冒険者ギルド職員はダンジョンの夢を見るか ―忍耐、過労、飯。中間管理職の日常―

紫月 由良

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2章 ダンジョン講習

05. 狼狩り ―ダンジョン2日目―

 空が白み始めた頃、目が覚めた。
 結界と魔獣除けのマットのお陰で、朝まで起きることはなかった。

 物音がしたら目が覚める程度の眠りの浅さとはいえ、実際に起きるのと起きないのでは雲泥の差だった。
 手早く荷物をまとめると、昨夜のうちに作っておいた鶏肉を挟んだパンを食べる。

 ――今朝もよく食べる。
 昨夜、俺の倍の肉を胃袋に詰め込んだニールは、三切れのパンをぺろりと平らげた。
 とても嬉しそうに食べている様は、まるで餌付け中の犬みたいで少しばかり可愛い。

「行こうか」
 最後に結界を張っていた魔法陣と魔石を回収すると、収納袋マジックバッグに仕舞い、次の階層に向かって歩き出す。

 すぐに二九層に下りたが、ここら辺はあまり風景に変わりはない。棲息する魔獣も同様で、違いを感じられなかった。
 だが三〇層になると少しずつ冷え始め、三三層に来るとかなり肌寒くなる。しまっていた外套を収納袋マジックバッグから引っ張り出した。吐く息が白い。

「冷え込んできているが大丈夫か?」

 ニールにとって初めてとなる階層だったが、ベテラン冒険者のように気温差に平然としていた。経験年数からすれば、愚痴の一つも出てきておかしくなかったのだが。
 そう思いながら声をかけた。

「ああ、暑さ寒さには強いんだ。子供ガキのころ貧乏でな」
 自嘲気味な笑みを浮かべる。

「……そうか。問題ないならいい。三五層の寒さは厳しくなる。限界だったら言ってくれ」

 冒険者になる前の経歴は聞かないのが不文律だ。多くは小遣い稼ぎのために薬草採りをしながら冒険者に憧れてなるが、中には食い詰めてなるヤツや、夜逃げして定職につけなくなったヤツもいる。
 本人が話したいなら聞くが、ニールはそうではなさそうだった。だから聞く気はない。

「この階層は狐系や狼系魔獣が出る。毛皮がそれなりに良い値段になるから、傷をつけないように狩るぞ」

 目標とする階層はまだ先だが、ここで少し腰を落ち着けて魔獣を狩る予定だ。
 一つの階層は広く、やみくもに歩いても魔獣とは遭遇しない。会話をしながら気配を探った。

「狼の群れらしいのが来る。毛皮しか値段がつかない魔獣だ、気を付けて狩れ」
 魔力の塊から、多分狼だろうと当たりをつけた。

「群れに襲われながら、気を使えるか!」
「できないならできるようになる、それが冒険者としての成長だろう?」
 できないではなくやるんだ、と告げた。剣を抜かずサヤ打ちすれば傷がつかない。頭部を殴れば昏倒する。

「行くぞ」
 魔獣の群れの方向に足を向けた。

「見つけた」
 狼の群れからも、自分たちを見つけられたらしい。勢いよく茶色の獣が近づいてきた。

泥狼マッディウルフかよ!」
 面倒臭ェと言いたげにニールが呟く。

 狼の中で比較的小型な上に泥を思わせる色の毛皮は、地味で不人気だから買取価格が低い。傷をつけないように気を使うには安すぎる獲物だった。

「練習に良いじゃないか。毛皮に穴を開けずに倒せ」
「ちょ……数が多すぎる!」

 中型犬ほどと狼としては小柄な代わりだろうか、群れの規模がほかの狼より多いから少人数で倒すのは、それなりに苦労する数だった。

「五〇頭ってところか」
 泥狼マッディウルフは地上の狼と同様、不利と悟ったら引く。彼我の差を見せつけられれば、必ずしも倒す必要はない。

 エンカウントと同時に数頭は倒すから、一瞬のすれ違い程度の戦闘で終わるはずだ。
 ただその一瞬に、同時に一〇頭ほどを相手にする。

「向こうが引く前に何頭か倒そうか」
「斬っていいんだったらできそうだけどな!」
 チクショウ、と吐き捨てた後、ニールは先頭を走る狼を剣で殴りつけた。

 少々、ヤケクソ気味に見えたが、多分気のせいだろう。
 小型だけあって泥狼マッディウルフはすばしっこく面倒くさいが、力はさほど強くない。ちょっと凶暴な犬程度の脅威だ。
 瞬殺と言って良いくらいあっという間に何頭か倒すと群れが逃げていく。

「剣が重い」
 鞘の分、振るときの負担が増える。重いのは当然だ。

「だが傷はついてないだろう?」
 泥狼マッディウルフは安価な毛皮だから、冒険者にとって美味しい獲物ではない。
 だが庶民にとっては少し背伸びをしながら買う毛皮であり冬の必需品だ。

「まだ夏なんだから、どうせ査定は良くないだろ?」
「加工が入るから、寒くなってからだと遅すぎる。少々早めだが、早すぎるとまでは言えないな。夏毛だから査定はあまり良くないが。泥狼《マッディウルフ》は数が多いし庶民向けだから、春の値下がり以外は大抵同じ値段だし気にするほどではない」

「ほかは?」
「少しずつ査定額が上がる時期だ。今すぐ売るよりも一ヶ月くらい置いた方が良いかもしれん。こまめに値段を確認して満足いくときに出せば良い」

 収納袋マジックバッグは時間停止機能がついている。満足いく買い取り査定がつくまで寝かしておくのは、冒険者がよくやることで、咎められるものではない。ギルド側もほぼ無限収納が可能とはいえ、不要な在庫を抱えたいとは思っていない。売れる時期に持ち込まれる方がありがたかった。

「どれも悪くないな……」
 ニールが倒した泥狼《マッディウルフ》の状態を確認する。かなり良い状態で、ダンジョンに潜る前に持ち込んだコカトリスのような、悲惨な価格とは縁がなさそうだ。

 ――少し狩りの仕方に口を出しただけで、これほど変わるか。
 今まで持ち込まれた獲物の状態との差が激し過ぎる。
 きっと誰にも頼らず、見よう見真似でやってきたのだろう。ある意味凄い。師事する相手もおらず、やってこられたのは。

 ――思った以上に素養がありそうだ。
 C級程度の実力はありそうだと思ったが、もしかしたら将来、B級昇格を果たすかもしれない。

「次は銀狼シルバーウルフ黒狼ブラックウルフを狙うか」

 どちらも同じくらいのサイズで大型の狼だ。黒みがかった銀色の美しい毛並みを持つ銀狼シルバーウルフは、泥狼《マッディウルフ》の倍の査定額。黒狼ブラックウルフは漆黒の毛並みを持ち、魔法耐性もあるため、十倍の査定額。

「強さに差があり過ぎじゃあ?」
「だが数は少ないぞ」

 泥狼《マッディウルフ》は小型の狼だが、群れの規模は大きく三〇から六〇頭くらい。対する銀狼シルバーウルフは一〇から三〇頭くらい、黒狼ブラックウルフは数頭から一〇頭くらいの小規模な群れだ。自分たちが不利だと悟れば逃げるのも同じ。とはいえ判断は遅く、最初の一頭が倒れて直ぐには引かない。

「やることは一緒なんだ、そう難しくない」
「戦闘力が違うだろ!」
「気のせいだ」

 抗議は受け付けない。高額査定が出る魔獣なのだ。ここはしっかりと狩れるようになってもらわないと、ギルドの収入が増えない。
 群れの位置を探りながら歩きだすと、ブツブツ文句を言いながらついてきた。

 小一時間ほど歩いたところでようやく反応を見つける。目視できるほど近づくと、向こうはとっくに気づいたらしく、唸りを上げながら駆けてくる。

黒狼ブラックウルフだ、良かったな」
「どこが良いんだよ! 銀狼シルバーウルフより強いじゃないか!!」

 どちらもC級冒険者向きの魔獣だ。とはいえパーティを組んでいればギリD級でもどうにか……なりそうもなかった。
 だがニールはC級と肩を並べられるほど強い。支援も入るのだから余裕とまでは言わないが、十分対処できる範囲だ。

「落ち着け、やることは泥狼《マッディウルフ》と変わらん。ちょっとばかりデカいが、その分、的が大きくなって狙いやすいぞ」

「絶対ェ、そんなことない!!」
 少し悲鳴に近いが多分、気のせいだ。
 ニールは少々感受性が高すぎる。

 仲間が死ぬリスクを回避する泥狼《マッディウルフ》と違って、何頭か倒されても挑んでくるところが厄介な程度だ。
 それでも半数が死ぬ前に引くから大した脅威ではない。

「露払いはしてやる、頑張れ」
 そう言いながらちょっとばかり前に出た。

 先頭を走る狼が群れの中で一番デカく凶暴そうだった。多分、ボスだろう。
 踏み込んで剣で殴りつけながら宙に放り投げる。
 落下地点を確認する間もなく、二頭目、三頭目が跳びかかってきた。

 大きく振りかぶって二頭まとめて殴り飛ばす。こちらは地面に叩きつける感じだ。多少のダメージは受けたようだが、起き上がって再び襲ってくる。
 だがゆっくりとしたもので、四頭目をカウンター攻撃で後頭部を殴り倒した上、体勢を立て直すより早く制圧。

 「キャンッ!!」
 図体には似合わず、悲鳴は可愛らしかった。
 群れは全滅していなかったが、半数近くを失って、戦意を喪失したらしい。襲ってきたときと同じくらい早く逃げ去る。

「どうだ、楽勝だっただろう?」
 ニールの足元には一頭目、倒した個体の中で一回り大きく立派な体躯のとそこそこな大きさの黒狼ブラックウルフが二頭。

「査定が期待できそうなヤツだな」
 おめでとう、と声をかける。

「折半だけどな。手伝ってくれなきゃ倒せなかった……」
「面倒なんだよ、帰還直後に査定に出さない魔獣は」

 不要だと返す。本音だ。俺一人で三頭倒している。その上、ニールの方に投げたとはいえ、ほぼダメージは与えられていなかった。稼ぎを寄越せというのは、少々どころでなく厚かましい気になる。

「良いのか……?」
「良いも何も、そっちの方に追い立てた程度だ。支援にもならんよ」

 狼の中で一番高値になりそうな個体とはいえ、倒した数は俺の方が多いというのもある。欲張り過ぎはよくない。

 今回は受講者ニールに魔獣の討伐の仕方を教えると共に、冒険者として過不足なくやっていけるようにするのが目的だ。自信を付けさせるのもだが、今後のために装備をある整えられる資金を作るのも、必要なことだった。実力に見合わない質の悪い防具と野営装備、不十分な数の回復ポーションなど、新しくそろえた方が良い装備は数え上げたらキリがないのだ。

 三四層は上の階層より少し気温が低いだけで、風景も魔獣もあまり変わり映えはしなかった。
 寒冷な気候になる三三層から徐々に大型の魔獣が姿を見せなくなる。それでも極冠と呼ばれる三五層と違って、大箆鹿グレートエルクがいる。

 説明しながら階層を移動していく。途中、泥狼マッディウルフに何度か遭遇して倒していった。探査魔法を使って魔獣との遭遇を避けたりエンカウントを増やしたりといったことはしていない。

 だが植物が少ない階層は草食の魔獣も少なく、肉食の魔獣は常に飢えている。冒険者を見つけたら襲ってくるのは自然なことであり、ほかの階層よりも魔獣とのエンカウント率は高かった。
 とはいえニールは危なげなく倒していき、難なく下の階層に下りる。
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