冒険者ギルド職員はダンジョンの夢を見るか ―忍耐、過労、飯。中間管理職の日常―

紫月 由良

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1章 人事異動

09. 予期せぬ異動

 副支部長サブマスがダンジョンから戻って数日後。
 国境付近がきな臭い、戦争の気配がするといった噂が収束しつつあり、素材の価格が普段より若干高い程度に落ち着いたころだった。

「は? ロスを異動させる?」
 支部長ギルマス付にすると言われて納得できなかった。

 ジョルンの元で着実に実力を上げていき、剣術やダンジョン探査能力はイマイチであるものの、何でも粗なくこなす将来有望な部下だ。
 これからの成長を楽しみにしているのに、なぜ支部長ギルマスに取られなくてはいけないのか。

「本人の資質的にだな、適材適所というものがあるだろう?」
「間違いなくウチの適性はありますよ。隊商に加わった経験があるせいか、探査能力はジョルンと引けを取りませんしね。将来有望で期待をかけてるんです」

 盗賊に狙われやすいからなのか、D級とは思えないほど探査能力が長けているのだ。剣を始めとする戦闘力は、ランク相応とはいえ鍛え甲斐がある。

 それに三人に増員できたから、下級冒険者向けの講習を増やそうと目論んでいるところだ。
 幼いころにF級からE級に上がれたら、冒険者になる子供が増えるかもしれない。子供向けの講習に金は取れないが、将来への投資は重要だ。

「確かに君のところでも十分能力は発揮できると思うが、それ以上に能力を活かせる部署があるんだったら、そちらに回した方がギルドにとって得だろう?」

「自分のところで採用して育ててから言ってほしいですね。横から掠め取るような真似は止めてください」
 ただでさえ退職率が高い部署なのだ。本人の意思で辞めるだけでなく、他所に取られるのは堪ったものではない。

「だがなあ……」
 支部長ギルマスが溜息をつきつつ言葉を濁した。
 そのタイミングでドアをノックして入室してきた人物を見た。

「渉外の……」
「お久しぶりです。同じ支部に居ても、あまり顔を合わせませんね」

 支部長ギルマス直下の部下だった。渉外として商業ギルドや職人ギルドとの大口取引を担当している。貴族家相手の取引も、基本的には受け持っていた。ほかに素材の相場に合わせて素材の買い取り額と販売額を決定する、営業活動全般を含めた部署でもある。

「久しぶり……君か、部下に色目を使っているのは」
 ロスの元商人という経歴を生かせる部署ではある。

 だが退職して冒険者になりたいという人材は多くても、辞める気のない部下は貴重なのだ。はいそうですか、と渡す気にはなれなかった。

「大手商会と商業ギルドに太い伝手を持っている職員なんて稀少だからね。しかも彼、計算も早くて確実らしいじゃないか。金勘定ができる若者は大歓迎だよ!」
「だったら自分のところで募集をかけて引っ張って来いよ」

「そうしたいのは山々だが、ウチの部署で募集をかけると紐付きしか来ないんだ。わかっているとは思うが」
 確かに、と言いそうになったが黙して流す。
 同意してしまったら最後、ロスは嬉々として引っ張られてしまう。

「気持ちはわからんでないが、それだったら会計士とか、設備管理や物資流通なんかの課で、書記の名目で雇って異動させるのが穏当じゃないか?」

 ウチの課は金銭のやり取りが発生しないが、他の部署は金勘定が必要になってくる。実際、良い学校を出た職員や、商人からの転職組が活躍していた。

「要件が違い過ぎて無理だね。商人経験、特に各地を回る隊商経験があって、貴族や大手商会の会頭を前にして物怖じしない胆力があるなんて、滅多に来るはずないだろう? しかも彼、二〇代の若さじゃないか。私や部下が転職したのは三〇代だよ? 育て甲斐があるというものだ」

「それを言うならウチだって、二二歳の若さでやる気があり、転職の意志がない部下を渡せない」
 交渉事が専門だけあって、物腰は柔らかだが引かない強さがあった。

 分が悪いのには気づかない振りをする。渉外の方が新人への要件が厳しい。ウチのようにD級以上の冒険者ランクを所持するか、同等の実力があることというのと違って。
 だからと言って期待の新人を手放す気にはなれなかったが。

「ロス君をただ攫っていこうとは思ってない。現場を知り、数字の裏付けができる人材に育てたい。具体的にはダンジョンを知り、魔獣にも詳しい部下にしたいんだ。言葉の重みが違ってくるからね。その上で商売のイロハを知り交渉にも強い営業にしたいと考えている。具体的には誰よりもダンジョンに詳しく、自力で魔獣討伐ができることだ。商売の方はもう知っているからね、そちらでの仕事を覚えつつ、ギルド職員の交渉術を仕込みたいと思ってる。将来的に渉外を背負わせたい」

 そう言い切った。ウチの部署で十分な研鑽を積んだうえで連れていきたいと言う。

「こちらにメリットはなさそうだが?」
 耳触りの良い言葉だが、渉外だけに利がある提案だった。

「そうでもない。冒険者寄りの意見を持つ渉外は今まで存在しなかったじゃないか。冒険者ギルドが冒険者寄りでいないのはおかしいと思わないか?」

「言わんとすることはわかる。だがギルドの一部門だけが冒険者経験のない職員というだけで、ほかは全員が経験者であるし、決して寄り添っていない訳ではない。そちらがギルドの総意でもないし、今のままというのでも悪くはないだろう」

 確かに素材の値段の中に、どういった苦労やストーリーがあるかを知るのは意味がある。
 しかし冒険者寄りでないのは、F級すら経験したことがない渉外以外にいないのだ。

「できればB級以上、A級冒険者を目指しながら、渉外の仕事を覚えてもらいたいと言っても?」
「理想論だな。はっきり言って無理だ。冒険者の生涯到達ランクはC級が四割で一番多い。B級は二割、A級は一割弱だぞ。ずっとダンジョンに潜り続けてもそうなんだ。職員を続けながら上を目指すのは諦めた方が良い」

 ジョルンがA級を目指しているが、状況によっては一年ほど休職させて、冒険者稼業に専念させる気でいる。B級にはなれるだろうと目された彼でさえ、この状況なのだ。
 まだ駆け出しでしかないロスが、B級以上になれる保証はなかった。

「C級にはなれるだろう。だがその上を目指すんだったら、今より忙しくさせるのは得策ではない」
「しかし君はB級だろう?」
 だったら同じように可能ではないかと言いたいのかもしれないが……。

「俺は職員になる前にC級、それもB級昇格直前でしたからね。ジョルンやロスとは状況が違う」
 学校に通う傍ら冒険者活動をしていたのだ。学友は皆で仲良く薬草を摘んでいたが、俺は横目で見ながら魔獣を狩っていた。

「本人に選ばせたらどうだ?」
 平行線だった俺たちの話し合いに、一石を投じたのは支部長ギルマスだった。

 結果――。
 ロスの異動が決まったのだった。
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