トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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11章

7

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 テオバルドの言動は、誰を介することもなく志貴に向けられている。時に突き刺すように力強く、真っ直ぐだ。そしてそれゆえに、志貴は彼を心の底から信用することはできなかった。

 テオバルドという男の中身が、空っぽだとは思わない。軽薄な口説き文句を口にするのがよく似合う、遊び慣れた色男を装いながら、彼を構成する要素の密度は高く、内に秘めたものは重いように思える。しかしテオバルドはそれを表に出すことはなく、真摯と思われる言葉には、いつも戯曲の引用が散りばめられていた。
 国家に忠誠を誓わないと言い放つ彼は、独立した諜報組織そのものであり、その情報は精度が高く有用だ。しかし、情報以外の彼の言葉は、その思惑が不明で信用に値しない。切なく恋情を訴える時も、嫉妬を剥き出しにする時も、どこか芝居掛かって――その感情に相応しいと誰もが思うように、放出する熱量を制御しているように見えるのだ。
 花形の闘牛士として満場の観客を熱狂させ、ロンドンの劇場街イースト・エンドに入り浸っていた男は、おそらく魅せ方を心得ている。あれだけ容姿の優れた、愛嬌のある魅力的な男だ。狙いをつけた人間に取り入り、自然とその心の鍵を明け渡すように仕向けることも容易いのかもしれない。初対面の日の印象は最悪だったにもかかわらず、今こうして志貴の人生に我が物顔で入り込んでいるのが、その証拠だ。

 諜報には、志貴が得意とする公開情報諜報オシントに対するもう一つの手段、人的諜報ヒューミントがある。桐機関の諜報員たちが、アメリカで行っているのもそれだ。目的の情報の周辺にいる人間を懐柔し情報を取る手段は様々だが、金銭の授受のほか、色仕掛けも含まれる。
 テオバルドは以前、明け透けに自身の性的魅力をアピールしていた。初対面で悪びれることもなく、志貴の唇を奪おうとした。諜報員として働く年月で、何度もその魅力を発揮して成果を上げてきたのだろう。

(そうだ、梶さんも言っていた)

 ――二重スパイであることを飼い主に悟らせないのが、一流スパイの証だそうだよ。

 枢軸国の劣勢は決定的になり、連合国側は早期の降伏を期待しているだろう。以前は枢軸国側に傾いていたスペインも、親枢軸国派だった外相を更迭し政策の転換を図っている。
 テオバルドの仕事ぶりは、以前と変わりない。だからその飼い主である日本の外交官を調略の標的としていない、と誰が言い切れるのか。

 嘘は言わないが、目の前の志貴を通して別の人間を見ている男と、貫くように志貴を見つめながら、その言葉を信用できない男。
 体内深くまで触れてくるが、その目的は志貴にはない手と、触れようとする思惑がわからない、しかし寸前で触れてこない手。
 そしてそれらの手が届く範囲から、逃げようとはしない男。
 逃げずに利用しているなら黙って代価を払えばいいのに、こうして愚にもつかない物思いで貴重な昼休みを潰している。中立国にいるとはいえ戦時下なのに、呑気なものだ。
 最後の一人が最も信用ならないな、と自嘲した時、

「やあ、志貴」

離れたところから声を掛けられ、志貴は我に返った。
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