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第十五話 後編
臼井と神
しおりを挟む打ち合わせから約一週間後、ついに猿渡慎吾と対峙する日が来た
これが、最後の作戦になる
臼井誠たちに失敗は許されない
立花桃を含め、皆が平穏に生活できる日を得る為には、猿渡慎吾の逮捕がゴールになる
臼井誠はこの一週間、作戦決行のことよりも、これまでのことを振り返っていた
やはり腑に落ちないことは、神である太宰祐徳の狙いだ
犬神里美と太宰祐徳に初めて接した時、時間が止まった世界と死の宣告によって、特に深く考えずに受け入れていた記憶がある
初めて能力を使った相手が、普段はただの通行人でしかない女子高生の雉本穂希だった
能力が無ければ痴漢と言える行為をしたことで、既に太宰祐徳から与えられた課題に疑問を持たなくなっていた
そして、偶然にもバイト先に現れた犬神絵美には能力を使わずに接触し、トラブルはあったがそこから多くの人達に能力を使って繋がってきた
ただ唯一、縁を切った人もいた
バイト先の常連客で柿原一騎が贔屓にしていた女性だ
あれからは縁を切る行為を今日まで一度もしていない
臼井誠にとって、縁を切る行為はなるべくなら使いたくないものだった
能力を与えられるまで、臼井誠の人生には人間関係のエピソードがほぼ無かった
孤独だと感じなくなったのはいつからだろうか、慣れてしまっていた一人きりの時間たち
友達と呼べる人は、記憶の中に一人もいない
猿渡慎吾を逮捕し、立花桃と接触すれば、臼井誠は来年を生きていくことができる
「…本当にそうなのかな?」
大学のキャンパス内、ベンチに座って猿渡慎吾を待つ犬神絵美を、後方の学部棟の二階の窓から隠れて見下ろしている臼井誠はポツリと呟いた
周囲の建物や木々に隠れて、複数の刑事や警察官が待ち構えている
休日のキャンパス内は、学生達の姿はほとんど無い
たまに遠くを歩く者がちらほらいるが、こちら側には人の気配は無かった
微動だにしない犬神絵美を見守りながら、スマホの時計を確認する
予定時刻まで、あと五分ほどだ
臼井誠の頭の中は、迫る時間に備えて、これまでのことを整理する時間にあてる
そもそも、太宰祐徳が自分を選んだ理由が分からないことが一番だ
立花桃を必死に探していたのは、臼井誠よりも、犬神絵美や猿渡慎吾の方だった
臼井誠は立花桃の存在すら知らない、全くの赤の他人だったからだ
太宰祐徳が言うには、立花桃と接触することで生き続け、できなければ死ぬということ
何故死ぬのか、それが分からない
どのようにして死ぬのか、それも教えてくれない
太宰祐徳は答えられないと一点張りだ
しかし、これまでの間、過労で倒れて入院し、銃撃されて入院している
期間を待たずに命の危険に晒されていた
しかも、それらは立花桃を探さなければ起きなかった出来事だ
立花桃を探しているから命が危なくなっている
これは本末転倒、クレームを入れたくなることだ
そう言えば、立花桃にも神がついている
憶測では、猿渡慎吾にも神がいる
それぞれについている神が太宰祐徳でないのであれば、この狭いエリア、狭い関係性の中で、複数の神がいて、人間を通して騒動を起こしているようにも見える
「神……か」
臼井誠は呟きながら、左手で下顎を触りながら、考えを進めてみる
立花桃を中心にして、周囲が巻き込まれている
この考えが間違っている
そもそも、立花桃の失踪は神が能力を与えたことが原因だ
サッカーで例えるなら、キックオフのボールを蹴る役目を立花桃にした者がいる
立花桃に能力を与えた神だ
臼井誠は以前、自分が主人公ではないと感じたことがある
それはキックオフのタイミングが、自分が思っていたものよりも前だったせいだ
フィールドには犬神絵美や栗原優、猿渡慎吾などが試合に参加している
今まで、このフィールドの外を気にしたことがなかった
神が何人参加しているのか分からないが、神が二人いるとして、それぞれのコーチ、伝達係が犬神里美の存在だ
恐らくもう一人の神にも伝達係はいるはず
この試合が神対神であれば、太宰祐徳と犬神里美は味方のはずだ
「……いや、待てよ」
臼井誠は嫌な予感がした
この例えは、どちらが勝つか神と神の仲が悪いという前提だ
しかし、もし神と神の仲が良いとしたら…
「これは、試合じゃない」
臼井誠は一つの結論に至った
次の瞬間、臼井誠は今までにないほど沸々と怒りが込み上げてきていた
顔が熱くなり、手が震えてくる
その手をゆっくり握ると、思い切り壁に殴りつけた
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