トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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6章

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 何とか穏便に止めようと追いすがる館員を振り切って、嵐のような人物が入ってきた。

「やあ、志貴。いつまでも挨拶に来ないから、こちらから足を運んでやったぞ。光栄に思いたまえ」
「ジェイ――」

 ムズ、と続くはずだった彼の名は、その仕立ての良いスーツの胸元に吸い取られた。
 大股で足早に近づいてきた侵入者は、立ち上がった志貴の目の前で大きく腕を広げると、むぎゅう、と音がしそうな勢いで抱き締めてきたのだ。慌てて逃れようにも、広い胸の中にすっぽりと包まれ、まるで隙がない。
 その上、熊に抱きつかれたような心持ちで硬直している志貴のこめかみに、ぐりぐりと頬ずりしてくる。ヒグマに襲われている獲物と、久しぶりにお気に入りのぬいぐるみと再会し胸に抱えて可愛がる子供のような対比が、悲しいまでに滑稽だ。
 上半身を揉みくちゃにされ、髪をすっかり乱されながら、諦念を押しやりつつ志貴は声を上げてみる。

「……ジェイムズ」

 昔からこの男は、天上天下唯我独尊。
 我が道しか歩まず、自分に都合の悪いことには聞く耳を持たない。

「やめて……やめてください、ジェイムズ」

 案の定、制止の声をまるで無視した、ジェイムズ・アスターという名の麗しい変人は、志貴の後頭部に手を添えると、その顔を上向かせてつくづくと眺めた。

「私も若々しく見られるが、君の外見ときたらどうだ。確か十三年下だったな。日本に行った時には気づかなかったが、君の国には不老の妙薬でもあるのか。ならばさっさと戦争などという非生産的なことはやめてさせて、仕入れに行かねば」

 確かめるようにするりと頬を撫で、ようやく気が済んだのか、ジェイムズの腕が緩まる。そそくさと抜け出し、乱れた上着と髪を一通り整えた志貴は、深呼吸をして乱れた脈拍を整えようと努めた。
 今目の前にいるのは、英語を喋り由緒正しい貴族の血を引く――異星人だ。もしくは、相手を自分のペースに巻き込むのではなく、飲み込み押し流し望み通りに動かすのがコミュニケーションだと思っている、傍若無人な人型台風ヒューマン・タイフーンだ。
 まともにぶつかって勝てる相手ではないが、まともに常識で武装しないと、志貴までが異次元に連れ去られてしまう。

 自身で言うように、とても四十三歳には見えない若々しさを保つ美丈夫――ジェイムズ・アスターは、祖父の代から付き合いのあるブラックウェル侯爵家の当代の三男にして、世界的な商社の創業者である。
 頭の先から爪先まで血統の良さを詰め込んだような長身の美男子で、頭の回転も良く弁舌も立つ。身に備えた傲慢さも、自身の生まれによるものでなく、能力への自信に立脚したものであるという、可能な限り敵に回したくない、非常に面倒で有能な男だ。
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