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第十四話 後編
臼井と猿渡 2
しおりを挟む臼井誠が搬送された病院を突き止めた猿渡慎吾は、遅れて迎えに来た部下と共に、車で向かった
道中、車内ラジオで地元のニュースを確認する
DJがリスナーから寄せられた質問に答えるコーナーが放送されていた
「匿名で悩みを打ち明けるやつって、ネット社会の現代でもいるんだな」
猿渡慎吾からの突然の問いかけに、助手席の中年の部下が答える
「ああ…まあ、私は分かりますよ。ラジオへ投稿する気持ち」
「ネットに書き込めば良いじゃねえか。その方がたった一人の人間の答えじゃなくてさ、たくさんの答えが貰えるだろ?答えの決めつけは良くねえよ」
「それも答えの決めつけでは?ラジオはDJの考えだけですけど、リスナーはそれを分かってて、答えてほしいDJへ質問を投げかけていると思いますよ」
「お前やたらリスナーの肩を持つけど、なに、投稿したことあんの?」
「恥ずかしながら、あります。ネットにない、声で、しかもリアルタイムで答えてくれますから、こちらの感情は動きやすいですよ」
「匿名でも、やっぱ恥ずかしくねえの?」
「恥ずかしく感じますね。だからこそ、答えてくれるDJに対して感謝の気持ちや、親近感が湧き上がります」
「はあ~あ、こんな話しなきゃ良かった、つまらね~」
すると、質問コーナーが終わり、ニュースが読み上げられる
「お!やっとニュースか」
『まず、最初のニュースです。今日、昼過ぎ、御島崎遊園地において、銃撃事件が発生しました。二十代の男性が足を撃たれ、軽傷です。当時、園内は週末により多くの来園者で賑わっていましたが、他の来園者に被害は無かった模様です。ただ、犯人は今も逃走中で、警察が行方を追っています…』
ニュースを聞くなり、猿渡慎吾は大笑いした
「おい、聞いたか?今のニュース!」
「はい…恐ろしいニュースですね」
「お!怖いか?」
「もちろん、銃撃ですから。家族を持つ一人として、子供が楽しんでいる遊園地で事件を起こすなんて、信じられません」
「は?知るかよ。ちなみにな、この事件の首謀者は俺だよ」
「はい?本気で言ってるんですか?」
「俺が嘘言ったことあるか?」
「………」
「なんだよ、黙られるリアクションはつまんねえだろ」
そこから、しばらく車内は沈黙が続いた
ラジオは既に消されている
そして、スムーズに進んでいた車が止まる回数を増やしていることに、猿渡慎吾は気付いた
「まだ着かないのか?」
黙って運転している若手の部下が答える
「原因は分かりませんが、急に渋滞が発生して…この道の渋滞は珍しいです」
舌打ちをする猿渡慎吾
何か特別な力でも働いているかのように、早めに病院へ到着しようとした思惑は砕かれてしまった
辺りは段々と薄暗くなってきていた
猿渡慎吾は煙草を吸いながら、スマホでゲームをして時間を潰し続ける
渋滞の原因は分からずじまいで、突然、車はスムーズに進み出していたが、結局、すっかり暗くなってから病院に着いた
予定よりも1時間以上経ってからだ
駐車場に停めることなく、病院ロビーへ横付けできるロータリーへ車を停める
まずは部下二人に、臼井誠の病室を調べさせる為に向かわせた
車内で一人、猿渡慎吾は待機する
部下二人がロビーへ入って行くと同時に、すれ違うように、女性が足早に病院から出てきた
その女性を見て、猿渡慎吾は目を丸くする
「犬神ちゃん!」
思わず叫んでいたが、車内からの声は届かなかったようだ
犬神絵美は視線を向けることもなく、駐車場の方へと最後は走っていく
後方を見ると、白いジープがぽつんと停まっている
それに乗り込む犬神絵美を見て、猿渡慎吾は怒りが込み上げきていた
運転席に男がいたからだ
こちらに気付かれないよう、猿渡慎吾は頭を低くして、後方へ睨みを効かせる
しばらくすると、白いジープはゆっくりと動き出し、駐車場を抜け、そのまま横切っていくように走り去った
そして、運転手の部下だけが戻ってくる
猿渡慎吾は姿勢を戻して座り直す
部下はドアを開け、運転席に乗り込む
「猿渡さん、部屋は分かりましたが、既に面会時間が過ぎていて」
「入れないのか?」
「今粘っているところですが…恐らく厳しいんじゃないかと」
舌打ちをする猿渡慎吾
「…もういい。どうせ暫く入院するんだろうから、チャンスは明日もある。あいつを呼び戻せ」
「…はい」
「どうした?」
「いえ…じゃあ、呼んできますね」
「早くしろ!」
部下は運転席から降り、再びロビーの中へ姿を消す
「ったく、どいつもこいつも使えねえなあ…」
独りつぶやきながら待つ猿渡慎吾だが、なかなか部下二人が戻ってこない
「おっせえな~あいつら」
スマホを手にした猿渡慎吾だが、思わず手を滑らせ、シートの下に落としてしまう
舌打ちをしながら、手を伸ばしてスマホを拾い上げようとした時、シートの下で何かが手に当たる
「なんだ?」
姿勢を変えて、頭をシートの下へ潜らせる形で触れたものを確認する
黒くて小さな機械のようなものが貼り付けられていた
頭を起こし、手を伸ばしてその機械を剥がしにかかる
粘着で貼られただけのようで、簡単に剥がすことに成功する
それを間近で見るなり、声を出しそうになるが押し殺した
これは盗聴器だ
猿渡慎吾がロビーへ視線を向けると、部下二人が戻ってくるところだった
何かをぼそぼそと話しながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくる
猿渡慎吾はそっと盗聴器をズボンのポケットへ入れる
そして、スマホでコソッとメールをうつ
部下二人が、それぞれのドアを開けて乗り込んでくる
「猿渡さん、残念でしたが…これからどうしますか?」
「…帰るぞ」
「分かりました」
エンジンがかかり、車はゆっくりとロータリーを抜け出し、表通りを右折して走り出した
猿渡慎吾はスマホに届いたメールを確認し、それに対して返信する
助手席の部下が口を開く
「猿渡さん、ニュースの件ですが…あれは間違いなく、猿渡さんが関与しているんですか?」
猿渡慎吾は何も応えず、黙り込む
「…猿渡さん?」
「おい、その先で左折しろ」
「はい」
運転席の部下は、言われるがまま車を左折させて再び走り出す
表通りから一本折れただけで、辺りは急に街灯も疎らで暗闇に包まれていた
「猿渡さん、帰るのではありませんでしたか?」
後方から、バイクのエンジン音が近付いてきていた
スピードを上げているのか、段々と猿渡慎吾たちの車へ近付いてくる
「凄いスピードだな…速度を落として抜かせるか」
そう運転席の部下が呟くように言い、車はハザードを点けながら速度を落とす
「車を停めろ」
猿渡慎吾が指示をすると、ゆっくりと速度を落としていた車は、ぐっと強めに停車した
すると、近付いてきていたバイクが横へ避けようと進路を変える
そのまま抜き去っていくように見えたが、なぜかバイクは猿渡慎吾たちの車の横で急停止した
そして、黒いヘルメットを被ったライダーが、運転席の窓をコンコンと叩く
「一体なんだ?」
助手席の部下が不審に感じて呟くと、運転席の部下がライダーに応えようと窓を開ける
「…なんですか?」
バァン!と破裂音が鳴り響く
銃声だった
窓を開けた後、ライダーは左手に構えていた銃を、助手席側へ向けて伸ばし、引き金を引いたのだ
左胸を撃たれ、血を流しながら動かなくなった助手席の部下に、運転席の部下は硬直した
猿渡慎吾が口を開く
「…こうなりたくなかったら車を出せ」
後部座席の窓を開け、ポケットに入れていた盗聴器を投げ捨てる
そして、車はゆっくりと動き出し、銃撃してきたバイクも、後を追うように走り出した
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