冒険者ギルド職員はダンジョンの夢を見るか ―忍耐、過労、飯。中間管理職の日常―

紫月 由良

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1章 人事異動

04. ダンジョン研修の後

 六日ほど経って、ユイネとロスが帰還した。

「どうだった?」
「死ぬかと思いました」

 真顔のまま即答するユイネ。
 その横でロスが青い顔で溜息をつく。

「僕はギルド職員としてやっていく自信がなくなりました……」
「どういうことだ?」

 二人の後ろに立つジョルンに確認を取る。
 初めてのダンジョン研修で、自信を喪失させるようなことがあるか知りたかった。

「四五層まで潜ったんですよ。副支部長サブマスが何事も経験だとか張り切って!」
 苦り切った顔でジョルンが説明する。苦労が忍ばれる表情だった。

「――は?」
 D級冒険者を下層に連れて行った?

「あのジジィ……」
 つい言葉が漏れた。
 新人に戦意喪失させてどうしたいのだと、膝詰めで話したいところだ。

「普通は下層に行かない。ジョルンだって四〇層までだ。君らなら最初は二〇層までしか任す気はない。三〇層を目指すよう努力してもらうが」
 特大の溜息が出た。

 ――何をしやがる副支部長ジジイ

「そもそもD級で経験も浅い君らを、無茶な階層まで行かせない。独りソロで潜らせる気も。ジョルンの補助要員として同伴しながら、おいおい慣れていけば良いと考えてる」
 説明しながら、再び大きな溜息が出た。

「とりあえず副支部長サブマスと話をしてくる。君たちは報告書を書き上げてくれ」
 それだけ言い置くと事務所を後にした。

「ウチの新人を早々に辞めさせようとせんでください」
 支部長室に入るのと同時に、副支部長サブマスに苦言を呈した。

「あの程度で辞めたくなるようなら、さっさと転職した方が身のためだと思うがな」
 副支部長サブマスはしれっと言い放つ。
 支部長ギルマスはその横で面白そうに見物している。

「C級になった途端辞めるような新人ではなく、長くギルドに居付きそうな新人をいびらんでほしいんですが」
「彼は辞めなさそうなんだ?」

「辞めないですよ。将来有望です。絶対に手放しませんよ」
 ギロリと睨む。上司だとか自分より格上の冒険者だとか、そういうのは脇に置いた。

「じゃあ、もっとしごかないと! 大丈夫、一ヶ月でC級に昇格させてあげるから!!」
「そういうのはいいですからっ!!」

 思わず手が出そうになるのを堪えた。
 出したところで返り討ちにあうのは俺の方なのだ。

「絶対に余計な真似をしないでください……」
 ほんの少し話しただけで、一気に気力がなくなった。

 ――なんだろう、この言葉は通じるのに会話ができない感じは。
 溜息をつきながら、これくらい空気を読まないと人生楽そうだと思う。

「話はかわりますが、支部長ギルマスも含めて三人で話したいのですが」
 一転、声量を落とす。

 室内は盗聴防止の魔道具が設置されているから、室外に声が漏れないとはいえ、他人に聞かれたくない話になると小声になる。

「楽しい話ではなさそうだな……?」
 少し前までの飄々ひょうひょうとして態度を一転させ、真面目な態度になる。
 横の席に着いた支部長ギルマスも同様だ。

「ドラゴンなどの防具になりそうな素材が減っているようです。少し前にウェスクと飲んだときに聞きました。確かにここ二か月ほど討伐記録がありません。もっとも狩った獲物を出さずに在庫として持っているだけだと思いますが」

 一番弱く小柄なレッサードラゴンでも四〇層以下に生息する。下層や深層に潜れる冒険者が少ないため、ギルドに持ち込まれる絶対数が少ない。
 それでも月に一度は低級のドラゴンが一頭くらいは出てくるのだから不自然だった。

「隣国との戦争が勃発するという噂が原因らしいですね」
「聞かんな」
 支部長ギルマスの言葉で、噂がガセの可能性が高まる。中間管理職が把握している程度の情報を、トップが知らないなんてあり得ないのだ。

「大方、商人が相場を弄んでるのでしょう。とはいえギルドに在庫がないのは困ります。それとわからんように狩ってきます」

 ウェスクから聞いた在庫は、まったくの枯渇とまでは言わないが、かなり少なかった。一ヶ月以内には何頭か解体班に流してほしいと依頼されている。

「そのときは俺も行こう。そろそろ深層のドラゴンも間引いた方が良いだろう?」
 支部長ギルマスがニヤリと笑う。
 確かにB級冒険者の俺に、深層のドラゴンを狩るのは難しい。A級の支部長ギルマス副支部長サブマスの手を借りるのが一番だった。

「今の状況なら、研修名目が一番目立たないので、ユイネを連れて四〇層でレッサードラゴンを二頭くらい倒してきます。支部長ギルマスはダンジョン休暇を使って、独りソロで行ってください」

 D級のユイネにとっては災難だが、戦闘に参加させるのは無理のない範囲にして……泣かれそうだが我慢してもらうしかなさそうだ。


 溜息をつきながら事務所に戻る。
 二人の報告書を読みながら、特にダンジョンに異常はなかったらしいが、下層しか見回っていないのを読み取る。

「上層と中層はやり直しだね」
「……ですよね」
 ジョルンが溜息をつく。
 無茶な上司に振り回されると、部下は溜息が多くなるのだ。

「もう一度、上層を回ろうか。ロス、君の体力が戻り次第、もう一度ダンジョンに潜ってくれ。今度はジョルンと二人だ」

 二〇層辺りまでを回るだけなら、支部長ギルマス副支部長サブマスもつまらんと言って、無理してついて来ないだろう。
 ついて来たとして、上層の確認が取れないのは困ること、下層は既に見回りが終わってることをしっかり説明するしかない。
 物理での話し合いが出来ん相手はやっかいだと思いながら。

「また、ですか?」
 ロスの顔が不安に歪む。

「大丈夫だ、今度は困ったおじさんは付いてこないから」
「俺たちが潜るまで行動は秘匿するから大丈夫だ」

 俺に続いてジョルンも言葉を重ねた。
 実際のところ説得するよりも、もっと楽しいドラゴン討伐を解体班あたりから依頼で出せば、新人へのちょっかいを控えるはずだ。

「策は考えてある。大丈夫、次はダンジョン内で何日も過ごす訓練を兼ねて、上層あたりをしっかり確認させる。まあ既に下層の確認が終わってるから、行く必要もないしな」

 副支部長サブマスが楽しんだ結果、既に下層の状態確認は終わっている。また勝手に付いてきて下層に行こうとしたところで、無意味なことをするなとジョルンが提言するだろう。

「確かに何日も続けて野営をするのに慣れる必要もあるし、慣れてないから二〇層くらいで慣らすのが良いだろうね」
 今回の研修は六日だった。次は一〇日から一五日くらいの間で、慣れるのを目的に行くくらいで丁度良いだろう。

「それとロス、君は冒険者そのものにも慣れるために、暇があればできるだけダンジョンに潜って薬草採取を頑張ってくれ」

 ポーションの買い占めは起きていない。だが話が一気に動き始めたら買い占めが起きる。
 だからその前にポーションを多目に作って、ギルド内にストックを作る予定だ。ウェスクを通じてポーション担当者に確認を取ったところ、こちらも緩やかにだが在庫が減っているらしいのだ。
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