継の箱庭

福猫

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○今日の奇跡を、また明日

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 意図せずたっぷり取ってしまった昼寝を心配したのも束の間、ベッドの上で丸まり、目を閉じた美夜に……大きなあくびが出るほどの眠気がやってきたようだ。

 また明日。
 自分で言っておきながら、とても不思議だと思った。
 明日も黒猫が……美夜がいるなんて、そばにいてくれるなんて。

 もう眠りに落ちただろう彼女を、起こしてしまわないよう気をつけねばと……それでも撫でる手を止められない。

 こちらに来て初日の今日、わからないことを必死に覚えていたのは私のためでもあったなんて。


『誰かの役に立つなら、褒めてもらえるなら、幸せに暮らせるなら……その誰かは……相手は、リューがいいな』


 まるで愛の告白だ。


『刷り込みでもいい……それでもリューに何かお返ししたい、役に立ちたいって思うよ。一緒に居たいって……わたしがそうしたいって思ってるんだよ』


 熱烈な愛の告白。
 こんなに思ってもらえるほどのことを私はしたんだろうか?
 美夜にとってはそれほど大きなことだったんだろうか……。

 いずれにしても、こんな言葉を聞いて嬉しく思わないわけがない。


『――ここに……私のそばに居てくれませんか? ずっと……美夜が心ゆくまで、ずっと』


 喜びに打ち震える心と声を抑えて返した言葉は、私もまたプロポーズのようだった。

 嬉しそうに受け入れてくれた美夜の目には涙が滲んでいて、ポロリと零れたひと雫を拭うと、まだ少し温かった。


「――さて、そろそろ私も寝なくては」


 幸せな回想を切り上げ、名残惜しくも撫でていた手を離す。

 こんなにも明日が待ち遠しく思えたのはいつぶりだろうか。
 気持ちを落ち着かせなければと深呼吸を繰り返し、最後にもう一度美夜へ。

 おやすみなさい、また明日――

 ――

 ――――

 ――――――

 ――――

 ――昇り始めた朝日にうっすらと部屋が明るくなったのを、瞼の裏で感じる。
 目を開けてすぐに飛び込んできたのは、昨日見つけた柔らかな真っ黒。
 おやすみと言って目を閉じたあのままの距離で眠っている彼女に、ただただ愛しさが募る。

 本当に、今日もそばにいる。
 都合のいい私の夢じゃなかった。

 今まで出会ったどの黒猫も例外なく、怯えられては逃げられてきたため、そう思ってしまうのも仕方ない。

 でもこれからは違うのだ。
 昨晩、ずっとここにいてくれると約束したから。

 緩みっぱなしの頬をそのままに、しばらく美夜を眺めつづけた。
 しかし、締まりのない姿を何度も見せるのも、今更ではあるが如何なものかと思い立ち、彼女を起こさぬよう静かにベッドを出る。

 そっと開いたカーテンの向こうは、今日も青空が広がっている。
 少しだけ開けた窓から、新鮮な空気を吸い込んだ。

 猫のわりに熟睡傾向にある美夜を部屋に残して、身支度を済ませていく。

 居住スペースである二階には、人が暮らすための設備がひととおり揃っている。
 ただ、その使用頻度は多くはない…………のが、なぜかというのはまた追々。


「朝食は……食べますかね……? んー……果物でも切りましょうか」


 キッチンに入り、冷蔵庫を見つめてそう決めた。
 イチゴにバナナ、リンゴにメロン、それから……と、取り出したものを抱えこむ。


「……って、こんなに食べませんよね」


 相当浮かれているなと思いつつ、イチゴとバナナ以外を戻した。
 果物ナイフでひと口サイズにカットし、皿に盛っていく。
 使い終わった器具を簡単に片づけたあと、皿を持ってキッチンをあとにする。

 寝室へ向かう足取りが軽い……というよりも、浮ついているのかもしれない。

 さて。

 ――愛しの眠り姫はもう目覚めただろうか……。

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