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第四十二話 花束(4)
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「分かりました。必ず、そう伝えます」
彼は小さく胸で息を吸いながら、一度だけ頷いた。ドアを数人のサングラスをした男が開けている。今にも殺到してしまいそうな人の山に、悠然とアイドルは消えて行った。
彼女は受付の女性に向けて小さく頷くと、深くお辞儀を返されて私の方に戻ってきた。受付の綺麗な女性は、今まで存在していなかった気さえしてしまうが、彼女の頷きで察したように、窓に向かってお辞儀をしながら、分厚いカーテンを閉めていった。
それでも薄暗くならない強い照明の中で、彼女は私の前まで来て深くお辞儀をした。
「ごめんなさい、せっかく勇気を出して来てくれたのに。怖い思いをさせてしまって……」
彼女の肩が少し震えている気がして、急いで言葉を探していた。震えているのは、きっと私も同じだろう、指先が冷たくなってた。
「いえいえ!私は大丈夫です!その、大丈夫ですか?」
「……分からない。今もドキドキしちゃってる。こんなんじゃ駄目だよね……」
首を傾げながら苦笑する彼女は、赤面しながらも血の気が引いているような、屈折した表情だった。
「駄目なんかじゃないです!トップアイドルにプロポーズされるなんて、凄いじゃないですか」
きっと、もっと他の励まし方もあったんだと思う。言いながらそう思ったけれど、一秒でも早く元気になって欲しかった。
「ふふ、ありがとう」
「店長!戸締り終わりました!」
まるで軍隊の掛け声のように、空気を切り裂く怒号が響いた。綺麗な受付のお姉さんから発せられた声とは、とても思えなかった。
「ありがとう、今日はもう上がりましょう。この子は私が送ってくから、先に上がっちゃって。今日もありがとうね」
「とんでもないです!お先に失礼します!」
バサバサな金色の箒《ほうき》を被ったような尖った髪が起き上がると、片方だけ見える血走った右目が、私を強く睨んでいた。
寒気を覚えながら店内から消えるのを見守っていると、察してくれたように彼女は説明してくれた。
「ごめんなさいね、彼女きっと、あなたに嫉妬しているのね。あの子にも事情を教えてあげないと、あなたが虐められちゃいそうね……」
「……じょ、冗談ですよね?」
「ふふ、冗談よ。でも、あの子は私を追って、今や世界レベルだから、認めてもらうのは大変かもね……」
「こ、怖い方なんですか?」
「ううん。とんでもなく優しい子よ。少し不器用なだけ。チョコが好きだから、困ったらあげてみると良いわ」
「そんな、ペットじゃないんですから……」
「……そうね。何かをあげるだけで、相手のことをどうにか出来るなら、きっと簡単で詰まらないわよね」
そう言いながら、彼女は床に落ちた薔薇の花束を拾い上げた。ずっしりと花先が撓《たわ》んで、救いを求める手のように、満開に広がっていた。
「私も彼にプレゼントした物があるんだけど、きっともう捨てられちゃったわね……」
「……何をプレゼントしたんですか?」
彼女は小さく笑ってから、私に薔薇を一本差し出してくれた。
彼は小さく胸で息を吸いながら、一度だけ頷いた。ドアを数人のサングラスをした男が開けている。今にも殺到してしまいそうな人の山に、悠然とアイドルは消えて行った。
彼女は受付の女性に向けて小さく頷くと、深くお辞儀を返されて私の方に戻ってきた。受付の綺麗な女性は、今まで存在していなかった気さえしてしまうが、彼女の頷きで察したように、窓に向かってお辞儀をしながら、分厚いカーテンを閉めていった。
それでも薄暗くならない強い照明の中で、彼女は私の前まで来て深くお辞儀をした。
「ごめんなさい、せっかく勇気を出して来てくれたのに。怖い思いをさせてしまって……」
彼女の肩が少し震えている気がして、急いで言葉を探していた。震えているのは、きっと私も同じだろう、指先が冷たくなってた。
「いえいえ!私は大丈夫です!その、大丈夫ですか?」
「……分からない。今もドキドキしちゃってる。こんなんじゃ駄目だよね……」
首を傾げながら苦笑する彼女は、赤面しながらも血の気が引いているような、屈折した表情だった。
「駄目なんかじゃないです!トップアイドルにプロポーズされるなんて、凄いじゃないですか」
きっと、もっと他の励まし方もあったんだと思う。言いながらそう思ったけれど、一秒でも早く元気になって欲しかった。
「ふふ、ありがとう」
「店長!戸締り終わりました!」
まるで軍隊の掛け声のように、空気を切り裂く怒号が響いた。綺麗な受付のお姉さんから発せられた声とは、とても思えなかった。
「ありがとう、今日はもう上がりましょう。この子は私が送ってくから、先に上がっちゃって。今日もありがとうね」
「とんでもないです!お先に失礼します!」
バサバサな金色の箒《ほうき》を被ったような尖った髪が起き上がると、片方だけ見える血走った右目が、私を強く睨んでいた。
寒気を覚えながら店内から消えるのを見守っていると、察してくれたように彼女は説明してくれた。
「ごめんなさいね、彼女きっと、あなたに嫉妬しているのね。あの子にも事情を教えてあげないと、あなたが虐められちゃいそうね……」
「……じょ、冗談ですよね?」
「ふふ、冗談よ。でも、あの子は私を追って、今や世界レベルだから、認めてもらうのは大変かもね……」
「こ、怖い方なんですか?」
「ううん。とんでもなく優しい子よ。少し不器用なだけ。チョコが好きだから、困ったらあげてみると良いわ」
「そんな、ペットじゃないんですから……」
「……そうね。何かをあげるだけで、相手のことをどうにか出来るなら、きっと簡単で詰まらないわよね」
そう言いながら、彼女は床に落ちた薔薇の花束を拾い上げた。ずっしりと花先が撓《たわ》んで、救いを求める手のように、満開に広がっていた。
「私も彼にプレゼントした物があるんだけど、きっともう捨てられちゃったわね……」
「……何をプレゼントしたんですか?」
彼女は小さく笑ってから、私に薔薇を一本差し出してくれた。
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