そこにある愛を抱きしめて

雨間一晴

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第十四話 揺れる水面

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 彼に初めて会ったのは、二ヶ月前の暑苦しい夏のことだった。

 窓から刺すような日射しに、チリチリと焼かれる額を掌で守りながら、商店街を眺めていた。

(今年も始まったか……)
 
 向かいの八百屋が見えないほどに、沢山の人が楽しそうに歩いている。

 陽気な音頭が窓を揺らして、湯気の出そうな街路樹からは、競うように蝉が命を燃やしていた。

 顔くらい大きな綿菓子をかじっている、白いチューリップハットの少女と目が合った。

 ここは何のお店なんだろう?そう思っている首の傾げ方で、しばらく見つめられていた。

 私は、仕方なく営業スマイルで少女に手を振った。

 勢いよく肩を上げて、逃げるように母親の元へと駆け寄っていった。

 同年代くらいの母親が幸せそうに娘の頭を撫でるのを見て、左の薬指を虚しく撫でた。

(子供か……) 
    
「店長ーお客さん来ないからって、サボリですかー?」

 後ろから聞こえる、間延びした声に背筋を伸ばした。

「サボってないわよ!これは、その、歩く人々の髪型とか、ファッションを見て、勉強してるのよ……」

「ふーん」

「な、なによ、信じてないでしょ?」

「それじゃあ、私も勉強ってことで」

「あんたはシンプルに、サボりたいだけでしょ」

「そんなことないですよー。あ!私、分かっちゃいましたよ……」

 後輩がニヤニヤしながら、顔を覗き込んできた。

「また変なこと考えてるでしょ?」

「ふっふっふ。店長、ずばり。あの金魚すくいのお兄さんに、惚れてますね!」

 名探偵のように、力強く指差した先に、赤い屋台があった。

 パイプ椅子に座っている男性が、子供達を見守っていた。

 緑の野球帽に、同じ色のエプロンが似合っている。

 子供達と一緒になって、奥歯まで見えそうな豪快な笑顔に、無意識に微笑んでしまっている自分がいた。 

「あー、店長、顔赤くなってますよー」

「ば、ばか!そんなんじゃないわよ!」

「もう、分かりやすいんだから。いいですよ、会いに行ってきても」 

「違うってば!」

「もう、恥ずかしがっちゃって。はい、これどうぞ」

 後輩がポケットから、ビニールに包まれた白いマスクを、手渡してきた。

「店長シャイガールだから、これなら大丈夫ですよね?」

 私は少し考えてから、マスクを受け取った。

「私はあくまで、調査として行くだけだからね!」

「はいはい、分かりましたって。素敵なレポートは、彼の連絡先でお願いします。ね!」

「ちょっと、押さないでよ!」

 追い出されるように外に出たあと、照り付ける暑さの中、少し震える指先でマスクを付けた。
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