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第二章 わたしが殺したあなた
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「いいえ、もう少し先です」
「え、ここじゃないんですか。……まあ、浮遊したのかも……」
仙師さまは小首を傾げながらその場所を通り過ぎた。なんのことか気になって後ろを振り返ってしまう。
「あの場所になにかいたのですか」
「実は数年前にジョギングをしていた女子大生があそこで殺されたんですよ」
「え!? ではわたしが殺したのは女子大生……のゾンビ?」
「たぶん違うと思いますねえ」
数メートルほど進んだところにベンチがある。あの日はそこで休憩をしたのだ。
「桜井さんはこの近くに住まわれているのではないですよね。なぜ一昨日はこの公園にいらしたのですか」
仙師さまはあたりに目を配って警戒をしている。なにかを感じ取っているようだ。
「それは……」
「さっきの寺が菩提寺ですか。となると法事かな。さしつかえがなければどなたの法事を?」
仙師さまに隠しごとはできないらしい。
「息子です。三回忌でした」
「さしつかえなければ……」
「はい……」
息子は17歳だった。前の夫を病気でなくし、現在の夫とは紹介所を通じて出会ったのがその一年ほど前。とりたてて言わなくても息子は相手の存在には気づいていたようだった。ならばそろそろ再婚を、と相手から催促があったのは自然な流れだし、息子も受け入れてくれるだろうと楽観視していた。まさか息子からあんなに激しく反対されるとは思ってもみなかった。
いや、反対されたのではない。わたしは拒絶されたのだ。
口論になって、「出ていく」と言い出した息子にわたしもムキになったという自覚はある。
「謝る気になるまで帰ってこないでいい」
そう言い捨てた。
息子は泣くような笑うような呆れたような顔をして無言で家を出ていった。おそらくわたしの顔もそうとう醜く歪んでいたことだろう。
いま思えば、籍を入れるのは息子の成人を待ってからにするとでも言えばよかったかもしれない。だが裕福な婚約者に息子の大学進学費用を面倒見てもらう心づもりもあった。打算的であることは否めないが先々のことを含めて考えぬいて決意したのだ。
息子は雨の中バイクを飛ばしてスリップ事故を起こした。単純な事故で疑問点もなかった。警察には運が悪かったと言われた。自殺ではないかと重ねて訊いたが状況からそれはないだろうと否定された。だがわたしはまだ疑っている。
自殺ではなかったとしても、直前にわたしと言い争っていなかったら、運転を誤ることはなかったのではないかと。
「あ、ここ……です」
かたわらに目印のツツジが咲いている。
あのとき、ピンク色のツツジに目をとめたあと、ふと前を向くと人影が迫ってきてわたしを殺そうと──
「そう、殺そうとしたんです、わたしを。手を伸ばしてきてわたしをくびり殺そうと」
「思い出したのですか。どんな顔をしていました?」
「顔……は全然わかりません。ですが全身から悪意といいますか、負のオーラといいますか、まがまがしいものを放射していて」
だからやり返したのだ。本能的に体が動いた。
「こういうのはなんというんでしたっけ。正当防衛でしたっけ」
「死体がなければ正当防衛なんて唱える必要はないですよ」
「……ない、ですわねえ」
わたしは周囲を丹念に見て回った。死体はどこにもないし、もちろんゾンビは隠れていないし、妖しい雰囲気はまったく感じない。よりいっそうピンク色のツツジが鮮やかに目に映るだけだ。
「ところで一緒にいた人物のことですが、その方と話をできますか?」
「もちろんです。仕事中なので呼び出すことはできませんけれど、電話で話すことはできます」
「確認ですが、そのかたは……ご主人ですね」
「ええ、いま電話をかけますね」
いつもより短いコールのあと、夫は電話に応えた。用件を話し、仙師さまにスマホを渡す。
「どうぞ、なんでもお聞きになって」
「では失礼して」
仙師さまは優美な仕草でスマホを受け取った。やはりこのかたは良いお育ちに違いない。
「桜井真裕美さんのご主人でいらっしゃいますか」
仙師さまは一緒に居た人物がなぜ夫だとわかったのだろう。
「え、ここじゃないんですか。……まあ、浮遊したのかも……」
仙師さまは小首を傾げながらその場所を通り過ぎた。なんのことか気になって後ろを振り返ってしまう。
「あの場所になにかいたのですか」
「実は数年前にジョギングをしていた女子大生があそこで殺されたんですよ」
「え!? ではわたしが殺したのは女子大生……のゾンビ?」
「たぶん違うと思いますねえ」
数メートルほど進んだところにベンチがある。あの日はそこで休憩をしたのだ。
「桜井さんはこの近くに住まわれているのではないですよね。なぜ一昨日はこの公園にいらしたのですか」
仙師さまはあたりに目を配って警戒をしている。なにかを感じ取っているようだ。
「それは……」
「さっきの寺が菩提寺ですか。となると法事かな。さしつかえがなければどなたの法事を?」
仙師さまに隠しごとはできないらしい。
「息子です。三回忌でした」
「さしつかえなければ……」
「はい……」
息子は17歳だった。前の夫を病気でなくし、現在の夫とは紹介所を通じて出会ったのがその一年ほど前。とりたてて言わなくても息子は相手の存在には気づいていたようだった。ならばそろそろ再婚を、と相手から催促があったのは自然な流れだし、息子も受け入れてくれるだろうと楽観視していた。まさか息子からあんなに激しく反対されるとは思ってもみなかった。
いや、反対されたのではない。わたしは拒絶されたのだ。
口論になって、「出ていく」と言い出した息子にわたしもムキになったという自覚はある。
「謝る気になるまで帰ってこないでいい」
そう言い捨てた。
息子は泣くような笑うような呆れたような顔をして無言で家を出ていった。おそらくわたしの顔もそうとう醜く歪んでいたことだろう。
いま思えば、籍を入れるのは息子の成人を待ってからにするとでも言えばよかったかもしれない。だが裕福な婚約者に息子の大学進学費用を面倒見てもらう心づもりもあった。打算的であることは否めないが先々のことを含めて考えぬいて決意したのだ。
息子は雨の中バイクを飛ばしてスリップ事故を起こした。単純な事故で疑問点もなかった。警察には運が悪かったと言われた。自殺ではないかと重ねて訊いたが状況からそれはないだろうと否定された。だがわたしはまだ疑っている。
自殺ではなかったとしても、直前にわたしと言い争っていなかったら、運転を誤ることはなかったのではないかと。
「あ、ここ……です」
かたわらに目印のツツジが咲いている。
あのとき、ピンク色のツツジに目をとめたあと、ふと前を向くと人影が迫ってきてわたしを殺そうと──
「そう、殺そうとしたんです、わたしを。手を伸ばしてきてわたしをくびり殺そうと」
「思い出したのですか。どんな顔をしていました?」
「顔……は全然わかりません。ですが全身から悪意といいますか、負のオーラといいますか、まがまがしいものを放射していて」
だからやり返したのだ。本能的に体が動いた。
「こういうのはなんというんでしたっけ。正当防衛でしたっけ」
「死体がなければ正当防衛なんて唱える必要はないですよ」
「……ない、ですわねえ」
わたしは周囲を丹念に見て回った。死体はどこにもないし、もちろんゾンビは隠れていないし、妖しい雰囲気はまったく感じない。よりいっそうピンク色のツツジが鮮やかに目に映るだけだ。
「ところで一緒にいた人物のことですが、その方と話をできますか?」
「もちろんです。仕事中なので呼び出すことはできませんけれど、電話で話すことはできます」
「確認ですが、そのかたは……ご主人ですね」
「ええ、いま電話をかけますね」
いつもより短いコールのあと、夫は電話に応えた。用件を話し、仙師さまにスマホを渡す。
「どうぞ、なんでもお聞きになって」
「では失礼して」
仙師さまは優美な仕草でスマホを受け取った。やはりこのかたは良いお育ちに違いない。
「桜井真裕美さんのご主人でいらっしゃいますか」
仙師さまは一緒に居た人物がなぜ夫だとわかったのだろう。
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