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栄の町にて
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小月を乗せた馬車はいくつもの町や町城を通った。皇帝がいる皇都まで十五日かかるのだという。山を越え谷を抜け、小月の故郷がどんどんと遠ざかっていく。土の色、樹の形や色合い、空気の匂いが徐々に変化していく。
故郷を離れるにつれて町は大きくなっていった。夕方になると宿に泊まり、翌朝出発する旅が続いた。
「張包さん、天子様はどんなお方なのですか?」
とある宿屋で甘い焼餅のお代わりを食べながら小月は訊ねた。
「お若いが立派な方です」
「それって、何も語っていないのと同じではありませんか? もしかして何も言わないように命令されてるんですか?」
張包は一瞬真顔になって、困ったように笑んだ。
「いえ、そういうわけでは。ただ先入観を与えることは慎まねばと」張包は杯を乾して席を立った。「明日の昼過ぎには皇都の門を潜れるでしょう。今夜は早めにお休みください」
「明日……」
とうとう明日、皇都に着く。
小月は寝床に横になって目を瞑った。眠気はなかなか訪れない。日中はただ馬車に揺られているだけで疲労を感じることがないからだ。誰も見ていないからと、馬車の床に丸まって寝ていることもあった。
この町の名は栄というらしい。皇都に近いせいか、人々の生活は活気があって色彩が豊かだった。歩く速度だけでなく、会話も早い。深夜になっても弦楽の音や唄が聞こえてくる。窓辺でうっとりと聞きほれてしまう。
浅い眠りを振り払って早朝に起きた。宿屋の周囲を散策したかった。これまでにも何度か試みようとしたが、ことごとく失敗していた。案の定、部屋の前には張包が立ちふさがっていた。
「おはよう、張包さん」
「一人で出かけてはなりません」
「今日くらい散歩したいわ。では、一緒に出かけましょう」
「え……?」
「お腹がすきません? 窓から屋台がたくさん見えましたよ。金魚売や鍋売りが行きかったり、すごく面白そう」
「食べたいものを教えてください。私が買ってきましょう」
「違うの、自分で自由に見て歩きたいのよ」
「それは……」張包はなにか思うところがあったのか、渋々了承した。「ただし私から絶対に離れないでください。いいですね」
小豆粥と青菜の塩漬けを平らげたころには、町はすっかり目を覚ましていた。老若男女を問わず、町人は屋台で手軽な朝飯を掻き込むのが習慣のようだった。
「皇都に近づけば近づくほど、そこに暮らす人たちの役割分担は細かくなるみたいね」
小月は感心した。
荷車に野菜を積んで足早に去って行く年配の女性でさえ、朝食は屋台で済ませている。手押し車でめまぐるしく行きかう人々は運搬専門のようだ。
「町の人たちはいつ寝ているの? 一晩中灯りが灯っていた家もあったけど」
張包は眉を寄せた。しまった、夜更かしをしていたことがバレたようだ。
「宿に蝋燭があったのも感激だった。御宮でしか見たことがなかったから」
「蝋燭は庶民に取っても貴重品です」
「あ、やっぱり?」
思い返してみると、宿には必ず蝋燭があった。張包は高級宿を選んでいたようだ。
「蜜蜂の巣で作る蜜蝋は高級品ですので、庶民は代わりに油を使います。菜種や魚や獣脂などです。少し匂いますがね」
小月は頷いた。動物や魚の油は燃やすと独特の匂いがある。だが小月には灯りとして使える油があるだけで充分に贅沢に映った。小月のいた村では、夜なべ仕事は月明かりが頼りだったからだ。
「どうかしましたか?」
「あちらになにかあるのでしょうか。人が集まっているみたい」
流れに沿って行ってみると、市がたっていた。道の両側に野菜や果物を乗せた屋台がずらっと並んでいる。
「農貿市場の朝市のようですね」
「ちょっと見ていきましょうよ」
「……ちょっとだけですよ」
故郷を離れるにつれて町は大きくなっていった。夕方になると宿に泊まり、翌朝出発する旅が続いた。
「張包さん、天子様はどんなお方なのですか?」
とある宿屋で甘い焼餅のお代わりを食べながら小月は訊ねた。
「お若いが立派な方です」
「それって、何も語っていないのと同じではありませんか? もしかして何も言わないように命令されてるんですか?」
張包は一瞬真顔になって、困ったように笑んだ。
「いえ、そういうわけでは。ただ先入観を与えることは慎まねばと」張包は杯を乾して席を立った。「明日の昼過ぎには皇都の門を潜れるでしょう。今夜は早めにお休みください」
「明日……」
とうとう明日、皇都に着く。
小月は寝床に横になって目を瞑った。眠気はなかなか訪れない。日中はただ馬車に揺られているだけで疲労を感じることがないからだ。誰も見ていないからと、馬車の床に丸まって寝ていることもあった。
この町の名は栄というらしい。皇都に近いせいか、人々の生活は活気があって色彩が豊かだった。歩く速度だけでなく、会話も早い。深夜になっても弦楽の音や唄が聞こえてくる。窓辺でうっとりと聞きほれてしまう。
浅い眠りを振り払って早朝に起きた。宿屋の周囲を散策したかった。これまでにも何度か試みようとしたが、ことごとく失敗していた。案の定、部屋の前には張包が立ちふさがっていた。
「おはよう、張包さん」
「一人で出かけてはなりません」
「今日くらい散歩したいわ。では、一緒に出かけましょう」
「え……?」
「お腹がすきません? 窓から屋台がたくさん見えましたよ。金魚売や鍋売りが行きかったり、すごく面白そう」
「食べたいものを教えてください。私が買ってきましょう」
「違うの、自分で自由に見て歩きたいのよ」
「それは……」張包はなにか思うところがあったのか、渋々了承した。「ただし私から絶対に離れないでください。いいですね」
小豆粥と青菜の塩漬けを平らげたころには、町はすっかり目を覚ましていた。老若男女を問わず、町人は屋台で手軽な朝飯を掻き込むのが習慣のようだった。
「皇都に近づけば近づくほど、そこに暮らす人たちの役割分担は細かくなるみたいね」
小月は感心した。
荷車に野菜を積んで足早に去って行く年配の女性でさえ、朝食は屋台で済ませている。手押し車でめまぐるしく行きかう人々は運搬専門のようだ。
「町の人たちはいつ寝ているの? 一晩中灯りが灯っていた家もあったけど」
張包は眉を寄せた。しまった、夜更かしをしていたことがバレたようだ。
「宿に蝋燭があったのも感激だった。御宮でしか見たことがなかったから」
「蝋燭は庶民に取っても貴重品です」
「あ、やっぱり?」
思い返してみると、宿には必ず蝋燭があった。張包は高級宿を選んでいたようだ。
「蜜蜂の巣で作る蜜蝋は高級品ですので、庶民は代わりに油を使います。菜種や魚や獣脂などです。少し匂いますがね」
小月は頷いた。動物や魚の油は燃やすと独特の匂いがある。だが小月には灯りとして使える油があるだけで充分に贅沢に映った。小月のいた村では、夜なべ仕事は月明かりが頼りだったからだ。
「どうかしましたか?」
「あちらになにかあるのでしょうか。人が集まっているみたい」
流れに沿って行ってみると、市がたっていた。道の両側に野菜や果物を乗せた屋台がずらっと並んでいる。
「農貿市場の朝市のようですね」
「ちょっと見ていきましょうよ」
「……ちょっとだけですよ」
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