トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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4章

10

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「湯を沸かすことしかできないあんたよりはマシだが、俺も料理は得意じゃない。帰りに馴染みの居酒屋に寄って、持ち帰り用に適当に見繕ってもらうから、それで我慢してくれ」

 演技も入っているであろう哀願めいた提案に、志貴は鷹揚に頷いてみせた。
 今夜のことでテオバルドに非はなく、これが八つ当たりであることは自分でもわかっている。したたかな外相の思惑に、幾人かの同僚が嵌められたことが腹立たしく、また自分も同じように懐柔できると思われたことも不愉快だった。その行き場のない感情を、テオバルドに理不尽にぶつけたのだ。

 それでもテオバルドは受けとめてくれる。
 何故か確信めいたものがあり、事実彼はこうして呆れるでもなく志貴の言葉を受けとめ、望みを叶えようと算段している。志貴の受けた屈辱を慮り、子供じみた要求を丸ごと呑み込むことで、傍らに寄り添おうとしている。
 一洋とはまた異なる、見えない腕を望む前に必要なところへ行き届かせるような気遣いに、志貴は知らず肩の力を抜いていた。吐き出した感情をしなやかに受けとめられ、ささくれ立っていた気持ちが、ゆっくりと平らかになっていく。

「つまみが揃うなら、ワインは家にあるのを出すよ」
「……俺を部屋に入れるつもりか」
「君はお腹が空いてないのか」

 忠犬の仕事を果たそうとする飼い犬志願の男に、ささやかではあるが褒美を与えようと思ったのに、テオバルドは苦虫を嚙み潰したような顔になる。

「あんたに惚れてる男を、迂闊に部屋に上げようとするな。俺が悪い男だったら、まんまと食われてるところだぞ」

 その言い方では、まるで悪い男ではないみたいじゃないか、と憎まれ口を叩こうとして、――射抜くような鋭い眼差しに本気の苛立ちを感じ取り、思わず口籠った。何をそれほど怒られなければならないのかと、言われたことを注意深く反芻してみる。そして思い至った結論に、――愕然とする。
 半ば茫然としながら口にした言葉は、我ながら間の抜けたものだった。

「……もしかして君、これまでずっと、私を口説いていたのか」

 初対面からふざけた物言いをしてすげなく撃退され、それでも懲りずに甘い態度で接してくるテオバルドを、これがラテン男の真髄かと観察する思いで対応してきた。ふとした折に垣間見せる、太陽の明るさと対をなす濃い影に胸の奥がざわめくこともあったが、得体の知れない相手への、本能的な警戒だと結論付けていた。
 もしそれが勘違いだったのなら――これまでのテオバルドの言動が、志貴の心を手に入れようとするものだったなら――随分と強気な自信家だな、という感想しかない。
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