メンタルエイジ

リアナ

文字の大きさ
12 / 20

11話 仲間に助けられて

しおりを挟む

俺は別れを告げた。
俺達の間には沈黙の時が流れる。
先に口を開いたのは春だった。


「なんで?まだ行こうって言ってたバー行ってないよね?欲しいって言ってたバッグもまだ買ってもらってないよ?さだくんは私の事味方してくれると思ったから相談にのってもらったのに。結局私の事、裏切るんだね。」



そう言って俺に近づいてくる。
心地良く感じていたはずの春のグレープフルーツの香りが今は俺の鼻を鋭く突き刺す。思わず俺は目をしかめる。



「嘘つき。」


たった一言で俺の心臓を強く拍動させる。


「誰から私の事聞いたの?なんで彼女の私じゃなくて他の人の事を信じるの?ねぇ、なんで?」


そう言ってまた1歩俺へと近づいてくる。



お前だって信頼されてるとか言って全然じゃないか。仕事だって自分じゃなくて部下に任せてるだけじゃないか。春の業務成績は自分で作り上げたものじゃなくて横取りしたものだ。



なにより俺への愛情も全部嘘だったじゃないか。



言いたい事が頭の中に滝のように流れ込む。それなのに1言も言葉にする事が出来ない。何1つ自分の口から反論することが出来ない。盗撮の罪悪感なのか、絶望感からなのかは分からない。




1つ言えることは、俺が不甲斐ないという事だ。



このままじゃダメだ。俺は変わるって決めたんだ。奥歯を噛み締める。ギリッという振動が骨をつたって脳へと響く。口を開こうとしたその時、



「私達がね、教えてあげたの。」



俺の背後から声が響く。声の主は振り返らなくても分かっていた。


「金森…いつから…。」
俺の喉がやっと仕事をする。



「楽しそうだったからね、ギャラリー連れて来ちゃったのよ。」
ギャラリー…?思わず振り返る。
そこには金森と南だけじゃない。春に仕事を任されていた後輩達や春の部署の人達もいた。



「五條くん、あなたが手に持っているもの。それは今でもちゃんと働いていること、分かってる?」

手…?俺はハッとする。

ペンダント。

これで俺達の会話を聞いていたのか。
俺が押され気味で何も言葉を発しないから、痺れを切らして皆が来たのだろう。
情けない…そう落ち込みたくもなるが、そんな暇は無かった。



「いつも仕事熱心で忙しそうな五條さんが、春さんと居るのが楽しくて。それで息抜きになるっているのなら、多少仕事を振られても仕方が無いと思っていました。」
春の後輩であろう女性社員が口を開く。




「でも、そうじゃないのなら話は別です。自分の仕事は自分でやって下さい。」


そう言われ、春の顔付きが一瞬変わったがすぐに元に戻る。
「え、今なんで皆がここにいるの?分からないんだけど…。」
そう言って戸惑っている。



「五條くんに渡されたペンダント。私の物なの。」
「はぁ?」
明らかに春の顔に怒りが出た。



「防犯用に持ってたカメラ付きのペンダント。あなたの大好きな五條くん。これで離れてても、ちゃんとあなたの事、見てたのよ。良かったわね。それとも見られちゃいけない事でもあったの?」


口角が上がりニヒルな笑みが出る。
こういう時、金森はいつも楽しそうだ。



「正直ね、あなたが五條くんと付き合ってから、あなたの勤務態度が悪くなっていくから、なんとかならないかって相談が多くて大変だったのよ。でもこれでなんとかなりそうね。」

ギリッ…。今度は春が奥歯を噛み締める。



ここまでお膳立てされて、やっと俺は言葉が出るようになった。


「俺はさ、春と過ごしてる時間。本当に楽しかったよ。間違いなく俺の中に残る良い思い出だよ。でも、俺が未熟だったんだ。」

顔を上げ、春の方を見る。


「目の前の事に夢中で、こんなにも周りに迷惑をかけてしまってたこと気付けなかった。それから俺に対する春からの気持ちも。」



全く気が付けなかった。



「俺、もっと精進するよ。周りの事も見られるように。自分にとって大切なものってなんなのか気がつけるように。だから春も頑張ってな?」

ポンっと頭を撫でる。小さく、幼稚園児になってしまった彼女の頭を撫でる。これで最後だと思いながら。



「じゃあ。」



そう言って俺はその場を立ち去った。
俺達の半年の関係は、たった数日で泡のように速やかに儚く消えていった。



・・・

俺達の事は直ぐに社内に広まったらしい。

ありがたいことに寂しい思いをしているだろうと飲みに誘ってくれる人もいる。
たしかに別れてすぐは少し思い詰めたりもしたが、不思議な事に時間と共にそんな感情は薄まり、そこまで寂しいというわけでもない。



春は最近自分で仕事をしていなかったから、自分の仕事を把握しておらず、苦戦しているようだ。

一方で、春の後輩からは嬉しい知らせを聞いた。任される仕事が減り、残業も減ったので心に余裕が出来て、恋人が出来たのだとか。是非とも応援してあげたいと思っている。



俺達の事が広まってからなのだろうか。精神年齢に『年の差』があったカップルは別れる傾向になりつつあり、逆に実年齢が離れていても、精神年齢が近い人同士が結ばれるようになった。



たしかに見た目が近く、尚且つ考え方も似てくるとなると、そういう事も起こってくるのだろう。とウチに残されたお揃いの食器を見ながら感じている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...