辰巳 虚(うつろ)の”キョウセイ”捜査

秋津島 蜻蛉

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捜査終了** 「傍流」

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 一人で辰巳はレッドアイを傾けていた。
 左手は包帯で固められいるが、不自由なく何度もグラスの中のトマトを潰す。
 二杯目を呑んでいたところ、そこに例の若頭が店に上がり込んでくる。
「このクソガキィ!! 手前ぇ、何てことに俺を巻き込んでんだぁ!!」
 胸倉を掴んで辰巳をテーブル席から引きずり出し、無理やり立ち上がらせる。
 ここは若頭の馴染みの店なので、周りもそのまま平常運転を決め込む。
「どうしました?」
 明後日の方を向いて、辰巳がしらばっくれる。
「どうしたもこうしたもねぇ! 何であんな女を紹介したんだ!」
「あらまぁ、その件ですか」
 掴んでいた胸倉を離して、自分のスマホの画面をかざす。
 そこには奈津乃が本人直のメッセージで、5分おきに熱烈な愛の囁きと悩殺的な自撮り写真を送りつけていた。
「モテモテじゃないですか」
「やかましいわぁ! アプローチにしても限度があんだろ!」
 そうしてる間にも、また新しいメッセージが届く。
「…ははは。心中お察しします」
「誰のせいじゃぁぁぁぁぁぁ!!」
 若頭が頭を抱える。
「けど、若頭。そいつ結構いい女ですよ。美人だし、学もあるし、たぶんスゴイ尽くしてくれると思いますし。それになんたって肝が据わってる。目指せ、極道の妻一直線」
「他 人 事 だ と 思 い や が っ て !!」
 メリメリと辰巳の頭にアイアンクローをかます。
「痛い痛い痛い。まあ落ち着いてください。代わりに、いい情報を差し上げますよ」
「あぁ?」
「実は早々に本庁へ戻ります。今までのご恩に対する、少しばかりの感謝の印です」
 辰巳の頭を絞めていた手を放す。
「…なんだ。行っちまうのか。アンタとは、色々と馬が合ってたんだがな…」
 一瞬だけ寂しげな顔を浮かべたあと、会話が周りに聞こえない奥の席を勧める。
 呑みかけの自分の酒をテーブルから拾い、ご指名の席に着く。
 若頭用のウイスキーが運ばれてきたのを契機に、辰巳が話し始める。
「先日、県議会議長が事故死したのはご存じですよね」
「ああ。あの強欲クソ爺ぃ。自宅の風呂場で溺死したんだったな。いい気味だが、あっさり死ぬ時は、死んじまうんだな。まぁおかげさまでウチが懇意にしている先生が議長に就任して、こっちも商売がしやすくなったよ」
「それは十全ですな。ちなみに補足の情報といたしましては、あれは殺人です」
「何ぃ!?」
「死因が溺死なのは合ってますが、遺体がズタズタになってたんですよ。殺される前に、相当可愛がられたんでしょうね」
 検死結果の入った封筒を懐から取り出す。
「見せてみろ。――――何だこりゃ? 頭の天辺から足の指の先まで、骨という骨が軒並み折られたり砕かれたりしてやがる…。常軌を逸してるぞ」
「本当に。実行した奴は、一体どれだけ狂っていたのやら」
「ウチらの稼業でのケジメの付け方でも、こんな入念に痛めつけたりしねぇよ…」
「よっぽどの怨恨を抱えてたんでしょうね。軟体動物になるまで全身へし折られてから、風呂に沈められての溺死でした。いやはや、誰もがどこかから恨みを買ってるとはいえ、こんな悲惨な死に方はしたくないですね」
 治療中の左手を上げて、自分の負傷をアピールする。
「それには同意だが、アンタのは酔っ払って割れた瓶の上にコケただけだろ。被害者ヅラすんな、おこがましい」
 辰巳の左肩を軽く叩く。辰巳は軽く痛がるフリをする。
「…しかし、外部に漏れてないってことは、サツが隠してるのか?」
「ご明察。水面下で捜査を継続しています。俺は異動なので担当から外れてますが。それにこちらの身内が巻き込まれた可能性があります。例の議長の娘さんで、俺の同僚です」
「サツ殺しか。そりゃぁ、そっちも血眼で捜査するわな」
「議長の死亡の数日前に行方不明になってます。一応、容疑者の一人とはなってますが、もっと有力な容疑者の名が挙がってます。そいつの身元は割れていますが、こちらも行方不明。事件後に県外へ車で出た形跡がありますので、おそらくは逃亡中かと」
 大きな溜め息を吐いて、若頭が手元のグラスに口を付ける。
「で、ウチの組に捜索を手伝ってほしい、と」
「はい。俺はもう捜査に携われません。ならば置き土産はしておきたい。もし若頭の主導でその二人の身柄を抑えられれば、”今の”県議会議長の先生や警察に大きな借りを作ることが出来る。そちらの仕事も大きく拡大出来る、いいチャンスですよ」
 残っていたレッドアイを飲み干し、もう一枚の封筒を手渡す。
「こちらが逃亡していると思われる容疑者の詳細です。最終的に北へ逃げています。あと、俺の同僚のデータも入っています。どうか、見つけてあげてください」
 深々と辰巳が頭を下げる。
「…分かったよ。今、そっちの署内は大混乱だろうからな。協力してやる。アンタなら俺らを嵌めるような真似はしないだろうし」
「ありがとうございます」
 ウイスキーのグラスも、ロックの氷を残して空になる。
「じゃあ、俺は組の連中に周囲に散るよう指示してくる。何かあったら、直接アンタに連絡するがいいか?」
「それは東海林警部、…おやっさんと連絡を取り合ってください。俺だと遠くてすぐに動けない場合があります。それに今、一番気合い入れて捜査を取り持っているのは、おやっさんです。そこは尊重してあげないと」
「分かった。その部分はちゃんと引き継いどいてくれ」
 席を立ち、去ろうとする若頭が背中越しに声を掛けてきた。
「…何かあったら、ウチのところに来てもいいんだぜ。アンタなら歓迎するよ」
「フフフ…。お気持ちだけ、いただいておきますよ」
 なんだか、若頭が残念そうに見えた。
「あと余談ですが、議長の検死をしたのは、あの奈津乃です。きっと疲れているでしょうから、一発、慰めてやってください」
「手前ぇは一言多いんだよ!! これが別れの挨拶になるかもしれないのに、締まらねぇ奴だな、相変わらず!!」
 カラカラと笑いながら軽く手を振り、若頭の背中を見送る。

「――――まあ。見つかるわけないんだけどね」

 今回の犯人役に仕立てたあの女子大生を殺した実行犯は、とっくに始末して処理している。
 あの店のマスターは掃除屋として大変優秀だ。
 どこかの海の魚の腹を裂いたら、破片ぐらいは出てくるかもしれないが。
 追加で頼んだレッドアイを見て、この酒を一緒に呑んだ清水のことを思い出す。
「…まさかと思っていた最悪のケースが当たり、とはね」
 またマドラーでトマトをグチュリと潰す。
 あーあ、と天井をボンヤリ眺める。
 後味の悪い結末に、今回の”警察官という役割”に少し疲れを覚える。
「さてと…。俺もボチボチ離れますか」
 飲み終えたレッドアイのグラスを残し、店を後にする。
 外に出て、街の中心とは反対方向に歩き出す。
 私用のスマホを取り出し、コールを鳴らす。
 先方と繋がる。

「俺です。【うつろ】です。今回のケース、終了しました」
『 』
「ええ。この場所の”汚れ”は処理しました。もう少し、風通しは良くなるかと」
『 』
「この処置は中央の連中にも、いい見せしめになったでしょう。虎の尾を踏んででも、金を無心するかどうか」
『 』
「一つお聞きしてよろしいですか。今回の件で俺が暴れるのは計画として理解していましたが、そこからの動向には指示がありませんでした。おかげで1年もここに留まることに」
『 』
「…ひょっとして、シミズちゃ、…清水女史が巻き込まれると予想していたのですか?」
『 』
「…彼女は釣り餌ですか」
『 』
「――――そうですか…。初めからおしゃっていただければ、余計な状況も感情も生まれずにすみましたが」
『 』
「関わらなければ、保護する用意があった? 大事にならない場合は処理も寛大に?」
『 』
「その場合は議長を首吊りで処理した? ――――ハァァ…。アレを殺(バラ)すの大変だったんですよ。わざわざあんなに”誠心誠意”手の込んだやり方を取ったのに…」
『 』
「いえ。不満というわけではありません。結果、病巣をより深く切開でき、傷の大きさをより大々的に喧伝出来た。大局としてよろしかったのでは」
『 』
「それはご勘弁いただきたい。”警察官という役割”は疲れました。日本での長期バカンスとしてならば問題ありませんでしたが。よければまた、どこかの戦場にでも」
『 』
「左手の怪我? 確かに完治には時間が必要かと。何なら腕ごと切り落としてもらってもかまいません。どうせ”2本目”ですから。特に執着もありません」
『 』
「…わかりました。左手が治るまでは日本で大人しくしてます。国中を観光してるかもしれませんが、ご用命とあらばご連絡ください」
『 』
「えっ? 迎えをよこしてる?」
 気が付くと辰巳の横にベンツが一台止まっていた。
「これは?」
『 』
「空港までの足。ということは一度戻るということで」
『 』
「――――分かりました。改めて御前に伺います」

「――――枢密院顧問――――」

 ドアを開けると後部座席がリクライニング用に改装されていた。
 中央備え付けの折り畳みテーブルには、羽田空港行き飛行機のファーストクラスチケットが置かれている。
「…ただの”狗”に対して、豪華なことで」
 ボスリと座席中央に深く腰掛け、発車の振動を感じる。
 窓の外を眺める。一年間、警察官として過ごしてきた街並み。
 それが背後へ駆け抜けていく。
「色々苦労はしたが、ボチボチ楽しかったぜ」
 ほんの少し邂逅を巡らす。
 しかし、それは自身が虚像として動いただけの、空虚な残滓。
 正体不明の狂犬に、【辰巳 虚】という仮面を被せただけの虚偽。
 他の者からは思い出と見られるものも、所詮は虚構。
 また次の”役割”では、別の虚像で、別の凶宴が行なわれるだけ。
 そんな宴の残り香を置き去りにした風景へ、背中越しに軽く手を振る。

「じゃあな。もう二度と、逢うことは無いだろうけど」
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