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第十七話 赤いハンカチ
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私の震えが抱きしめる水面を揺らしていた。
後輩の言葉が、胸を締め付ける。
彼の連絡先を聞かなきゃ……
でも、彼は私に子供がいると思ってるし、連絡先を聞く理由なんて……
彼から受け取ったハンカチを、強く握って気が付いた。
「……あの!」
「はい?」
彼は少し驚いた顔のまま、私の手元で慌てて水面から呼吸する金魚のように、口を開けたまま私の言葉を待っていた。
「このハンカチ、洗って返しますので!その……」
連絡先を。なんて、私がすぐに言えるはずもなく、言葉に詰まってしまった。
それでも、彼は変わらずに、優しい笑顔で、優しくないことを言ったんだ。
「ああ、それなら小学校で大量に作られた記念品なので、おまけで差し上げますよ」
連絡先を聞くことに失敗したショックもあった。
それでも、彼のことを少し知れたような気がして、もっと知りたいと思ってしまった。
「あ、あなたは、小学校の先生なんですか?」
「ええ、一応。あ、だから尚更、ポイのことは内緒でお願いしますね」
「学校の先生が、あんな詐欺して良いんですか?私が内緒にしなかったら?」
彼の困った顔が何故か見たくて、少しでも私を覚えていてほしくて。心に思ってもない意地悪をしてしまった。
自分が思っているよりも、冷たく出てしまった私自身の言葉が、胸に刺さって冷えていった。
それでも彼は、困ったような、そして、照れているような顔で、鼻の先を掻いてから、優しい笑顔で私に教えてくれたんだ。
「その時は、素直に謝ります。でも、さっきの子供達には、内緒にしてあげて欲しいんです。あの子達と、あなたの素敵な笑顔は、嘘なんかじゃないですから」
私はマスクをしていても、ちゃんと心から笑えていたんだってことを。
「冗談ですよ、内緒にします。ふふ、変な先生ですね」
「はは、よく言われます。それに、あのポイだって、自分用の暇つぶしで防水スプレーかけただけですよ。お客さんには使わせたことは無いですから、詐欺屋台じゃないんです」
怒られた子供みたいに言い訳する彼が、なんだか小さく可愛く見えて、おかしかった。
「じゃあ、なんで私に貸してくれたんですか?」
「……それは」
「それは?」
「お姉さんを巻き込んじゃったのは自分ですし、その……」
「初めから、子供達を改造したポイでビックリさせるために、私を利用したんじゃないですか?」
また心とは裏腹に、彼が傷付くようなことを言ってしまう自分が、心から嫌だった。
「そんなんじゃないです!その、あなたが、金魚すくいをしたそうな目をしてたから……」
私はそんな目で立っていたのだろうか、それを彼は、ほっとけなかった。ただの通りすがりの私を?
子供もそんな好きじゃないし、私は早く大人になりたかった。大人にならなければいけなかった。
私はただ、心から楽しそうに笑うあなたと、子供達が羨ましくて……
「そんな寂しそうな目をしてましたか?」
ビニール袋を持つ手に力が入り、爪が袋に食い込みそうな感覚に指先が震えた。
「大丈夫、今はしてませんよ。子供達と一緒に笑うと、寂しさなんか、どこかに行っちゃうんですよ」
彼の少し寂しそうな笑顔に、胸が痛くなった。
「とにかく!使ったお姉さんも共犯なんですからね!」
何かを誤魔化すように振る舞う彼に、気付かないフリをして微笑んだ。
「ふふ、そうですね。本当に変な先生ですね」
「はは。お姉さんだって、変なお母さんですよ。ほら、早く行かないと、お子さん心配してますよ」
急かす彼の言葉に、水面から金魚が跳ねた。
「あの!明日も、金魚すくい、やってますか?」
なんとか勇気を出して言えた、私の願いを込めて。
「ええ、明日もやってますよ。だから、今度はお子さんと来てくださいね」
明るい笑顔に戻った彼に、安心している自分が不思議だった。
「はい。また来ます。お兄さんの金魚すくい楽しかったですよ」
「はは、こちらこそ」
子供達と同じように、また会えると願いながら、私は手を振った。
彼は優しく手を振りながら見送ってくれた。
子供のように、無邪気に、またね。なんて言いたかった。でも、私はもう大人になってしまったんだ。
我が子のように金魚を抱えて、彼に見られないように遠回りして、美容院の裏口から帰ってきた。
破れないように玄関に置いて、彼にもらったハンカチを上にかけた。
風船のように膨らむ袋の上に、赤いハンカチが乗って、小さな金太郎のような赤子に見えて、そっと抱きしめた。
中で慌てて動き回る金魚達が、小さな鼓動のようで、彼の顔が浮かんだ。
この子達を、長生きさせないと。彼と約束したんだから。
音を立てないように店内へ戻ると、入り口から外を覗くように、精一杯背伸びをして、私を探している後輩がいた。
そんなんじゃ、お客さんが恐がって入れないだろうに……
悲しいけど、お祭り中にお客さんが来たことなんて、確かに無かったけども。
でも、私の背中を押してくれた後輩が、私を一生懸命に探している後輩が、なんだか可愛くて仕方がなかった。
背後からゆっくり近づいて、思いっきり抱きしめた。
「ちょ!痴漢!」
後輩が思いっきり放った肘鉄が脇腹をえぐって、うずくまった。刺すような痛みに顔が歪むが、ここで倒れる訳にはいかなかった。
「え!店長!なにやってるんですか!すみません!大丈夫ですか?」
泣きそうな顔で謝る彼女に抱えられて、痛むお腹に構いもせずに聞いた。
「だ、大丈夫。金魚って、なに食べるの?」
後輩の言葉が、胸を締め付ける。
彼の連絡先を聞かなきゃ……
でも、彼は私に子供がいると思ってるし、連絡先を聞く理由なんて……
彼から受け取ったハンカチを、強く握って気が付いた。
「……あの!」
「はい?」
彼は少し驚いた顔のまま、私の手元で慌てて水面から呼吸する金魚のように、口を開けたまま私の言葉を待っていた。
「このハンカチ、洗って返しますので!その……」
連絡先を。なんて、私がすぐに言えるはずもなく、言葉に詰まってしまった。
それでも、彼は変わらずに、優しい笑顔で、優しくないことを言ったんだ。
「ああ、それなら小学校で大量に作られた記念品なので、おまけで差し上げますよ」
連絡先を聞くことに失敗したショックもあった。
それでも、彼のことを少し知れたような気がして、もっと知りたいと思ってしまった。
「あ、あなたは、小学校の先生なんですか?」
「ええ、一応。あ、だから尚更、ポイのことは内緒でお願いしますね」
「学校の先生が、あんな詐欺して良いんですか?私が内緒にしなかったら?」
彼の困った顔が何故か見たくて、少しでも私を覚えていてほしくて。心に思ってもない意地悪をしてしまった。
自分が思っているよりも、冷たく出てしまった私自身の言葉が、胸に刺さって冷えていった。
それでも彼は、困ったような、そして、照れているような顔で、鼻の先を掻いてから、優しい笑顔で私に教えてくれたんだ。
「その時は、素直に謝ります。でも、さっきの子供達には、内緒にしてあげて欲しいんです。あの子達と、あなたの素敵な笑顔は、嘘なんかじゃないですから」
私はマスクをしていても、ちゃんと心から笑えていたんだってことを。
「冗談ですよ、内緒にします。ふふ、変な先生ですね」
「はは、よく言われます。それに、あのポイだって、自分用の暇つぶしで防水スプレーかけただけですよ。お客さんには使わせたことは無いですから、詐欺屋台じゃないんです」
怒られた子供みたいに言い訳する彼が、なんだか小さく可愛く見えて、おかしかった。
「じゃあ、なんで私に貸してくれたんですか?」
「……それは」
「それは?」
「お姉さんを巻き込んじゃったのは自分ですし、その……」
「初めから、子供達を改造したポイでビックリさせるために、私を利用したんじゃないですか?」
また心とは裏腹に、彼が傷付くようなことを言ってしまう自分が、心から嫌だった。
「そんなんじゃないです!その、あなたが、金魚すくいをしたそうな目をしてたから……」
私はそんな目で立っていたのだろうか、それを彼は、ほっとけなかった。ただの通りすがりの私を?
子供もそんな好きじゃないし、私は早く大人になりたかった。大人にならなければいけなかった。
私はただ、心から楽しそうに笑うあなたと、子供達が羨ましくて……
「そんな寂しそうな目をしてましたか?」
ビニール袋を持つ手に力が入り、爪が袋に食い込みそうな感覚に指先が震えた。
「大丈夫、今はしてませんよ。子供達と一緒に笑うと、寂しさなんか、どこかに行っちゃうんですよ」
彼の少し寂しそうな笑顔に、胸が痛くなった。
「とにかく!使ったお姉さんも共犯なんですからね!」
何かを誤魔化すように振る舞う彼に、気付かないフリをして微笑んだ。
「ふふ、そうですね。本当に変な先生ですね」
「はは。お姉さんだって、変なお母さんですよ。ほら、早く行かないと、お子さん心配してますよ」
急かす彼の言葉に、水面から金魚が跳ねた。
「あの!明日も、金魚すくい、やってますか?」
なんとか勇気を出して言えた、私の願いを込めて。
「ええ、明日もやってますよ。だから、今度はお子さんと来てくださいね」
明るい笑顔に戻った彼に、安心している自分が不思議だった。
「はい。また来ます。お兄さんの金魚すくい楽しかったですよ」
「はは、こちらこそ」
子供達と同じように、また会えると願いながら、私は手を振った。
彼は優しく手を振りながら見送ってくれた。
子供のように、無邪気に、またね。なんて言いたかった。でも、私はもう大人になってしまったんだ。
我が子のように金魚を抱えて、彼に見られないように遠回りして、美容院の裏口から帰ってきた。
破れないように玄関に置いて、彼にもらったハンカチを上にかけた。
風船のように膨らむ袋の上に、赤いハンカチが乗って、小さな金太郎のような赤子に見えて、そっと抱きしめた。
中で慌てて動き回る金魚達が、小さな鼓動のようで、彼の顔が浮かんだ。
この子達を、長生きさせないと。彼と約束したんだから。
音を立てないように店内へ戻ると、入り口から外を覗くように、精一杯背伸びをして、私を探している後輩がいた。
そんなんじゃ、お客さんが恐がって入れないだろうに……
悲しいけど、お祭り中にお客さんが来たことなんて、確かに無かったけども。
でも、私の背中を押してくれた後輩が、私を一生懸命に探している後輩が、なんだか可愛くて仕方がなかった。
背後からゆっくり近づいて、思いっきり抱きしめた。
「ちょ!痴漢!」
後輩が思いっきり放った肘鉄が脇腹をえぐって、うずくまった。刺すような痛みに顔が歪むが、ここで倒れる訳にはいかなかった。
「え!店長!なにやってるんですか!すみません!大丈夫ですか?」
泣きそうな顔で謝る彼女に抱えられて、痛むお腹に構いもせずに聞いた。
「だ、大丈夫。金魚って、なに食べるの?」
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