トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

文字の大きさ
183 / 237
16章※

3

しおりを挟む
(夫の野望を焚きつけた時、マクベス夫人に恐れはなかったのだろうか……)

 栓なきこととわかっていても、つい思い浮かぶのは、数日前テオバルドに擬せられた烈女だ。そして、簒奪者である彼女の夫君も。
 唆されるまま野望を果たしても、手に入れたものの重さに苛まれて眠りを失い、結局はすべてを失ったマクベスは、自分の前に轍を敷いてはいないか――足を抜くには深すぎる轍を。

 迷いを断ち切るように、志貴は瞼を閉じた。
 『マクベス』になぞらえたところで、自分の身勝手さが高尚になるわけでもないのだ。文学的に逃避しても、醜いものは醜い。

 ――きれいは汚い、汚いはきれい

 冒頭で荒野の魔女が言うように、人の人生は、幸いと災い、善と悪が常に変転する、予測不能で定まりのないものだ。しかし彼女たちの言葉は、人の特質には及ばない。きれいはきれい、汚いは汚い。利己的な理由と欲望で、二人の男を自らに縛り付けようとする人間は、不誠実で醜い。
 どのように状況が変わろうとも、その事実は不変だ。

 志貴は今、情を交わしたいと望む相手とは別の男と、関係を深めようとしている。その相手が望むものを知りながら与えず、しかし手綱を手放すつもりもないまま。
 そして目の前の男が真に求めるのは、自分ではないことを知りながら。
 望む男と距離を取らなければならないことと、目の前の男が、絶対に受け入れられることのない想い人の面影を志貴に重ねていることは、今は救いだった。三人の誰もが、真に求めるものを手に入れられない。その不健全な均衡が保たれる限り、二人は志貴に執着し続けるはずだ。

「……今度は僕にも触らせて」

 顔を伏せたまま呟く志貴の後頭部を、一洋は黙って撫でた。
 うっすら首筋が汗ばんでいたせいで、気づかれてしまっただろう。いつになく、志貴が緊張していることを。そして傍らの男の体温と匂いに、志貴の体が『薬』を求め、ゆるやかに高まりつつあることを。

「その前に、お前を満足させてやらないとな」

 誘惑に満ちた囁きに、体の内に小さな官能の灯火が灯る。今は小さくても、いずれ志貴を焼き尽くす業火となる種火だ。
 誘われ導かれた寝室で、求められるままに全裸となった志貴は、しどけなくベッドに横たわった。つんと尖り色づいた乳首も、今はまだ力ない陰茎も、その奥の穴も見えるように、膝を立ててゆるく脚を開く。男が望むままに視線で嬲り、触れて味わえる形だ。

 一洋はかつて一度だけ自身を慰めることを志貴に許したが、それ以外の『薬』の時間は、あくまで志貴の快楽を目的としていた。その痴態で昂ることはあっても、欲望を果たす道具として扱うことはなかった。
 むしろ、そうすることを忌避しているようだった。自分だけが絶頂を得ることを申し訳なく思った志貴が、お返しの意味も込めて猛った一洋のものに触れようとすると、穏やかに、しかしきっぱりと制止された。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

おめでとうが言えなくて

まめなぎ
BL
祝えないのは、最低だからじゃない。 まだ手放せていないからだ。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

処理中です...