トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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1章

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 洋の東西を問わず在外公館勤務を重ね、その間に経験した諜報活動の教訓から、情報の一元管理と総合判断の必要性を痛感した梶は、帰国後、同じ考えを抱いていた海軍高官と奔走し、内閣情報部を設立した。中立を表明しながらも親枢軸の立場を取るスペインに拠点を置き、敵国の情報を収集する――対外情報収集を目的とした内閣情報部の出先機関の構築のために、自ら公使としてスペインに乗り込んだのだ。

「どんな思惑があれ、腕利きを紹介してもらえるなら御の字です。今後は日系人も、アメリカでの諜報活動は困難になるでしょうから。しかも事態は急を要します。短期間で諜報網の構築ができる人物など、探しても簡単には見つからないのではないですか」
「腕利きといってもピンキリだ。二重スパイであることを飼い主に悟らせないのが、一流スパイの証だそうだよ」

 つまり、もうすぐ現れる人物が本物の腕利きならば、二重スパイである可能性も高いということか。在外公館勤務は初めてではないが、こうした諜報活動の現場に関わるのは初めての志貴は、緊張に顔を引き締める。
 年若く生真面目な部下の様子に、梶は困ったように諭した。

「君の役割は、能面のような顔で相手を尋問することじゃない。私には通訳を、腕利きのスパイ氏には心を許すような微笑みを。君の能力と魅力で、彼を懐柔してくれればよろしい」
「セイレーンではあるまいし、そんな芸当はできませんよ」

 達者なスペイン語は美しい歌声の代わりになるかもしれないが、男たちを誘惑する甘美な怪物の魅力など持ち合わせていない。苦笑する志貴に、わかってないな、と梶が肩を竦めたところで、店の扉が開いた。
 軽快な足音が店の中ほどまで近づき、出迎える店員に足を止めて、一言二言言葉を交わすスーツの男が一人。
 奥の席に通されていた志貴は、声がする方をじっと見つめた。遅くも早くもない、まさに定刻通り。この男が『彼』ならば、この国では奇跡のような時間意識の持ち主だ。
 果たして男は、つかつかと志貴たちのテーブルに歩み寄ると、慇懃に声を掛けてきた。

「失礼、梶公使ですか。私はテオバルド・アルヴァ・コルテス、昨日電話をもらった者です。普段はテオバルド・アルヴァと名乗っていますが」
「ご足労いただき感謝の念に堪えない、セニョール・アルヴァ」

 揃えたように同時に立ち上がった日本人二人を面白そうに眺め、梶と握手を交わしながら、男はふっと口元を緩めた。

「テオバルドで結構。仕事相手に仰々しいのはやりづらい」
「では私のことも、梶と」

 清一郎という長い名を持つ梶は、海外の友人から敬称タイトルなしの姓で呼ばれている。その方がはるかに呼びやすく、簡便だからだ。そう申し添えると、異国のスパイは納得したように頷いた。
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