2 / 3
序章ー時渡りー
大好きだった父、大嫌いな母
しおりを挟む
百眼神様に連れていかれちゃうから、絶対に百眼神社に行っては駄目。
と、幼い頃私も母によく言われたものだ。
思えば、あの頃の母は優しさと温もりで溢れていた。
いつだって、私や父の事を想いやってくれていたのに。
一体いつからだろうか?そんな母が変わってしまったのは。
あれは、私がまだ小学生の時だった。
母はある日、父ではない別の人と恋をした。
世間ではそれを「浮気」と称している。
それでも父は、変わらず母を愛していた。
まだ恋とか愛を知らなかった私はそんな父を馬鹿らしく思い、
ある時父を責め立ててしまった。
「お父さんは、お母さんに酷いことをされているんでしょ?
なんでお父さんは、お母さんの事を嫌わないの?お父さんおかしいよ!」
父は困った様に笑いながら「寂しい思いをさせてしまったお父さんが悪いんだ」と目を伏せ、私の頭を優しく撫でた。
__その時父は、初めて私に涙を見せた。
それから半年後、父は心を病ませ自宅で首を吊りこの世を去ってしまった。
私は今もまだ、あの時の父の顔を忘れる事ができない。
カーテンの隙間から差す太陽の光と小鳥の囀りが、私を夢から現実へと引き戻した。
今日もまた、亡くなった父の夢を見ていた。
まだ半分ほどしか開いていない目を擦りながら、私は枕元に置かれたスマートフォンの画面を開き時間の確認をした。
午前九時。
そこに刻まれた時刻のおかげで、私のまだ重たかった瞼が一気に覚めた。
「__えっ!嘘!」
今日は金曜日。
平日という事もあり、当然学校はいつも通りある。
つまり私は、この十四年間で生まれて初めて寝坊をしたという事になる。
慌ててベッドから飛び起き、大急ぎで制服に着替え私は部屋を後にした。
「__あら、おはよう碧」
階段をもの凄い勢いで駆け降りてきた私を、眠たそうに半目だけを開く母迎えた。
母の座っている茶のソファは、所々破け傷までついており、それなりの年数を感じさせるものだった。
本当なら新しいものを買ってあげたいと子供は思うのだろうが、あいにく私にそんな感情など湧く訳が無い。
なぜならこの人は、私の事など気にもせずリビングで呑気《のんき》に録画していたのであろうドラマを観ていたからだ。
彼女の行動にかなり苛立ちを覚えたが、この人には何を言っても無駄だと判断し、無視をする事にした。
洗顔と歯磨きを済ませリビングへ戻った私は、学校へ行く前にせめてお茶一杯だけでもお腹に入れておこうとキッチンへ向かった。
この家のキッチンは、つい最近リフォームしたばかりで真新しく、リビングと繋がっているという何ともハイスペックな所なのである。
そんなキッチンの端の方に置かれている、ちょっと古めかしい冷蔵庫の扉を開けようと私は手を伸ばした。
その時、母は何か思い出したのか「そうそう、碧」と煙草を咥えたまま声を掛けてきた。
「何?」
「お母さんね、再婚しようと思うの」
私の身体に、衝撃が走った。
この人の考えている事が、また理解不能のものになってしまった。
「……どういう事?」
「だから、お母さん再婚するの。相手は碧、分かるでしょ?」
父が亡くなってから、まだ二年しか経っていないと言うのに、
この人はもうほかの人との再婚を考えているらしい。
しかも、相手はあの時の浮気相手だ。
「……何、考えてんのお母さん」
「碧?」
私の身体の至る所から、怒りがこみ上げてきた。
抑えようにももう限界で、ついに口から溢れ出してしまった。
「お父さんが、どんな思いでずっと耐えていたのか……お母さんには分からない?
愛してた人に裏切られてさ、それでも……それでも、お父さんはずっと、お母さんがまた、自分に恋をしてくれるって、信じてずっと待っていたんだよ?
それなのに、お母さんは………! 」
涙で震える声を荒げながら私は言い放った。
今でも忘れない、父が亡くなる前日の事。
心を病ませた父は、自分の部屋のベッドに腰をかけ、母との思い出の写真を眺めては「ごめんな」と繰り返しながら涙を流していた。
__それが、私が最後に見た父の姿だった。
強く優しかったあの父をあそこまで追い詰めた母を、私はどうしても許せなかった。
母が、父を殺したも同然。
そう思っているのだから。
「……碧」
「………お母さんが、お父さんの代わりに死んじゃえば良かったのに!」
「あお……っ!」
耐えきれなくなった私は、思わず家を飛び出した。
母もそうだが、私自身も最低だと思った。
死の辛さは、私が一番よく分かっているはずだ。
なのに私は、いくら大嫌いだとは言え母親に「死んじゃえば良かった」なんて……。
罪悪感と嫌悪感が容赦なく私に襲いかかる。
滝のように溢れてくる涙で、私の視界は歪んでいった。
どこへ向かって走っているのか私自身検討もなかったが、私は涙を止めようとただひたすら百岸町を走り抜けた。
と、幼い頃私も母によく言われたものだ。
思えば、あの頃の母は優しさと温もりで溢れていた。
いつだって、私や父の事を想いやってくれていたのに。
一体いつからだろうか?そんな母が変わってしまったのは。
あれは、私がまだ小学生の時だった。
母はある日、父ではない別の人と恋をした。
世間ではそれを「浮気」と称している。
それでも父は、変わらず母を愛していた。
まだ恋とか愛を知らなかった私はそんな父を馬鹿らしく思い、
ある時父を責め立ててしまった。
「お父さんは、お母さんに酷いことをされているんでしょ?
なんでお父さんは、お母さんの事を嫌わないの?お父さんおかしいよ!」
父は困った様に笑いながら「寂しい思いをさせてしまったお父さんが悪いんだ」と目を伏せ、私の頭を優しく撫でた。
__その時父は、初めて私に涙を見せた。
それから半年後、父は心を病ませ自宅で首を吊りこの世を去ってしまった。
私は今もまだ、あの時の父の顔を忘れる事ができない。
カーテンの隙間から差す太陽の光と小鳥の囀りが、私を夢から現実へと引き戻した。
今日もまた、亡くなった父の夢を見ていた。
まだ半分ほどしか開いていない目を擦りながら、私は枕元に置かれたスマートフォンの画面を開き時間の確認をした。
午前九時。
そこに刻まれた時刻のおかげで、私のまだ重たかった瞼が一気に覚めた。
「__えっ!嘘!」
今日は金曜日。
平日という事もあり、当然学校はいつも通りある。
つまり私は、この十四年間で生まれて初めて寝坊をしたという事になる。
慌ててベッドから飛び起き、大急ぎで制服に着替え私は部屋を後にした。
「__あら、おはよう碧」
階段をもの凄い勢いで駆け降りてきた私を、眠たそうに半目だけを開く母迎えた。
母の座っている茶のソファは、所々破け傷までついており、それなりの年数を感じさせるものだった。
本当なら新しいものを買ってあげたいと子供は思うのだろうが、あいにく私にそんな感情など湧く訳が無い。
なぜならこの人は、私の事など気にもせずリビングで呑気《のんき》に録画していたのであろうドラマを観ていたからだ。
彼女の行動にかなり苛立ちを覚えたが、この人には何を言っても無駄だと判断し、無視をする事にした。
洗顔と歯磨きを済ませリビングへ戻った私は、学校へ行く前にせめてお茶一杯だけでもお腹に入れておこうとキッチンへ向かった。
この家のキッチンは、つい最近リフォームしたばかりで真新しく、リビングと繋がっているという何ともハイスペックな所なのである。
そんなキッチンの端の方に置かれている、ちょっと古めかしい冷蔵庫の扉を開けようと私は手を伸ばした。
その時、母は何か思い出したのか「そうそう、碧」と煙草を咥えたまま声を掛けてきた。
「何?」
「お母さんね、再婚しようと思うの」
私の身体に、衝撃が走った。
この人の考えている事が、また理解不能のものになってしまった。
「……どういう事?」
「だから、お母さん再婚するの。相手は碧、分かるでしょ?」
父が亡くなってから、まだ二年しか経っていないと言うのに、
この人はもうほかの人との再婚を考えているらしい。
しかも、相手はあの時の浮気相手だ。
「……何、考えてんのお母さん」
「碧?」
私の身体の至る所から、怒りがこみ上げてきた。
抑えようにももう限界で、ついに口から溢れ出してしまった。
「お父さんが、どんな思いでずっと耐えていたのか……お母さんには分からない?
愛してた人に裏切られてさ、それでも……それでも、お父さんはずっと、お母さんがまた、自分に恋をしてくれるって、信じてずっと待っていたんだよ?
それなのに、お母さんは………! 」
涙で震える声を荒げながら私は言い放った。
今でも忘れない、父が亡くなる前日の事。
心を病ませた父は、自分の部屋のベッドに腰をかけ、母との思い出の写真を眺めては「ごめんな」と繰り返しながら涙を流していた。
__それが、私が最後に見た父の姿だった。
強く優しかったあの父をあそこまで追い詰めた母を、私はどうしても許せなかった。
母が、父を殺したも同然。
そう思っているのだから。
「……碧」
「………お母さんが、お父さんの代わりに死んじゃえば良かったのに!」
「あお……っ!」
耐えきれなくなった私は、思わず家を飛び出した。
母もそうだが、私自身も最低だと思った。
死の辛さは、私が一番よく分かっているはずだ。
なのに私は、いくら大嫌いだとは言え母親に「死んじゃえば良かった」なんて……。
罪悪感と嫌悪感が容赦なく私に襲いかかる。
滝のように溢れてくる涙で、私の視界は歪んでいった。
どこへ向かって走っているのか私自身検討もなかったが、私は涙を止めようとただひたすら百岸町を走り抜けた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
短編)どうぞ、勝手に滅んでください。
黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。
あらすじ)
大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。
政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。
けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。
やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。
ーーー
※カクヨム、なろうにも掲載しています
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる