この恋は始まらない

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第四十二話・ルビー色の純愛

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単純な生き方しか出来ない人は、誰かを好きになるのは難しい。
見るもの全てが輝いて見えて。
なんだって宝石のように綺麗に見える。
綺麗な世界はみんな同じで。
小さな違いが分からない。
全部が同じように大切で。
全部が同じように美しい。

世界一可愛い。
私を中心に、世界はぐるぐると回っている。
私は、どこにでも行ける。
可愛く。
綺麗に。
美しく。
凄いから。
格好いいと言ってくれる貴方の横顔を見ていると、無限に元気が出てくる。
ずっとずっと好きになるくらいに、輝き続けて。
世界が広がっていく。
綺麗に描き続ける色々な洋服を着ていくと、どこまでも可愛い私になれる。
貴方が私に知らなかった世界。
綺麗な服を着せてくれる。
春にはモノクロの洋服に赤いマニキュアを。
フリルの付いた可愛い洋服を。
たまにはちょっとダサい洋服も。
夏には純白なワンピース。
綺麗な花柄の浴衣。
好きな人をメロメロにする水着を。
秋にはメイド服や着物やハロウィン。
冬にはクリスマスのサンタコス。
貴方は、色々な世界を教えてくれた。
可愛く綺麗で美しく。
私は凄いから。
大人になったら似合うと言ってくれた貴方の言葉を聞いていると、いつも輝きは増していく。
今日も明日も明後日も、世界は輝き続けて。
想いは増えていく。
ずっとずっと好きになるくらいに、愛し続けて。
心は綺麗な宝石に変わっていく。
小さな心は、赤くて輝いていた。

あの日の夕焼けを忘れない。
キラキラと光る宝石。
世界を輝かせて。
何も出来ない私は、あの時肩を掴んでしまったけれど、貴方は許してくれた。
今度は私が頑張る番で。
自分の世界を見せてあげたい。
貴方よりも輝いている世界ではないけれど、私を見ていてほしい。
この鼓動は、貴方がくれたもの。
命は輝いていた。
なによりも愛おしい。
痛いくらいに心は締め付けられて。
いつも焼きもちを焼いている。
寝ても覚めても、貴方のことを考えている。
魂も貴方の色に染まっていた。
あの日の夕焼けを忘れない。
私の心の色がそうであるから。
私は、どこにでも行ける。
優しい貴方がずっと隣にいる。
綺麗に描き続けていく私の笑顔は、もっと可愛くなっていく。
私はもっと綺麗に笑える。
私の世界は輝き続けて。
貴方の世界は同じように。
輝いて。
それが私の愛。
ずっとずっと好きでいてください。
貴方が描き続ける世界は、私の世界だから。


長い長い夢。
夢から覚めたら忘れてしまう。
小さな夢も。
大きな夢も。
でも、貴方のお嫁さんになる夢はずっと忘れてないよ。
寝ても覚めても、ハジメちゃん。
貴方の幸せだけを願ってる。


日曜日。
小日向の読者モデル事務所。
「へー、風夏ちゃん悩んでいるの?」
春シーズンに向けての新学期向けの制服コーデの撮影をしていた。
ファッションアイテムや、鞄や髪型など。
新しい高校生は何かと入り用が増えて稼ぎ時のシーズンなので、気合いを入れていた。
その撮影の合間に、メイクさんのみーちゃんに軽く質問をしていた。
「みんなの中で、私が一番ハジメちゃんの役に立ってないかなって思うの」
「そんなことはないと思うけれどね。彼女がみんな優秀なのも大変なのね……」
事務所の人達は、よんいち組を文化祭で見たことがあったが、風夏と比べても見劣りしないレベルなのを知っていた。
雰囲気も大人びていて、人間として一本の芯が通っていた。
その人間が本気で恋愛をしているとなると、いくら読者モデルの風夏とはいえど心配になるのだ。
四人で助け合っていて、まったく争っていなくても、人間は誰かと比べてしまう生き物だ。
敵対心が剥き出しのライバルよりも、いつも優しい親友の方が、劣等感を感じてしまうのかも知れない。
「私にできることって、なんなのかなって」
「ん~、前提として、大人だって好きな人の為に何かを出来る人の方が少ないから、気落ちしないことかな。それに、風夏ちゃんの魅力は笑顔なんだから、笑ってなきゃ」
女の子が笑っていて、魅力的だと思わない男はいない。
彼女が幸せそうにしていたら、安堵してくれる。
それが彼氏だ。
その為に人は恋をする。
ハジメがどんな人間かを深く理解して、彼が望むものを与える。
それも重要だが、これまでずっと一緒に過ごしてきて信頼を得た人間は、ハジメからしたらそれだけで何よりも大切なのだ。
絵描きや読者モデル。
メイクアップアーティストだって、仕事こそ違えど、その道で生きるまでにどれだけ努力をしていて、仕事に誇りを持ち、愛を注いでいるかは分かる。
ハジメの絵にだって、特別な情熱と愛情は出てくる。
愛に妥協は許されない。
小日向のイラストにだって、全ての才能と努力を注いでいた。
ハジメの手は酷使し過ぎて、いつだってボロボロだ。
ペンの癖が付くほどに。
バレンタインの時に、差し出された手が日々の努力を物語っていた。
風夏のイラストが数日も途絶えることなく上がり続けるのだって、ハジメの努力からである。
言葉にしなくとも、自分は大切にされている。
それは、毎日のように彼の絵を見てきた風夏には分かっていた。
イラスト一枚一枚に向けられている彼の真剣な眼差しが、風夏をドキッとさせる。
だから、特等席なのだ。
昼休みの部室。
その僅かな時間が尊い。
いつも静かな二人だけの世界。
世界は、緩やかな音を奏でながら流れている。
まるでオルゴールのようである。
あの時間だけは、ずっとハジメちゃんを眺めていられる。
たまには寝たふりをしてでも、貴方をずっと見ていたい。
貴方が好きな女の子なら、誰だって同じことをする。
絵が大好きな貴方を見る機会は、私だけの特別だから。
全力な男の子は格好いい。
世界一格好いい。

「なるほどね。……本気で愛しているのね」
「ーー!? あわわ、そんなことないですよ」
風夏は頑なに否定するが、あわあわしていて隠せていなかった。
ハジメのどこを愛しているのか聞くと素直に教えてくれる。
はえ~、生き返るわぁ。
年頃の女子高生を弄るのが面白すぎる。
若い子の恋バナはいいものだ。
みーちゃんは、幸せそうににやけていた。
仕事ばかりで忘れていた青春を思い出させてくれる。
「あら? 恋バナ?」
二人でキャッキャしていたら、白鳥さんに見付かってしまう。
小日向風夏のマネージャーで、仕事の鬼。
怖い人だから震え上がっていた。
二人は、背筋を伸ばしている。
「いえ、あからさまに引かないで。別に怒りにきたわけじゃないんだから」
メイク直しの時間ではあるが、休憩してリラックスしてもらった方が、風夏の性格上、この後の撮影でいいものが撮れる。
感情豊かな娘なので、モチベーションによりクオリティの落差はあるが、ハジメと出会ってからはいい方向性に向かっているだろう。
彼には感謝をしていた。
恋バナをして盛り上がるくらいなら、ハジメとも問題なく仲良くしている。
それが簡単に分かるので有難い。
白鳥さんは、二人にペットボトルの飲み物を手渡す。
「それで最近はどうなの?」
風夏は、白鳥さんに最近あったことを色々話し出す。
重要な話も、下らない話もごちゃ混ぜではあったが、風夏のマネージャーをしているだけあってか静かに聞いてくれていた。
かくかくしかじか。
白鳥さんは、熟考する。
「役に立ちたいと言っても、色々あると思うけれど……。そうね。私達も色々お世話になっているものね。恩は返さないといけないわね。私も少し話がしたいし、呼んでもらってもいいかしら?」
「はいはい。ハジメちゃんに連絡する~」
風夏はハジメに連絡を入れる。
その間に、白鳥さんもお茶を飲んで寛いでいた。
三人とも、次の撮影まで静かにしていたが。
メイクアップ担当のみーちゃんは、一つだけ気になっていたことがあった。
「あの、すみません。よくよく考えたら、風夏ちゃん結構抜けているから、詳しい日程を決めないと今日ハジメさんを呼びますよね?」
特に風夏のマネージャーが直々に会いたいとか言い出したら、誰だってやばい状況ではないかと思う。
特に相手は馬鹿みたいに真面目なハジメである。
日曜日の昼下がりでも、即座に駆け付けるだろう。
「……風夏? えっと、これから直ぐに来てって、ハジメさんを呼んでないわよね?」
「……」
「……」
「……」
ハジメの役に立てるようになるのは、大分先の話になりそうだった。


同日。
一時間半後。
小日向の事務所に来たら、何かみんな優しかった。
あれ?
怒られるんじゃないのか?
白鳥さんから直で名指しされたから、自分の罪を数えていたんだが。
それはそうと、駅前で調達した手土産を持ってきたので、皆さんに手渡す。
「それで何の用事ですか? とりあえず謝りましょうか?」
小日向のラインでは内容が理解出来なかったし、急いで出てきたから直接聞くしかなかった。
「……そういえば、ハジメさんって事務所に入ってないですよね? うちの風夏と同じ事務所に入りませんか?」
一体、何の話だ。
白鳥さんの話に、恐怖していた。
「最近、サークル活動も人気でしょう? 今のままだと、確定申告が必要ではないでしょうか?」
オタクがこの世で一番怖い言葉。
同人誌は売れれば売れるほど、納税の義務が発生してくる。
ようは、サークル活動をする上で、必要になってくることである。
「それは有難いですが……」
「私達の事務所に所属してもらえるなら、サークル活動は全面的にバックアップします。もちろん、ハジメさんがお話を飲んで頂けるのであれば、他のお仲間のサポートもします」
白鳥や高橋のことも面倒を見てくれる。
必要であれば、それ以外の仕事の手伝いをしてもいい。
撮影スペースの確保や事務所の機材を使ってもいいし、事務所の名前を出せばその道の人間に顔を通すことも出来る。
「正直、俺からしたらメリットしかないと思います。でも何で、俺達の為にそこまでしてくれるんですか?」
「……風夏が相談してきたのです。自分に出来ることがないか。……そう考えたら風夏の周りである私達の力を有効活用すれば、ハジメさん達のやれることが増えるでしょう?」
小日向がそんなことを。
別に俺は、お前が笑っていればそれでいいのに。
それ以外望んでいない。
……真面目なやつである。
そう言われたら、事務所への誘いを無下には出来ない。
「はい。じゃあ、俺でよかったらよろしくお願い致します」
「こちらこそ、ハジメさん。改めてよろしくお願い致しますね」
白鳥さんと、握手をする。


「ふんふ~ん」
ビジネススーツに映える長身でスタイルがいい女性。
文化祭の時に可愛い女の子をスカウトしていた小日向の事務所の人だ。
車の鍵をくるくる回して、かなり上機嫌そうだったが。
新しい読者モデルをスカウトするために出掛けていたが、何の成果も得られずに帰って来た。
無駄死にだ。
ダイヤの原石になれるような娘がいなくて、死ぬほど不作でも機嫌がいいのはいつものことである。
スカウトはそれだけ難しいのだ。
彼女が戻ってきても、誰も気にしていなかった。
ハジメが、書類にサインをしている。
「白鳥、何してるのさ?」
「あら。お帰り。ハジメさんが私達の事務所の所属になったからよろしくね」
「……お前は悪魔か」
白鳥は笑顔で、何も知らない学生を型に嵌めていた。
白鳥は、利益を追求する仕事の鬼だ。
どうやってハジメを落としたのかは分からないが、彼を会社の利益の為に利用しようとしているのは明確である。
風夏のように手放しで誰かを愛してくれる人間は稀だ。
利用出来て、利益があるから人間関係が続いていく。
まあ、会社とはお金を稼がないと死ぬ生き物だから、仕方ないことではあるが。
「ハジメちゃん、このおばさんが信用出来なくなったらいつでも辞めていいからね」
「おばさんはないでしょう、おばさんは……」
「純粋無垢な年下男子を利用しようとする人間に言われたくないわ」
二人でバチバチしていた。
どっからどう見ても、犬猿の仲なのである。
「サインしたんなら、風夏ちゃんの撮影を見に行かない?」
ハジメの腕を掴んで連れ回す。
「白鳥さんは、いいんですか?」
「いいの、いいの。あいつは書類を纏めさせとけば。あれがあやつの仕事だし」


連れ回されて、小日向の撮影を見学していた。
制服コーデ。
いつもとは違う制服姿の小日向は新鮮である。
何着も制服を変えながら、撮影していく。
読者モデルだけあり、ブレザーもセーラー服どちらも似合うものだ。
小日向の黒髪がとても綺麗である。
清純派アイドルとはいかないまでも、口を閉じていればそれなりに通用するだろう。
カメラを通した彼女は、何よりも美しい。
「あ! ハジメちゃん!!」
小日向は、こちらに気付いて元気よく手を振っていた。
あの馬鹿。
いや、今は撮影中だろ。
自分の事務所での撮影とはいえ、自由過ぎる。
流石に、こちらには駆け寄ってこないようだ。
遠巻きに見ていた。
「前にも撮影したことあるでしょ? せっかく事務所に入ったわけだし撮影していく?」
「え? 俺は男ですけど……?」
「新学期用の制服コーデの撮影だから、制服姿の男の子も必要でしょ?」
「クソダサ野郎が居ても意味がないような気がしますが……」
「可愛いは作れる」
「え?」
「可愛いは作れるから大丈夫」
暴論。
格好いい体で、セリフを決めている。
いや、だから俺は男なんだけど……。
意味わかんねぇ。
ポジティブ過ぎる。


スタッフ全員に追い剥ぎされて、私服から制服に着替えさせられていた。
髪型のセットや男性用の化粧をして、小日向のところに放り投げられる。
いや、事務所と契約したとはいえ、俺がやりたいのはサークル活動なんだけど。
読者モデルには興味がない。
無に近付いている俺とは違い、小日向はわくわくしている。
「その制服、いつものハジメちゃんと違っていいねぇ!」 
「俺の制服姿でテンション上がるのはお前くらいだろ……」
「私のスマホで写真撮っていい?」
「いや、撮影用の一眼レフカメラでいいじゃん……」
何でお前は、プライベートの写真を撮ろうとするんだよ。
仕事を私物化するなよ。
俺がいると駄目だな、こいつ。
学校の時みたいに自由気ままに動き回るから、他のスタッフさんが迷惑してそうだった。
好き勝手する小日向を嗜めつつ、ちゃんと仕事をするように誘導する。
やばい、妹の陽菜の世話をしているような気がしてきた。
「んで、俺はどうすればいいんだ?」
「はい。リュック持って」
小日向から、でかいリュックサックを受け取る。
学校の女子がよく持っているような黒色のやつである。
女子の間で流行っている人気の限定デザインらしいが、俺には黒色で地味なリュックにしか見えない。
アウトドアショップに並んでいるやつと違うのか?
「メーカー別にいっぱい種類があるから、好きなものがあったら選んでいいからね」
スタッフの人が色々持って来てくれる。
だから、違いが分からない。
運動部の三馬鹿はこのメーカーのリュックを使っていたか。
こっちは一条が使っていたはずだ。
「これとかどうだ?」
「あ、それは陽キャ用だから……」
いきなり冷静になるな。
完全否定。
……それなら何で聞いたんだよ。
俺を怒らせる天才かよ。
小日向は、あーだこーだ言いながら、リュック一つ選ぶのでさえも時間が掛かる。
それからも小日向は撮影の間に無駄に絡んできたりして、話が進まない。
楽しく仕事をする。
そう言った意味では、のびのびとしているのか。
普段から一緒に居たとしても、適度な距離があった。
小日向の全てを知っている気でいたが、そうじゃなかった。
分からなかったこともある。
そう。
どんなに近い間柄であっても、簡単に分かるもんじゃない。

小日向なんかと、仕事が出来るか!
どんどん行くよー。
こいつ、うぜぇ。


「あー、楽しかった」
それから数時間後。
事務所から出て表通りを歩いていた。
制服コーデの撮影を終えて、俺達は二人で帰る。
渋谷の道を歩いていると、いつものように小日向が前を進んでいく。
「あんまり離れるなよ」
「えー、そんなことないよ。大丈夫だよ」
「……俺が心配なんだよ」
「ハジメちゃんハジメちゃん。どういうことかな??」
猛ダッシュで戻ってくるなよ。
ポツリと呟いた一言を地獄耳で拾ってくる。
深い意味はないけれど、俺と小日向では性格的に恋人らしいことも出来ないんだから、多少は気にするだろう。
それに、女性に車道側を歩かせないようにするのは、男としては普通だ。
当然のことをしているだけだ。
ぬりぬり。
小日向は、リップクリームを塗り始める。
「チャンス!?」
馬鹿なの?
いや、馬鹿だったわ。
チャンスタイム到来。
じゃないわ。
どこにそんな雰囲気が流れていたんだよ。
渋谷でいきなりロマンチックな空気になるものじゃない。
……秋月さんのせい。
じゃなくて、バレンタインの一件以来、よんいち組はキスを意識しまくっている。
俺に察して欲しいオーラを出しているが、無理難題である。
この機会を逃さない。
謎の覚悟を見せる小日向は、道の真ん中からテコでも動かなくなる。
「チューするの!」
「何で、道の真ん中でキスをするんだよ」
「このままだと、駅に着いちゃうもんっ!」
それでいいんだよ。
変なことをせずに家に帰してくれ。
こちとら、小日向の為にイラストを投げ出してきたので、平穏なまま夜を迎えたいのだ。
今日が特別な日じゃなくてもいいだろうに。
「やだやだ!」
「小日向、わがまま言わないの」
「何だって、次なんてないもん」
次はない。
次はないんだよ。
昔、誰かに聞いた言葉だ。
小日向とは、キスをする間柄ではない。
そもそも、異性として見ていない気もする。
ずっと好きと言ってもらったけれど、好きとか可愛いとか彼氏らしいことを言ってあげる機会はなかった。
仕事仲間。
パートナー。
イラスト仲間。
なんにしても、恋人と言えるものではない。
それが俺達の世界だった。
「それでも、キスは出来ない」
「私が好きじゃないから?」
頭が割れそうだ。
「違う! ……怒鳴ってすまん。多分、まだ早すぎるんだ」
自分だけがまだ、その土俵に立っていない。
だから、キスは出来ないのだ。
純粋に好きと言ってあげられない。
小日向は静かに笑う。
「そっか。そうだよね、まだ早いよね……」
何時になったら、この恋は始まるのだろう。
何時になったら、この想いは報われるのか。
どれだけ自分を我慢すれば、好きになってくれるのか。
「すまない」
小日向の手を握り、頭を垂れる。
手の甲にキスをする。
「ハジメちゃん」
「俺のせいで、いつも負担をかけている。……不甲斐ない人間ですまない。これが俺の限界なんだ」
小日向の唇にキスは出来ない。
女の子として純粋に好きか分からないのに、そんなことは出来ない。
大切な存在だからこそ、簡単には選べない。
小日向のことになると、いつも運命が急激に変わっていく。
世界が一変していく。
自分が死んで生まれ変わるくらいに、見える景色は変わってしまう。
だから、怖いのだ。


「ううん。私が無理を言っているの。誰かを好きになるって分からないから、こんなことで不安になる私が悪いの」
「そんなことは……」
「こんなに愛されているのに、何で不安なんだろ」
それが人間だから。
欲望も愛情も永遠に満たされることはない。
生きている限り、付き合わなければならない感情だ。
もしも、俺達が普通に出会って好きになっていれば、小日向に辛い思いをさせなかったのか。
いや、俺達みたいなやつは、こうでもしないと、この場所に立っていなかったはずだ。
小学生でも中学でも。
高校一年の時に出会っていたとしても、赤の他人だっただろう。
廊下ですれ違うだけの人間だったはずだ。
世界は偶然で必然で、運命によって動いている。
神様だって、こんな物語になるとは思っていなかったはずだ。
俺達は悩みながら頑張ったから、この道を勝ち取ったのだ。
脆くて壊れそうな心を支え合っていたから、大切な人達に囲まれている。
「小日向は、俺が居ないと直ぐに不安になるよな」
「ハジメちゃんが好きなんだもん」
「そうか」
「でも、嬉しい。何であれ、私のファーストキスはハジメちゃんだもん」
自分の手をそっと胸に寄せる。
彼女の中で、大切な思い出になっていく。
一生忘れることはない。
この恋の気持ちは、魂に刻まれていく。
そうか。
今は手の甲だけれども。
いつかはちゃんと、彼女と向き合ってキスをしないといけないのだろう。
……その時はいつなのか。
答えは出てこない。
小日向の心は赤く輝く。
ルビー色の純愛。
妖精の贈り物である。
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