トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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6章

16

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 翌日、フェデリコ・ナヴァス外相が辞任したという突然のニュースに、日本公使館に激震が走った。
 辞任理由は健康上の問題とされたが、彼に近しい人々はそれが偽りであることを知っており、また後任人事から、これが事実上の枢軸国派の更迭であることを悟っていた。
 後任の外相は、連合国派で知られた男だった。ナヴァスは枢軸国派であり、それゆえに日本の諜報活動に色々と便宜を図ってくれていた。その彼が更迭されたということは、中立国といいながら枢軸国を支援し、実質凖枢軸国であったスペインが、連合国側へと大きく舵を切ろうとしていることの現れだった。
 その変節には、広大な欧州戦域を事実上一国のみで戦う枢軸国の要、ドイツの限界が見えてきたことが影響しているに違いなかった。イギリスへ大規模な空爆を繰り返し、甚大な被害を与えておきながら中途半端に手を引き、その戦力の大半を投じた東部戦線――ソ連との戦いも、時機を見誤り兵站を軽んじ、戦局が泥沼化しているドイツに見切りをつけたのだ。

「潮目を読むのだけは上手い男だ……」

 この国の独裁者に対する、難しげな顔の梶の呟きは、翻って梶を、志貴を、鋭く糾弾した。
 何度も読み間違えた潮目、その度に喫した手酷い敗北から何も学ばず、母国はまだ踏みとどまろうとはしない。誤った道を突き進んでいるとわかっていながら――。

 ――諜報の側面から母国を支えるためにスペインまで赴いておきながら、入手した情報を役立てることもできず、一体何をしているのだ。
 ――同胞の命と財産を守るという、最低限の職務を遂行することもできないのか。

 胸を塞ぐ指弾の声は、偉大な外交官だった父の声にも聞こえた。
 待降節から降誕節へと街の賑わいが移り変わる中、志貴はひたすら情報収集とその解析に没頭した。集められるだけの新聞と雑誌を積み上げ、丁寧に読み込み、過去に繋がる情報はないかと記憶を底からひっくり返す。終業後も自宅に資料を持ち込み、わずかな睡眠と風呂以外のすべての時間を仕事に費やした。食事も仕事の片手間に、簡単な物をろくに咀嚼もせず無理矢理流し込んで済ませた。
 寝食を削る仕事ぶりに、心配した女中から公使館へ連絡が行き、梶から何度も小言をもらったが、志貴が改めることはなかった。

 強迫観念にも似た焦燥に炙られる中、深々しんしんとした寒夜を重ねながら、一九四二年が暮れようとしている。
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