冒険者ギルド職員はダンジョンの夢を見るか ―忍耐、過労、飯。中間管理職の日常―

紫月 由良

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2章 ダンジョン講習

04. 夜営 ―ダンジョン1日目―

 一八層を抜け一九層に下りると、少しだけ風に水分を感じるようになる。
 地面にも雑草が生え始め、土と岩だけだった上層階と違って緑が見えた。
 辺りの気温が下がると、歩くペースが上がる。

 その後は順調に進んでいく。途中、魔獣を見かけたが脅威になるようなものではなく、査定額も低いのでスルーした結果、戦闘は一度も発生しなかった。

 陽が傾き始めたのは、二八階層を移動中だった。周囲が暗くなるのに一時間以上は余裕があるが、無理する意味はない。予定外の狩りがあったもののペースは悪くなかった。

「ここら辺で夜営するか?」
「ああ……」
 主導権は俺にあるとはいえ、確認は必要だ。

 手際よく魔法陣と魔石からなる結界を四方に設置する。これで魔素が一定以上の魔獣は侵入できなくなる。最小サイズは山蟻程度。魔狼が跳びかかってきても弾くが、鳥が上空を飛んでいるのをみたことがあるから、一定以上の高さで効果は切れるらしい。

 認識阻害の効果もあって、不寝番を置かずに朝まで寝ることが可能だ。地面に敷くマットにも魔獣除けの効果付き。ダンジョンの中とは思えない程度には快適な寝床になる。
 とはいえ熟睡とはほど遠く、物音がすれば目を醒ます程度の浅い眠りだが。

「手際が良いな」
 俺の手元を眺めていたニールが感心したように声をかけてきた。

「慣れだな。あらかじめ準備をして潜れないのも珍しくない。ある程度は自分で作れるようにならないと、空きっ腹で戦うことになる」

 ダンジョン内を定例で潜って見て回るのは、人気のある業務なのもあって、基本的に部下に任せている。俺が潜るのは緊急事態が多い。悠長に調理済みのものを買いに走れない場合もある、今回のように。
 一応、暇なときに買い置きして収納袋マジックバッグに入れているが、手持ちが少ないときもある。

「ああ……」
 少々気まずそうな顔になった。ニールの所為とばかりは言えないのだが。
 実際にはストックはゼロではなく、今回分はギリなんとかなる。

 しかし何があるかわからないダンジョンで、直ぐに食べられる料理がないのは危険だ。
 それに血抜きして状態の良い獲物の味を知るのも、今のニールには必要なことだった。

 朝、狩った魔鶏を解体すると、今日の夕飯になる部位のついでに、明日以降に食べる分も下拵えをする。と言って
も岩塩を揉み込んだのと、香草塩を揉み込んだのと二種類作っただけだが。
 獲物はそれぞれ狩った方の物とするとはいえ、腰よりも頭の位置が高い魔鶏だ。二人がかりで大体、五日間で食べきるくらいの量の肉になる。

 竈の代わりに手早く石を積み上げて、風除けを作った程度。だが十分足りる。
 肉が焼き上がる少し前にパンを切り分けて火で炙る。密度が高く弾力のあるパンは腹持ちが良い。
 最初に焼き上がった肉をパンに挟んで、ニールに差し出す。

「旨いな! それに柔らかい!!」
 一口食べて目を輝かせた。「店の味がする!」と言った後は、食べきるまで無言だった。

「内臓を傷つけてないし、血抜きもしっかりしたら臭みは出ない。狩って即収納袋マジックバッグに仕舞わず、外に出しておくことで熟成が進むから食べやすくなる。ウサギや鶏なら半日くらいで十分だ」

 背嚢から冷蔵袋を取り出してみせる。多少荷物になるし重量もあるが、美味いものを食べるためには我慢するしかない。ダンジョンに潜っている間、楽しみと言えば飯くらしかないのだ。

 ダンジョン前の準備ができなかったり、金がないときには魔鶏は丁度いい。上層階に棲息する上、朝、狩れば夕方には食べごろになる。今回のように慌ただしく潜る羽目になったときは、立ち寄って狩ってから下りていく。
 収納袋マジックバッグの中には常に二種類の塩と、胡椒を始めとする数種類の香辛料――といっても既に混ぜて味が整っていた――を放り込んである。

「一口呑むか?」
 ニールが差し出したのは酒だった。

「呑んだら絶対に朝まで寝る自信があるから止めておくよ」
 何だかわからないが、酒精を取り込んだら爆睡する自信がある。

「もしかして……あんまり寝てないのか?」
「徹夜だった。月末は忙しいんだ」
 朝、回復ポーションを飲んでからギルドを出た。

 多少、身体は楽になったが睡眠が足りてないのは事実。今日だけでなく明日も酒は控えないと、夜中に何があっても起きないだろう。回復に二日もかかるのは、きっと歳をとった所為だ。普段、身体の衰えに気付かなくても、こういうところで年齢が出る。嫌なわかりかただった。

「なんだかスマン」
「仕事だ、気にするな」
 こうやってダンジョンに潜っているときも給与が発生しているし手当も付く。忙しい中で発生する臨時業務は困るとはいえ、ダンジョンに潜るのは嫌いじゃない。

「それよりも食え。明日は四〇層まで潜るぞ」
「お、おう……」
 焼き上がった鶏肉に、軽く炙ったチーズを乗せて味変した。更に胡椒を上にふってパンに挟む。暫くは鶏肉ばかりになるから、飽きない工夫は重要だ。

「旨い……」
 大口を開けて勢いよく食べすすめる。俺がひと切れ食べる間に、ニールは二切れ。まだ二〇歳を過ぎたばかりの、若手と言って差し支えない年齢だからなのか、良い食べっぷりだ。昼間に「おっさん」などと言ったが、こうやって一心不乱に食べる姿は、まだまだ子供のあどけなさがある。

 ――草臥れた見た目だから三〇歳近くに見えるが、実際は二二歳なんだよな。

 稼ぎが悪ければ、見た目なんか気にできない。まずは食べること、次に武器に使ったら金が残らない。
 今回の個別講習でしっかり魔獣の仕留め方をし込められれば、今よりかなりマシな生活を送れるだろう。実力はあるのだから。
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