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「第一発見者?」
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埃っぽいコート。ぼさぼさの髪が顔の半分を隠し、無精ひげが残りの半分を隠していて表情は見えない。だが薄ら笑いを浮かべていることは雰囲気でわかる。
昨夜の熊男だった。
「あのう」
刑事に目で合図をすると、
「彼は第一発見者で、現在は協力者です。丹野さんといいます」
井敬刑事が答え、田西刑事が神妙な顔で頷いた。
「第一発見者?」
見た目は前後左右疑う余地なきホームレスがなにを発見したというのだろう。
「ある事件がありまして、そのことで野田さんにお話をうかがいたいんです」
「なんですか?」
彼らの用件がクレームではないことに遅まきながらようやく気がついた。所長を見ると暗い顔をしてこちらを見つめている。
「先週金曜日の未明、ある場所で遺体が発見されました。殺人事件です」
「……」
今日は初めて尽くしの日らしい。ぼくはごくりと喉を鳴らした。
「この女性をご存じですよね」
田西刑事が写真をかざした。
よく見知った顔だった。
「……ぼくの担当している町内のお客さんで、橋本さんです」
正解だと言わんばかりに、ふたりの刑事が同時に首肯する。
「被害者はこの女性、橋本さゆりさん。拓真町3丁目の一戸建てに夫と二人で暮らしていた。さて、どういったかたでしたか。あなたがうけた印象は」
野田は後藤所長を見た。顧客のことを軽々しく口にするのは気が引ける。
所長は「警察には全面的に協力すべきだよ」と言って許した。
野田は頷き、慎重に言葉を紡いだ。
「橋本さんは親切でとても優しいかたでした。いいお客さんだったと思います。配達の回数は比較的多くて、週に3回以上です。とくに通販をよく利用されていました。お届けの時に少しお話しすることがありましたが、好きなドラマやスポーツ、オススメの日焼け止めなどを教えてもらったことがあります。話題は豊富でした。ハイソなマダム風の美人ですが、気ま……いえ、気さくで愛想がいい、そんな印象です。殺されるような、悪い人には思えません」
野田は「気前がいい」という言葉を引っ込めた。後藤所長が凝視してくるからだ。
橋本さんはただの「いいお客さん」ではない。配達にうかがうたびに四つ折りにした千円札をくれる、女神のようなお客さんだった。子供の使いかパシリのようで、見下されていると憤る同僚もいるが、野田は気にしすぎだと思っていた。昼食二回分になるので正直ありがたかった。
会社の方針としてはお断りするのが筋なのだろうが、正直に報告することもないと思い、所長には黙っていた。報告してもかえって困らせることになるだろう。
それ以外のことについてはとくに隠す必要はない。野田は素直に感じたままを伝えた。
田西刑事は労うように数度頷いた。
「宅配便の配達は大変そうですな。日々ご苦労さまです。さきほども所長さんにお話をうかがっていたんですが、重いわ、かさばるわ、不在が多いわで、無駄足を運ぶことも少なくないとか。ま、これは警察も同じなんでね、親近感さえ覚えますよ。ところで橋本さんなんですが、遺体が発見されたのは川沿いにある元食品工場です。そちらもあなたの配達ルートに入っているそうですね」
「川沿いの廃工場で……?」
ぞわりと鳥肌が立った。急に視界が鮮明になった気がした。日頃ニュースで殺人事件をよく耳にするが自分とは無縁の出来事だと思っていた。だが知人が殺され、知っている場所で死んでいたと聞いて、死の身近さを感じた。
「発見したのはこちらのホームレスのかた、丹野令士さん……とは、まあ、いろいろあって、今は我々の捜査にご協力いただいてる探偵さんなんですが」
丹野令士。ホームレスの、探偵……?
熊男は壁にもたれるようにして刑事とぼくのやりとりを眺めている。
まあいろいろあって、とはどういうことだろう。探偵がなぜ警察に力を貸しているのか。目が合うと、
「そのせつは、どうも」
と返ってきたので、ぼくは曖昧に頷いた。
「なんだ、知り合いなのか」と刑事たちは少し困ったような顔をした。田西刑事は空咳をして質問を続けた。「川沿いの工場についてうかがいます。数年前に廃業した食品工場。今は人の出入りがないそうですが、あのあたりに配達にはよく行かれるのですか」
「川沿いの倉庫棟はたしかに配達区域内です。操業していない工場は素通りしちゃいますけどね」
「人通りも少ないんでしょうな。配達中、あのあたりで橋本さんを見かけたことはありませんか」
「橋本さんを? いえ、覚えがありません。廃工場と橋本さんの自宅とは距離がありますし、もし見かけても他人の空似くらいに思うかもしれません」
「なるほど」
「あ、あの」
「なんでしょう」
「ホントに殺人事件なんですか。殺人事件なんていままで自分の周囲で起きたことがなくて実感がないんです。橋本さんはどうして殺されたんですか。恨みですか。またどんな亡くなり方をされてたんですか。刺されたとか、殴られたとか」
「おいおい、野田くん。興味本位はよしたまえ」所長が慌てた様子でたしなめる。
「絞殺ですよ。詳しいことは捜査中です」井敬刑事は苦笑した。
「首を絞められた、ということですか。むごいですね。橋本さんは恨まれるような人ではないし、気になって」
「年齢はあなたよりも十ほど上ですが、写真で見ても綺麗なかたですよね。あなたは橋本夫人とは親しかったそうですが」
田西刑事は含むような言いかたをした。
昨夜の熊男だった。
「あのう」
刑事に目で合図をすると、
「彼は第一発見者で、現在は協力者です。丹野さんといいます」
井敬刑事が答え、田西刑事が神妙な顔で頷いた。
「第一発見者?」
見た目は前後左右疑う余地なきホームレスがなにを発見したというのだろう。
「ある事件がありまして、そのことで野田さんにお話をうかがいたいんです」
「なんですか?」
彼らの用件がクレームではないことに遅まきながらようやく気がついた。所長を見ると暗い顔をしてこちらを見つめている。
「先週金曜日の未明、ある場所で遺体が発見されました。殺人事件です」
「……」
今日は初めて尽くしの日らしい。ぼくはごくりと喉を鳴らした。
「この女性をご存じですよね」
田西刑事が写真をかざした。
よく見知った顔だった。
「……ぼくの担当している町内のお客さんで、橋本さんです」
正解だと言わんばかりに、ふたりの刑事が同時に首肯する。
「被害者はこの女性、橋本さゆりさん。拓真町3丁目の一戸建てに夫と二人で暮らしていた。さて、どういったかたでしたか。あなたがうけた印象は」
野田は後藤所長を見た。顧客のことを軽々しく口にするのは気が引ける。
所長は「警察には全面的に協力すべきだよ」と言って許した。
野田は頷き、慎重に言葉を紡いだ。
「橋本さんは親切でとても優しいかたでした。いいお客さんだったと思います。配達の回数は比較的多くて、週に3回以上です。とくに通販をよく利用されていました。お届けの時に少しお話しすることがありましたが、好きなドラマやスポーツ、オススメの日焼け止めなどを教えてもらったことがあります。話題は豊富でした。ハイソなマダム風の美人ですが、気ま……いえ、気さくで愛想がいい、そんな印象です。殺されるような、悪い人には思えません」
野田は「気前がいい」という言葉を引っ込めた。後藤所長が凝視してくるからだ。
橋本さんはただの「いいお客さん」ではない。配達にうかがうたびに四つ折りにした千円札をくれる、女神のようなお客さんだった。子供の使いかパシリのようで、見下されていると憤る同僚もいるが、野田は気にしすぎだと思っていた。昼食二回分になるので正直ありがたかった。
会社の方針としてはお断りするのが筋なのだろうが、正直に報告することもないと思い、所長には黙っていた。報告してもかえって困らせることになるだろう。
それ以外のことについてはとくに隠す必要はない。野田は素直に感じたままを伝えた。
田西刑事は労うように数度頷いた。
「宅配便の配達は大変そうですな。日々ご苦労さまです。さきほども所長さんにお話をうかがっていたんですが、重いわ、かさばるわ、不在が多いわで、無駄足を運ぶことも少なくないとか。ま、これは警察も同じなんでね、親近感さえ覚えますよ。ところで橋本さんなんですが、遺体が発見されたのは川沿いにある元食品工場です。そちらもあなたの配達ルートに入っているそうですね」
「川沿いの廃工場で……?」
ぞわりと鳥肌が立った。急に視界が鮮明になった気がした。日頃ニュースで殺人事件をよく耳にするが自分とは無縁の出来事だと思っていた。だが知人が殺され、知っている場所で死んでいたと聞いて、死の身近さを感じた。
「発見したのはこちらのホームレスのかた、丹野令士さん……とは、まあ、いろいろあって、今は我々の捜査にご協力いただいてる探偵さんなんですが」
丹野令士。ホームレスの、探偵……?
熊男は壁にもたれるようにして刑事とぼくのやりとりを眺めている。
まあいろいろあって、とはどういうことだろう。探偵がなぜ警察に力を貸しているのか。目が合うと、
「そのせつは、どうも」
と返ってきたので、ぼくは曖昧に頷いた。
「なんだ、知り合いなのか」と刑事たちは少し困ったような顔をした。田西刑事は空咳をして質問を続けた。「川沿いの工場についてうかがいます。数年前に廃業した食品工場。今は人の出入りがないそうですが、あのあたりに配達にはよく行かれるのですか」
「川沿いの倉庫棟はたしかに配達区域内です。操業していない工場は素通りしちゃいますけどね」
「人通りも少ないんでしょうな。配達中、あのあたりで橋本さんを見かけたことはありませんか」
「橋本さんを? いえ、覚えがありません。廃工場と橋本さんの自宅とは距離がありますし、もし見かけても他人の空似くらいに思うかもしれません」
「なるほど」
「あ、あの」
「なんでしょう」
「ホントに殺人事件なんですか。殺人事件なんていままで自分の周囲で起きたことがなくて実感がないんです。橋本さんはどうして殺されたんですか。恨みですか。またどんな亡くなり方をされてたんですか。刺されたとか、殴られたとか」
「おいおい、野田くん。興味本位はよしたまえ」所長が慌てた様子でたしなめる。
「絞殺ですよ。詳しいことは捜査中です」井敬刑事は苦笑した。
「首を絞められた、ということですか。むごいですね。橋本さんは恨まれるような人ではないし、気になって」
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