61 / 237
6章
3
しおりを挟む
何とか穏便に止めようと追いすがる館員を振り切って、嵐のような人物が入ってきた。
「やあ、志貴。いつまでも挨拶に来ないから、こちらから足を運んでやったぞ。光栄に思いたまえ」
「ジェイ――」
ムズ、と続くはずだった彼の名は、その仕立ての良いスーツの胸元に吸い取られた。
大股で足早に近づいてきた侵入者は、立ち上がった志貴の目の前で大きく腕を広げると、むぎゅう、と音がしそうな勢いで抱き締めてきたのだ。慌てて逃れようにも、広い胸の中にすっぽりと包まれ、まるで隙がない。
その上、熊に抱きつかれたような心持ちで硬直している志貴のこめかみに、ぐりぐりと頬ずりしてくる。ヒグマに襲われている獲物と、久しぶりにお気に入りのぬいぐるみと再会し胸に抱えて可愛がる子供のような対比が、悲しいまでに滑稽だ。
上半身を揉みくちゃにされ、髪をすっかり乱されながら、諦念を押しやりつつ志貴は声を上げてみる。
「……ジェイムズ」
昔からこの男は、天上天下唯我独尊。
我が道しか歩まず、自分に都合の悪いことには聞く耳を持たない。
「やめて……やめてください、ジェイムズ」
案の定、制止の声をまるで無視した、ジェイムズ・アスターという名の麗しい変人は、志貴の後頭部に手を添えると、その顔を上向かせてつくづくと眺めた。
「私も若々しく見られるが、君の外見ときたらどうだ。確か十三年下だったな。日本に行った時には気づかなかったが、君の国には不老の妙薬でもあるのか。ならばさっさと戦争などという非生産的なことはやめてさせて、仕入れに行かねば」
確かめるようにするりと頬を撫で、ようやく気が済んだのか、ジェイムズの腕が緩まる。そそくさと抜け出し、乱れた上着と髪を一通り整えた志貴は、深呼吸をして乱れた脈拍を整えようと努めた。
今目の前にいるのは、英語を喋り由緒正しい貴族の血を引く――異星人だ。もしくは、相手を自分のペースに巻き込むのではなく、飲み込み押し流し望み通りに動かすのがコミュニケーションだと思っている、傍若無人な人型台風だ。
まともにぶつかって勝てる相手ではないが、まともに常識で武装しないと、志貴までが異次元に連れ去られてしまう。
自身で言うように、とても四十三歳には見えない若々しさを保つ美丈夫――ジェイムズ・アスターは、祖父の代から付き合いのあるブラックウェル侯爵家の当代の三男にして、世界的な商社の創業者である。
頭の先から爪先まで血統の良さを詰め込んだような長身の美男子で、頭の回転も良く弁舌も立つ。身に備えた傲慢さも、自身の生まれによるものでなく、能力への自信に立脚したものであるという、可能な限り敵に回したくない、非常に面倒で有能な男だ。
「やあ、志貴。いつまでも挨拶に来ないから、こちらから足を運んでやったぞ。光栄に思いたまえ」
「ジェイ――」
ムズ、と続くはずだった彼の名は、その仕立ての良いスーツの胸元に吸い取られた。
大股で足早に近づいてきた侵入者は、立ち上がった志貴の目の前で大きく腕を広げると、むぎゅう、と音がしそうな勢いで抱き締めてきたのだ。慌てて逃れようにも、広い胸の中にすっぽりと包まれ、まるで隙がない。
その上、熊に抱きつかれたような心持ちで硬直している志貴のこめかみに、ぐりぐりと頬ずりしてくる。ヒグマに襲われている獲物と、久しぶりにお気に入りのぬいぐるみと再会し胸に抱えて可愛がる子供のような対比が、悲しいまでに滑稽だ。
上半身を揉みくちゃにされ、髪をすっかり乱されながら、諦念を押しやりつつ志貴は声を上げてみる。
「……ジェイムズ」
昔からこの男は、天上天下唯我独尊。
我が道しか歩まず、自分に都合の悪いことには聞く耳を持たない。
「やめて……やめてください、ジェイムズ」
案の定、制止の声をまるで無視した、ジェイムズ・アスターという名の麗しい変人は、志貴の後頭部に手を添えると、その顔を上向かせてつくづくと眺めた。
「私も若々しく見られるが、君の外見ときたらどうだ。確か十三年下だったな。日本に行った時には気づかなかったが、君の国には不老の妙薬でもあるのか。ならばさっさと戦争などという非生産的なことはやめてさせて、仕入れに行かねば」
確かめるようにするりと頬を撫で、ようやく気が済んだのか、ジェイムズの腕が緩まる。そそくさと抜け出し、乱れた上着と髪を一通り整えた志貴は、深呼吸をして乱れた脈拍を整えようと努めた。
今目の前にいるのは、英語を喋り由緒正しい貴族の血を引く――異星人だ。もしくは、相手を自分のペースに巻き込むのではなく、飲み込み押し流し望み通りに動かすのがコミュニケーションだと思っている、傍若無人な人型台風だ。
まともにぶつかって勝てる相手ではないが、まともに常識で武装しないと、志貴までが異次元に連れ去られてしまう。
自身で言うように、とても四十三歳には見えない若々しさを保つ美丈夫――ジェイムズ・アスターは、祖父の代から付き合いのあるブラックウェル侯爵家の当代の三男にして、世界的な商社の創業者である。
頭の先から爪先まで血統の良さを詰め込んだような長身の美男子で、頭の回転も良く弁舌も立つ。身に備えた傲慢さも、自身の生まれによるものでなく、能力への自信に立脚したものであるという、可能な限り敵に回したくない、非常に面倒で有能な男だ。
21
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる