そこにある愛を抱きしめて

雨間一晴

文字の大きさ
上 下
46 / 121

第四十六話 小さなアパートで大きな勇気を(3)

しおりを挟む
「お姉さんって、前に美容院に来た人だよね……」

 思い出すだけで口の奥が乾いていくような、異様な不快感に包まれてしまう。

「そうです!あの糞姉が!死ねば良いんだ、あんな奴!」

 荒れ狂う後輩に何も言えなかった。その姉が美容院に来たとき、まだ研修中の後輩を指名して、散々いじめて帰って行ったんだ。私も先生が旅立ってすぐだったから、上手く対応出来なかったことを、未だに悔やんでいた……



「ふーん、こんなに小さな美容院で働いていたんだー。勝手に実家飛び出して、親や私に迷惑かけた結果がこれ?美容師なんてダサくない?」

「……」

 私は目の前にいるお客様のカットに集中することで、隣で起きている姉妹喧嘩から、目を背けてしまっていた。先生の若い頃からの常連の方で、とても優しい叔母様といった感じが大好きだった。笑うと優しい皺だらけになる顔も、横目で心配そうに後輩を見守っていた。

「嫌な姉が来たので、関わらないで下さい。私が何とかします」

 そう耳元で伝えてきた後輩は、黙って眉間に皺を走らせたまま、淡々と鋏を動かしていた。早く終わらせたいというより、切りたくないのだろう。いつもより雑なカットをしているのが、横目で見ても分かるほどだった。

「お客様が話しかけてるんですけどー。無視して良いんですかー」

「……すみません」

 挑発気味に語尾を上げながら話す姉は、派手な金髪で、黒いスウェット上下には、大袈裟に訳の分からない英単語が金色で書いてあった。顔は可愛い方だが、話し方から見た目まで頭の悪そうな、後輩の姉とは関係なく、関わりたくないタイプの人だった。

「というか、隣でやってるのが店長なの?若過ぎでしょ、なんか生意気そうだし。あんた、ちゃんとした場所で働いた方が良いんじゃない?まあ無理か」

「……店長は素敵な人です」

 絞るように出された声は、微かに震えていた。私は聞こえないふりをして、目の前にいるお客様の心配そうな顔も、見て見ぬふりをしてしまった。

「ふーん、どこが素敵なんだか。何か無理してお洒落してますって感じで、最高にダサい。あー、あんたもダサいから、お似合いか。あんなのが店長やれるなんて、この美容院すぐに潰れるんじゃない?」

 後輩の鋏が止まって、私も硬直してしまった。

「助けてあげて」

 耳を霞めるように目の前から声が届くのと同時に、後輩は鋏を振り上げて息を荒げていた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

淫蕩な展示物は一流の雄達を獣へと貶める

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:2

Rabbit bride 2085 第11話 アストラル・ワールド

SF / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

天国か地獄か

ミステリー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

【R18】この華は紅く芽吹く

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:20

僕が僕である為に!

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

イカリくんとラクスケくん

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:11

~短編集~恋する唇

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:27

水晶の夜物語

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

処理中です...