トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル SEASON2

HIDEHIKO HANADA

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第2話

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 なんとか参加できた練習の後に、反省文の提出と押し付けられた雑用で、帰宅時間が遅くなってしまった久米は「疲れたーぁ」大きく溜息を吐きながら、校門を一人くぐり、坂道をトボトボと下っていた。



 野球人生の終わりに、まさかのプレゼントを神様が送ってくれたことで、練習に力が入りすぎてしまった。明日から大好きな人と同じグラウンドに立てる喜びに、胸のドキドキが止まらなかった。



 確かに、終わりのミーティングで縄手先生の監督就任を伝えたが、喜んでいるのは自分一人で、木之本や山本を含むほとんど全員が不安そうな顔で、目配せをしていたのは否めない。



「監督を育てるって…どうしたら…。」

「信頼関係よなぁー・・・・・・・。」

 試合までほんの数日しかない状況で、なにができるのか考えながら、つま先に体重を乗せ丘陵地の丘腹に差し掛かった。



「あれ?クソ生意気な北越智ちゃうか。」

 夕暮れ霞む【新沢千塚古墳群公園】駐車場に入り行く人影を、何げなく顔を向けた先に見つけた。



「何しとんやあいつ。」

 歩調を落とさず通り過ぎようと足を進める。





 静寂を破るように、独特のエンジン音を響かせ、逆側の入り口から一台の車が滑り込んできた。

 空きスペースだらけの駐車場にエンジンを切り停められたそのスポーツカーから、がっちりした体型の男性が姿を見せる。

 近寄る北越智。



 次の瞬間、久米は目を疑った。足が止まる。



 北越智がためらいもなく、その男性に抱きつき、お互いを見つめ合いながら何かを話し、そのまま顔を近づけた。



 久米は夕闇迫る公園で、男同士で抱き合いキスをする光景を目の当たりにしてしまった。

「えッ。えええええ??えーーーぇ⁉」



 一瞬だった、すぐに離れた二人は休憩所近くの自販機へ、仲良さそうに言葉を交わしながら足を向ける。



 思わず久米は、見つからないように近くの茂みに身を隠してしまった。

 その先を見てみたい好奇心に、心臓が騒ぎ出す。

 何度も北越智の相手が男性であることを確認する。大学生だろうか、アメフトでもやってそうな体格に見えた。



 それぞれのドリンクを手にした二人は車に乗り込む。

 ・・・・・・・・・・



 夕闇迫る公園の街灯が、緩やかに駐車場を浮かび上がらせる。



 寄って集る虫を手で払いのけながら、久米はいつまで経ってもエンジンのかからない車に、目を凝らしていた。



 唾を飲み込む音が大きく鼓膜に響く。

 双眼鏡がバックに入ってないか確認しようと、脳裏をよぎるが都合よく入っているわけがなく。

 動きがない状況に、興味深々が足を動かした。



 影が伸びないように暗がりを選びながら、北越智が乗り込んだ車のシートが見える木陰に回り込む。

 幸運にも公園の芝生が足音を消してくれた。



 ・・・・・・・・・・



 蠢く影が視界に入る。

 ゴクリと喉を鳴らし唾を飲み込み、息を殺す。



「ガチかよ・・・・。」



 街灯の僅かな光に時折映し出される姿は、お互いの顔を寄せ合い、激しくキスを繰り返し、二人の手のひらを互いのシャツの中で這いずり回らせ、体を貪り合っている姿だった。



 至近距離で繰り広げられる愛撫の官能ショーに、久米は固まったままいつの間にか呼吸が荒くなり、自らの性器に血液の奔流をおこしていた。



 痛いくらいに張り上げた股間に自然に手が伸びる。

 もっと車の中を覗きたい高ぶりで、久米の顔は徐々に前へ出ていた。



 ・・・・・・・・・・

 不意に唇を離した北越智の頭が、隣に寄り添う男性の下半身であろう部分へ消えた。

 男性は俯き視線を落とし、体を揺する。



「あッ・・やべぇー。」

 若干予想はしていたが、半開きになった口元から驚きの声が漏れる。

 性行為経験が一切ない久米にとって、その光景は興奮の絶頂を教えるだけではなく、強い憧れと、自分の未熟さを体に突き刺し、躍動する右手と興奮は、理性では制御できなくなっていた。







 大阪環状線のレール音が響く、高架下にあるフレンチレストランの壁際の席に縄手は座り、ビールグラスに口を付けていた。



 店のドアが開き、高く澄んだチャイムが響く。

「いらっしゃいませ。」の声と共に、斎部がヒールを鳴らしながら席に近づいた。



「遅くなってすまん。」

「遅いっすよー。珍しいね、遅刻なんて。」

 お互いに軽い挨拶のノリで笑顔になる。



「ちょっとややこしい一件があって。」

 椅子を軽く引き座った斎部のグラスにワインが注がれようとした、

「あ!ごめん!今日はノンアルで。」

 グラスのふちに人差し指と中指を当てながら、顔見知りの店員に謝る。

「おー。珍しい。この後、戻らないといけないとか?」

 縄手は身を乗り出し、顔を覗き込んだ。



「そーゆう訳じゃないんだけど。ちょっとね。」

「体調悪いとか?大丈夫?」

「まあー多少は疲れてる。」

 肩の凝りを取るように首を回しながら、運ばれて来たジャスミンティーを手に取り「とりあえずお疲れー。」とグラスを合わせた。



「イスラエルへの赴任の日取りとか決まったとか?」

「うん。今日決まった。あと三か月後には出発かな。」

「そっかーーーー。いよいよかぁー。マジで寂しいよ・・・・。」

 アミューズを二口で平らげた斎部を、力なく見つめる。

「フッ、なんだその目。本当にそう思ってるのか?」

 子犬のような瞳で、こちらを見る縄手に愛おしさを感じながらも、意地悪を言いたくなる。

「当たり前やって・・・優耳がいないと心細過ぎて・・・」

「誰が俺の事守ってくれるんだよ・・・。」

 そう言いながら、オードブルにフォークを刺し口に運ぶ。

「早く自立しろ!」

 微笑みながら斎部は、ジャスミンティーを一口飲んだ。



「二年は本当に長いなぁー。」ビールグラスを持ちながら小さく溜息をつく縄手に

「久米って僕ちゃんがいるじゃない。」

 意地悪を続ける。

「は?何を言ってるんやって。」と言いながら、東京で一晩を共に過ごしたことを、思い出していた。

 あの大都会の中で偶然にも彼を見つけ、抱きしめ合ったこと。



「私に話してないことあるだろ。」

 不意の突っ込みに少し動揺する。

「まあ、いいや。」

 斎部は微笑みながら目を逸らし、置かれたスープに、スプーンの先を沈めた。



 確かに所々話していない部分があることは事実で、何故か言葉にすることをためらってしまっていた。



 スープ皿が下げられ、魚料理がテーブルに並べられる。

「で、どうなんだい、最近の僕ちゃんの様子は。」

「意外と普通に日常を送ってるよ。」

「普通ってなんだよ。」

 あいまいな返事に苦笑いをしながら、フォークを手に取る。

「前みたいによく笑うようになったしな。」

「あー俺、明日から野球部の監督させられることになったよ。」

「ふーん。野球なんかわかんないでしょ。」

 魚の白身を口の中へ運ぶ。

「受け持ってた監督さんが辞めることになって、大人がだれもいないと試合に出れないみたいなこと言ってたから、まあ監督と言うよりは付き添いやな。」

 ガルニチュールの人参ピュレをすくい上げながら、縄手は自分自身で納得するように呟いた。

「僕ちゃんのいる野球部の付き添いねぇー。」

 不敵な笑みを咀嚼で隠しながら、斎部は小骨を避けようとナイフを手にする。

「まあ、順調だったらよかったじゃん。」

「でも、またいつ暴走するか、わからんからなぁー。」

 ビールで口の中の魚の味を消した。

「お前が言うな!暴走の原因、全部お前じゃん!」

 斎部は手にしていたナイフで縄手を指した。



「おい!やめろって!マジすぎる!」

 口に含んだビールをゴクリと飲んで、両手で遮った。

「本当に二人とも、ネットじゃあ結構有名みたいだから、行動に気をつけなよ。ひょっとしたら、今も誰かに撮られてるかもしれんしな。」

 そんなこと考えたことなかったと、驚き顔で辺りを見渡す。

「キョロキョロすんなって・・・。」

 斎部は呆れ顔でナイフを置き、手を額に当てたままガックリ俯いた。









 早朝、縄手は野球部が朝の練習で使用するグラウンドを整備していた。

 整備と言っても、野球部専用の場所があるわけではなく、運動場の片隅に、年季の入った錆びたバックネットが、申し訳程度に佇んでいるだけだった。



 小石や木片など、怪我をしてしまう可能性のあるものを拾い集める。

 何度も前かがみを繰り返し、腰に違和感をおぼえて体を反らす。



 見上げた空。



 晴れ渡った七月の空は、嫌味なくらい無垢に澄み渡り、罪あるものはすべて皆、逆さまに突き落とされそうな、今の自分には後ろめたくなる青さを湛えていた。



 教師になって今年で八年になる。体力も新人だった頃と同じと言うわけにはいかなくなってきている。疲れも抜けづらくなっている気がするし、少し油断しただけで腹回り、特に腰のあたりに脂肪がたまり始める。

 ジムに通いたい気持ちはあるが、慌ただしく過ぎる日々に、そこまでして筋トレの時間を作ろうとは思わない。

 陸上部だったプライドもあり、培ってきた知識でなんとか無理くり頑張っている。



 教員生活もある程度の要領はわかってきたつもりでいるが、毎年入学してくる三00名を超える個性と向き合うことにマニュアルなどは通じない。時代の変化と共に毎日が模索状態だ。



 ただ、そんな時間を取り囲む生活様式は、テンプレート的に過ぎ行き、気付けば八年の歳月が流れていた。



 過ぎ行く季節の中で、意図せず久米香月という男子生徒と出会った。なんの変哲もない少年だった。野球に関しては、かなり評判が高かったようだが、野球部自体、廃部寸前であるが故に、活躍する場がなく実績が作れていなかったため、自分にはいまいちピンと来ていなかった。



 全くのノーマークだった。生活態度に問題はなく、成績も学年半ば辺り、諸々の指導もし易い毎年経験する「その他大勢」に分類される生徒だった。あの日が来るまでは。



 過去の生徒指導の成功経験から、いじめ問題など容易く解決できるはずだった。



 久米の母親の言う通り、たぶん自分のせいで久米は衝動的な行動をとることが多くなった。いや、たぶんじゃなく、昨夜、優耳に突っ込まれた通り確実に自分のせいだ。



 久米が寄せる思いを軽く考え、いじめから守るために抱き寄せて味方宣言をしたり、タイミングを考えずに婚約者がいることを告白したり、久米の心を激しく揺さぶってしまった。



 だけど・・・・・揺れ動いたのは久米の心だけではない・・・・。自分自身の心も揺れ動いてしまった。



 自分が近くにいてあげないといけないんじゃないかと言う気持ちと、久米が近くにいないと滲みだす欠乏感がいつの間にか大きく交差していた。

 斎部を思う感情とは違う、全く別の感情が自分の中にあることを、認めないといけないレベルまで達してしまっていた。



 それが恋や愛なのかという、曖昧な概念で尋ねられたら。

 多数派で協調性を持つべきであるという教育が、自分を構成する基礎となってしまっていたこともあり、似たような個人が集まることで、常識という言葉がいつの間にか合言葉となって、さらにそれが思考を止めることで、知らぬ間に手にしてしまった偏見からは、どうしても同性間での恋愛はありえないものとしてしまう。



 まして教師と生徒という関係での恋愛も禁止事項として、ありえないものという答の一択になってしまう。



 だけど、恋愛感情などなくても、久米にはいつまでも笑っていて欲しいし、久米の母親にも笑顔でいてもらいたい。あんな鬼の形相にはなってもらいたくない。



 今は考えが追いつかないけど、絶対どこかに解決方法があるはずで。

 その模索が誰かに迷惑をかけてしまうかもしれないし、うかつだと軽率だと言われてしまうかもしれない。

 だけど、俺はその方法を見つけないといけないし。教師としてやらないといけない。



 絶対、全員を幸せにして見せる。





 縄手は大きく深呼吸した。

 早朝の刺さるような太陽に照らされ、汗がシャツの背中を濡らしてゆく。

「先生!朝練始めるんで、集合してください。」

 振り向く先に、笑顔の久米が近づきながら、帽子を取り、頭を下げる。

「オッケイ!わかった。」と返す縄手に、

「よかったら、試合直前でみんな気持ちが高ぶってると思うので、なんかリラックスできる言葉をかけてください。オリンピック候補生だった時に監督にかけられた言葉とか。」

 肩と肩が触れ合う距離で話す久米の曇りない瞳の真っ直ぐさに、笑顔で大きく頷いた。





 スマホのシャッター音が鳴る。





 二人仲良く並びグラウンドを歩く姿はすぐさまネットにあがった。



『幸せ絶頂‼野球部監督にN教諭就任‼』



 腐女子がピラニアのごとく待っていましたと食いつく、一瞬にしてコメント欄がアマゾン川の激流となってしまった。

 やはり差別や批判の声があがるが、腐女子が望むハッピーエンドを邪魔する意見はことごとく論破されていく。

 もはやこの二人は私たちが育てているんだという、母性愛の集団が一つの大きな流れをつくり、他を寄せ付けぬ力を持ち始めていた。









 反射の少ない遮熱フィルムで施工された窓から、大阪市内の半永久的に躍動し続ける人間の流れを見下ろした社内キャフェテリア。

 真夏の荒れ狂う熱を遮った、空調と換気が行き届いた空間で、斎部はジャスミンの花が浮かぶティーポットを手に、カップに注いでいた。



 香りに溢れるカップを口に寄せ、カウンターに置いたノートパソコンの画面をスクロールさせ「ほぉー。」と感心したように眉を上げる。



 ネットに二人の動画や画像が上がる度に、学校側にも同じように批判と応援のメッセージが寄せられていたようだが、久米の自殺未遂の件もあり、メンタルの安定に繋がる支援となっていた。

 そのため条例や法に触れない限り見守る方向になっていた。



「でもなんで、わかってながらここをくっ付ける?」

「ワザと、としか思えんなぁ・・・・誰だ?」



 指先をパッドに滑らせながら、画面を食い入るようにヒントを探すが、腕を組んでしまう姿勢に追い込まれてしまう。



「うーーーーん。」と唸り、椅子にもたれかかった斎部の背後からから

「先輩も好きですねーーーーぇ」

 眼鏡を輝かせた小槻が顔を覗かせた。

 慌てて腕を解き、トップカバーを閉じる。

「お前と一緒にするんじゃない!」

 事情を探られたくない気まずさに、斎部は言葉を残し素早く立ちあがった。



 初めて見せる、髪をなびかせ逃亡するかのように立ち去る後ろ姿を、小槻は微笑ましく見送りながら、「腐女子仲間ができちゃった!」とガッツポーズを小さく繰り返していた。









 久米香織は、職場である【かしはら万葉ホール】の休憩所で、スマホの画面を驚愕の瞳で見つめていた。

 映し出された、連なる香月と縄手の仲睦まじい画像や動画の数々は、香織を底なしの不安と完全なる拒否感を増幅させていた。



「私がこの子を救わないと。誰も助けてくれない。私の子どもは、私が守る。」震える指先でスマホの画面を何度かフリックした後、覚悟を決めるように間を置き、タップした。









 本日のカリキュラムの終わりを告げるチャイムがなり、それぞれの教室の扉が一斉に開いて、今日一番のざわめきが起こる。



 帰宅の途に就く生徒たちの波の中、少し早く終礼を終えた木之本が、久米を廊下で待っていた。



 近鉄八木駅前商店街にある、昭和で時が止まった紅茶の美味しい喫茶店に、香月の母親から呼び出されたあの日は、『香月の側で、いつまでも力になってあげてほしい』という相談に、ただ頷くしかなかった。



 自分の軽はずみな言動が、一番大切にしたいはずの香月の命を、危険に晒す引き金となってしまったことへの、懺悔の気持ちが止まらなかったのだった。



 その後も香月の母親からの連絡は度々あり、食事や映画の招待、さらには旅行への誘いまでが届いていた。

 正直、悔しいけど、香月が縄手先生と一緒にいる時にだけにしか見せない、笑顔や空気感は大切にしてあげたいと思っていた。



 間違いなく、今でも香月のことは大好きで、可能であるなら体温を感じていたい願いはある。

 だけど、手中にできないからといって、そのもの自体を壊してしまおうとは、気持ちが全く動かなかった。

 香月の頬をひっぱたいた後に起きた、あの事故の時にそれを痛感していた。



 だから香月の母親が望む、縄手先生から自分に気持ちを振り向かせる筋書きに同調することはできなかった。



 好きな人には幸せになってもらいたい。いつまでも笑顔でいて欲しい。見つめていられるのならこの距離でいい。

 香月が望む未来へ、私の力が少しでも役に立てるなら・・・・・。





 木之本は野球部のマネージャーになったことで、久米が感じる、興奮・屈辱・歓喜を共にできる一番近い場所にいるんだという自覚から、祈るような思いでいた。





 手を軽く上げ「よぉ!」と挨拶をしながら、久米は終礼の終わった教室から姿を見せた。

「いよいよ明日、試合やね!」

 力を込めた視線を送った木之本に

「うん!やるで!」

 大きく頷き、右手でガッツポーズを作る。

 歩き始めた久米の背中で揺れるバッグに、二度と二人のマスコットは重なることはないが、以前のように素直な笑顔を向けてくれる喜びで、木之本は微笑み横に並んだ。



「野球、辞めなくてよかったね。」

 意地悪い目線に、苦笑いを返す久米。

「ホンマに。」

「北越智くんに感謝やね。」

「・・・・う、うん・・・・。せやな。」

 ベースボールキャップを外し、頭を掻く。





【新沢千塚古墳群公園】で北越智を乗せた車を見送ってから、あいつを見る目が全く変わってしまった。



 過激すぎる場面を目の当たりにしていても、自分と同じゲイなのか、という確信を持てないままでいる。だけど、自分の知らないことを沢山経験し、知っているはずだという直感は強固にあった。

 そして、あの自信。

 年下でありながら、野球にしても恋愛にしても、自分よりも遥か格上の存在。



「やっぱり、生意気やで。」

 ポロリ出た言葉に木之本がクスクス笑う。



 何よりもイラついたのは、朝練の時に部室で着替える北越智の体を直視してしまい『その体であの後、一体何をしたんや』と色々妄想し、不覚にも下半身が反応してしまっていた自分にだった。







 我先に下校する生徒の波に押されるように昇降口を出て、グラウンドに向かう。

 校舎の一歩先は、別世界のように激しく真夏のステージを回転させる。周囲の森から響く蝉の歓喜の叫びは大気を揺るがし、鼓膜を奮い立たし、頂点を越えても、存在感を示し続ける太陽から降り注ぐ日差しは、視界を真っ直ぐに未来に向けさせた。



 大好きな夏なのに、暑さに愚痴をこぼしながら歩き始めた二人の先には、遠くに立ちはだかる入道雲を背景に、すでに忙しく動いているマネージャーの山本の姿があった。



 同時に正門から、真っ白な新品の野球ユニフォームに身を包んだ縄手が姿を見せた。

「山本さん手伝ってくるから、私、先行くね。」

 木之本は視界に入った状況に、チラッと久米に笑顔で振り向き走り出した。

「あ・・・・。」

 返す言葉も間に合わないまま、縄手がこちらに軽く手を上げる姿に久米の頬が緩む。



「先生、ユニフォームめっちゃ似合いますね。やばいっス!」

「似合うか?着られてる感満載やで。」

 トレーニングシューズの紐を結びながら、笑顔で近づいてくる久米を見上げる。

「ガチ、かっこいいっす。」

 ニヤつく久米に立ち上がり

「ありがとう!久米主将!明日、試合頑張ろうや!」

「もちろんっすよ!勝ちます!」

 縄手の白い眩しさに更に目を細め、ガッツポーズを見せる。

「せや!昨日、借りた野球部ノート、ありがとう。かなり参考になった気がする。まだわからん部分はあるけど。時期によっての練習内容とか、選手の特徴とか。ホンマに細かく書いてあるな。感心したで。」

 二人で肩を並べてグラウンドに向かう。

「あれ、俺も書いてる部分もあるんっすけど。ほとんど山本さんが書いてくれたんですよね。」

「へえー」

 驚くように目を開く縄手。

「今日も、対戦相手となるチームのデーターを集めてくれていたみたいで、そのノートもらいます。」

「彼女すごいねぇー。」

「はい。俺もビックリです。スコアシート、やけにスラスラ書けるなぁって思ってたんですけど・・・」

「ホンマにええマネージャーやで。」

「俺より詳しいかも知れないっすよ。」

 久米の言葉に縄手は、バックネット近くで練習の用意をしている山本に目を移し、頷いた。





 すべての部員が、目の前で起きていることに、驚愕を隠せていなかった。



 試合前日ということもあり、軽いシートノックで体を慣らそうと、それぞれの守備位置につきボール回しをした後、バッターボックスを振り向いた時にそれは起こった。

 全員の視線の先にいたノッカーは、縄手ではなくマネージャーの山本の姿だった。傍にはボールの山に手をかける木之本。



 驚く暇もなく

「はい!サード行きます!」

 山本の張る声と共に、ゴロが久米の前に迫り来るが、あまりの衝撃に体が遅れる。

「はい!そこ!しっかり!」

 木之本がニヤリと笑う。

「はい!もう一回!」

 ギリギリのラインを狙った、本番さながらの打球。

「え!ガチで??」

 なんとかキャッチした球をファーストへ流れるように送球する。

 信じられないと、久米は首を横に振るも、拳をグローブに勢いよく当て気合を入れて、臨戦態勢に入る。



「おっしゃーーーーー―!」

 山本の上手さに興奮した誰かが叫んだ。

「おい!こい!」

 それに釣られ久米の声を張った。







 結局汗だくになってしまった驚愕のシートノックが終わり、水分補給をしっかり取った後、クールダウンを兼ねて、縄手はオリンピック候補生時代に教わった試合前によく行ったワールドグレイテストストレッチを伝えていた。



 息を整え見上げた夏空は、まだ有頂天に勢いよく遥かに広がる青さをたたえ続けていた。



 久米は斜め前でストレッチを教える縄手の横顔を見ながら、初めて一緒にグラウンドを走り、二人息せき切ったまま寝転び見上げた空を思い出していた。

 二人の汗の跡が、仲良く手を繋ぎ、いつまでも一緒に空を見上げているようだったことも。







「じゃあ、明日の打順とスターティングメンバーを発表します。」



 縄手の瞳に映る選手十五名とマネージャーの二名。

 三年の葛本は自宅謹慎中で不参加。二年と一年もそれぞれ一名ずつ参加出来ない選手がいる。



 ゆっくり全員の顔を覚えるように見つめ発表した。



 ―――――――――――

 一番 三年 土橋【つちはし】レフト

 二番 一年 北越智【きたおち】ライト

 三番 三年 久米【くめ】サード

 四番 二年 十市【といち】センター

 五番 三年 曲川【まがりかわ】ピッチャー

 六番 二年 戒外【かいげ】キャッチャー

 七番 二年 八木【やぎ】ショート

 八番 二年 鳥屋【とりや】ファースト

 九番 二年 大垣【大垣】セカンド

 ―――――――――――



「スターティングメンバーは以上!」

「ただし、全員控え選手となるので、いつでも交代できるように心がけておいてください。」

 久米から渡されたノートに書かれていたことを、活舌良く気合が伝わりように大声で伝えるが、これでいいのか不安になり視線を久米に一瞬向ける。小さく頷く久米。



 全員が納得するように、お互いの目を見ながら、静かに頷き合っている。



「あと、曲川と北越智をスタメンに入れたから、もうピッチャーの控えが居ない。それに、キャッチャーも葛本がまだ参加できないから戒外、ひとりや。」

「他のポジションの選手にも言えることやけど、ルール上、どこでも交代は可能やけど、十分に体には気を付けて、思いっきり試合を乗り切ってほしい。」

 全員と目を合わせながら縄手は言葉に思いを乗せる。



「最後に主将!一言。」

 縄手は久米に前に出て来るように手で招く。

 その光景を茶化す者はいない。



 部員を前に、縄手と久米が並び立っている光景に木之本は微笑んだ。



 駆け足で立ち帽子を取る。

「今年は合同チームでなく、大和まほろば高校野球部として、試合に参加できます。ずっと頑張ってきてくれているみんなのおかげです。ここから新しい歴史が始まると感じています。明日は全員で勝利を取りに行きましょう!みんなの力を下さい!」

「お願いします!」と頭を深く下げた。



「やるぞーーーーぉ!」誰かが叫ぶ。

 続くように雄叫びが一斉に上がる。

「うぉーーー!」「おおっしゃーーーー!」



「野球部は血の気の多い奴多いなあ」と、縄手は笑いながら、ハイタッチを繰り返す選手たちを眺めていた。



 蝉の大歓声をバックに、

 大和まほろば高校野球部の

 青春【BOYS】が

 青夏【HEROES】に

 変わる瞬間だった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【この話の感想や★をいただけると嬉しいです!よろしくお願いいたします!】



【トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル】オリジナルイメージソングアルバムVolume1とVolume2、Volume2.5がSpotify、Amazon music、YouTube Music、Instagram、TikTokなどで配信中です。



 アーティスト名に【HIDEHIKO HANADA】入力検索で、表示されます。

 ぜひ小説と共にお楽しみください。



 また曲のPVなど登場人物のAI動画を

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 Threads(@hideniyan)

 にて公開しております。

 お手数ですが、検索していただき、ぜひご覧になってください!



 登場人物(※身体的性で表記)



 ・久米香月くめ かずき【17・男】・・・・大和まほろば高校3年2組・野球部主将

 ・縄手章畝なわて あきや【30・男】・・・久米香月のクラス副担任

 ・斎部優耳いんべ ゆさと【40・女】・・縄手章畝の婚約者



 ・木之本沢奈きのもと さわな【17・女】・久米香月の彼女

 ・葛本定茂くずもと さだしげ【17・男】・久米香月の幼馴染で野球部

 ・山本水癒やまもと みゆ【16・女】・野球部マネージャー

 ・戒外興文かいげ おきふみ【16・男】野球部2年生

 ・曲川勾太まがりかわ こうた【18・男】野球部3年生

 ★大和まほろば高校 硬式野球部メンバーは随時ご紹介予定です



 ・高殿持統たかどの もちすみ【15・女】・・生徒会長



 ・久米香織くめ かおり【47・女】・・・・久米香月の母

 ・葛本義乃くずもと よしの【48・女】・・葛本定茂の母



 ・小槻スガルおうづく すがる【31・女】・・・・・・・・斎部優耳と同じ社内チーム

 ・雲梯曽我うなて そうが【25・男】・・・・・・・・・斎部優耳と同じ社内チーム



 ・小角教授【不明】・・・・・カンダルパ産業技術総合研究所の教授



 ・周楫子あまね かじこ【38・女】・・・・元大和まほろば高校教師



 ・北越智峯丸きたおち みねまる【15・男】・・・・・・・野球部1年生

 ・宇治頼径うじ よりみち【24・男】・・・・・・・・・・北越智のパートナー



 ・新口忠にのくち ただし【49・男】・・・・・・・・・・久米香月の父親

 ・ディアナ・カヴァース【年齢不詳・DQ】・・・・・・・・新口忠のパートナー
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家計を助けるため、住み込み家政婦バイトを始めた高校生・桜井智也。豪邸の家主は、寝癖頭によれよれTシャツの青年…と思いきや、その正体は学校の後輩でキラキラ王子様アイドル・橘圭吾だった!? 学校では完璧、家では生活能力ゼロ。そんな圭吾のギャップに振り回されながらも、世話を焼く日々にやりがいを感じる智也。 ステージの上では完璧な王子様なのに、家ではカップ麺すら作れない究極のポンコツ男子。 智也の作る温かい手料理に胃袋を掴まれた圭吾は、次第に心を許し、子犬のように懐いてくる。 「先輩、お腹すいた」「どこにも行かないで」 無防備な素顔と時折見せる寂しげな表情に、智也の心は絆されていく。 住む世界が違うはずの二人。秘密の契約から始まる、甘くて美味しい青春ラブストーリー!

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

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