そこにある愛を抱きしめて

雨間一晴

文字の大きさ
上 下
44 / 121

第四十四話 小さなアパートで大きな勇気を

しおりを挟む
 私が美容師になったあとに、美容院と先生が暮らしていたアパートを預かった。私が専門学校で振られたとき、後輩と一緒に、先生に泣きついたのを未だに覚えている。

 私が先生を目指して頑張りすぎたんだ。美容院に紹介してくれた彼に、告白されて何となく断れずに付き合ったものの、デートをする暇も無かった。友達とも遊ばずに、必死に勉強して、数え切れない程のマネキンをカットしてきた。全て先生のために、指先が割れても構わずに鋏を動かし続けた。

 そんな私のせいで、彼は試験に受からず、卒業もせずに消えてしまった。彼が他の女子と遊んでいる所を、後輩が見てて、説得してくれたんだけれど、私は自分のせいだと思い込んで聞かなかった。そんな私を先生は強く叱ってくれた。

「今度、自分から好きになれる人に出会えたら、お店や私、後輩のことも気にしないで良い。自分が幸せになることだけを考えなさい。いつ帰れるか分からないけれど、彼を連れて帰ってきたときは、あなた達も素敵な彼を紹介するのよ。それを楽しみにしているわ」

 そう最後に言い残して、先生と受付の先輩は、一緒に旅立ってしまった。私が店長として機能出来るように、しっかり教えてくれてから。その間も彼は現れなかった。

 そして私達が美容院を任されて一年経ち、私は人を好きになろうとしていた。そして、先生が居ない小さなアパートで、あの日のように後輩が、言葉にならないまま大きく泣いていた。

「よしよし、辛かったんだね」

 買ってきたお酒を一口飲んで、後輩は決壊したように私にしがみ付いて、泣き始めてしまったのだ。それこそ、じっくり昔を思い出せるくらい泣き続けていた。
しおりを挟む

処理中です...