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第三十一話 迷い
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「世界のどこにいるのかも分からない。また会う約束も、私がここで待ち続けているなんてことも、何も言わずに別れた。もう彼は、違う相手と結婚していても全然おかしくない。彼はその世界では、きっと救世主なのだから、沢山の女性が放っておかない。そんなことは、とっくに分かっているのに……」
大きく綺麗なピンク色の唇を噛み締め、辛そうに彼女は少しずつ言葉を紡いでいった。
「そんな彼を、どうしても忘れられなくて。彼と一緒に過ごしたこの美容院で、呪縛されたように、頑張り続けた。きっと、彼が旅から帰ってきたら、ここに立ち寄ってくれる、いつ来ても良いように、当時と同じ髪型で待っている。またこの場所で一緒に髪を切り合いたい。そんな幻想を抱いて。きっと私も彼に呪われているのね、いつしか彼を待つ思いが、少しずつ憎しみに変わっているの。何で早く来てくれないのって。私が勝手に待っているだけなのに、馬鹿みたいよね。彼だけのために頑張ってきた、私は美容師がしたいんじゃなくて、彼と一緒に居たかっただけなのだから……。そしたらね、皮肉にも、彼以外の男性が沢山来るのよ……」
「……お客さんにプロポーズされたんですか?」
彼女くらい美人だと、色んな男性からアプローチされるのは容易に想像出来た。ただ、彼の話を聞いてしまった後では、彼女が他の男性と付き合っているとも思えなかった。いや、思いたくなかった。
「そう。それが昨日のこと。気が付けば専門学校の講師も任されて、雑誌とかにも掲載されてね。笑っちゃうわよ、『モテモテ美人の凄腕美容師!』とか書かれてね。ふふ、私は彼としか付き合ったこと無いのにね。それで、芸能人も私の元へ来るようになったの……」
「芸能人……」
一体どんな人が来るのだろう。テレビで見てるような人達が、ここに座っていたかも知れないんだ……
少しミーハーになってしまった後に、すぐ気が付いた。そんな芸能人からアプローチされたら、多くの女性が揺らいでしまうかも知れないことを。
「もちろん、一般のお客様にも沢山アプローチされて来たわ、それこそ毎月のように。でも、私は彼が忘れられなくて、ずっと断ってきたの。でも昨日、私が担当しているアイドルの子が、指輪を持ってきたのよ……」
「アイドル……」
「そう、それも国民的アイドルで超有名人。いくつもの番組や映画に出ていて、年齢は私と同じ三十歳。そのアイドルは、私に彼氏が居ないのが不思議で、何度も理由を聞いてくれたの。こんな一般人の私は、恋愛対象になる訳が無いと思って、先月ついに彼のことを話してしまったの。もしかしたら、番組とかで彼のことを知っているかも知れないと、少し期待しちゃってね。彼のことを今も待ち続けていると話したのは、そのアイドルと、あなただけよ」
何で私に話してくれるんだろう、今のアイドルにプロポーズされた話も。私なんかに話す理由が益々分からなくなった。
「そのアイドルは、私の馬鹿みたいな話を聞いて、今のあなたのように泣きながら、優しく慰めてくれたの。そして、付き合ってもいないのに、いきなり昨日、私にプロポーズしてくれたのよ。見た事もないような、目が眩むほどの、大きなダイヤの指輪を見せて、私の前に跪いてくれたの……」
目眩がしそうだった。余りに現実離れした話が続いている。
仕事の無い子供達のために世界を飛び回る彼。何の約束も無く一方的に彼を、十年間待ち続けている彼女。そしてアイドルに突然、指輪をわたされてプロポーズされる。
彼女の人生が壮絶過ぎて、私が悩んできた小さな世界が、一本だけ生えている枝毛みたいに、そんなに気にしなくて良い、ちっぽけなことのように感じていた。
その指輪を受け取ったのだろうか……
私は息を呑んで、寂しそうなままの彼女を見守っていた。
大きく綺麗なピンク色の唇を噛み締め、辛そうに彼女は少しずつ言葉を紡いでいった。
「そんな彼を、どうしても忘れられなくて。彼と一緒に過ごしたこの美容院で、呪縛されたように、頑張り続けた。きっと、彼が旅から帰ってきたら、ここに立ち寄ってくれる、いつ来ても良いように、当時と同じ髪型で待っている。またこの場所で一緒に髪を切り合いたい。そんな幻想を抱いて。きっと私も彼に呪われているのね、いつしか彼を待つ思いが、少しずつ憎しみに変わっているの。何で早く来てくれないのって。私が勝手に待っているだけなのに、馬鹿みたいよね。彼だけのために頑張ってきた、私は美容師がしたいんじゃなくて、彼と一緒に居たかっただけなのだから……。そしたらね、皮肉にも、彼以外の男性が沢山来るのよ……」
「……お客さんにプロポーズされたんですか?」
彼女くらい美人だと、色んな男性からアプローチされるのは容易に想像出来た。ただ、彼の話を聞いてしまった後では、彼女が他の男性と付き合っているとも思えなかった。いや、思いたくなかった。
「そう。それが昨日のこと。気が付けば専門学校の講師も任されて、雑誌とかにも掲載されてね。笑っちゃうわよ、『モテモテ美人の凄腕美容師!』とか書かれてね。ふふ、私は彼としか付き合ったこと無いのにね。それで、芸能人も私の元へ来るようになったの……」
「芸能人……」
一体どんな人が来るのだろう。テレビで見てるような人達が、ここに座っていたかも知れないんだ……
少しミーハーになってしまった後に、すぐ気が付いた。そんな芸能人からアプローチされたら、多くの女性が揺らいでしまうかも知れないことを。
「もちろん、一般のお客様にも沢山アプローチされて来たわ、それこそ毎月のように。でも、私は彼が忘れられなくて、ずっと断ってきたの。でも昨日、私が担当しているアイドルの子が、指輪を持ってきたのよ……」
「アイドル……」
「そう、それも国民的アイドルで超有名人。いくつもの番組や映画に出ていて、年齢は私と同じ三十歳。そのアイドルは、私に彼氏が居ないのが不思議で、何度も理由を聞いてくれたの。こんな一般人の私は、恋愛対象になる訳が無いと思って、先月ついに彼のことを話してしまったの。もしかしたら、番組とかで彼のことを知っているかも知れないと、少し期待しちゃってね。彼のことを今も待ち続けていると話したのは、そのアイドルと、あなただけよ」
何で私に話してくれるんだろう、今のアイドルにプロポーズされた話も。私なんかに話す理由が益々分からなくなった。
「そのアイドルは、私の馬鹿みたいな話を聞いて、今のあなたのように泣きながら、優しく慰めてくれたの。そして、付き合ってもいないのに、いきなり昨日、私にプロポーズしてくれたのよ。見た事もないような、目が眩むほどの、大きなダイヤの指輪を見せて、私の前に跪いてくれたの……」
目眩がしそうだった。余りに現実離れした話が続いている。
仕事の無い子供達のために世界を飛び回る彼。何の約束も無く一方的に彼を、十年間待ち続けている彼女。そしてアイドルに突然、指輪をわたされてプロポーズされる。
彼女の人生が壮絶過ぎて、私が悩んできた小さな世界が、一本だけ生えている枝毛みたいに、そんなに気にしなくて良い、ちっぽけなことのように感じていた。
その指輪を受け取ったのだろうか……
私は息を呑んで、寂しそうなままの彼女を見守っていた。
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