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第一話 前編

臼井と神 8

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「何か助けが必要な時は、そこにいる犬神に頼むといい。臼井、あなたはきっと変われる、わたしは信じているからね。これで、わたしの話は終わりだ」


「ありがとうございます、太宰様」


太宰祐徳からの返答は無かった
ゆっくり、首に下げているネックレスを外した


「神様の課題を受けてくれたようですね、ありがとうございます」


静かに見守っていた犬神里美から感謝される


「なぜ御礼を言うんですか?僕は自分の命がかかっているから引き受けただけです」


はい、とネックレスを犬神里美へ差し出す
どこか悲しそうな顔を見せた犬神里美は、ネックレスを受け取り鞄へ入れた
何も喋ろうとはしなかった
あれから時間は止まったままだ
この後、自分はどう動けばいいのか、なにも計画はない


「あの、犬神さんは人間じゃないって言ってましたけど、このままいなくなるんですか?」


「そうですね…私は、臼井さんを見守る役割もありますが、一緒に行動はできません。太宰祐徳も私も、臼井さんを監視するようなことはできないので。できることは、感じとることです。臼井さんに大きな変化があれば、気になって会いにくるかもしれません。まあ、その時にはもう死んでるかもしれませんけど」


この女、たまに発言がサイコパスなんだよな


「遅れないように来ますね!」


微笑む犬神里美に気圧されるが、冷静に質問する


「どうやって犬神さんを呼べばいいんですか?感じとってくれるなら、念じるとか?」


「電話してください」


「はい?」


「今日から一年間だけ、臼井さんの携帯電話から電話できるよう、既に登録されています」


すぐにスマホの電話帳を確認する
確かに、電話帳のトップに「犬神里美」の登録がある
そして、電話番号が無い


「心配しなくても、それで電話できます」


それを聞くなり臼井誠は立ち上がると、いよいよ始まる謎のゲームにワクワクしている自分に気付かされた


「わかりました!この街のどこかにいる立花桃を早く見つけて、さっさとこの隠れんぼゲームを終わらせましょう!」


犬神里美から返答は無く、振り返ってみると、そこに姿はなかった


「お気をつけて」


どこからか犬神里美の声がした
辺りを見渡しても、やはり姿は見当たらない
そして、今まで鳴り止んでいた音が聞こえ出す
目の前を黒いワンボックスが走り去る
時間が再び動き出していた
遠くから飛行機の音もする
少し、心地いい風が顔にあたる
赤い自転車の女子高生がこちらに向かってきている
やはり遅刻なのか少し余裕を感じられない走り方だ
スマホで時間を確認する
ちょうど時間が9時12分に変わった
ベンチへ座ろうと踵を返した臼井誠は、そこで動きを止める
すぐに体を横へ反転させて向かってくる自転車を視界に入れなおした
そして急ぐ自転車に向かって大きく両手を広げてみせる
甲高い音と共に自転車が急激に速度を落とす
同時に目を見開いて驚く女子高生と対峙した臼井誠は、襲いかかるように女子高生へ手をのばして、肩に触れるとすぐに叫ぶ


「おかえり!」







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