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第1-13話 三娘から逃げろ
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「言っている意味が……」
「姉さん、もうあきらめて故郷に帰ろうよ。姉さんの比翼連理は他にいるんだってば」
「ははあ、そういうことか。逃げた男をしつこく追いかけ回すのは感心しないなあ」
飴売りは上手い具合に勘違いしてくれた。
三娘の顔は真っ赤だ。極端な反応にこちらのほうがたじろぐ。
「そんなんじゃない!」
「ムキになるのが証拠だろ」
「わたしは……っ、もういい!」
三娘はぼくの襟首をつかんで、引きずるようにしてその場を離れる。にやにやと笑う飴売りが見送っていた。
人目のないところで、ぼくは三娘に殴られるんじゃないか。
身をよじって三娘の手から逃れた。
「姉さん、本当にもよおしてきたよ。ちょっと草むらでやってくる」
「あ、五娘!」
「ついてこないで」
「しかたないな。あまり遠くに行くなよ……!」
照勇の言動を三娘は信じたのだろう、ついてくるようすはなかった。
右も左もわからない町だが、横道からさらに細い脇道を選ぶようにして大通りから離れると一転して寂れた風景になった。何度か折れたところで後ろを振り返る。三娘の姿はない。
そばの石壁に背をあずけて、ほうっと息をつく。
殺し屋からも、三娘からも、ぼくは逃げないといけない。
察してしまったのだ。三娘は信用できない。彼女は隠しごとが多すぎる。薬種商の店主に沢蓮至の容姿をぼくが伝えたあとに、彼女は「声が高くて髭がない」と追加した。
なぜ沢蓮至の特徴を彼女は知っていたのか。
本物の石栄の顔を知っていたなら、道観の死体が誰かもわかったはずだし、ぼくを連れ回す必要もない。おそらく、どちらが石栄か知らなかったのだろうが……。
「いろんなことを隠している。それなのに、ぼくの知りたいことは教えてくれなかった」
右手に握りしめていたさんざし飴をひとつ頬張った。
かりと砕けた飴の甘みと果肉の酸味が口の中ではじけた。鼻腔に爽やかな香りが満ちる。飲み下してしまうのがもったいなかった。
独りになったとたん、無性に腹が減ったと感じた。鼻水と涙が同時にあふれた。これが生きたいという欲なのか。
生き延びるために、食べる。
さんざし飴はぼくの血肉になる。そんなことを考えながら食べるのは初めてだった。
生きて、生き延びて、もっとたくさん美味しいものを食べてやる。
そのためには三娘と離れなければならない。正義感からではないにしろ、命を助けてくれた恩人ではある。だが彼女は、ぼくの命よりも石栄を捜すことを優先する。
彼女なら殺し屋連中のねぐらを見つけ出せるかもしれない。囚われている宦官がいると知ったら間違いなく彼女はこう言って交渉するだろう。
「そっちの男とこっちの皇孫、交換しないか」
二口目を頬張ろうとしたとき、鼻の奥がつんと痛んだ。もし沢蓮至が捕らえられているのなら、助けてあげたいと思う。だが自分が犠牲になることは悪手だとしか思えない。自分を危険にさらさずに沢蓮至を助けることはできないだろうか。
そんな都合のよいこと、あるはずがない。逃げることしかできないとしたら、自分はなんと無力なのか。
「なにひとりでブツブツ言ってるの?」
鈴の転がるような声がした。振り向くとほっそりとした少女が微笑んでいる。歳は二つ三つほど上だろうか、頭の上にふたつに結んだ髪が猫の耳のようで可愛らしい。
「ねえ、ひとつちょうだい」
女の子は照勇の許しを得ずにさんざし飴にかじりついた。
「あ、うん、どうぞ」
女の子の指は照勇の腕におかれている。そのぬくもりに胸がどきどきした。
「この辺の子ではないわね」
女の子は照勇の顔をみつめた。大きな瞳の中に女装した照勇が映っていた。恥ずかしくなって目を伏せた。
「うん、旅の途中で……」
「まさか、ひとりじゃないんでしょ」
「姉と一緒だったけど……」
「はぐれちゃったのね。まあ、かわいそう。わたしは蘭音、一緒に捜してあげるわ」
「蘭音、すてきな名前だね。ぼく……わたしは五娘。姉はたぶん……宿に戻っているから捜してもらわなくても大丈夫だと思う」
親切な申し出に心が痛む。
「そう? ならいいけど。五娘、あなた可愛いわね。さんざし飴がよく似合うわ」
「蘭音のほうが可愛いよ。……こんなに可愛い女の子に会ったのは初めて」
「あら、うふふ。うれしい。一緒に遊びましょう」
「うん!」
同じ年頃の女の子がそばにいるだけで胸は弾むものなのか。
「わたしのうちに来る?」
「え、いいの?」
「すぐそこなの」
知り合ったばかりの女の子の家に行く──
不道徳な響きと甘酸っぱい誘惑を感じてどきどきした。足の運びにあわせて揺れる髪、ときどき振り返ってちゃんと照勇がついてきてるか確認する仕草が可憐だ。
蘭音は馬車の荷台を指さした。荷台は板で囲ってあり、巨大な箱のように見えた。
「ここよ」
「ここ?」
蘭音は横木を外して板戸を開けると、
「お先にどうぞ」
と照勇に先を譲った。変わった家だなとは思いつつも、照勇は足を踏み入れた。中は予想通りに狭く、そして予想とは異なり、先客がいた。手足をしばられた少女だ。
「え?」
「姉さん、もうあきらめて故郷に帰ろうよ。姉さんの比翼連理は他にいるんだってば」
「ははあ、そういうことか。逃げた男をしつこく追いかけ回すのは感心しないなあ」
飴売りは上手い具合に勘違いしてくれた。
三娘の顔は真っ赤だ。極端な反応にこちらのほうがたじろぐ。
「そんなんじゃない!」
「ムキになるのが証拠だろ」
「わたしは……っ、もういい!」
三娘はぼくの襟首をつかんで、引きずるようにしてその場を離れる。にやにやと笑う飴売りが見送っていた。
人目のないところで、ぼくは三娘に殴られるんじゃないか。
身をよじって三娘の手から逃れた。
「姉さん、本当にもよおしてきたよ。ちょっと草むらでやってくる」
「あ、五娘!」
「ついてこないで」
「しかたないな。あまり遠くに行くなよ……!」
照勇の言動を三娘は信じたのだろう、ついてくるようすはなかった。
右も左もわからない町だが、横道からさらに細い脇道を選ぶようにして大通りから離れると一転して寂れた風景になった。何度か折れたところで後ろを振り返る。三娘の姿はない。
そばの石壁に背をあずけて、ほうっと息をつく。
殺し屋からも、三娘からも、ぼくは逃げないといけない。
察してしまったのだ。三娘は信用できない。彼女は隠しごとが多すぎる。薬種商の店主に沢蓮至の容姿をぼくが伝えたあとに、彼女は「声が高くて髭がない」と追加した。
なぜ沢蓮至の特徴を彼女は知っていたのか。
本物の石栄の顔を知っていたなら、道観の死体が誰かもわかったはずだし、ぼくを連れ回す必要もない。おそらく、どちらが石栄か知らなかったのだろうが……。
「いろんなことを隠している。それなのに、ぼくの知りたいことは教えてくれなかった」
右手に握りしめていたさんざし飴をひとつ頬張った。
かりと砕けた飴の甘みと果肉の酸味が口の中ではじけた。鼻腔に爽やかな香りが満ちる。飲み下してしまうのがもったいなかった。
独りになったとたん、無性に腹が減ったと感じた。鼻水と涙が同時にあふれた。これが生きたいという欲なのか。
生き延びるために、食べる。
さんざし飴はぼくの血肉になる。そんなことを考えながら食べるのは初めてだった。
生きて、生き延びて、もっとたくさん美味しいものを食べてやる。
そのためには三娘と離れなければならない。正義感からではないにしろ、命を助けてくれた恩人ではある。だが彼女は、ぼくの命よりも石栄を捜すことを優先する。
彼女なら殺し屋連中のねぐらを見つけ出せるかもしれない。囚われている宦官がいると知ったら間違いなく彼女はこう言って交渉するだろう。
「そっちの男とこっちの皇孫、交換しないか」
二口目を頬張ろうとしたとき、鼻の奥がつんと痛んだ。もし沢蓮至が捕らえられているのなら、助けてあげたいと思う。だが自分が犠牲になることは悪手だとしか思えない。自分を危険にさらさずに沢蓮至を助けることはできないだろうか。
そんな都合のよいこと、あるはずがない。逃げることしかできないとしたら、自分はなんと無力なのか。
「なにひとりでブツブツ言ってるの?」
鈴の転がるような声がした。振り向くとほっそりとした少女が微笑んでいる。歳は二つ三つほど上だろうか、頭の上にふたつに結んだ髪が猫の耳のようで可愛らしい。
「ねえ、ひとつちょうだい」
女の子は照勇の許しを得ずにさんざし飴にかじりついた。
「あ、うん、どうぞ」
女の子の指は照勇の腕におかれている。そのぬくもりに胸がどきどきした。
「この辺の子ではないわね」
女の子は照勇の顔をみつめた。大きな瞳の中に女装した照勇が映っていた。恥ずかしくなって目を伏せた。
「うん、旅の途中で……」
「まさか、ひとりじゃないんでしょ」
「姉と一緒だったけど……」
「はぐれちゃったのね。まあ、かわいそう。わたしは蘭音、一緒に捜してあげるわ」
「蘭音、すてきな名前だね。ぼく……わたしは五娘。姉はたぶん……宿に戻っているから捜してもらわなくても大丈夫だと思う」
親切な申し出に心が痛む。
「そう? ならいいけど。五娘、あなた可愛いわね。さんざし飴がよく似合うわ」
「蘭音のほうが可愛いよ。……こんなに可愛い女の子に会ったのは初めて」
「あら、うふふ。うれしい。一緒に遊びましょう」
「うん!」
同じ年頃の女の子がそばにいるだけで胸は弾むものなのか。
「わたしのうちに来る?」
「え、いいの?」
「すぐそこなの」
知り合ったばかりの女の子の家に行く──
不道徳な響きと甘酸っぱい誘惑を感じてどきどきした。足の運びにあわせて揺れる髪、ときどき振り返ってちゃんと照勇がついてきてるか確認する仕草が可憐だ。
蘭音は馬車の荷台を指さした。荷台は板で囲ってあり、巨大な箱のように見えた。
「ここよ」
「ここ?」
蘭音は横木を外して板戸を開けると、
「お先にどうぞ」
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「え?」
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