百眼神

あずき

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序章ー時渡りー

大好きだった父、大嫌いな母

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 百眼神様に連れていかれちゃうから、絶対に百眼神社に行っては駄目。

 と、幼い頃私も母によく言われたものだ。
 

 思えば、あの頃の母は優しさと温もりで溢れていた。
 いつだって、私や父の事を想いやってくれていたのに。


 一体いつからだろうか?そんな母が変わってしまったのは。



 あれは、私がまだ小学生の時だった。


 母はある日、父ではない別の人と恋をした。
 世間ではそれを「浮気」と称している。


 それでも父は、変わらず母を愛していた。 

 まだ恋とか愛を知らなかった私はそんな父を馬鹿らしく思い、
ある時父を責め立ててしまった。


 「お父さんは、お母さんに酷いことをされているんでしょ?
 なんでお父さんは、お母さんの事を嫌わないの?お父さんおかしいよ!」


 父は困った様に笑いながら「寂しい思いをさせてしまったお父さんが悪いんだ」と目を伏せ、私の頭を優しく撫でた。


 __その時父は、初めて私に涙を見せた。


 それから半年後、父は心を病ませ自宅で首を吊りこの世を去ってしまった。

 私は今もまだ、あの時の父の顔を忘れる事ができない。





 カーテンの隙間から差す太陽の光と小鳥のさえずりが、私を夢から現実へと引き戻した。


 今日もまた、亡くなった父の夢を見ていた。
 まだ半分ほどしか開いていない目を擦りながら、私は枕元に置かれたスマートフォンの画面を開き時間の確認をした。


 午前九時。

 そこに刻まれた時刻のおかげで、私のまだ重たかったまぶたが一気に覚めた。


「__えっ!嘘!」


 今日は金曜日。
 平日という事もあり、当然学校はいつも通りある。
 つまり私は、この十四年間で生まれて初めて寝坊をしたという事になる。


 慌ててベッドから飛び起き、大急ぎで制服に着替え私は部屋を後にした。



「__あら、おはよう碧」  


 階段をもの凄い勢いで駆け降りてきた私を、眠たそうに半目だけを開く母迎えた。


 母の座っている茶のソファは、所々破け傷までついており、それなりの年数を感じさせるものだった。

 本当なら新しいものを買ってあげたいと子供は思うのだろうが、あいにく私にそんな感情など湧く訳が無い。


 なぜならこの人は、私の事など気にもせずリビングで呑気《のんき》に録画していたのであろうドラマを観ていたからだ。


 彼女の行動にかなり苛立ちを覚えたが、この人には何を言っても無駄だと判断し、無視をする事にした。


 洗顔と歯磨きを済ませリビングへ戻った私は、学校へ行く前にせめてお茶一杯だけでもお腹に入れておこうとキッチンへ向かった。



 この家のキッチンは、つい最近リフォームしたばかりで真新しく、リビングと繋がっているという何ともハイスペックな所なのである。



そんなキッチンの端の方に置かれている、ちょっと古めかしい冷蔵庫の扉を開けようと私は手を伸ばした。


 その時、母は何か思い出したのか「そうそう、碧」と煙草を咥えたまま声を掛けてきた。


「何?」
「お母さんね、再婚しようと思うの」



 私の身体に、衝撃が走った。

 この人の考えている事が、また理解不能のものになってしまった。


「……どういう事?」
「だから、お母さん再婚するの。相手は碧、分かるでしょ?」


 父が亡くなってから、まだ二年しか経っていないと言うのに、
この人はもうほかの人との再婚を考えているらしい。

 しかも、相手はあの時の浮気相手だ。


「……何、考えてんのお母さん」
「碧?」


 私の身体の至る所から、怒りがこみ上げてきた。
 抑えようにももう限界で、ついに口から溢れ出してしまった。


「お父さんが、どんな思いでずっと耐えていたのか……お母さんには分からない?

愛してた人に裏切られてさ、それでも……それでも、お父さんはずっと、お母さんがまた、自分に恋をしてくれるって、信じてずっと待っていたんだよ?
それなのに、お母さんは………! 」


 涙で震える声を荒げながら私は言い放った。
 今でも忘れない、父が亡くなる前日の事。


 心を病ませた父は、自分の部屋のベッドに腰をかけ、母との思い出の写真を眺めては「ごめんな」と繰り返しながら涙を流していた。


 __それが、私が最後に見た父の姿だった。


 強く優しかったあの父をあそこまで追い詰めた母を、私はどうしても許せなかった。

 母が、父を殺したも同然。
 そう思っているのだから。


「……碧」
「………お母さんが、お父さんの代わりに死んじゃえば良かったのに!」

「あお……っ!」


 耐えきれなくなった私は、思わず家を飛び出した。
 母もそうだが、私自身も最低だと思った。

 死の辛さは、私が一番よく分かっているはずだ。
 なのに私は、いくら大嫌いだとは言え母親に「死んじゃえば良かった」なんて……。


 罪悪感と嫌悪感が容赦なく私に襲いかかる。
 滝のように溢れてくる涙で、私の視界は歪んでいった。


 どこへ向かって走っているのか私自身検討もなかったが、私は涙を止めようとただひたすら百岸町を走り抜けた。
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