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「真実の愛と巡りあってしまったのです! 知り合った当時、アシュリー嬢は議員用ラウンジの給仕係をされていました。公爵は議員として国家のために尽くしておられます。その疲れきった心身を、アシュリー嬢が優しさで癒したそうなのです。これこそ本来の夫婦のあり方、鑑というべきものでしょう。一方、サラ夫人は邸に閉じこもってばかり。夫とは寝室を別にしてすでに5年以上経過しております。実質的には婚姻生活は破綻していたと認められます。それに」

 さらにドラマティックに二拍の間が開いた。

「アシュリー嬢は妊娠しております」

「なんですって!」

 サラは思わず大声で訊き返した。

「アシュリー嬢は妊娠しております」トールは繰り返した。「公爵はたいへんな子供好きですが、残念ながらサラ夫人との間には愛の証は誕生しませんでした。今年60歳となる公爵は待望の我が子を正統な後継者にしたいと切に願っております。サラ夫人との離婚は公爵の一方的な忌避からくるものではありません。かといってサラ夫人を責めているわけでもありません。これから生まれてくる罪なき赤ん坊のためにも、環境を整えたいという親心なのです。サラ夫人には出来るだけの手当を出したいというのが公爵のご希望です。なんと寛大なことか。調停の進行としては、あとは慰謝料などの金銭面を詰めるだけで充分かと思いますが、例えば、判断の材料として──」

 レインがペンを置いた。

「進行につきましては、私が主導させていただきます。まだ調停なのですから、弁護士さんは一歩下がっていてください」

「はい」

 トールの独壇場はいったん幕引きとなった。
 レインは公爵に訊ねた。

「これまでの話で公爵から補足はありますか?」

「いえ、とくには」

「アシュリー嬢、あなたはおいくつですか?」

「15です」

「「15……?!」」

 サラとレインはリエゾンとなった。

(60歳のおじいちゃんが15歳の子供を妊娠させたというの。なんて恥知らずなのかしら)

「真実の愛に年齢差など関係ありません!」

 公爵はきっぱりと言い切った。普段よりも肌艶がよいように見える。男としても自信がみなぎっているのだろう。自慢したくてしかたがないのだろう。

 レインはサラに顔を向けた。

「サラ夫人はどうお考えですか。予期しておりましたか?」

「いえ、まったく」

「夫である公爵の変化に気付くことはありませんでしたか。広い邸なのでしょうね。5年も寝室が別だと顔を合わせる時間が少なかったことでしょう。朝食や夕食はともにされていたのですか?」
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