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「俺はトールと同じ年に王立法律学校を卒業して弁護士登録しました。今も王立法律協会の一員です」

 ガイの穴だらけのチョッキには場違いな弁護士バッジが輝いている。

「であれば、何も問題はありません。トールさん、席についてください」

 レインがトールに着席をさせた。戦争再開である。

(不思議な光景だわ。いえ、異様な光景よ)

 サラの向かいには、公爵と愛人のアシュリー、トール弁護士の三人が、象の牙に援護されて、敵意をむき出しにして対峙している。

 かたやサラ陣営も負けてはいない。サラと浮浪者姿の弁護士ガイ、その後ろには首を左右に揺らしたダチョウが公爵陣営を威嚇している。無言の睨みあいがしばらく続いた。

「きゃ」

 アシュリーが沈黙を破った。ダチョウのとっさの行動に驚いて悲鳴をあげたのだ。ダチョウは、ガイにつきまとっていたハエを目障りだと言わんばかりにぱくんと一口にしたのだった。

「俺にも資料を拝見させてください」

 公爵陣営の怯えにかまわず、ガイは病院の診断書とサラの日記帳にざっと目を通した。

(まずいわ。ガイは私が昨日話した概況しか知らないはず。まったく打ち合わせをしていない)

 そんなにわか弁護士にいったい何ができるだろう。サラは気持ちを切り替えた。
 
(わたくしは一人ではない。隣に誰かがいてくれる。それだけで自然と緊張が安らぐのだから、過度な期待はやめましょう)

「アシュリー嬢は妊娠している、と。なるほど、わかりました。で、こちらの帳簿ではサラ夫人の経営手腕がよくわかりますね。堅実に運営していたことが伝わります」

「さすがは1ジェニー弁護士。言うことが薄っぺらいねえ。まあ、仕方ないな。私の手付けの10000分の1なのだから」

 トールはどうあっても上から目線を手放したくないようだ。
 サラは黙っていられなくなった。

「トールさんは偉大な弁護士なのでしょうけれど、ガイの一万倍の価値があるかはまだ未知数ではありませんこと」

「弁護士の価値は稼ぐ金で決まるんです。業界で私より大きな存在はいませんよ」

「大きなものに憧れているようですわね。象がお好きみたいですし」

「好きですねえ。後ろのあれは友人の土産ですが、いずれは大陸に旅行に行って、自らの手で象を仕留めたいと思っていますよ。ライオンも、ダチョウもね」

「もう少し、敬意を払うべきじゃないかしら。わたくしに対しても、ピーちゃんに対しても」

「敬意に値するなら、もちろんそうしますよ。動物にだって浮浪者にだって。ただし、私が敬意に値すると思う対象は、知性です。ダチョウに知性がありますか」

「う……」
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