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第二話 前編
犬神と猿渡
しおりを挟む「近づくなって言ってんの!」
犬神絵美の声が男を硬直させる
相手に噛み付くかのような声、鋭い睨み、まるで本物の犬のようだと男は感じた
まさか名前に犬の文字が入っていたりしてな、とナンパした女の情報を勘繰ってみる
茶色がかったショートヘアに、大きな瞳と小さな鼻、このギャップが目をひいた
大きく綺麗な口元がセクシーであり、反対に少し丸みのある顔が可愛い
狙った獲物はどんな手を使っても手に入れる
それが、猿渡慎吾の信条だ
「こんなところで一人で歩いてるなんて、夜の店で働いてんの?それなら、猿渡グループの名前は知ってるよね?」
ふふん、と
どうだ、とアピールする猿渡グループの御曹司である猿渡慎吾の声を、無視して歩き出す犬神絵美
「あ、いや、ちょっと待ってよ!」
と近付こうとしたが、先程の威勢を思い出して思うように体が動かない
遠ざかる姿に焦り、取り繕っている場合ではないと判断する
「俺、猿渡慎吾って言うんだ!将来、猿渡グループを引き継ぐんだけど、俺、君に一目惚れしたんだ!頼む!名前だけでも!連絡先までは!せめて教えて欲しい!」
ようやく寝静まることができる、朝の閑散とした歓楽街に情けない声が響き渡る
駄目だ、と猿渡慎吾は思った
失敗してる、と分かっていた
ナンパなんて、したことがなかったから
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