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4章
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ナヴァスが立ち去り、微妙な空気の理由もわからないままテオバルドに促され、志貴は玄関ホールへと連れ出された。素直に従ったのは、虫の居所が悪そうな男に背を向けて、一人社交に勤しむわけにもいかなかったからだ。
連れ立ってきたわけではないし、テオバルドとは互いに良く知る間柄ではあるが、友人ではない。放っておいても構わないのだが、ちりちりと放電するように苛立ちを隠そうともしない態度は思わせぶりで、いつも余裕たっぷりなこの男に似合わない。
「気のせいでなければ、機嫌が悪く見える」
招待客は殆ど到着した後なのか、玄関ホールは人気がなく、ほのかに奥のざわめきが届くばかりだ。人々の視線から解放されてほっとしながら、さりげなく声を掛けたつもりだったが、テオバルドは鋭く眉を跳ね上げる。
やはり、様子がおかしい。
「……気が乗らない集まりに無理に参加することはない、早く帰って休むといい」
「機嫌が悪くなるような胸糞悪いパーティーにのこのこ出てきた俺は、さぞ滑稽に見えるだろうな」
嫌な感じに口の端を吊り上げながら返されても、そんな態度を取られる心当たりがない。会場は確かに奇妙な雰囲気ではあったが、胸糞悪いというほど不愉快な場ではなかった。
「本当に今日はおかしいよ、テオバルド。何かあったのか?」
「何かあった? 大ありだ!」
何が気に障ったのか、怒鳴る一歩手前の勢いでテオバルドが吠えた。
「子羊が狼の群れに投げ込まれるのを見逃せるほど俺は薄情じゃないし、その可愛い子羊はそもそも俺の獲物だ。帰って休めと言うなら、あんたも一緒にだ、志貴」
「……まさかとは思うが、子羊というのは私のことか?」
「あんたは俺を滅茶苦茶に掻き回す天才だな」
低く唸るテオバルドに、獰猛な大型犬に飛び掛かられるような錯覚が重なり、思わず一歩引いてしまう。ナヴァスにはさきほど、この男を随分手懐けたものだと感心されたが、とんでもない話だ。こんなにあやうく手に余る飼い犬など、断じて願い下げだ。
「頼むから、わかるように説明してくれないか」
「ハッ! こんな馬鹿馬鹿しいことを、説明する羽目になるとはな。だったらまずは、俺のルールを説明してやる。――俺の仕事相手であること、俺を煽らないこと。志貴がこのルールを破らない限り、俺はあんたを本気で口説かない」
こんな時にまでいつもの軽口を叩くのか、と目を眇めた志貴に構わず、テオバルドは畳み掛けるように続ける。
「次に、今夜の説明だ。どんなに上物の高級娼婦を宛がっても靡かない、日本公使館の清廉潔白美人は難攻不落と、あんたは目を付けられてるんだ。弱みの一つも握らせない、隙がない奴は取引相手としてやりにくいからな。独身の色男のくせに美女の誘惑をことごとく無下にするなんて、男好きと思われても仕方がない。今日ここにいる男は、みんなその道を嗜む奴らだ。女が駄目なら男を宛がってあんたの無聊を慰めようとするあたり、フェデリコも親切が過ぎるというか、底が浅いというか」
連れ立ってきたわけではないし、テオバルドとは互いに良く知る間柄ではあるが、友人ではない。放っておいても構わないのだが、ちりちりと放電するように苛立ちを隠そうともしない態度は思わせぶりで、いつも余裕たっぷりなこの男に似合わない。
「気のせいでなければ、機嫌が悪く見える」
招待客は殆ど到着した後なのか、玄関ホールは人気がなく、ほのかに奥のざわめきが届くばかりだ。人々の視線から解放されてほっとしながら、さりげなく声を掛けたつもりだったが、テオバルドは鋭く眉を跳ね上げる。
やはり、様子がおかしい。
「……気が乗らない集まりに無理に参加することはない、早く帰って休むといい」
「機嫌が悪くなるような胸糞悪いパーティーにのこのこ出てきた俺は、さぞ滑稽に見えるだろうな」
嫌な感じに口の端を吊り上げながら返されても、そんな態度を取られる心当たりがない。会場は確かに奇妙な雰囲気ではあったが、胸糞悪いというほど不愉快な場ではなかった。
「本当に今日はおかしいよ、テオバルド。何かあったのか?」
「何かあった? 大ありだ!」
何が気に障ったのか、怒鳴る一歩手前の勢いでテオバルドが吠えた。
「子羊が狼の群れに投げ込まれるのを見逃せるほど俺は薄情じゃないし、その可愛い子羊はそもそも俺の獲物だ。帰って休めと言うなら、あんたも一緒にだ、志貴」
「……まさかとは思うが、子羊というのは私のことか?」
「あんたは俺を滅茶苦茶に掻き回す天才だな」
低く唸るテオバルドに、獰猛な大型犬に飛び掛かられるような錯覚が重なり、思わず一歩引いてしまう。ナヴァスにはさきほど、この男を随分手懐けたものだと感心されたが、とんでもない話だ。こんなにあやうく手に余る飼い犬など、断じて願い下げだ。
「頼むから、わかるように説明してくれないか」
「ハッ! こんな馬鹿馬鹿しいことを、説明する羽目になるとはな。だったらまずは、俺のルールを説明してやる。――俺の仕事相手であること、俺を煽らないこと。志貴がこのルールを破らない限り、俺はあんたを本気で口説かない」
こんな時にまでいつもの軽口を叩くのか、と目を眇めた志貴に構わず、テオバルドは畳み掛けるように続ける。
「次に、今夜の説明だ。どんなに上物の高級娼婦を宛がっても靡かない、日本公使館の清廉潔白美人は難攻不落と、あんたは目を付けられてるんだ。弱みの一つも握らせない、隙がない奴は取引相手としてやりにくいからな。独身の色男のくせに美女の誘惑をことごとく無下にするなんて、男好きと思われても仕方がない。今日ここにいる男は、みんなその道を嗜む奴らだ。女が駄目なら男を宛がってあんたの無聊を慰めようとするあたり、フェデリコも親切が過ぎるというか、底が浅いというか」
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