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第6話
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胸の奥のざわつきが全く治まらない。
それどころか、ますます激しさを増していく。焦っているのか、戸惑っているのか、苛立っているのか、怯えているのか、どんな言葉で表現しようにも、腑に落ちない。
心が今の自分の気持ちに追いつかない。嫌な汗がこめかみを伝う。
曲川はピッチャーマウンドで、意味不明に息が詰まりそうになっている状態のまま、戒外が示すサインに、ギリギリの集中力で頷いていた。
不安定に魂が揺れ始めた、セットポジションに入る曲川に目をやった北越智は、小さく溜息をつき「ここでくるかぁ?面倒くさいタイミングやんか。」舌打ちをした。
試合中のグラウンドでは舞えない。手研耳【たぎしみみ】の覚醒を抑制することは、容易いが、守備位置から離れることが出来ない。
頼径の方に視線を送るも、首を横に振っている。
崩れた投球フォームからのボールは見事に狂い、出したサインとは全く違うコースを描いて、バッターの手前で跳ねた。
戒外は曲川が緊張していることに気付いていたが、予想外にズレて弾んだボールに、慌ててずらした全身を使って受け止めた。
ワイルドピッチはよくあることで、調子が合わない時は誰にでも訪れる。そこをリカバリーさせるのが、捕手の役目だったりする。
緊張が絶頂だと思える曲川に「笑顔!笑顔!」とメットを上げ自分の顔を見せながら、頬を指さし笑って見せる。
額から流れ落ちる汗を肘で拭い、そんな戒外に何度か頷いて見せる。
「落ち着け!俺。落ち着け!」
曲川は長く息を吐きながら、再びセットポジションに入った。
――――――――――
押し出しの選手がホームベースを踏んだ後、手を上げた縄手の声がグラウンドに響いた。
「タイム‼」
気付けば七回表、相変わらず腐女子が作り出す異空間な雰囲気の中、白輝高校 対 大和まほろば高校の試合は、一対二、一アウト満塁となっていた。
伝令の木原こうじ【きはら こうじ】(十五)がピッチャーマウンドへと走り、守備についていた全員も集まった。
相手チームに会話内容が悟られないように、口をグローブで隠す。「ぜんぜんオッケイ!玉走ってるで!」駆け寄るなり久米が、色を失いそうな曲川の目を見ながら気遣う。
「ガンガン打たせましょうよ!なぁ。」十市も同じクラスの八木賑栄【やぎ ともてる】(十六)に同意を求め、「俺ら守備ガチガチなんで、タイタニックに乗った気でいてください!」。「アホか!沈んどるんやん!」場を和ませようとする。
一番不安で仕方なかっただろう戒外が、誰よりも一番近くに寄り添い小声で伝えた。
「あの俺、隠してたことあるんっすけど、実は山本さんのことめちゃくちゃ気になってるんっす。この試合終わったらちょっと相談乗ってもらってもいいですか?」
・・・・・・・・・・
曲川の瞳が少し揺れるように動いたが、反応が薄い。
回りのざわつきや蝉の声で、届かなかったのか、緊張を緩めるために発した精一杯のドッキリが、不発に終わっってしまった戒外は、期待していた反応との差異に、沈黙の中で瞼を何度もパチパチさせてしまった。
木原が伝えたベンチからの指示は「気にすることなく思う存分やり通してほしい。ただ無理はしないように。」との縄手の優しさだった。
肩で息を繰り返しながら、額の汗を拭う曲川に、気を取り直した戒外は「どんな先輩でも、俺は受け止めるんで、思いっきり来てください。」笑顔を見せてみた。
とは言え、やはり調子の悪そうな様子に、久米はベンチの縄手に不安な視線を向ける。
どう見ても、様子がおかしい。目の前に佇んでいる曲川は、習慣的にグローブで口元を隠しているものの、上の空で息をしているだけのようにしか見えなかった。
目が合う縄手に首を横に振ってみる。
その動作に、考え込みながら拳を口元に置いた縄手は小さく息を吐いた。
「やっぱり絶不調っぽいな・・・・、交代かぁー。」
「そうですね・・・。リリーフの北越智くんと戒外先輩の相性が心配ですけど・・。」
山本がグラウンド身乗り出しながら、つぶやいた。
「相性の最悪なバッテリーにかけるしかないか・・・。」
「はい。この状況では北越智くんも手は抜けないでしょうし。どこまで、調整して投げてくれるかですね。」
「・・・・・・せやな・・。」
縄手が「わかった。」と山本に頷き、こちらを不安げに見つめる久米に、チェンジの合図を送ろうとした瞬間だった。
戒外が「肩の力抜いていきましょう。」と何気に手を肩に置こうとした。
手のひらが、上下に揺れる肩先に落ちようとした時、曲川は口を隠していたグローブを勢いよく振り下ろし、理解できない単語の羅列を叫び放ちながら、戒外の手を強く払いのけた。
バシッツ!
その場にいる全員が予想外の行動に、目を見開き驚き固まる。
「え?」戒外が後ずさる中、それまでみんなの周りを、ゆっくり円を描くように歩いていた北越智が、滑り込むように曲川の背後に回り込んだ。
「なんとかこれで…【林邑八楽・迦陵頻】。」
舞の陣を描きながらため込んだ波動を指先に集め、曲川の頸椎に当てた。
コマ送りのように、両ひざがゆっくり折れ、不意打ちを食らった顔で北越智に振り返り、曲川が仰向けに崩れて落ち始める。
誰もが暴走しそうになる曲川を、北越智が止めに入った様に見えていたが、久米にはその一部始終が視界の隅で見えてしまっていた。
北越智の指が触れて、曲川が倒れる。その状況に訳が分からず、目も口も閉じることができない。
崩れる曲川を素早く両腕で抱えた北越智は「先輩!担架!」とそんな久米に叫んだ。
「うわっ!」
突然、脱力状態になり気絶した姿に叫び声が上がり、慌てて戒外も体を抱え込みに入る。
一瞬の出来事が連発する中で、これが夢か現実か判断しようとする隙も無く、「すいません‼担架!お願いします!」久米が審判に声を上げた。
――――――――――
騒然となったスタジアムの中、運ばれる曲川は、額に乗せられたタオルの冷たさに瞼を動かし、揺れる夏空を虚ろな目に映していた。
「行かな。早よ行かんと・・・・あいつは・・・・」
自分がつぶやく言葉の意味が理解できないまま、湧き上がる感情に引っ張られ口にする。
「ちゃう・・・試合や。俺が投げやな・・・、でも行かなあかん・・・・あ・・俺が投げやな・・・・俺が。」
交差し、混ざり合う心の整理ができないまま、再び曲川は再び気を失った。
――――――――――
教授のセミナーが終わり、ごった返すエントランスは、龍のモニュメントや展示品と記念撮影する人、オリジナルグッズやパンフレットを購入する人で溢れかえっていた。
施設スタッフの衣装に着替えていた小槻スガルは行き交う人をすり抜け、何の違和感もなく関係者通用口の電子パネルに素早く手のひらを当て、ロックを解除した。
事前調査で、侵入から脱出まで五分が限界と予測している。
内部の打って変わった無機質な雰囲気に、寒気を覚えながらも、瞬時に両手を左右に伸ばし、握りしめている雷石から電磁波を一気に放出した。
真っ白な壁と天井に設置された、人感センサー付きのライトと、監視カメラを一時的に無効化した後、記憶した構内図に従い、小槻は警戒しつつ足早に歩き出した。
【カンダルパ産業技術総合研究所】先端科学技術大学院大学と医科大学が、医工連携で設立された機構である。表向きはAIを利用したヒトクローン臓器作製を謳っているが、先ほど行われていたような研究セミナーと題した、事業目的とかけ離れたカルト的な集会が度々開催されていた。
ただ、新興宗教としておらず、金銭目的で行われていないことは、信者勧誘などが行われていない状況を見ても明白であり、集まる人々の洗脳目的にしては講義内容があまりにもお粗末なものであった。
しかし国家レベルを超える最高機密の人工知能と、桁違いの量子ビットを持つ量子コンピューター【久那戸】(クナト)がこの施設には設置されている。
そして【十種神宝】(とくさのかんだから)らしきモノを掲げる、教授と呼ばれている突如現れた人物。
ここ数日、各国の要人が研究事業見学の名目で、この施設を訪れている情報が流れ始めていたが、実際のところ中でなにが行われているのか、ブラックボックス化されていた。
そもそも【十種神宝】(とくさのかんだから)は、「先代旧事本紀』「天孫本紀」などの、日本の神代から古代を扱った史書に登場する伝説上の鏡二種、剣一種、玉四種、比礼三種からなる十種類の宝物であり、あくまでも架空である。
それには死者蘇生させる霊力があり、先ほどのセミナーで唱えていた【布瑠の言】(ふるのこと)は、十種神宝の絶大な霊力を呼び覚ます「言霊」になっているとされていた。
その最高機密のAI搭載した量子コンピューター【久那戸】(クナト)と、それを扱う最高責任者である【十種神宝】(とくさのかんだから)をもつ教授の真意を探り、ブラックボックス化された情報を、本部に待機している雲梯に、痕跡を残さず送信することが小槻の目的であった。
廊下を曲がったすぐにある、ロッカーが並ぶ更衣室に入った小槻は、手早く研究者用の白衣に着替え、用意していたネームプレートをかけた。
手のひらに握る雷石は、小槻の体を特殊な磁場で覆い、あらゆるセンサーを迷わせ、探知不可能な状態にさせていたが、どこまでも無機質な廊下ですれ違う人はおらず、怖いくらいにスムーズに目的地である、久那戸統合管理室に小槻は侵入できた。
誰一人いない不審な状況に眉をひそめながらも、部屋の中央に唯一置かれた真っ白なテーブルに歩み寄る。
何も置かれていない、滑らかにコーティングされた一畳ほどの真っ白な天板に、外したネームプレートを乗せた。
顔と同じ位置の高さに浮かび上がったバイオメトリクス認証のメッセージ。
小槻は迷うことなく雷石をホログラムに突きとおした。
《接続承認》
テーブルの上に、次々と浮かび上がる多様な形状のホログラムを指先で滑らしていく。
「送るで!雲梯」
「了!」
小槻がかけている眼鏡のフレームから伝わる声に合わせて、レンズが目の前で繰り広げられるデータの洪水を読み取って行く。
大阪市内、通常業務で使用しているフロアーと異なり、雲梯は最下層に建造された空間に立ち、覆われた闇に次々に浮かび上がる、小槻から送られて来る膨大なデータを見据えていた。
組織独自のAIで解析しながら、選別されはじかれた画面に手を伸ばす。ヘブライ語で書かれた画面の中に「私は有って有る者」、「神の声」の文字列が強調されている八咫鏡と、モーセの十戒が刻まれた石板の画像。そして十種神宝の一つである、死返玉【まかるかえしのたま】の三つが並んでいた。それに連なる膨大なデータが、終わりがあるのかと思えるほどに、小槻から送られてくる。
「これは・・・プロンプト・・・」
「死者蘇生・・・・・。人体錬成?」
独自AIが出した答えを視線で追いかけながら、雲梯はつぶやいた。
「そんなこと、できるんかいな??」
送られてくるデータと、独自解析データの映像を空間一杯に広げながら、口元を撫でる。
その思考を受け取ったAIが雲梯に答える。
「・・・作ろうとして作れるとは思えんけどなぁ。」
目を通すも、輪廻転生、魂の融合、臨死体験や心肺蘇生、冷凍保存、死の定義など知った知識や経験の羅列であり、どれも核心に繋がらない。
雲梯は目の前に表示された映像を横にずらして、再び腕を組み解析画面を眺めていた。
すると突然、英語やフランス語など各国の言語表記だった文字が見たことのない絵文字のような表語文字へと変わった。
「ん?なんや。このプロンプト?プロンプトか?なんや?」
人工知能の解読も言い訳がましく、表示文字に近い候補を幾つもあげ、端的ではなくなってしまう。
呆れてしまい、目を丸くし口を半開きになってしまった雲梯は、小槻に問いかけた。
「この文字わかりますか?」
・・・・・・・・・・
「・・・・・たぶん、原カナン文字やろうな・・・ヒエログリフじゃないし。」
せわしく卓上のホログラムを動かしながら、小槻はすべてレンズに納まるように合わせて顔を動かしつぶやく。
データの奥へ進めば進むほど、全く理解できない字体で埋め尽くされ始めた。
「とりあえず、送れるだけ送る。なんかありそうやねんけど・・・そろそろ退かんと、ヤバいわ。」
「了!あと五秒で四分。」
「わかってる。」
雲梯の言葉を振り払うように、ホログラムをかき分け、勘が導く方へ突き進んで行く。
「・・・・三・二・一。撤収や‼」
さらに雲梯の声が急き立てる。雷石を卓上に押し付け接続を解除し、小槻は素早く立ち去ろうと振り向いた。
・・・・・・・・・・
そこには出口を塞ぐように、先ほどまで教授の横にいた青い研究服を纏った助手の一人が、腕を組んで立っていた。
目を見開き驚いたまま体が固まりそうになった小槻は、両手の雷石を胸の前で打ち鳴らし合わせ臨戦態勢に入ろうとした。
「そんなにあせらないでくださいよ。」小さく息を吐きながら、あきれた顔を見せる。
「もうぉー。こんなことしなくても、見学申請してもらったら、特別に全部見せましたのに・・・・・。【八咫烏】(やたがらす)さん。」
組んだ腕をほどき、手に持った水瓶の形をしたペットボトルを「飲みます?」と差し出した。
素性を知られてしまっているうえに、簡単に背後を取られてしまった小槻は、警戒を緩められず、距離を一定に保とうと体をずらす。
そんな様子に再びため息をつき
「そんなに警戒しないでください。」
差し出したペットボトルを研究服のポケットにもどしながら、
「私は【義玄】(ぎげん)と言うものです。お初ですかね。」
小槻に気を遣うように大回りをし、テーブルの反対側に立った。
雲梯も緊張した様子を、唾を飲み込みながら、レンズを通して送られるリアルタイム映像で確認していた。
思考を読み取ったAIが、すぐさま【義玄】に関しての情報が表示するも、見るまでもなく【前鬼・後鬼】(ぜんき・ごき)の後鬼の別名であることがわかっていた。しかし、飛鳥時代の実存したのか不明な人物の名である。
模倣しているに違いないと考えるのが一般的だが、小槻や雲梯が属している組織【八咫烏】はそう判断しない。
「私たちが、なにを目的にしているのか、ご覧になりますか?」
義玄が卓上に手を置いた。
警戒しつつもテーブルに目をやった小槻は、「女性にしては大きな手だな」と思いながら胸の前で合わせていた雷石を、ゆっくり下ろした。
先ほどとは違ったホログラムが浮かび出す中、少し鼻を鳴らした義玄は「あなた、今見た目で人を判断したでしょう?」と上目遣いに一瞥した。
――――――――――
大和まほろば高校に戻ってきた硬式野球部員たち。直射日光を避け、屋根のある体育館付近に集合していた。
相変わらず橿原の夏は気温の高さはもちろんのこと、湿度が嫌になるほど高く、何もなくても不機嫌になってしまいそうだった。校舎裏の万葉の森を中心に発せられる、蝉の音響兵器がさらに発汗作用を促していた。
しかし、今の部員たちは違った。誰もが疲れ切ってはいるが、落ち込んでいる者は一人もおらず、次に向かって視線を上げている顔をしている者ばかりだった。
「今日は本当にお疲れ様でした‼運命の一勝です!みんなよく頑張りました‼ここから歴史が始まります‼次もこの調子でガンガン行きましょう‼」
縄手が集まった部員を前に声を張り上げる。
結局、北越智が戒外に配慮しつつも、なんとか抑え込み、一対四で何年振りかの公式戦一回戦突破となった。
勝つことの楽しさと嬉しさを抑えきれずに、落ち着かない集団の中、久米と目が合い思わず笑顔になってしまう。
試合中に見せていた一人前の大人だった姿は薄れ、まだあどけない目一杯日焼けした少年のような表情でVサインを見せる。
特別視してはいけない、公平性を持たないといけない。わかっているけれど、少し、ほんの少しだけ他とは違う感情を抱いてしまう。
だけど、それは恋愛とは違い、歳の離れた兄弟に思いやる感情に近いんじゃないかと、縄手は微笑みながら、心に半ば強引によぎらせていた。
そして心配していた曲川も救急車で搬送された後、付き添った木之本からの連絡で、中度の熱中症と診断され、保護者と共に自宅にもどり、今は療養しているとのことだった。
野球がわからないながらも、試合終了後に山本や久米と打合せした、今回の試合において褒める箇所と次回への課題を告げた後、「では、今から選手間ミーティング初めてください。」縄手は区切りのために「あざーーーーっす!」と一同礼をし、主将の久米に交代を促した。
「ふぅうううううー。」と、何とか監督役がこなせたんじゃないかと、今日一日の肩の荷を降ろせた安心感で、大きく息を吐き、立ち位置を交代する久米が突き出す拳に拳を合わせ、一旦職員室に戻ろうと振り向いた。
その視線の先に、校舎からこちらに歩み寄る一人の生徒の姿があった。
その人影に気付いた視線が順にそちらに向きはじめ、それまで浮き立っていた部員の雰囲気が凪いでいくことが肌でわかった。
部員全員の視線を集めながら、歩み寄った生徒は小さく微笑み、小さく拍手を送り、小さく頭を下げる。
「本当に皆さん、おめでとうございます。我が大和まほろば高校、硬式野球部、六年振りの公式戦での勝利、本当におめでとうございます。」
少しボリュームが足りないが、落ち着きあり気高さが伴っていた。
「・・・あざっす・・。」「ありがとうございます。」「・・うっす。」バラバラにしまりなく答える。
「高殿さん・・・生徒会長が来た・・。」
山本が珍しい人が現れたと、目を丸くしている。
高殿持統【たかどの もちすみ】(十五)は一年生ながら、すでに生徒会長となっており、手腕の片鱗を見せ始めていた。
多様な事情により、朝食を取れずに通学している生徒を中心に、食品メーカーなどの食材や商品のロスが出る企業と、料理教室などの支援団体の協力を得て、家庭科室を毎朝開放し、朝食の提供を始めていた。それは大和まほろば高校にとどまらず、近隣の小中学校にまで広がろうとしていた。
そもそも高殿は旧華族の政治家一家であり、その長女である持統は、歩く権力そのものであるため、利害関係を考慮する人種にとって、持統に協力を惜しまない姿を見せることは、高殿家にすり寄る絶好の機会であった。
その為、高殿持統の施策は容易に叶えることが出来た。持統本人もその傾向を知りながら、ためらうことなく押し進めていた。
まだ小さく拍手をし続けている高殿に「でた…ミネバ・ザビもどき。」怪訝そうに小声で北越智がつぶやく。
高殿本人の魂以外に融合している者はいないが、脈々と受け継がれている血統が、一目置かれる人物としての要因となっていた。
いつまでも小さく称賛を送り続けている様子に、
「いやいや!高殿さん!ありがとうございます!こんな汗くさい、むさっ苦しい連中に、生徒会長直々、お褒めの言葉を伝えに来てもらえるなんて!」
「なあ!みんな!嬉しいよな!」
縄手は、蒸し暑さだけ際立つ凪いだ雰囲気の中、大袈裟に身振りを交えながら、気持ちを高揚させるように手のひらを上へ何度も上げた。
そんな縄手をざわつくような沈黙が包む。
「あの・・・生徒会長、他になにか・・・」
誰一人の賛同を得られずに、愕然となる縄手の姿をいつまでも微笑ましく眺めてしまいそうな高殿に、近くにいた久米がたまらず声をかけた。
小さく我に返ったように、小さく目を開き、小さく両手を胸で合わせ、
「そうそう。皆さんの笑顔にすっかりお伝えすることを忘れていました。」
高殿は両手をゆっくり広げながら、部員全員を見渡した。
「次の試合は、大和まほろば高校総力を挙げて応援させていただくことに決定いたしました。」
・・・・・・・・・
誰もが瞬きを何度も繰り返し、顎を少し前に出し耳を疑った。
「おうえん?」声に出さずに、口パクだけで鳥屋と大垣がお互いの顔を見合わせる。
「え?ありがとう・・・ございます・・・でも、なんで・・・めちゃくちゃ気が引けます。」
もっといい成績をおさめている部もあるのに、六年ぶりにたった一勝しただけで、そこまでしてもらえることに、久米は申し訳なさそうに頭を下げた。
「おおお!ええことやんか‼学校あげての応援なんかそうそうないぞ!」
縄手は視線を落とした久米の肩を叩く。
さらに困った顔になってしまったのは、外野気分で成り行きを見ていた戒外だった。
正直、応援で名前を叫ばれることに抵抗があった。自分の名前が気に入らないわけではなく、なんで知り合いでもない、全く面識のない人間に応援されないといけないのか。
これまでの努力や苦痛をわかっていないのに、その場のノリで「頑張れ頑張れ」と大声で叫ばれる。吐き気を覚えるほど、緊張を押し付けている以外になかった。
高殿はにこやかに、落ち着かない雰囲気の中で続けた。
「本日の試合結果も大変素晴らしいものでしたが、今の大和まほろば高校硬式野球部そのものが我々に感動を与え、日本の未来に繋がってるとおもうのです。」
「・・・・・・はぁ・・・」
目を半ば強制的に合わせられた久米は、半分口を開いたまま頷く。
「まさにウェルビーイングなのです。本当に誇らしいことなのです。」
高殿の視線がゆっくり部員全員を撫でる。
「ウェルビーイング?」声に出さずに、口パクだけで鳥屋と大垣が、再びお互いの顔を見合わせる。
「今年の十月に、我が大和まほろば高校が中心となり、橿原市にて【全国学生日本女性会議】が開催されます。皆さんには、そのアンバサダーになって頂きたく思います。」
「アンバサダー?」声に出さずに、口パクだけで鳥屋と大垣が、もう訳がわかないとお互いの顔を見合わせ、両手をひろげた。
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それどころか、ますます激しさを増していく。焦っているのか、戸惑っているのか、苛立っているのか、怯えているのか、どんな言葉で表現しようにも、腑に落ちない。
心が今の自分の気持ちに追いつかない。嫌な汗がこめかみを伝う。
曲川はピッチャーマウンドで、意味不明に息が詰まりそうになっている状態のまま、戒外が示すサインに、ギリギリの集中力で頷いていた。
不安定に魂が揺れ始めた、セットポジションに入る曲川に目をやった北越智は、小さく溜息をつき「ここでくるかぁ?面倒くさいタイミングやんか。」舌打ちをした。
試合中のグラウンドでは舞えない。手研耳【たぎしみみ】の覚醒を抑制することは、容易いが、守備位置から離れることが出来ない。
頼径の方に視線を送るも、首を横に振っている。
崩れた投球フォームからのボールは見事に狂い、出したサインとは全く違うコースを描いて、バッターの手前で跳ねた。
戒外は曲川が緊張していることに気付いていたが、予想外にズレて弾んだボールに、慌ててずらした全身を使って受け止めた。
ワイルドピッチはよくあることで、調子が合わない時は誰にでも訪れる。そこをリカバリーさせるのが、捕手の役目だったりする。
緊張が絶頂だと思える曲川に「笑顔!笑顔!」とメットを上げ自分の顔を見せながら、頬を指さし笑って見せる。
額から流れ落ちる汗を肘で拭い、そんな戒外に何度か頷いて見せる。
「落ち着け!俺。落ち着け!」
曲川は長く息を吐きながら、再びセットポジションに入った。
――――――――――
押し出しの選手がホームベースを踏んだ後、手を上げた縄手の声がグラウンドに響いた。
「タイム‼」
気付けば七回表、相変わらず腐女子が作り出す異空間な雰囲気の中、白輝高校 対 大和まほろば高校の試合は、一対二、一アウト満塁となっていた。
伝令の木原こうじ【きはら こうじ】(十五)がピッチャーマウンドへと走り、守備についていた全員も集まった。
相手チームに会話内容が悟られないように、口をグローブで隠す。「ぜんぜんオッケイ!玉走ってるで!」駆け寄るなり久米が、色を失いそうな曲川の目を見ながら気遣う。
「ガンガン打たせましょうよ!なぁ。」十市も同じクラスの八木賑栄【やぎ ともてる】(十六)に同意を求め、「俺ら守備ガチガチなんで、タイタニックに乗った気でいてください!」。「アホか!沈んどるんやん!」場を和ませようとする。
一番不安で仕方なかっただろう戒外が、誰よりも一番近くに寄り添い小声で伝えた。
「あの俺、隠してたことあるんっすけど、実は山本さんのことめちゃくちゃ気になってるんっす。この試合終わったらちょっと相談乗ってもらってもいいですか?」
・・・・・・・・・・
曲川の瞳が少し揺れるように動いたが、反応が薄い。
回りのざわつきや蝉の声で、届かなかったのか、緊張を緩めるために発した精一杯のドッキリが、不発に終わっってしまった戒外は、期待していた反応との差異に、沈黙の中で瞼を何度もパチパチさせてしまった。
木原が伝えたベンチからの指示は「気にすることなく思う存分やり通してほしい。ただ無理はしないように。」との縄手の優しさだった。
肩で息を繰り返しながら、額の汗を拭う曲川に、気を取り直した戒外は「どんな先輩でも、俺は受け止めるんで、思いっきり来てください。」笑顔を見せてみた。
とは言え、やはり調子の悪そうな様子に、久米はベンチの縄手に不安な視線を向ける。
どう見ても、様子がおかしい。目の前に佇んでいる曲川は、習慣的にグローブで口元を隠しているものの、上の空で息をしているだけのようにしか見えなかった。
目が合う縄手に首を横に振ってみる。
その動作に、考え込みながら拳を口元に置いた縄手は小さく息を吐いた。
「やっぱり絶不調っぽいな・・・・、交代かぁー。」
「そうですね・・・。リリーフの北越智くんと戒外先輩の相性が心配ですけど・・。」
山本がグラウンド身乗り出しながら、つぶやいた。
「相性の最悪なバッテリーにかけるしかないか・・・。」
「はい。この状況では北越智くんも手は抜けないでしょうし。どこまで、調整して投げてくれるかですね。」
「・・・・・・せやな・・。」
縄手が「わかった。」と山本に頷き、こちらを不安げに見つめる久米に、チェンジの合図を送ろうとした瞬間だった。
戒外が「肩の力抜いていきましょう。」と何気に手を肩に置こうとした。
手のひらが、上下に揺れる肩先に落ちようとした時、曲川は口を隠していたグローブを勢いよく振り下ろし、理解できない単語の羅列を叫び放ちながら、戒外の手を強く払いのけた。
バシッツ!
その場にいる全員が予想外の行動に、目を見開き驚き固まる。
「え?」戒外が後ずさる中、それまでみんなの周りを、ゆっくり円を描くように歩いていた北越智が、滑り込むように曲川の背後に回り込んだ。
「なんとかこれで…【林邑八楽・迦陵頻】。」
舞の陣を描きながらため込んだ波動を指先に集め、曲川の頸椎に当てた。
コマ送りのように、両ひざがゆっくり折れ、不意打ちを食らった顔で北越智に振り返り、曲川が仰向けに崩れて落ち始める。
誰もが暴走しそうになる曲川を、北越智が止めに入った様に見えていたが、久米にはその一部始終が視界の隅で見えてしまっていた。
北越智の指が触れて、曲川が倒れる。その状況に訳が分からず、目も口も閉じることができない。
崩れる曲川を素早く両腕で抱えた北越智は「先輩!担架!」とそんな久米に叫んだ。
「うわっ!」
突然、脱力状態になり気絶した姿に叫び声が上がり、慌てて戒外も体を抱え込みに入る。
一瞬の出来事が連発する中で、これが夢か現実か判断しようとする隙も無く、「すいません‼担架!お願いします!」久米が審判に声を上げた。
――――――――――
騒然となったスタジアムの中、運ばれる曲川は、額に乗せられたタオルの冷たさに瞼を動かし、揺れる夏空を虚ろな目に映していた。
「行かな。早よ行かんと・・・・あいつは・・・・」
自分がつぶやく言葉の意味が理解できないまま、湧き上がる感情に引っ張られ口にする。
「ちゃう・・・試合や。俺が投げやな・・・、でも行かなあかん・・・・あ・・俺が投げやな・・・・俺が。」
交差し、混ざり合う心の整理ができないまま、再び曲川は再び気を失った。
――――――――――
教授のセミナーが終わり、ごった返すエントランスは、龍のモニュメントや展示品と記念撮影する人、オリジナルグッズやパンフレットを購入する人で溢れかえっていた。
施設スタッフの衣装に着替えていた小槻スガルは行き交う人をすり抜け、何の違和感もなく関係者通用口の電子パネルに素早く手のひらを当て、ロックを解除した。
事前調査で、侵入から脱出まで五分が限界と予測している。
内部の打って変わった無機質な雰囲気に、寒気を覚えながらも、瞬時に両手を左右に伸ばし、握りしめている雷石から電磁波を一気に放出した。
真っ白な壁と天井に設置された、人感センサー付きのライトと、監視カメラを一時的に無効化した後、記憶した構内図に従い、小槻は警戒しつつ足早に歩き出した。
【カンダルパ産業技術総合研究所】先端科学技術大学院大学と医科大学が、医工連携で設立された機構である。表向きはAIを利用したヒトクローン臓器作製を謳っているが、先ほど行われていたような研究セミナーと題した、事業目的とかけ離れたカルト的な集会が度々開催されていた。
ただ、新興宗教としておらず、金銭目的で行われていないことは、信者勧誘などが行われていない状況を見ても明白であり、集まる人々の洗脳目的にしては講義内容があまりにもお粗末なものであった。
しかし国家レベルを超える最高機密の人工知能と、桁違いの量子ビットを持つ量子コンピューター【久那戸】(クナト)がこの施設には設置されている。
そして【十種神宝】(とくさのかんだから)らしきモノを掲げる、教授と呼ばれている突如現れた人物。
ここ数日、各国の要人が研究事業見学の名目で、この施設を訪れている情報が流れ始めていたが、実際のところ中でなにが行われているのか、ブラックボックス化されていた。
そもそも【十種神宝】(とくさのかんだから)は、「先代旧事本紀』「天孫本紀」などの、日本の神代から古代を扱った史書に登場する伝説上の鏡二種、剣一種、玉四種、比礼三種からなる十種類の宝物であり、あくまでも架空である。
それには死者蘇生させる霊力があり、先ほどのセミナーで唱えていた【布瑠の言】(ふるのこと)は、十種神宝の絶大な霊力を呼び覚ます「言霊」になっているとされていた。
その最高機密のAI搭載した量子コンピューター【久那戸】(クナト)と、それを扱う最高責任者である【十種神宝】(とくさのかんだから)をもつ教授の真意を探り、ブラックボックス化された情報を、本部に待機している雲梯に、痕跡を残さず送信することが小槻の目的であった。
廊下を曲がったすぐにある、ロッカーが並ぶ更衣室に入った小槻は、手早く研究者用の白衣に着替え、用意していたネームプレートをかけた。
手のひらに握る雷石は、小槻の体を特殊な磁場で覆い、あらゆるセンサーを迷わせ、探知不可能な状態にさせていたが、どこまでも無機質な廊下ですれ違う人はおらず、怖いくらいにスムーズに目的地である、久那戸統合管理室に小槻は侵入できた。
誰一人いない不審な状況に眉をひそめながらも、部屋の中央に唯一置かれた真っ白なテーブルに歩み寄る。
何も置かれていない、滑らかにコーティングされた一畳ほどの真っ白な天板に、外したネームプレートを乗せた。
顔と同じ位置の高さに浮かび上がったバイオメトリクス認証のメッセージ。
小槻は迷うことなく雷石をホログラムに突きとおした。
《接続承認》
テーブルの上に、次々と浮かび上がる多様な形状のホログラムを指先で滑らしていく。
「送るで!雲梯」
「了!」
小槻がかけている眼鏡のフレームから伝わる声に合わせて、レンズが目の前で繰り広げられるデータの洪水を読み取って行く。
大阪市内、通常業務で使用しているフロアーと異なり、雲梯は最下層に建造された空間に立ち、覆われた闇に次々に浮かび上がる、小槻から送られて来る膨大なデータを見据えていた。
組織独自のAIで解析しながら、選別されはじかれた画面に手を伸ばす。ヘブライ語で書かれた画面の中に「私は有って有る者」、「神の声」の文字列が強調されている八咫鏡と、モーセの十戒が刻まれた石板の画像。そして十種神宝の一つである、死返玉【まかるかえしのたま】の三つが並んでいた。それに連なる膨大なデータが、終わりがあるのかと思えるほどに、小槻から送られてくる。
「これは・・・プロンプト・・・」
「死者蘇生・・・・・。人体錬成?」
独自AIが出した答えを視線で追いかけながら、雲梯はつぶやいた。
「そんなこと、できるんかいな??」
送られてくるデータと、独自解析データの映像を空間一杯に広げながら、口元を撫でる。
その思考を受け取ったAIが雲梯に答える。
「・・・作ろうとして作れるとは思えんけどなぁ。」
目を通すも、輪廻転生、魂の融合、臨死体験や心肺蘇生、冷凍保存、死の定義など知った知識や経験の羅列であり、どれも核心に繋がらない。
雲梯は目の前に表示された映像を横にずらして、再び腕を組み解析画面を眺めていた。
すると突然、英語やフランス語など各国の言語表記だった文字が見たことのない絵文字のような表語文字へと変わった。
「ん?なんや。このプロンプト?プロンプトか?なんや?」
人工知能の解読も言い訳がましく、表示文字に近い候補を幾つもあげ、端的ではなくなってしまう。
呆れてしまい、目を丸くし口を半開きになってしまった雲梯は、小槻に問いかけた。
「この文字わかりますか?」
・・・・・・・・・・
「・・・・・たぶん、原カナン文字やろうな・・・ヒエログリフじゃないし。」
せわしく卓上のホログラムを動かしながら、小槻はすべてレンズに納まるように合わせて顔を動かしつぶやく。
データの奥へ進めば進むほど、全く理解できない字体で埋め尽くされ始めた。
「とりあえず、送れるだけ送る。なんかありそうやねんけど・・・そろそろ退かんと、ヤバいわ。」
「了!あと五秒で四分。」
「わかってる。」
雲梯の言葉を振り払うように、ホログラムをかき分け、勘が導く方へ突き進んで行く。
「・・・・三・二・一。撤収や‼」
さらに雲梯の声が急き立てる。雷石を卓上に押し付け接続を解除し、小槻は素早く立ち去ろうと振り向いた。
・・・・・・・・・・
そこには出口を塞ぐように、先ほどまで教授の横にいた青い研究服を纏った助手の一人が、腕を組んで立っていた。
目を見開き驚いたまま体が固まりそうになった小槻は、両手の雷石を胸の前で打ち鳴らし合わせ臨戦態勢に入ろうとした。
「そんなにあせらないでくださいよ。」小さく息を吐きながら、あきれた顔を見せる。
「もうぉー。こんなことしなくても、見学申請してもらったら、特別に全部見せましたのに・・・・・。【八咫烏】(やたがらす)さん。」
組んだ腕をほどき、手に持った水瓶の形をしたペットボトルを「飲みます?」と差し出した。
素性を知られてしまっているうえに、簡単に背後を取られてしまった小槻は、警戒を緩められず、距離を一定に保とうと体をずらす。
そんな様子に再びため息をつき
「そんなに警戒しないでください。」
差し出したペットボトルを研究服のポケットにもどしながら、
「私は【義玄】(ぎげん)と言うものです。お初ですかね。」
小槻に気を遣うように大回りをし、テーブルの反対側に立った。
雲梯も緊張した様子を、唾を飲み込みながら、レンズを通して送られるリアルタイム映像で確認していた。
思考を読み取ったAIが、すぐさま【義玄】に関しての情報が表示するも、見るまでもなく【前鬼・後鬼】(ぜんき・ごき)の後鬼の別名であることがわかっていた。しかし、飛鳥時代の実存したのか不明な人物の名である。
模倣しているに違いないと考えるのが一般的だが、小槻や雲梯が属している組織【八咫烏】はそう判断しない。
「私たちが、なにを目的にしているのか、ご覧になりますか?」
義玄が卓上に手を置いた。
警戒しつつもテーブルに目をやった小槻は、「女性にしては大きな手だな」と思いながら胸の前で合わせていた雷石を、ゆっくり下ろした。
先ほどとは違ったホログラムが浮かび出す中、少し鼻を鳴らした義玄は「あなた、今見た目で人を判断したでしょう?」と上目遣いに一瞥した。
――――――――――
大和まほろば高校に戻ってきた硬式野球部員たち。直射日光を避け、屋根のある体育館付近に集合していた。
相変わらず橿原の夏は気温の高さはもちろんのこと、湿度が嫌になるほど高く、何もなくても不機嫌になってしまいそうだった。校舎裏の万葉の森を中心に発せられる、蝉の音響兵器がさらに発汗作用を促していた。
しかし、今の部員たちは違った。誰もが疲れ切ってはいるが、落ち込んでいる者は一人もおらず、次に向かって視線を上げている顔をしている者ばかりだった。
「今日は本当にお疲れ様でした‼運命の一勝です!みんなよく頑張りました‼ここから歴史が始まります‼次もこの調子でガンガン行きましょう‼」
縄手が集まった部員を前に声を張り上げる。
結局、北越智が戒外に配慮しつつも、なんとか抑え込み、一対四で何年振りかの公式戦一回戦突破となった。
勝つことの楽しさと嬉しさを抑えきれずに、落ち着かない集団の中、久米と目が合い思わず笑顔になってしまう。
試合中に見せていた一人前の大人だった姿は薄れ、まだあどけない目一杯日焼けした少年のような表情でVサインを見せる。
特別視してはいけない、公平性を持たないといけない。わかっているけれど、少し、ほんの少しだけ他とは違う感情を抱いてしまう。
だけど、それは恋愛とは違い、歳の離れた兄弟に思いやる感情に近いんじゃないかと、縄手は微笑みながら、心に半ば強引によぎらせていた。
そして心配していた曲川も救急車で搬送された後、付き添った木之本からの連絡で、中度の熱中症と診断され、保護者と共に自宅にもどり、今は療養しているとのことだった。
野球がわからないながらも、試合終了後に山本や久米と打合せした、今回の試合において褒める箇所と次回への課題を告げた後、「では、今から選手間ミーティング初めてください。」縄手は区切りのために「あざーーーーっす!」と一同礼をし、主将の久米に交代を促した。
「ふぅうううううー。」と、何とか監督役がこなせたんじゃないかと、今日一日の肩の荷を降ろせた安心感で、大きく息を吐き、立ち位置を交代する久米が突き出す拳に拳を合わせ、一旦職員室に戻ろうと振り向いた。
その視線の先に、校舎からこちらに歩み寄る一人の生徒の姿があった。
その人影に気付いた視線が順にそちらに向きはじめ、それまで浮き立っていた部員の雰囲気が凪いでいくことが肌でわかった。
部員全員の視線を集めながら、歩み寄った生徒は小さく微笑み、小さく拍手を送り、小さく頭を下げる。
「本当に皆さん、おめでとうございます。我が大和まほろば高校、硬式野球部、六年振りの公式戦での勝利、本当におめでとうございます。」
少しボリュームが足りないが、落ち着きあり気高さが伴っていた。
「・・・あざっす・・。」「ありがとうございます。」「・・うっす。」バラバラにしまりなく答える。
「高殿さん・・・生徒会長が来た・・。」
山本が珍しい人が現れたと、目を丸くしている。
高殿持統【たかどの もちすみ】(十五)は一年生ながら、すでに生徒会長となっており、手腕の片鱗を見せ始めていた。
多様な事情により、朝食を取れずに通学している生徒を中心に、食品メーカーなどの食材や商品のロスが出る企業と、料理教室などの支援団体の協力を得て、家庭科室を毎朝開放し、朝食の提供を始めていた。それは大和まほろば高校にとどまらず、近隣の小中学校にまで広がろうとしていた。
そもそも高殿は旧華族の政治家一家であり、その長女である持統は、歩く権力そのものであるため、利害関係を考慮する人種にとって、持統に協力を惜しまない姿を見せることは、高殿家にすり寄る絶好の機会であった。
その為、高殿持統の施策は容易に叶えることが出来た。持統本人もその傾向を知りながら、ためらうことなく押し進めていた。
まだ小さく拍手をし続けている高殿に「でた…ミネバ・ザビもどき。」怪訝そうに小声で北越智がつぶやく。
高殿本人の魂以外に融合している者はいないが、脈々と受け継がれている血統が、一目置かれる人物としての要因となっていた。
いつまでも小さく称賛を送り続けている様子に、
「いやいや!高殿さん!ありがとうございます!こんな汗くさい、むさっ苦しい連中に、生徒会長直々、お褒めの言葉を伝えに来てもらえるなんて!」
「なあ!みんな!嬉しいよな!」
縄手は、蒸し暑さだけ際立つ凪いだ雰囲気の中、大袈裟に身振りを交えながら、気持ちを高揚させるように手のひらを上へ何度も上げた。
そんな縄手をざわつくような沈黙が包む。
「あの・・・生徒会長、他になにか・・・」
誰一人の賛同を得られずに、愕然となる縄手の姿をいつまでも微笑ましく眺めてしまいそうな高殿に、近くにいた久米がたまらず声をかけた。
小さく我に返ったように、小さく目を開き、小さく両手を胸で合わせ、
「そうそう。皆さんの笑顔にすっかりお伝えすることを忘れていました。」
高殿は両手をゆっくり広げながら、部員全員を見渡した。
「次の試合は、大和まほろば高校総力を挙げて応援させていただくことに決定いたしました。」
・・・・・・・・・
誰もが瞬きを何度も繰り返し、顎を少し前に出し耳を疑った。
「おうえん?」声に出さずに、口パクだけで鳥屋と大垣がお互いの顔を見合わせる。
「え?ありがとう・・・ございます・・・でも、なんで・・・めちゃくちゃ気が引けます。」
もっといい成績をおさめている部もあるのに、六年ぶりにたった一勝しただけで、そこまでしてもらえることに、久米は申し訳なさそうに頭を下げた。
「おおお!ええことやんか‼学校あげての応援なんかそうそうないぞ!」
縄手は視線を落とした久米の肩を叩く。
さらに困った顔になってしまったのは、外野気分で成り行きを見ていた戒外だった。
正直、応援で名前を叫ばれることに抵抗があった。自分の名前が気に入らないわけではなく、なんで知り合いでもない、全く面識のない人間に応援されないといけないのか。
これまでの努力や苦痛をわかっていないのに、その場のノリで「頑張れ頑張れ」と大声で叫ばれる。吐き気を覚えるほど、緊張を押し付けている以外になかった。
高殿はにこやかに、落ち着かない雰囲気の中で続けた。
「本日の試合結果も大変素晴らしいものでしたが、今の大和まほろば高校硬式野球部そのものが我々に感動を与え、日本の未来に繋がってるとおもうのです。」
「・・・・・・はぁ・・・」
目を半ば強制的に合わせられた久米は、半分口を開いたまま頷く。
「まさにウェルビーイングなのです。本当に誇らしいことなのです。」
高殿の視線がゆっくり部員全員を撫でる。
「ウェルビーイング?」声に出さずに、口パクだけで鳥屋と大垣が、再びお互いの顔を見合わせる。
「今年の十月に、我が大和まほろば高校が中心となり、橿原市にて【全国学生日本女性会議】が開催されます。皆さんには、そのアンバサダーになって頂きたく思います。」
「アンバサダー?」声に出さずに、口パクだけで鳥屋と大垣が、もう訳がわかないとお互いの顔を見合わせ、両手をひろげた。
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