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●喫茶開店
しおりを挟む「お前ら何やってんだ、こんなとこで」
しんみりとした空気を、バッサリと切り裂いたのはヒューゴだった。
店前でしゃがみ込んでいるわたしたちを訝し気に見ている…………ちょっと高い場所から。
「別に何も……看板を出してただけですよ」
さっきまでの不安そうな声はどこかへ消え、何でもないように答えるリューに安心するよりも、今わたしの意識は全てヒューゴのほうへ向かってしまう。
「えっ……浮いてる……」
「おう、飾りじゃねぇからな」
背中の翼を指して言ったあと、スッと地上に降り立った。
閉じた翼はそのあとさらに縮小し、背中に収まった。目の前で見てても不思議でしかない。
「これでも一応神の使いですからね。私たちとはいろいろ違うんですよ」
「一応ってなんだよ。どこからどう見ても、だろ。それにしても……逃げられなくてよかったなぁ、リュシアン。お前のそばにってか、そんな懐いてくれる黒猫が存在するなんて今でも信じられねぇけど」
あ、それ今言っちゃ…………。
さっきの泣きそうなリューを思い出して、ハッと見れば……あ、ちょっと不機嫌になってる。
「あんまりふざけたこと言ってると出禁にしますよ?」
「……顔怖っ……なんだ、どうした? なんかあったんか?」
「ノーコメントです」
それについて話すつもりのないリューは、スタスタと店内へ戻っていく。
よくわからないって感じで後を追って中へ入るヒューゴが、わたしのほうを見てきた。
「わたしはリューの味方だから、リューが何も言わないならわたしも言わないよ」
思ったことを口にしただけのわたし。
振り向いたリューはちょっとビックリしてる感じだったけど、そのあと嬉しそうに「ありがとうございます」って言ってくれた。
「……はぁ……仲のよろしいことで」
「羨ましいでしょう?」
「へーへー」
調子が戻ってきたところで、昨日と同じカウンター席へ座る。
リューは内側に立って器具の準備を始めた。
「今日は爽やかな感じの、よろしく」
「はいはい」
「……そんな曖昧な注文でいいの?」
「あぁ、豆の種類がわからねぇときは味の雰囲気だけ伝えりゃ、リュシアンがそれにあったものを選んで淹れてくれるんだ。腕が良くてな、旨いんだぜ?」
「すごい……! リューってすごいんだね!」
「……なんだか照れますね」
お喋りしながらもテキパキと作業する姿が格好いい。
店内に香ばしい匂いが広がっていく。
「そういやぁ、あれから箱庭についての勉強は進んだか?」
「進んだような進んでないような……謎っていうか、不思議なことがいっぱいあるけど……リューがね、流すのがいいって。神様都合なんて考えても仕方ないって」
「あー……まぁ、そう言われちまえばそうなんだが……」
ヒューゴにも思い当たる節があるのか、「それじゃダメだ!」とは言わなかった。
使いにもこんなふうに思われちゃってる神様ってやっぱり……。見たこともない神様がどんどん残念なイメージで固まっていく。
淹れ終えた珈琲をリューが差し出したところで、カランカランと軽やかなドアベルの音が耳に届いた。
「いらっしゃいませ」
「久々にこっちへ来たから、寄ってみたの」
「ありがとうございます、お好きな席へどうぞ」
入ってきたのは声もまとう空気も優しそうなおばさん……と、そのあとに続く静かなおじさん。
「どこにしましょうかねぇ……あら……あらあら。見てあなた、ほらあそこ。猫ちゃん、黒猫ちゃんが居るわ」
「ん、ん…………あぁ……そうだな」
席を選ぼうと店内を見回すおばさんと目が合った。
そのままおじさんの手を引いてこっちにやってくる。
「こんにちは、はじめまして」
「こ……こんにちは」
「あなたここの黒猫ちゃん?」
「うん、そうだよ。昨日からここにいるの」
「そう……そうなのね……! やっと本物をお迎えできたのね、リュリュちゃん」
りゅ……リュって、もしかしてリューのことかな。
「クレアさん、リュリュちゃんはちょっと恥ずかしいです……って何度も言ってるんですが……」
「あら、いいじゃないの。息子のような孫のようなものですもの……彼とはこのお店ができた頃からのお付き合いなの。あの頃からずっと黒猫が好きなのに思いが伝わらないって……すごく悲しそうにしてたわ」
「……伝わらねぇんじゃなくて、伝わりすぎて逃げられてるんだけどな」
「ヒューちゃん、そんなこと言わないの!」
ヒューちゃん!? 神様の使いもちゃん付け……クレアさんってすごい。
それに今更だけど、ヒューゴの姿にも、わたしの言葉にも平然としてるってことは、やっぱり箱庭じゃ普通のことなんだね。
「私この席にするわ、皆よく見えるもの」
そう言って座ったのはカウンター席後ろのテーブル席。
壁側には本棚が設置されて……いや、本棚が壁になってる? まぁいいや、ソファに座ったまま本が取れる構造だ。おじさんが慣れた様子で本を取り出し読み始めた。
「ご注文は?」
「ミルクたっぷりまろやかなのが飲みたいわ」
「苦めで頼む」
「かしこまりました」
ふたりの注文を聞いたあと、リューはそのまま奥の作業場へ行ってしまった。豆の選別かと思ったけど、なかなか出てこない。
カチャカチャと聞こえてくる物音が止んだ頃、何も持たずに戻ってきたリューが、足元の棚から豆やら器具やらを取り出して珈琲を淹れ始めた。
――さっきまで何してたんだろう?
そんな疑問が表情に出てたのか、わたしを見たリューがクスリと笑った。
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