冒険者ギルド職員はダンジョンの夢を見るか ―忍耐、過労、飯。中間管理職の日常―

紫月 由良

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2章 ダンジョン講習

01. 不遜な冒険者

 時間は一時間ほど遡る。階下が騒がしくなったのは――。

 ここ冒険者ギルドの一階は任務クエストの受付カウンターと、討伐した魔獣の買い取りカウンターがある。

 ――助けがいるか?

 トルファンことトールは少しだけ耳を澄ます。冒険者は少々荒っぽい連中が多い。
 そして現在、受付カウンターに配属されている職員は女性しかいなかった。

 ――危なくなる前に介入した方が無難だろうな。
 目を通していた書類を机に置いて席を立った。部下がちらりとこちらを見る。二人ともデスクワークは嫌いだから、自分が応援に行きたそうだったが、気付かないフリで通り過ぎた。

「なんでこんな金額なんだよっ!!」

 感情剥き出しで怒鳴っているのは、一ヶ月ほど前にほかの支部から移ってきた、問題行動の多い冒険者だった。対応していたのはユイネ、勤続十年を超えるベテランであり、受付カウンター業務のリーダーでもある。恫喝されたところで動じない胆力があった。新人だったころは、少し凄まれただけで涙目になっていたが、随分成長したものだと思う。

「買い取り金額がおかしいんだよ! この女が慣れてないから!!」
 俺の姿を目敏く見つけた冒険者がカウンター越しに、俺に現状を訴えた。

 一拍遅れてユイネが俺に支払い指示書を渡してくる。目を通せば討伐した魔獣の――もしかしたら薬草かもしれないが――の持ち込まれた状態と査定額が一目でわかる。

「妥当だな」
 持ち込まれた魔獣の状態が悪すぎた。これでは金を出せない。

「はあっ!?」
 冒険者が苛立った声を上げる。若干、威圧もかけているが影響はない。こういったことはままあるから慣れているし、何より受付カウンターから奥は弱いとはいえ結界で守られている。

「おっさん! コカトリスの買い取り価格が三〇Cコパーっておかしいって!」
「だから妥当だと言っている。毒腺を傷つけた所為で、肉は食用不可。毒も採取不可。むしろ値段がついたのが驚きだ」

 蛇の尾を持つというよりも、蛇と合体した身体の構成を持つ巨大鶏は、石化毒を持っている。経口でも皮膚からの接触でも効果をもたらす強い毒であり、石化の解毒剤にもなる。毒腺が無傷であれば、それだけで一G《ゴールド》、実に三〇倍の価格差があった。

「当然だろう? 素材としての価値がほぼないんだから。羽根の買い取り価格くらいだな、これは。頑張って値段をつけた解体部の努力をありがたく思うべきだ」
「フザケんなよ、おっさん! 何時もいつも値切りやがって!!」
 激昂した冒険者――ニール・ウォーガンが受付カウンターを乗り越えて殴りかかってきた。

 だが――。
 俺に手が届く以前に、ユイネが勢いを利用して投げ飛ばすと、床に押さえつけた。

「瞬殺かよ」
「スゲェ……」
「流石、ユイネさま」
 観客ギャラリーの賞賛を無視して意識を狩る。一切の容赦なく淡々と作業として。

「よくいるんだけどね。ギルド職員の約半数が冒険者資格を持ってるんだよ、D級以上の」
 意識のない男に言っても仕方はないが、周囲の冒険者には意味がある。たまにこういう阿呆が出ては痛い目に合うのだと効かせるのが目的なのだ。多少は牽制しておかないと、何人も出てこられては迷惑極まりない。

 冒険者ギルドは依頼を斡旋しているだけだと思われがちだ。
 だが実際にはダンジョン保全、異常の兆候があれば調査もする。冒険者に依頼するのではなく、職員が潜行して調査するのだ。書類と睨めっこしたり、依頼を右から左にしているだけではない。立ち入れるのが冒険者のみと決まっているから、保全業務を担当する部署は全員がD級以上の冒険者でもある。

「君のように『任務クエストを請け負ったこともない、お嬢ちゃんが威張りやがって』って言う冒険者は多いんだけどね。冒険者として経験豊富な受付嬢もいるんだよ」

「トールさん、既に伸びてます」
 ユイネが冷静な声で一言。

「うん、そうだね。とりあえず面談室にでも放り込んでおこうか」
 肩に担ぎ上げる。意外に重い。

「悪いんだけど、彼の記録を持ってくるように、伝えてもらえるかな?」
 そう言うと受付嬢の一人が二階へと駆け上がっていった。


面談室の椅子を二つ並べてニールを寝かした。定員二人、椅子二脚だから必然的に俺は立ったままだ。壁に背を預け届いた書類にざっと目を通す。

 ニール・ウォーガン、二十二歳。D級冒険者。
 討伐した魔獣は今回のコカトリスと似たり寄ったりの、状態が非常に悪いものばかりだ。
 査定額に不満を爆発させて問題行動を起こすこと過去に二回、今回で三回目。その度に所属する支部を出て、別の町の支部に異動している。典型的な厄介者トラブルメーカーだ。

「う……っ」
 目を通し終わったころにタイミングよく目覚めてくれた。

「起きたんだったら、椅子を一つ寄越せ」
 力尽くで上体を起こさせると、俺の分の椅子を確保する。

「……っんだよ! 出てけって言うんだろ!」
「いや、言わないが」
 一度、寝たくらいでは、頭に上った血が下りないらしい。だが喧嘩を買う気は頭ない。

「君が査定額に不満を抱いているのはわかった」
「だったら……!」
「丁寧に倒せば問題は解決する」
 言葉に被せるように結論を言った。最後まで聞いたところで不満しか出ないから時間の無駄だ。

「教育を受けてみる気はあるか? 討伐の仕方を覚えたら問題は解決する。それに今のままだとF級に降格する可能性もある」
 今までずっと一人ソロだったから、上手な解体方法などを覚えなかったのだろう。
 駆け出し冒険者のために、ギルドで定期的に講習会を開いている。低級冒険者向けだから格安だ。臨時の個別講習はそれよりも高額になるが、マンツーマンだけに効率的に覚えていける。

「金、取るんだろ?」
「当然だな。だが状態の良いコカトリスを二羽仕留めたら元が取れる」
 ニールの雰囲気が変わった。刺々しいのが若干とはいえ柔らかいものに。

「講習中に仕留めたのは全部、そっちが持ってくんじゃないだろうな?」
「職員が仕留めたのはギルドの物だが、君が倒した物はすべて君の物だ。共同で倒したのなら折半だな」

 多分、俺が付き添うことになりそうだが、誰が動向するか現時点では未定なので「職員」と主語をぼかす。教育担当者がいるとはいえ彼らはC級。対するニールはD級とはいえ、ギルドへの貢献度の低さや問題行動の多さ故に、低いクラスに留まっているだけで、実際はC級相当だろう。同等、下手をすると自分より、実力のある冒険者を教育するのは少々荷が重い。

 そうなると上長でありB級の俺か、元A級冒険者の副ギルド長サブマスに回ってくる。
 説明するとニールは前向きに検討を始めたようだった。
 だが難しい顔になる。

「……金が足りない。講習料どころか、今夜の宿だって」
 コカトリスの査定額は三〇Cコパーだった。どの程度の宿に泊まっているか不明だが、食費まで賄える額でないのは間違いない。

「初心者と異動組用だが、一晩くらいならギルド併設の寮を押さえよう。一泊三〇Cコパーだ。講習費用は後払い、魔獣の買い取り額から天引きになる。個別講習費用は一日一Sシルバー

 集団で受ける定期講習は一回二〇から五〇Cコパー。一〇〇Cで一Sシルバーだから破格に安いが、個別講習ほど懇切丁寧ではない。

「中層までで倒したい魔獣があれば予め教えてくれ。特になければ魔獣の餞別はせず、最大五日の間に倒せるだけになる」

「破格だな」
「冒険者が育てばギルドも儲かる。そのための制度だ」
 建前ではない。ダンジョンでの収穫は基本的にすべて冒険者ギルドが買い取る。例外は討伐した冒険者が自分の分として必要な素材だけ。質の良い素材が入手するために教育するのは、理に適った手段なのだ。

「田舎だからな。流れてきた冒険者が、定着してくれないと困るんだよ」
「ああ、そういう……」

 納得したらしい。実際、町の人口はたかが知れている。F級冒険者は多いが、大半は修行先が決まるまでの、小遣い稼ぎの子供たちだ。進路が決まれば引退して、そのまま別の道に進んでいく。D級になるのは冒険者になると決めた子供だけ。

「だから稼げる冒険者になれば、大切にされるぞ」

 ニヤリと笑って見せた。
 幸いにも冒険者ギルドの寮は空き室があった。所持金は少ないが、浮いた宿代の差額は夕食と装備に回るだろ。
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