがない令嬢と縁を結ぶのが下策だというだけではない。
 ごく最近になって、ようやくまともな交際を始めたばかりの婚約者に好意を持ち始めたところだ。できればこのまま良い関係を築けたらと思っている。

「母の言葉がなくても、ディアドラと良好な関係を築きたいと思ってる。邪魔をしないでほしい」
 きっと今からでも間に合う筈だ。燃え上がるような激しい恋はなくとも、穏やかな信頼関係は築けるだろう。
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