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1章 人事異動
02. 新人教育
新人のついでに、カウンター業務からも何人か一緒に新人教育をすることにした。
お試しではあるが、退職が決まってから教育したのでは、残る一人の負担が大きい。具体的に言えば辞める気のない部下の負担だ。
とはいえ現在、『迷宮管理・冒険者管理班』の業務ができそうな部下といえば、リーダーを務めるユイネしかいないのだが。
「カウンターから離れたくないのですが」
努めて冷静に話すが、彼女の顔には「絶対にゴメンだ」と書いてある。
「何も異動させようと言う話しじゃない。本人が希望したのではなければね。ただ人手が足りなくなったときに、応援できる人間を増やしたいというだけだ」
「そのまま便利だから異動させようとか思ってませんか?」
「もしその気になってたら、とっくに君は異動してるよ」
ユイネは有能だ。カウンター班の最古参というだけでなく、自力で少しずつ冒険者ランクを上げて現在はD級。冒険者の受けた任務に関する書類は、彼女がリーダーになってから、冒険者の活動を記録する業務の効率が上がった。自分の仕事が次の人にどう影響するか理解しているからこその気遣い。剣技などの戦闘技術もまだ伸びしろがある。頑張れば時間をかけずC級冒険者になれるだろう。目も良いから、日常的にダンジョンに潜るようになれば、些細な変化を敏感に感じ取れるようになるはずだ。
正直なところカウンターから異動させたいとは思っている。本人が望んでいない上に、その理由も知っているから無理強いする気はないが。
「わかりました。人手が足りないときに手伝うのは、仕方がないと割り切ります」
「そうしてくれ」
納得してくれたところで、その日から研修を始めた。
ユイネはカウンター業務しか経験していなかったとはいえ、書類の流れを始め何処の部署が何を行うか把握していた。
デスクワークに関しては教えることがないと初日に判断された。あとはダンジョンに入るだけだと早々に判断されて、ジョルンの仕事を手伝っている。
もう一人の新人ロスは、物覚えが人一倍早かった。
「良い新人が入ってきましたね」
ジョルンはやる気いっぱいの童顔な新人を、配属初日から気に入ったらしい。
異動した部下の後任として、受付カウンター業務として採用したのだが、彼は異動後に予想以上の早さで退職してしまった。元から空きが出たら『冒険者・ダンジョン保全』班に異動させるつもりでいた。
ロス本人は思ったより早い移動に大喜びだった。
ダンジョン三〇層の調査を実施――。
今回の新人研修の課題だ。
ユイネとロスは二人ともデスクワークをあっという間に覚えた。
だったらと前倒ししてダンジョンに放り込んだのだ。
C級冒険者であるジョルンだけで二人を見るのは厳しいからと、副支部長が同行している。ユイネとロスの実力では、三〇層はかなり難しい。ただのお荷物にしかならないだろうとわかっていた。
それでもA級冒険者が先導するのだからどうにかなる。
俺はといえば、さすがにジョルンと二人抜けてしまうとマズい。
しかもユイナがおらず、カウンター業務が三人態勢となれば、確実に業務が回らなくなることから居残りだ。
「おっさんかよ」
任務の書かれた紙を持ってきた冒険者が嫌そうな顔をする。
「すまんな、ユイネじゃなくて」
「そうじゃないけどよぉ」
口では否定するが、間違いなくユイネ目当てだ。彼女は冒険者に人気がある。言動はキツいが手際よく冒険者を捌いていく手腕を買われているのだ。
「おっさん、新人なのに慣れてるな」
「一〇年前はカウンターの中にいたよ」
もうベテラン勢しか知らないだろうが、俺だって昔は受付業務をこなしていた。もっとも『迷宮管理・冒険者管理班』として採用されたから、助っ人として入っていたのだが。
朝一番は怒涛のような忙しさでも、冒険者の波はあっという間に引く。
この後は昼過ぎくらいに薬草を売りに来るF級の子供たちの対応と、任務を完了させた報告が増える夕方だ。
「上に戻るから、忙しくなったら呼ぶように」
これ以降は三人――ロスが異動した穴埋めはまだできていない――でもなんとかなるだろう。
階段を上り切ったところで声をかけられた。
「お話があります」
受付カウンターに一人残った男性職員だった。
「中で聞こうか」
事務所の住人はダンジョンの下だ。
静かな中で二人対峙する。
「どうして俺じゃ駄目だったんでしょうか?」
なぜ異動するのは自分ではなかったのかと言いたいのだ。
「条件を満たしていないからだよ」
この一言に尽きる。
「君はE級だろう?」
「だけどユイネは女性です」
またか。女だからなんだと言いたいのか。
「じゃあ君は新人研修が始まって一〇日でダンジョンに潜れるか?」
職員になってからあまりダンジョンに潜っていないのは、彼の冒険者としての記録から把握済みだ。
手が空いたときに訓練施設で剣技を磨くでもなく、講習もロクに受けてこなかった。
彼が職員になって一年。E級からD級に上がるには十分な時間があった。
「研修を受ける人数を一人とは限定してなかったんだよ。むしろもっと多い方が良かったんだ。君が二階に行きたがっているのは知っていたから、当然記録は確認したよ。結果的にあきらめざるを得なかった。だが今回の取り組みが上手くいけば、これからもD級の部下を積極的に研修に回す予定だ。君にやる気があれば、そう遠くない未来に話を持っていくことになるだろう」
ロスは冒険者として独立する野望を抱いていないから、当面人手不足に陥ることはなさそうではある。
だがギリギリの人数で仕事を回していることもあり、人手がある方が望ましい。
この説明で納得すれば良いが……。
「でもユイネを優先するのは変わらないんですよね?」
「別に彼女を優先する気はない。本人の希望もあるが、より向いてる方に仕事を回すだけだな。ユイネは受付カウンターから異動したくないと言っている。君に仕事を任せられるなら、君が異動する可能性の方が高いよ。もっともこのままでは難しいし、今後、もっと適性のある人材が入ってくる可能性もあるから、確約はできないが」
努力が足りない。
不満を言うが努力をしない部下に、優しい言葉をかけるのは難しかった。「頑張れ」というのは易いが、本当に頑張るかは本人次第で、目の前の部下は頑張らないタイプの人間なのだ。
――――――――――――――――
登場人物
ユイネ:カウンター業務リーダー、頼れるお姉さん。D級冒険者。(新登場)
ジョルン:ダンジョン保全、冒険者向け講習担当。C級冒険者。(前話『01. 人事異動』より登場)
ロス:元商人見習いの新人。童顔でかわいい見た目。D級冒険者。(前話『01. 人事異動』より登場)
お試しではあるが、退職が決まってから教育したのでは、残る一人の負担が大きい。具体的に言えば辞める気のない部下の負担だ。
とはいえ現在、『迷宮管理・冒険者管理班』の業務ができそうな部下といえば、リーダーを務めるユイネしかいないのだが。
「カウンターから離れたくないのですが」
努めて冷静に話すが、彼女の顔には「絶対にゴメンだ」と書いてある。
「何も異動させようと言う話しじゃない。本人が希望したのではなければね。ただ人手が足りなくなったときに、応援できる人間を増やしたいというだけだ」
「そのまま便利だから異動させようとか思ってませんか?」
「もしその気になってたら、とっくに君は異動してるよ」
ユイネは有能だ。カウンター班の最古参というだけでなく、自力で少しずつ冒険者ランクを上げて現在はD級。冒険者の受けた任務に関する書類は、彼女がリーダーになってから、冒険者の活動を記録する業務の効率が上がった。自分の仕事が次の人にどう影響するか理解しているからこその気遣い。剣技などの戦闘技術もまだ伸びしろがある。頑張れば時間をかけずC級冒険者になれるだろう。目も良いから、日常的にダンジョンに潜るようになれば、些細な変化を敏感に感じ取れるようになるはずだ。
正直なところカウンターから異動させたいとは思っている。本人が望んでいない上に、その理由も知っているから無理強いする気はないが。
「わかりました。人手が足りないときに手伝うのは、仕方がないと割り切ります」
「そうしてくれ」
納得してくれたところで、その日から研修を始めた。
ユイネはカウンター業務しか経験していなかったとはいえ、書類の流れを始め何処の部署が何を行うか把握していた。
デスクワークに関しては教えることがないと初日に判断された。あとはダンジョンに入るだけだと早々に判断されて、ジョルンの仕事を手伝っている。
もう一人の新人ロスは、物覚えが人一倍早かった。
「良い新人が入ってきましたね」
ジョルンはやる気いっぱいの童顔な新人を、配属初日から気に入ったらしい。
異動した部下の後任として、受付カウンター業務として採用したのだが、彼は異動後に予想以上の早さで退職してしまった。元から空きが出たら『冒険者・ダンジョン保全』班に異動させるつもりでいた。
ロス本人は思ったより早い移動に大喜びだった。
ダンジョン三〇層の調査を実施――。
今回の新人研修の課題だ。
ユイネとロスは二人ともデスクワークをあっという間に覚えた。
だったらと前倒ししてダンジョンに放り込んだのだ。
C級冒険者であるジョルンだけで二人を見るのは厳しいからと、副支部長が同行している。ユイネとロスの実力では、三〇層はかなり難しい。ただのお荷物にしかならないだろうとわかっていた。
それでもA級冒険者が先導するのだからどうにかなる。
俺はといえば、さすがにジョルンと二人抜けてしまうとマズい。
しかもユイナがおらず、カウンター業務が三人態勢となれば、確実に業務が回らなくなることから居残りだ。
「おっさんかよ」
任務の書かれた紙を持ってきた冒険者が嫌そうな顔をする。
「すまんな、ユイネじゃなくて」
「そうじゃないけどよぉ」
口では否定するが、間違いなくユイネ目当てだ。彼女は冒険者に人気がある。言動はキツいが手際よく冒険者を捌いていく手腕を買われているのだ。
「おっさん、新人なのに慣れてるな」
「一〇年前はカウンターの中にいたよ」
もうベテラン勢しか知らないだろうが、俺だって昔は受付業務をこなしていた。もっとも『迷宮管理・冒険者管理班』として採用されたから、助っ人として入っていたのだが。
朝一番は怒涛のような忙しさでも、冒険者の波はあっという間に引く。
この後は昼過ぎくらいに薬草を売りに来るF級の子供たちの対応と、任務を完了させた報告が増える夕方だ。
「上に戻るから、忙しくなったら呼ぶように」
これ以降は三人――ロスが異動した穴埋めはまだできていない――でもなんとかなるだろう。
階段を上り切ったところで声をかけられた。
「お話があります」
受付カウンターに一人残った男性職員だった。
「中で聞こうか」
事務所の住人はダンジョンの下だ。
静かな中で二人対峙する。
「どうして俺じゃ駄目だったんでしょうか?」
なぜ異動するのは自分ではなかったのかと言いたいのだ。
「条件を満たしていないからだよ」
この一言に尽きる。
「君はE級だろう?」
「だけどユイネは女性です」
またか。女だからなんだと言いたいのか。
「じゃあ君は新人研修が始まって一〇日でダンジョンに潜れるか?」
職員になってからあまりダンジョンに潜っていないのは、彼の冒険者としての記録から把握済みだ。
手が空いたときに訓練施設で剣技を磨くでもなく、講習もロクに受けてこなかった。
彼が職員になって一年。E級からD級に上がるには十分な時間があった。
「研修を受ける人数を一人とは限定してなかったんだよ。むしろもっと多い方が良かったんだ。君が二階に行きたがっているのは知っていたから、当然記録は確認したよ。結果的にあきらめざるを得なかった。だが今回の取り組みが上手くいけば、これからもD級の部下を積極的に研修に回す予定だ。君にやる気があれば、そう遠くない未来に話を持っていくことになるだろう」
ロスは冒険者として独立する野望を抱いていないから、当面人手不足に陥ることはなさそうではある。
だがギリギリの人数で仕事を回していることもあり、人手がある方が望ましい。
この説明で納得すれば良いが……。
「でもユイネを優先するのは変わらないんですよね?」
「別に彼女を優先する気はない。本人の希望もあるが、より向いてる方に仕事を回すだけだな。ユイネは受付カウンターから異動したくないと言っている。君に仕事を任せられるなら、君が異動する可能性の方が高いよ。もっともこのままでは難しいし、今後、もっと適性のある人材が入ってくる可能性もあるから、確約はできないが」
努力が足りない。
不満を言うが努力をしない部下に、優しい言葉をかけるのは難しかった。「頑張れ」というのは易いが、本当に頑張るかは本人次第で、目の前の部下は頑張らないタイプの人間なのだ。
――――――――――――――――
登場人物
ユイネ:カウンター業務リーダー、頼れるお姉さん。D級冒険者。(新登場)
ジョルン:ダンジョン保全、冒険者向け講習担当。C級冒険者。(前話『01. 人事異動』より登場)
ロス:元商人見習いの新人。童顔でかわいい見た目。D級冒険者。(前話『01. 人事異動』より登場)
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