片翼の騎士と魔法の工匠

まめきち

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第二十話

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その気配は、前触れもなく訪れた。

工房を閉める準備をしていた夕暮れ時。
街の喧騒が、いつもより遠く感じられた。

「……来てる」

レオンが、低く呟く。

工房の外。
通りに立つ一台の馬車。

装飾は控えめだが、侯爵家の紋章がはっきりと刻まれていた。

扉が開き、男が降りてくる。

整った顔立ち。
上質な外套。
そして、歪んだ自信を宿した目。

「久しいな、レオン」

名前を、当然のように呼んだ。

「生きているとは思わなかった」

レオンの背筋が、凍りつく。

私は一歩前に出る。

「ここは私の工房です。
用件は?」

男は、私を一瞥しただけで、再びレオンを見る。

「侯爵家長男、アルベルトだ」

名乗りは形式的だった。

「話がある。
二人きりでだ」

「断ります」

即答。

「彼は、私に雇われた傭兵で、恋人です」

言葉を切る。

「あなたと話す義務はない」

アルベルトは、口角を上げた。

「……恋人?」

楽しそうに繰り返す。

「なるほど。
だから、生き延びられたのか」

その視線が、レオンの義手に落ちる。

「哀れな姿だな。
騎士の誇りも、腕も、失って」

レオンが、わずかに動く。

私は、彼の前に立つ。

「用件がないなら、帰って」

アルベルトは、ようやく私を見る。

「あるとも」

低い声。

「忠告だ」

彼は懐から一通の書状を取り出す。

「隣国が、古い記録を掘り返しているらしい」

空気が張りつめる。

「それ以上深入りすれば――」

一歩、近づく。

「この街がどうなるか、分かるな?」

視線が、工房の外へ向く。

通りの人々。
商店。
子どもたち。

「魔石の流通が止まる。
傭兵の依頼が途切れる。
最悪、治安が崩れる」

脅しは、理路整然としていた。

「君一人が黙れば、すべて丸く収まる」

沈黙。

レオンが、ゆっくりと口を開いた。

「……俺は」

一瞬、言葉を探す。

「もう、あなたの都合で消される存在じゃない」

アルベルトの眉が、わずかに動く。

「ほう?」

レオンは、義手を握る。

「俺は、ここで生きている。
選ばれた場所で、選んだ人と」

私は、隣に立つ。

「彼は、私の傭兵で、恋人です」

同じ言葉を、もう一度。

「脅しには、応じない」

アルベルトは、しばらく二人を見つめていた。

やがて、小さく笑う。

「……愚かだな」

踵を返し、馬車へ戻る。

「覚えておけ」

去り際、低く告げた。

「記録など、紙切れ一枚だ。
消す方法はいくらでもある」

馬車が走り去り、通りに静けさが戻る。

レオンの肩が、かすかに震えていた。

私は、彼の手を取る。

「大丈夫」

指を絡める。

「今度は、消させない」

私は、彼をを見る。

「……怖かった」

正直に言う。

「でも、一緒なら」

彼は、ゆっくり頷いた。

侯爵家長男は動いた。

それは宣戦布告だった。

でも同時に――
レオンが、過去に引き戻される存在ではなく、
未来を選ぶ存在になった証でもあった。
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