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アパートにて
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『もしも自分が金持ちの家に生まれてたら』
遠坂永司はそんな『ないものねだり』をバイト帰りによく考えていた。
見えてきたのは木造二階のボロアパート——我が家であった。その姿を見るだけで無性にむさなしさがこみ上げてくる。
「ボロはボロでも寒さを凌げる場所があるだけマシ……か」
春が近づいているにもかかわらず身震いは止まらない。モッズコートだけでは耐えられなくなってきた。奮発して買った一張羅だが、金があったらもっといいものが買えたに違いない。
「ただいま」
誰もいない暗闇に声をかけ、明かりをつける。出た時と同じように乱雑とした部屋が照らし出された。
永司の日常は大学にいってバイトをし、家に帰るというルーティンの繰り返しだった。面白さの一つもない。そんな生活をしていれば必然的に部屋も汚くなる。
上着をハンガーにかけ、寝床に寝転がる。所在なくスマートフォンを取り出し、SNSを眺めた。
「あっ、こいつ」
スクロールしていくと一つの画像付きのニュースが目に飛びこんできた。『近藤舜一氏、退陣表明』というニュースだった。興味のない人間ならそのまま流してしまうようなニュースだが、永司は違った。
彼の容貌は瓜二つだったのだ。
近藤舜一は今を輝く敏腕起業家であった。メディア露出も多く、一般人でもその存在を知る者は多い。それゆえ学校の友人にはよくネタとしていじられた。『金持ちバージョンの永司』と。
羨ましくないと言えば嘘になる。同じ顔なのにこんなに生き方に差が生まれるのか。妬ましいくらい青い芝生だった。
「人生なにが起こるかわかんねーなぁ。結局金持ちも金持ちじゃなくなる日がくるわけだし」
永司は独り言ち、SNSを閉じた。
自分の言葉が頭の中で反響する。「金持ちも金持ちじゃなくなる日がくる」。金が欲しければ稼ぐしかない。
今のバイトは賃金の割に苦労が多かった。店のまかないが食べられるという点は貧乏な永司にとってはとても助かるものだったが、飲食店は接客業という性質上ストレスが溜まりやすい。クレーム対応には別途で賃金が欲しいくらいだ。
「なんか単発バイトでも探すか」
おもむろにバイトサイトを検索し始める。しかし都合のいいバイトは見つからない。
平日はほとんどバイトのシフトか大学があり、空いているのは土日のみ。条件に合うものはあるが、どれも大変そうだ。
「はぁ……働かざる者食うべからずってか?」
社会のもどかしさに悲嘆する。できることなら金持ちの逆玉の輿になって養ってもらいたいとすら思った。けれども貧乏学生の永司にそんな出会いは存在しない。
嘆息を漏らしたその時だった。目を疑うようなバイト募集があったのは。
「健康な二〇代男性……審査は顔写真のみ。一回あたり……えっと一、十、百、千、万……一〇万円。じゅ、一〇万!?」
画面の丸を指でなぞって、桁を間違えていないか再度確認する。確かにゼロが五つ、一〇万円である。
「うわ、こんなんぜってー怪しいじゃん」
と頭ではわかっているが永司の目は金額に釘づけとなっていた。目の笑いが止まらない。
一回一〇万円。しかも場合によっては二回目以降も呼ばれる可能性があるらしい。審査もサイトに個人情報を登録し、顔写真を送るだけ。こんな虫のいいバイトがあってよいのかと疑問に思い始める。
「まあ、いっか。写真だけなら」
SNSやネットに自分の写真がアップされる時代。今さら顔写真一つで臆することもない。
なによりどうせ採用されるわけがないと永司は思った。顔に自信はないが、悪くもない。いわゆるフツメンにチャンスが回ってくるわけがないと達観していたのだ。
「はい、送信。ま、ものは試しってね」
早速自撮りした写真をサイトに貼りつけ送信する。サイト自体は有名企業が運営しているものだ。個人情報を悪用するとは考えられなかった。
「さて。明日も大学だし、寝ますかね」
永司はスマートフォンを充電器に挿し、そのまま寝入る。
この時の彼は知らなかった。軽い気持ちで応募したバイトが今後の人生を大きく左右することになるとは。
遠坂永司はそんな『ないものねだり』をバイト帰りによく考えていた。
見えてきたのは木造二階のボロアパート——我が家であった。その姿を見るだけで無性にむさなしさがこみ上げてくる。
「ボロはボロでも寒さを凌げる場所があるだけマシ……か」
春が近づいているにもかかわらず身震いは止まらない。モッズコートだけでは耐えられなくなってきた。奮発して買った一張羅だが、金があったらもっといいものが買えたに違いない。
「ただいま」
誰もいない暗闇に声をかけ、明かりをつける。出た時と同じように乱雑とした部屋が照らし出された。
永司の日常は大学にいってバイトをし、家に帰るというルーティンの繰り返しだった。面白さの一つもない。そんな生活をしていれば必然的に部屋も汚くなる。
上着をハンガーにかけ、寝床に寝転がる。所在なくスマートフォンを取り出し、SNSを眺めた。
「あっ、こいつ」
スクロールしていくと一つの画像付きのニュースが目に飛びこんできた。『近藤舜一氏、退陣表明』というニュースだった。興味のない人間ならそのまま流してしまうようなニュースだが、永司は違った。
彼の容貌は瓜二つだったのだ。
近藤舜一は今を輝く敏腕起業家であった。メディア露出も多く、一般人でもその存在を知る者は多い。それゆえ学校の友人にはよくネタとしていじられた。『金持ちバージョンの永司』と。
羨ましくないと言えば嘘になる。同じ顔なのにこんなに生き方に差が生まれるのか。妬ましいくらい青い芝生だった。
「人生なにが起こるかわかんねーなぁ。結局金持ちも金持ちじゃなくなる日がくるわけだし」
永司は独り言ち、SNSを閉じた。
自分の言葉が頭の中で反響する。「金持ちも金持ちじゃなくなる日がくる」。金が欲しければ稼ぐしかない。
今のバイトは賃金の割に苦労が多かった。店のまかないが食べられるという点は貧乏な永司にとってはとても助かるものだったが、飲食店は接客業という性質上ストレスが溜まりやすい。クレーム対応には別途で賃金が欲しいくらいだ。
「なんか単発バイトでも探すか」
おもむろにバイトサイトを検索し始める。しかし都合のいいバイトは見つからない。
平日はほとんどバイトのシフトか大学があり、空いているのは土日のみ。条件に合うものはあるが、どれも大変そうだ。
「はぁ……働かざる者食うべからずってか?」
社会のもどかしさに悲嘆する。できることなら金持ちの逆玉の輿になって養ってもらいたいとすら思った。けれども貧乏学生の永司にそんな出会いは存在しない。
嘆息を漏らしたその時だった。目を疑うようなバイト募集があったのは。
「健康な二〇代男性……審査は顔写真のみ。一回あたり……えっと一、十、百、千、万……一〇万円。じゅ、一〇万!?」
画面の丸を指でなぞって、桁を間違えていないか再度確認する。確かにゼロが五つ、一〇万円である。
「うわ、こんなんぜってー怪しいじゃん」
と頭ではわかっているが永司の目は金額に釘づけとなっていた。目の笑いが止まらない。
一回一〇万円。しかも場合によっては二回目以降も呼ばれる可能性があるらしい。審査もサイトに個人情報を登録し、顔写真を送るだけ。こんな虫のいいバイトがあってよいのかと疑問に思い始める。
「まあ、いっか。写真だけなら」
SNSやネットに自分の写真がアップされる時代。今さら顔写真一つで臆することもない。
なによりどうせ採用されるわけがないと永司は思った。顔に自信はないが、悪くもない。いわゆるフツメンにチャンスが回ってくるわけがないと達観していたのだ。
「はい、送信。ま、ものは試しってね」
早速自撮りした写真をサイトに貼りつけ送信する。サイト自体は有名企業が運営しているものだ。個人情報を悪用するとは考えられなかった。
「さて。明日も大学だし、寝ますかね」
永司はスマートフォンを充電器に挿し、そのまま寝入る。
この時の彼は知らなかった。軽い気持ちで応募したバイトが今後の人生を大きく左右することになるとは。
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