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第三十二話 決断
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「いつもテレビで見ている別世界の人が、私なんかに差し出す指輪は、余りに眩し過ぎた。頭が追い付かないまま、耳の中で反響するように、透き通った言葉だけが響いて来たの。『僕があなたを、必ず幸せにします。あなたが望むなら、僕は芸能界を辞めて、一緒に美容師として働きたい。お願いです、結婚して下さい』そう、言われちゃった……」
彼女は少し照れているような、困っているような顔で、ゆっくりと髪のカットを再開した。私はもう、自分の髪型がどうなろうと、どうでも良かった。
「……な、何て返事したんですか?」
「……何も、言えなかった」
「そ、それじゃあ、その人と結婚するんですか……」
「ううん、指輪も受け取っていないわ。ただ何も言えずに、目が眩むほどの輝きを放っている、大きなダイヤの指輪を見つめてしまっていたの。きっと高価な指輪じゃなくても、相手がアイドルじゃなくても、指輪を前にしたら、断れなくなっていたのかも知れない。ずっと一人で勝手に寂しく過ごして、三十歳になってしまった私には、手を伸ばせば届いてしまう確かな幸せが、恐ろしく魅力的に見えてしまったの……。そんな自分が情けなくて、十年も待った彼への思いが、遠くなっていくのが怖かった」
「……それで、アイドルの人は、どうしたんですか?」
「それが……。『いきなり驚かせて申し訳なかったです。僕の気持ちが本気なのを分かって欲しくて、決して遊びなんかじゃないです。初めて会った時から、ずっと好きでした。いきなり結婚を申し込むのも失礼でしたよね……。恋人じゃなくても良いです、ただの友達からでも、どこかに一緒に行けたら嬉しいです。まだ迷う気持ちがあるのなら、全然急がなくて大丈夫です。いつまでも、僕は返事を待ちます……』そう言ってくれた綺麗な瞳から、真っ直ぐに涙が落ちてね。何だか可哀想な自分を見ているようで、胸が痛かったの……」
優しい彼女も、一緒に泣いていたんだろうな……
「……返事は、まだ考え中なんですよね?」
「ううん。たった今、あなたを見て。決めたわ」
彼女は黒い涙の後を強く手で擦り、少し微笑みながら鋏を見て、年季の入ったシザーケースに優しく仕舞った。
彼女は少し照れているような、困っているような顔で、ゆっくりと髪のカットを再開した。私はもう、自分の髪型がどうなろうと、どうでも良かった。
「……な、何て返事したんですか?」
「……何も、言えなかった」
「そ、それじゃあ、その人と結婚するんですか……」
「ううん、指輪も受け取っていないわ。ただ何も言えずに、目が眩むほどの輝きを放っている、大きなダイヤの指輪を見つめてしまっていたの。きっと高価な指輪じゃなくても、相手がアイドルじゃなくても、指輪を前にしたら、断れなくなっていたのかも知れない。ずっと一人で勝手に寂しく過ごして、三十歳になってしまった私には、手を伸ばせば届いてしまう確かな幸せが、恐ろしく魅力的に見えてしまったの……。そんな自分が情けなくて、十年も待った彼への思いが、遠くなっていくのが怖かった」
「……それで、アイドルの人は、どうしたんですか?」
「それが……。『いきなり驚かせて申し訳なかったです。僕の気持ちが本気なのを分かって欲しくて、決して遊びなんかじゃないです。初めて会った時から、ずっと好きでした。いきなり結婚を申し込むのも失礼でしたよね……。恋人じゃなくても良いです、ただの友達からでも、どこかに一緒に行けたら嬉しいです。まだ迷う気持ちがあるのなら、全然急がなくて大丈夫です。いつまでも、僕は返事を待ちます……』そう言ってくれた綺麗な瞳から、真っ直ぐに涙が落ちてね。何だか可哀想な自分を見ているようで、胸が痛かったの……」
優しい彼女も、一緒に泣いていたんだろうな……
「……返事は、まだ考え中なんですよね?」
「ううん。たった今、あなたを見て。決めたわ」
彼女は黒い涙の後を強く手で擦り、少し微笑みながら鋏を見て、年季の入ったシザーケースに優しく仕舞った。
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