トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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4章

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「闘牛士だったんだよ、彼は。若くて見映えがする上に、命知らずでありながら正統派の知的な演技をする。早熟の天才で、二十歳を過ぎて一番脂が乗ったところでさっさと引退してしまったが、何せあの色男だ。あまりにも早い引退のニュースに、地元紙は思いとどまるよう長々と説得記事を載せたものだよ、しかも社説でね。男にも女にも、それはもう人気の高い花形だった」

 人気の花形闘牛士――それも正統派の。
 何が意外かと言えば、勿論「正統派」ということだ。あの色男なら、闘牛士だろうと役者だろうと、人を魅了する職業なら難なくこなしそうだ。前職一つ取ってもまったく型に嵌まらないあたり、いかにもテオバルドらしく、逆に説得力がある。
 しかし正統派という言葉には、基本に忠実で伝統を重んじる側面がある。型破りな彼のイメージと、重なるところはないように思える。

「闘牛の知識がなくて申し訳ないのですが、正統派とそうでないのがあるのですね。彼には、正統とか王道とか、あまり似合わない気がして」
「マドリードで闘技場の砂場に立ちたいなら、正統派の技を磨くしかないんだよ」

 この国の国技に対する無知を恥じる東洋人に、ナヴァスは幼子を教え諭す口調だ。

「闘牛の世界で正統派といったら、このあたりの闘牛を指す。地方では観客の歓心を引くために、飛んだり跳ねたり滑稽な仕草で牛を揶揄う、お笑い芸を取り入れることもあるのだよ。他所ではそういった道化の芝居が喜ばれるようだが、ここマドリードでは通用しない」

 この場合、「他所」というのは、闘牛文化を持つ他の南欧や南米諸国を指しているのではない。内戦以前から存在する、スペインという一つの国など存在しないのだと強く主張するような、各地方の強烈な自意識と誇りが垣間見える。
 そこへイデオロギーという楔を打ち込み、親兄弟で殺し合うような事態へとさらに分断したのが、あの内戦だった。テオバルドの仄暗い眼差しを思い出し、あの時の、首筋がそわりと逆立つ感覚が甦る。

マドリードっ子ガトは闘牛士に手厳しいことで有名だが、ことにラス・ベンタスでそんな芸をしようものなら、」
「――神聖な闘牛場を小僧のお遊びで穢すなと、地響きのような野次と怒号を浴びせられて二度と呼ばれることはないだろうな」

 ナヴァスの言葉を奪うように引き取った男が、影のように部屋の中から現れ、志貴の背後に立った。振り返るまでもない、この声はテオバルドだ。
 前触れもなく現れた元闘牛士に、おやおや、とナヴァスは大袈裟に手を広げて驚いてみせる。

「いつもは呼んでも来ない奴が、呼ばれてもいないのに現れるとは」
「俺のいないところで、志貴に悪口でも吹き込まれたら迷惑だからな」
「そんなことは言わないさ。現に、現役時代のお前の雄姿について話していたところだ」
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