そこにある愛を抱きしめて

雨間一晴

文字の大きさ
15 / 121

第十五話 ひまわり

しおりを挟む
 自分の溜め息が熱を帯びて鼻にかかり、踊るような人々の流れに入れずにいた。

 やきそば・冷やしパイン・かき氷。そして金魚すくい。

 屋台の大きな文字が迫って来るような圧迫感と、耳を叩く祭りの音頭に唇を強く結んだ。

 やっぱり止めよう……

 勢いよく振り返ると、後輩に蚊でも見つけたように睨まれて、首を抜けそうなくらい左右に振っていた。

 私は肩を落として、再び金魚すくいの方に視線を戻した。

 パイプ椅子に座り、向日葵のように笑う彼、周りには男の子が三人、腰を丸めている。

 少し近くで見たら帰ろう。そう思いながら、なるべく自然を装って少し離れた屋台から、滑るように流れていった。

「ねえ!全然取れないよ!」

 青い虫眼鏡のような、網の残骸を振り回して、少年の声が聞こえてきた。

 あまり興味はないけれど、少し立ち止まって見てみよう。そんな嘘を自分に言い聞かせて、少年の後ろで立ち止まった。

「また破れたのか?全く下手くそだな。ほら、これ最後だぞ」

 彼は手入れのされていない眉毛を、片方上げながら、箱から新しいのを出して、少年に渡した。箱には、金魚ポイと書いてあった。

 あれって、金魚ポイって名前なんだ。そんなことを思っていると、箱を持ったままの彼と目が合ってしまった。

 少し離れた奥二重に、丸みのある上向きの鼻、薄い唇の右には、二本剃り残した髭が跳ねるように生えていた。

 決してイケメンでは無いし、タイプでも無かった。それでも、不思議そうに見つめてくる彼に緊張してしまった。

 眼球が逃げるように後退り、体が後ろに引っ張られる。

「そこのお姉さんが、お手本見せてくれるってさ!」

 理解が追い付かずにいると、三人の子供が目を輝かせて見つめてきた。

 クラクラする頭に言葉が出ないままいると、彼が笑顔でポイを差し出してきて、囁くように呟いた。

「お子さんとの交流にもなりますし、ぜひ」

 勘違いされていることよりも、彼の優しい笑顔と声に、嬉しくなっている自分が、恥ずかしかった。

「お姉さん上手なの?」

「ああ、上手もなにも、彼女は金魚すくいのプロだぞ!」

 おどけて答える彼に、ポイを持つ手が震えた。

「ちょっと!違います!」

 自分が思ってるより声が出てしまった。子供達は少し驚きながら、口を尖らせた。

「えー。違うのー?お手本見せてくれるんでしょ?」

 何も答えられずに、睨むように彼を見ると、微笑みながら小さな黒いお茶碗を渡された。

「いーや、お手本見せてくれるよ。彼女はプロだからね。そのお碗一杯になっちゃうかもよ?」

「うそだー!この人、下手そうだよ?」

 調子の変わらない彼と子供に、段々苛立ってきて、適当にやって帰ろうと思っていた。

 白い水槽に目を落とす。

 真ん中にある、ぶくぶくと泡立つ青い球から、円を描くように赤い金魚が流れていく。

 数匹いる太った黒い出目金が、面倒そうに小さなヒレを動かしていた。

 三人の子供が覗き込むように、私の震える手を見つめている。

 出来るだけ小さな金魚の下に、恐る恐るポイを忍ばせて、願うようにすくい上げた。

 音も無く、白い紙を金魚が突き破り、水中へと帰っていく。

「あーあ」

 子供達の悪気のない落胆の声に、お碗を持つ手に汗が滲んだ。

「今のは、悪いお手本を、あえて見せてくれたんだ。ですよね、お姉さん?」

 見上げると彼は変わらない微笑みで、赤いポイを私に差し出していた。

 私は、これ以上恥をかきたくないし、何だか彼にカッコ悪いところを見られるのが嫌だったから、首を小さく横に振った。

「大丈夫ですから、もう一度だけ、お願いします。ほら、子供が期待して見てますよ」

 そう呟く彼の手を払うことも出来なくて、破れたポイと交換してしまった。

「お姉さんは、これから本気を出すから、あの黒い出目金だって簡単に取っちゃうぞ。ですよね?」

 彼が試すように首を傾げながら言ってきた。

「本当かよー」

 呆れるような顔の子供達と、調子の変わらない彼に、いじめでも受けている気分だった。

 もうどうにでもなれと、投げやりに、黒い出目金へと、水面を切るようにすくい上げた。

 でっぷりとした鈍い黒が、ポイに吸い付くように乗ったまま、するりとお碗に入っていく。

「すげー!」

 自分が驚くよりも早く、子供達の歓声が上がり、胸が少し熱くなった。

 彼がどんな顔をしているのか見たくなって、顔を上げると、満足そうに親指を立てて笑っていた。

「お姉ちゃん、本当にプロなの?」

 目を輝かせている子供にも、何だかドキドキしてきてしまっていた。

「いや、たまたまだよ。プロなんかじゃ……」

 そう私が言いかけたとき、彼の声が響いた。

「そうだよ、彼女は金魚すくいのチャンピオンなんだ」

「ちょっと!チャンピオンなんかじゃないですって!」

「まあまあ、試しに、もう一度すくってみて下さいよ。きっと大丈夫ですから」

 流されるままに、金魚をすくってみると、簡単にお碗に入っていく。

 試しに、ぶくぶくと泡を出している青い玉をすくうと、難なく持ち上がり、空中でブスブスと不満そうに空気を吐き出し続けていた。

 興奮して歓声を上げる子供達を横目に、私は彼を睨んだ。

 彼は、少し驚いた顔をしてから、口の前で人差し指を立てて、息を吹き出していた。

「しー!」

「っぷ、あはは」

 完全に細工をされたポイに、詐欺じゃんと思いながらも、何だか必死に息を吹き出している彼がおかしくて、しばらく二人で笑い合っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

処理中です...