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11話 仲間に助けられて
しおりを挟む俺は別れを告げた。
俺達の間には沈黙の時が流れる。
先に口を開いたのは春だった。
「なんで?まだ行こうって言ってたバー行ってないよね?欲しいって言ってたバッグもまだ買ってもらってないよ?さだくんは私の事味方してくれると思ったから相談にのってもらったのに。結局私の事、裏切るんだね。」
そう言って俺に近づいてくる。
心地良く感じていたはずの春のグレープフルーツの香りが今は俺の鼻を鋭く突き刺す。思わず俺は目をしかめる。
「嘘つき。」
たった一言で俺の心臓を強く拍動させる。
「誰から私の事聞いたの?なんで彼女の私じゃなくて他の人の事を信じるの?ねぇ、なんで?」
そう言ってまた1歩俺へと近づいてくる。
お前だって信頼されてるとか言って全然じゃないか。仕事だって自分じゃなくて部下に任せてるだけじゃないか。春の業務成績は自分で作り上げたものじゃなくて横取りしたものだ。
なにより俺への愛情も全部嘘だったじゃないか。
言いたい事が頭の中に滝のように流れ込む。それなのに1言も言葉にする事が出来ない。何1つ自分の口から反論することが出来ない。盗撮の罪悪感なのか、絶望感からなのかは分からない。
1つ言えることは、俺が不甲斐ないという事だ。
このままじゃダメだ。俺は変わるって決めたんだ。奥歯を噛み締める。ギリッという振動が骨をつたって脳へと響く。口を開こうとしたその時、
「私達がね、教えてあげたの。」
俺の背後から声が響く。声の主は振り返らなくても分かっていた。
「金森…いつから…。」
俺の喉がやっと仕事をする。
「楽しそうだったからね、ギャラリー連れて来ちゃったのよ。」
ギャラリー…?思わず振り返る。
そこには金森と南だけじゃない。春に仕事を任されていた後輩達や春の部署の人達もいた。
「五條くん、あなたが手に持っているもの。それは今でもちゃんと働いていること、分かってる?」
手…?俺はハッとする。
ペンダント。
これで俺達の会話を聞いていたのか。
俺が押され気味で何も言葉を発しないから、痺れを切らして皆が来たのだろう。
情けない…そう落ち込みたくもなるが、そんな暇は無かった。
「いつも仕事熱心で忙しそうな五條さんが、春さんと居るのが楽しくて。それで息抜きになるっているのなら、多少仕事を振られても仕方が無いと思っていました。」
春の後輩であろう女性社員が口を開く。
「でも、そうじゃないのなら話は別です。自分の仕事は自分でやって下さい。」
そう言われ、春の顔付きが一瞬変わったがすぐに元に戻る。
「え、今なんで皆がここにいるの?分からないんだけど…。」
そう言って戸惑っている。
「五條くんに渡されたペンダント。私の物なの。」
「はぁ?」
明らかに春の顔に怒りが出た。
「防犯用に持ってたカメラ付きのペンダント。あなたの大好きな五條くん。これで離れてても、ちゃんとあなたの事、見てたのよ。良かったわね。それとも見られちゃいけない事でもあったの?」
口角が上がりニヒルな笑みが出る。
こういう時、金森はいつも楽しそうだ。
「正直ね、あなたが五條くんと付き合ってから、あなたの勤務態度が悪くなっていくから、なんとかならないかって相談が多くて大変だったのよ。でもこれでなんとかなりそうね。」
ギリッ…。今度は春が奥歯を噛み締める。
ここまでお膳立てされて、やっと俺は言葉が出るようになった。
「俺はさ、春と過ごしてる時間。本当に楽しかったよ。間違いなく俺の中に残る良い思い出だよ。でも、俺が未熟だったんだ。」
顔を上げ、春の方を見る。
「目の前の事に夢中で、こんなにも周りに迷惑をかけてしまってたこと気付けなかった。それから俺に対する春からの気持ちも。」
全く気が付けなかった。
「俺、もっと精進するよ。周りの事も見られるように。自分にとって大切なものってなんなのか気がつけるように。だから春も頑張ってな?」
ポンっと頭を撫でる。小さく、幼稚園児になってしまった彼女の頭を撫でる。これで最後だと思いながら。
「じゃあ。」
そう言って俺はその場を立ち去った。
俺達の半年の関係は、たった数日で泡のように速やかに儚く消えていった。
・・・
俺達の事は直ぐに社内に広まったらしい。
ありがたいことに寂しい思いをしているだろうと飲みに誘ってくれる人もいる。
たしかに別れてすぐは少し思い詰めたりもしたが、不思議な事に時間と共にそんな感情は薄まり、そこまで寂しいというわけでもない。
春は最近自分で仕事をしていなかったから、自分の仕事を把握しておらず、苦戦しているようだ。
一方で、春の後輩からは嬉しい知らせを聞いた。任される仕事が減り、残業も減ったので心に余裕が出来て、恋人が出来たのだとか。是非とも応援してあげたいと思っている。
俺達の事が広まってからなのだろうか。精神年齢に『年の差』があったカップルは別れる傾向になりつつあり、逆に実年齢が離れていても、精神年齢が近い人同士が結ばれるようになった。
たしかに見た目が近く、尚且つ考え方も似てくるとなると、そういう事も起こってくるのだろう。とウチに残されたお揃いの食器を見ながら感じている。
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