この恋は始まらない

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第五十一話・好きな気持ちは全力で!そのいち。

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眠い。
朝起きたばかりのリビング。
眠気が覚ますために顔を洗い、朝食を済ませていた。
春休みは終わり、今日から新学期が始まる。
朝一から学校に通う準備をする陽菜を見ながら、コーヒーを飲む。
バタバタしているけど、別に初日は授業があるわけでもないのだから、鞄に教科書やノートはいらないだろう。
「いそがしす。いそがしす」
陽菜は、リビングを行ったり来たりしながら、ドタバタと音を立てている。
あと、詰める作業は自分の部屋でやってくれ。
普通に邪魔でしかない。
優雅な時間をぶち壊されていた。
俺の意見は聞き入れてもらえないので、静かにしていた。
「陽菜ちゃん、これ忘れているよ」
秋月さんは筆箱を手渡す。
さも当然にいる秋月さんであった。
いや、貴方に関しては、たまには家に帰ってください?
秋月さんは、昨日の昼に学校の準備をするって言ってサラッと家に帰っていた。
それなのに、昼に出ていって夕方に戻ってきた。
いや、準備するって、制服を取りに行ってきただけなんかい。
結局、春休みずっと東山家に居着いていた。
ほぼ東山家で寝食共にしているので、毎朝一緒に過ごしているのだった。
何か最近は完全にうちの娘になっていて、俺より家族しているのが怖いけど。
まあ、秋月さん一人で過ごすよりかはいい。
両親も娘が出来たかのように嬉しそうにしているし。
家事手伝いも全部こなしてくれていて、買い出しもするし、料理も振る舞ってくれる。
なんか、実子である俺と陽菜の立場がなくなっていた。
いや、俺は手伝っていない時は遊んでいないし、ちゃんと仕事しているぞ。
自分の部屋では絵を描いて、仕事の日には渋谷に行っていた。
それに、読者モデルの給料は全額親に納めている。
食べ盛りの子供が三人も居れば、どうしても金がかかるのは知っているからだ。

陽菜がバタバタしているから、そっちに目がいってしまう。
しかし、みんなが知りたいのは秋月さんのことだろう。
小さいガキより、大人の女性だ。
付き合いが長過ぎて、今更過ぎる感想だけど、秋月さんの制服姿は偉大である。
あんなにも見慣れているのに、何度見ても見飽きない。
秋月さんの制服姿は、めちゃくちゃ似合っていて、完璧に大人の女性である。
制服のピシッとした堅苦しさが、秋月さんのスラッとした身長とスタイルの良さを引き立たせてくれていた。
胸元から腰までの制服のラインが綺麗である。
三年生になっただけあってか、余計に様になる。
魅力的な姿は、陽菜がどんなに頑張っても真似出来ないだろう。
テンプレートの妹だけあり、幼児体型で背も低い。
カタログスペックからしても、ゴミカスだからな。
陽菜は、大人らしさなんて無縁の存在だ。
アホ面をしていて、口を開けっ放しである。
妹だから甘々の採点をしているが、それでも中の下レベルだ。
それでも我が子は可愛い。
親父も母親も、陽菜を溺愛しているので、可愛い可愛いと持て囃す。
秋月さんも妹のように陽菜を可愛がっているわけだ。
制服姿を褒めているが。
あ、このコーヒー苦いな。
くっそ興味ない俺だった。


「ね~。お兄ちゃん、待ってよ~」
陽菜が後を追ってくる。
すみません。
家から出たら、赤の他人でお願い致します。
そういうの嫌なので。
外で陽菜からうざ絡みされると、シスコンと勘違いされるではないか。
駅前から初台高校に繋がる通学路に入ると、他の生徒も沢山いるわけであり、直接的な関わりはなかろうと世間体は気にするものだ。
あと、妹は嫌いだ。
「陽菜ちゃん、嬉しそうだね」
「地獄だな」
「まあ、東山くんからしたらそうかも知れないけど……」
これから一年間、学校でこいつが付きまとってくるかと思うと、普通に地獄だ。
平穏な高校生活が脅かされていた。
「陽菜ちゃん云々関係なく、平穏なんて元々ないと思うよ?」
そうっすね。
小日向と出会ったのが運の尽きだ。
春休みが終わり、騒がしい日々が戻ってくる。
今年も問題児どもと同じクラスなんて、地獄である。
秋月さんからしたら、毎日が賑やかな方が嬉しいようだけど。
「陽菜が居たら、二人で登校出来ないし、寂しいんじゃないんですか?」
「そうかもね。でも、陽菜ちゃんはお兄ちゃん大好きだもの」
「え、俺は嫌いだが……」
「話がややこしくなるから、それ以上は言わないでね」
強めに静止された。
にこやかに微笑むけど、怖かった。
はえ~、母親譲りの眼力である。
悪影響受けまくりだった。


三人で歩きながら学校に到着すると、新入生の多くが校門でたむろしていた。
みんなで集まって、人だかりが出来ている。
この学校で人が集まる状況は一つしかない。
うわ。
嫌な予感しかしないのだった。
「ぜったいに、あいつだよな……?」
「あからさまに嫌な顔をしないであげて」
俺がそんな顔をするやつは、小日向くらいである。
まあ、初台高校で人だかりが出来るほどの有名人は、小日向だけだ。
というのか、何で校門にいるのか。
読者モデルといえど、一般人からしたらアイドルと変わらない。
見た目もさることながら、身に纏うオーラが違うのだ。
外に出れば、自ずと目立つ。
「やーやー」
「なにしてるんだ?」
人混みを掻き分けて小日向のところに行くと、何故か白鷺と萌花も居た。
「ハジメちゃん達を待ってたんだよ。ほら、教室に入るのはみんな一緒がいいかなって」
「ほーん」
乾いた返事をする。
その瞬間、
拳と蹴りが同時に飛んできた。
え、一人は分かるけど、もう一人は誰!?
「ファンの子じゃね?」
「いま、ファンに蹴り飛ばされたの??」

新入生ちゃん?!
内角鋭めの蹴りが飛んできたんですけど!?

小日向に塩対応したら、ファンから怒りの蹴りが飛んでくるとは思ってもみなかった。
前々から、俺のファンは、俺に対してかなり手厳しい。
ことあるごとに、風夏ちゃんに優しくしてあげなさいと言われているが、無理難題である。
こいつ、赤ちゃんだぞ?
甘やかしたら付け上がるだけだ。
ただでさえ最近ベタベタしてくるのだから、適度な距離感は必要だ。
多少冷たくして、帳尻を合わせているのである。
この子には、年頃の女の子である自覚を持ってほしい。
小日向の性格上、好きな人に対して、ベタベタして甘えてくるのは普通であり、その気持ちは分からなくもない。
でも、身体が密着するゼロ距離にいられたら困る。
小日向のことを正当な評価をするのは癪だが、読者モデルだから整った顔立ちに黒い瞳。
お人形みたく顔が小さくて、太陽の光が透き通るようなサラサラした黒い長髪からは、女の子っぽい甘い匂いがする。
そんなやつが、いつも隣にいると流石の俺でも意識してしまう。
一応、女の子だからな。

それにまあ、暑苦しいし。
声でかいし。
動き回るから身体がぶつかって痛いし。
それはともかく、殴り飛ばしたやつの正体は、やっぱり萌花だった。
殴り飛ばした理由は、特にないらしい。
萌花は優しくしてほしい。
「とりま、騒がしいから教室に向かうっしょ」
「ああ、そうだな」
このまま校門に居たら、俺までファンの子に捕まってサインを描くことになるし、もっと収集が着かなくなる。
騒がしいのに気付いて、先生がやってくる前に移動した方がいい。
小日向のサインを切り上げさせる。
ファンの子には悪いが、あくまで高校にいる間は、俺達はただの学生である。
見せたくない顔もあり、友達のプライバシーもあるので、学校では深く踏み込んで欲しくはない。
新入生だからこそ、中学生から高校生に上がり、初めて最推しの小日向風夏に出会えて嬉しいのかも知れない。
ファンならば、好きだって言いたいし、応援していると言いたいし、一言だけでも話がしたいだろう。
どれだけ本気で名残惜しそうにしていても、譲歩することは出来ない。
断固として断る。
「学校に居る間は俺達の大切な時間だから、すまない」
俺が代わりに謝っておく。
小日向は絶対にファンの期待は裏切らない。
こいつが、ファンの挨拶を断るところを見たことないのだ。
器用貧乏なこの子は、学校まで読者モデルの顔をしていたら、ストレスマッハで暴れ回る。
小日向は、そんなに強いやつじゃないのだ。
よく笑い泣きする感受性が高い子供でしかなく、人の影響を受けやすい。
買い物をしてストレス発散はしているだろうが、それだけでは身体がもたないだろう。
少しでも過ごしやすいように、一番距離が近い人間が気を配ってやり、小日向の為に断ることが俺の役目である。
ファンの子も理解してくれたのか、優しく微笑する。
「ハジメさん。風夏ちゃんのことが、本当に大切なんですね」
「いや、それはない」
名も無きファンから、飛び蹴りが飛んできた。
なんでや!
悪いことしてないやろ!?


校門から下駄箱前に移動して、掲示板を見る。
新入生の陽菜がいるので、取り敢えずはクラス分けを確認をする。
張り紙を確認して、陽菜の名前を探すわけだ。
陽菜の幼馴染の絵理ちゃんも、同じ高校を選んでいたらしく、合流して二人して手を繋いで紙を見に行っていた。

「……あの子は?」
萌花は聞いてくる。
「陽菜の幼馴染の絵理ちゃんだな。幼稚園から親友だから、十年くらいの付き合いがあるのかな?」
絵理ちゃんは、陽菜とは違い真面目な優しい子で、昔はよく家に遊びに来ていたんだが、最近は自分のことが忙しくて会う機会が減っていた。
昔はよく遊んであげていたし、俺のことをお兄ちゃんと言って慕ってくれていたから、俺からしたら可愛い妹みたいなものである。
家族ぐるみでバーベキューもしたことあるし、よく知っている。
「サラッと化物投下してくるな」
「何で!?」
絵理ちゃん。
めっちゃ、いい子やん。
さっきまで女の子同士で楽しそうに会話してたじゃん。
「れーなは知ってたん?」
「絵理ちゃん? たまに遊ぶ仲だけど……。可愛くて素直ないい子だよ?」
三人は仲良しだった。
陽菜経由で仲良くなって、たまの休日には一緒にショッピングに行っていた。
プライベートでは陽菜や絵理ちゃんに勉強を教えているから、絵理ちゃんからしても秋月さんはいいお姉さんであった。
「こいつもそこらへんガバガバだったわ」
唐突にクソディスられる秋月麗奈さんである。
「ええ……、別に普通に仲良いだけだけど……」
「こいつの周りは、可愛い女の子しかいないのか!」
何故か俺まで怒られる。
ええ、別に何もしてないのに。
小日向も白鷺も終始無言である。
「よく分からんけど。普通に考えて、お前らのが何倍も可愛いじゃん。気にするか? 普通??」
…………?
四人に蹴り飛ばされた。
痛ぇよ。
何でちゃんとした言葉で彼女を褒めて、どつかれるんだよ。
あと、萌花は通常の三倍くらい威力高いのやめて。
蹴られた真意は分からないけど、不幸だわ。


それからしばらくして、陽菜と絵理ちゃんが戻ってくる。
嬉しそうにやってくるあたり、いい知らせのようだ。
「お兄ちゃん、絵理ちゃんと一緒のクラスだった!」
「へぇ、そうか。よかったな」

「陽菜ちゃんと一緒でした」
「絵理ちゃん、こんな愚妹ですまないが、引き続きよろしく頼むね」
ゴミカスの親友してもらって心底申し訳ないので、深く頭を下げる。

「陽菜の時と反応が違いすぎる!」
……知らんがな。
妹に気を遣う兄なんていないわ。
ぎゃあぎゃあ五月蝿い妹である。
それを宥める絵理ちゃんが可愛そうだ。
片手で陽菜の動きを塞き止めつつ、話を続ける。
「先輩面するつもりはないけど、何か困ったことがあったら、遠慮なく頼っていいからね」
「はい! ありがとうございます」
世話を焼きたくなる良い笑顔である。
幼稚園の時から知っている娘が、いつの間にか成長して高校生になったと思うと考え深い。
小さい頃は陽菜の後ろに隠れるくらいに、引っ込み思案の性格だったのに、今は人見知りせずに俺に笑顔を見せてくれる。
「……」
「……」
「……」
「……」
うちの奴らは、いい話をしている後ろから、俺に殺気を飛ばしてくるのやめて。
何もないんだよ。
まじで。


陽菜達と別れて、俺達の教室にたどり着くと、まだ時間があるのにみんな集まっていた。
扉を開けた瞬間。
……地獄かな。
三馬鹿がお出迎えしてくれる。
「帰れ」
「出会って五秒でバトル!?」
コンマゼロ秒でツッコミすんな。
その頭の回転率を勉強に活かしてくれ。
それに、俺が嫌がっていて当たり前だ。
お前ら嫌い。
最初から好感度マイナススタートなんだから、仕方ないだろう。
一年間またお前らの勉強を見る俺の気持ちにもなってくれ。
女の子に勉強教えて、羨ましそうに見えるのは漫画やアニメの世界だけだ。
実際には、勉強嫌いで理解度や点数が上がらないやつらをどうやったら好きになってもらい、点数に反映させることが出来るのか。
中間テスト、期末テストと、一日も無駄には出来ない勉強をこなすデスワークだ。
しかも先生も俺に期待しているという名の丸投げをしてきているので、実質俺だけが三馬鹿の責任を負わされていた。
先生よ、俺はそこまで責任取らないといけないの?
こいつら、モブやぞ??
もっと勉強を教えてあげたい彼女がいるんですけど??
そんな中で教えている。
勉強系ラブコメみたいに、俺と勉強するのを嫌がっていい身分ではないのだ。
まじで三馬鹿に費やしている時間が無駄なんだよ。
だから、飴と鞭は容赦なく飛ばす。
三人を安定して平均点が取れるようにするのが俺達の最終目標であり、望みだった。
そうすれば俺もお役御免だ。
春休みにかなり仲良くなった橘さんは、申し訳なさそうにしていた。
まあ、橘さんは勉強苦手だが勉強の課題をサボる人じゃないし、不満はない。
しかし、残りの出涸らし二人は、俺に邪険にされて騒ぎ立てる。
「優しくしろ」
「優しくしろ」
赤ちゃんかよ。
バブバブ言っているようにしか聞こえなかった。
はあ、暇じゃないんだが。
小日向は久しぶりに会ったみんなに挨拶をする。
「やーやー、三年生もよろしくね」
「風夏ちゃん。よろしくね」
「よろしく」
「ふうちゃん、よろ。……東っちも、これくらい優しくしてや」
俺を指差すな。
礼儀もクソもない奴等め。
今度指先を向けたら、容赦なく指をへし折るぞ。
誰かに優しくしてもらえるのは、元々優しいやつだからである。
だから三馬鹿、お前は駄目だ。
小日向は聖人君子だし、分け隔てなくクラスメートと話せるタイプだからいいが、俺はそうじゃない。
疲れる。
「お前らは成長しないな……」
陸上部だけあり、走り回る以外は興味ないのか。
小学生並みの思考回路をしていた。
「ほらさ、春休みは長かったのだから、何かしら。……あ、ごめん」
こいつらマックで駄弁っているだけの春休みだったみたいだ。
空気感がそれを発していた。
俺達は訳分かんないくらいに色々な人に挨拶して、大変な毎日を送っていたのに、三馬鹿は遊んで食っちゃ寝していたのか。
いいご身分だな。
いや、それが普通の高校生なのかも知れない。
「お前みたいなリア充に、わたし達の気持ちが分かるかっ!」
切れんなよ。
別に批判しているわけではない。
俺だって一人でぐうたらしたい日はあるさ。
「東っちは、可愛い彼女とデートできて、さぞ充実した春休みだったのでしょうね!」
「まあ、そうだな」
うん、普通に楽しかった。
学校以外の環境を知ることで見たことがない、色々な顔が見れたし。
「こいつ無敵かよ!?」
「剣で斬りかかってきたら、人は血を流すって知ってるだろうがよぉ!!」
意味わかんねぇよ。
そのテンションは何なんだよ。
新学期初日からイカれていやがる。
可愛い女の子とデートするのが死ぬほど羨ましいのは分かるが、俺にキレられても困る。
何だろう。
あれだ、あれ。
疲れたから席に座りたい。
それしか考えていない。
ああ、すまないが、三馬鹿の会話には興味がなさ過ぎるのだ。
「で、どこまでいったん? キスしたん? キス」
「野郎にセクハラすんな」
「春休み終わったら、彼女と仲良さそうで、余裕綽々な態度をしていたら気になるじゃんかよぉ!?」
「疲れてるだけだよ! はよ、道を通せや!」
何のテンションだよ。
春休みと何度も言っていたが、実際には昨日まで普通に事務所で仕事をしていた。
読者モデルの仕事の関係で、春から夏に移り変わり、事務所は慌ただしかった。
俺が手伝えることは、パソコンでの画像編集ばかりで、連絡をもらった日はモデルの仕事ではなく事務員と化していたが、それ相応の給料を貰っているので構わない。
昼御飯の買い出しに行ったり、力仕事をしたり。
読者モデルの事務所故に、男手が足りず、肉体労働で疲れることも多いが、写真を撮られて給料を貰うよりかはいい。
頼られる分には、悪くないのだから。
「通すか!」
「いや、通せや!」
何で、俺の邪魔するんだよ!
俺のこと好き過ぎかよ!!
すまんが、俺は大っ嫌いです。

流石に長いので、萌花が止めてくれる。
「三人とも、人の彼氏に絡みすぎ」
「なんか、ごめんね」
「しゅみません」
「さーせん……」
萌花は、三馬鹿特効キャラだけあってか、一言物申すだけで静かになる。
三馬鹿で一緒くたにされて、橘さんは完全に被害者だけど、萌花は秋葉原の一件は知らないし、まあ話がややこしくなるから誰も口は挟まない。
萌花も頭がいいから、何となくは察していそうだった。
「それでさ、もえぴは春休みはなにしてたのさ?」
「……お前ら、反省の色が見えねえな」
人の彼女をキレさせんなよ。
俺も萌花の特効キャラだから、止められねえぞ。
三馬鹿はもえぴのオーラに気圧されていた。
少し後ずさる。
よし、通り道が開いたから、席まで逃げよう。
「お前もサラッと逃げるな。そういう慣れはいらないんだよ」
ネコみたいに首根っこを掴まれた。
やだぁ。
助けて。
何で、俺が被害を受けるんだよ。
何もしていないじゃん。
新学期の初日から、みんな俺に容赦がないのは何故なんだ。


神視点。
ホームルームが始まると、先生がやってきて三年生になった全員に向けて挨拶をする。
その後は体育館で校長先生からの長めの拷問を聞き、校歌をみんなで歌ったりという一般的な流れを踏んで、教室に戻ってきた。
流石に初日から授業はないため、その代わりと言っては何ではあるが、親睦を深める為に生徒達の自己紹介を行うのだった。
「……いや、自己紹介も何も、俺達のクラスはメンバー変わらないだろう……?」
陰キャの東山ハジメでも、この状況にツッコミを入れざるを得なかった。
一年間ずっと居たメンツを前に、どんなノリで自己紹介をするのだ。
教卓には進行役として三馬鹿の一人が、我が物顔で居た。
胸を張っていて、隣で座って見ている先生よりも態度がでかい。
身を乗り出して、神聖な教卓に寄り掛かっていた。
「ちっち、一年間あれば人は変わるでしょ? 三年生になって、改めて自己紹介をすることに意味はあるよ! あるんだよ!!」
うるさい。
耳が壊れてしまう。
「何でお前が教卓の前に立っているんだよ」
「だって、いいんちょだからね」
「……クラスの恥だな」
即座にディスるハジメであった。
理数系だけあってか、クラスで優秀な奴は多い。
適役者が数名いる中で、何故にこいつがクラス委員なのか。
いや、二年生の最初はやりたいやつが勝手にクラス委員をやっていたか。
軽い気持ちで選挙して、この馬鹿に投票した俺達が悪かったことに気付く。
これが投票の重要性か。
それでも、こいつは悪いやつではない。
ちゃんとクラス委員の職務はやっていたし、問題を起こしている様子もない。
勉強出来ないし、思ったことを直ぐに口にするが故に性格に難ありだが、委員長としての仕事はちゃんとこなしていた。
皆が忘れている設定だったが、勉強が苦手な割には英語はペラペラであり、その点では優秀なのかも知れない。
「いいんちょに逆らうやつは、みんなギルティだからね。ペナルティを課すから注意してね」
ブーイングが起こり、物を投げ付けられる。
流石に物を投げるわけにはいかないので、比喩的表現ではあるが、それくらいの気分で批判を食らっていた。
馬鹿に権力を持たせてはいけない。
私利私欲の為に使用する、典型的なタイプであった。
「……はあはあ、わたしは自分を曲げないからね!」
あれだけディスられていたのに、メンタル強すぎ。
今すぐにでも引き摺り下ろされそうな権力にすがり、教卓を抱き抱えていた。
「異論は受け入れない! ぜったいに、自己紹介をするんだからね! 自分の名前、好きなもの、恋人の有無と居る人は好きなところを上げて!!」
最後の二つはいらない。
彼氏がいない人間が何故、そんな苦行を提案し、歩もうとするのか。
それは、神のみぞ知る。
「中野ひふみ。好きなものはファミチキ。恋人はいません! 理解のある彼くん募集中です!!」
どんッ!
やり遂げた顔をするな。
中野ひふみは、これまた誇らしげにしていたが、ツッコミどころが多過ぎて、渋滞していた。
個性の玉突き事故である。
「あの……訳分かんないです……」
「やっぱ恋は攻めてこそよね!」
だから、一人で五等分するな。
いや、一二三は縁起がいい名前だから馬鹿には出来ないのだった。
自信満々に話すのを誰も止めない。
先生は、ホームルームの時間は生徒の自主性に任せているため、一切の口を挟まない。
黙々とスマホをいじっているけど、放置していないだろうか。
「じゃあ、あいうえお順ね! あ行だから、最初は秋月麗奈ちゃんね」
「ーー何で私なのよ!!」
当然の流れの如く、麗虐になっていた。
先陣は、麗奈が行く。
流石の秋月麗奈も、今回ばかりは絶句していた。
一番ヤバい人間の自己紹介が出オチなのは、それはそれでインパクトがあった。
「こほん、秋月麗奈。好きなものは甘いものです」
「……東山くんでしょ」
「東っちだろ」
「ハジメちゃんでしょ」
この女どもが。
人が話している最中に、ヤジを飛ばすな。
だから、麗奈は嫌だったのだ。
最初の一人目から全力で殴り付けてくるのはおかしいだろうが。
そもそも好きなもので、彼氏をあげる女の子はやばい。
流石の麗奈でも、女性としての礼節は持ち合わせていた。
他の女の子がハジメにぐいぐい来る分、麗奈だけは出来た彼女として距離を置いて、冷静な立ち振舞いをしたいと思っていたのだ。
ハジメママみたいな、家族を愛している出来た女性が麗奈の理想像であった。
「擬態型かぁ~?」
「今、擬態型言ったのだれ?」
麗奈ちゃんは、ブチ切れていた。
可愛い女の子になろうと、頑張っているのに、そんな失礼なことを言うやつはぶち殺されても仕方がない。
ホラー映画ばりの眼光である。
くそこわ。
目が合った男女はドン引きである。
発狂ゲージを上げてくるな。
野次を飛ばした犯人らしきやつは、ぷるぷる震えていた。
目覚めさせてはいけない者を目覚めさせてしまった。
みんな、麗奈に色々言っていたから、誰か一人を咎めるつもりもないけれど、この自己紹介は誰も得しねぇやん。
そう思っていた。
麗奈と親しい人間は、ブチ切れていた彼女を宥める。
ハジメ含め、何とか頑張って落ち着かせた。
「まあまあ、麗奈ちゃん。彼氏の好きなところを教えてよ?」
お前に関しては、さも平然と自己紹介を続けようとするなよ。
中野ひふみは、クラス委員としての責務を全うする。
自己紹介にかこつけて、可愛い女の子の恋バナが聞きたい。
春休みに二人の間で何があったのかは知らないが、少しでも恋バナを聞き出したかったのだ。
あと、よんいち組の女の子が照れている姿を見たい。
可愛い女の子のエロい姿を見たい。
クラス委員としての権力を振りかざし、間接的にセクハラが出来る、絶好の機会だった。
勿論、真意はみんなにバレており、あとで全員にしばかれることになるが、今だけは元気だった。
「……東山くんの好きなところ?」
麗奈はキョトンとした顔で聞き直す。
いつも一緒に居て、近過ぎてあまり考えたことがなかったのか、思い浮かんでいなかった。
ひふみは、慌ててフォローする。
「ほら、顔とか……ううん、違うな。えっと勉強は……鬼スパルタだし、運動神経はミジンコで性格はクソゴミだけど……。うん、好きな人なら好きなところの一つくらいはあるでしょ?」
秒で諦めんなよ。
フォローしてないどころか、ボロクソ言っていた。
長年の付き合いだったり、恋人補正がない相手からの評価などそんなものなのは理解していたが、ハジメの殺意が高まる。
「あ、でも、最近はそんなところも可愛いって言うか……」
「ダメ男にドハマりした人みたいな微笑みはちょっと……」
殺すぞ。
ハジメに対する扱いが雑であった。
駄目な子ほど可愛い。
ハジメにだって良いところはあるし、悪いところを知っているのは付き合いが深くないと分からないことだ。
それこそ、ハジメの魅力とは、家族絡みで付き合いがある人間にしか分からない部分ばかりだった。
同棲中のカップルみたいなそんな些細な部分の惚気話を話す機会はなく、溜まりにたまっていた。
恋愛脳の麗奈に振っていい話題ではない。
饒舌に話を始める。
流石、ハジメちゃん大好き三本指だ。
狂おしいほどに好き。
狂おしいというか、狂っていた。
ええ……、愛が怖いわ。
目がいかれている。
数分間、誰もツッコミを入れなかった。
麗奈がハジメの家にお邪魔しているのは全体周知だったが、お世話になっている東山家の話題を教室で話すのはクレイジー過ぎる。
やっぱり秋月麗奈は、クソおもしれぇ女だ。
ハジメちゃんが好き過ぎて、ハジメママ化が進行していた。
周りが見えないタイプだ。
彼ピは、無になっている。
「……俺だけを殺す話題かよ」
完全に自己紹介じゃなく、事故紹介だ。
またはハジメちゃん紹介。
プライベートの恥ずかしい部分を惜しげもなく晒されていた。
母親が休みの日の息子の私生活を、彼女に語るのと変わらない。
だから、一人目でこれはおかしいだろうが。
何故に新学期初日からこれほどまでに容赦がないのだ。
平然と静寂を望んでいた陰キャからしたら、ただの地獄だ。
それに、この地獄は始まったばかりだ。
秋月麗奈はまだ、『分別が付く方』の彼女という事実に、ハジメは震えていた。
隣の隣の席の女は、好感度が五億のインフレキャラがいるのだ。
元気よさそうに自分の番が来るのをそわそわしながら待っている小日向風夏ちゃん。
目に見えた死亡フラグであった。


名前順から自己紹介は進み。
一条や黒川さんも好きなところを上げる辱しめを受けてはいたが、クラスのみんなから祝福されているので、まあ野次と思えば致命傷ではないだろう。
どこまでいっても、麗奈よりはマシになっていた。
小日向風夏の番が回ってくる。
椅子から立ち上がり、手を上げる。
「はいはい! みんな知っていると思うけど、世界一可愛い読者モデルの小日向風夏です! よろしくね!!」
誰もツッコミをしない。
そういうやつなのは一年間を通して知れ渡っているし、このテンションの高さは序章でしかない。

「好きなものは、ね。きゃ、ハジメちゃん!!」
流石、小日向風夏ちゃんだけあってか、恥ずかしがる姿も超絶可愛い。
乙女らしく頬を赤らめ、口元を緩ませていた。
幸せそうな風夏ちゃんを見ていると、誰だってほっこりするものだ。
はえ~、可愛い。
普通の男子からしたら、こんな可愛い女の子に好きって言ってもらいたい人生を歩みたかったはずだ。
人生でどれだけ徳を積めば、読者モデルと付き合えるかなんて分からない。
クラスメートは、死ぬほどハジメが羨ましいわけだ。
しかし、隣の隣の席の男は、能天気にはしゃいでいるアホに殺意が満ち満ちていた。
付き合いが長い仲良しといえば聞こえがいいだろうが、爆弾片手に話しているようなものだ。
ハジメは、好き勝手に話している風夏にイラついていた。
風夏の自己紹介は、麗奈の時とやっていることは同じであっても、ハジメの心境としては天と地の差があった。
この態度の違いは、別に風夏を彼女として無下にしているとか、嫌いというわけではない。
単純に、よんいち組の中でも風夏は特別な存在で、逆方向で信頼関係を結んでいたからである。
ハジメは、風夏のことであまり目立ちたくはない。
他のやつが変なことをやって目立ったとしても、ハジメが直接ダメージを喰らうだけだが、小日向風夏が同じことをすると、SNSなどを通じて風夏のイメージを損ねることになるのだ。
女の子受けのモデルでも、悪評があれば人気は直ぐに低迷しやすく、世間の風当たりは厳しい。
自分のことを好きなのは有り難いが、あくまで読者モデルのイメージは大切にしてほしいし、自分のせいで小日向風夏の名前にケチが付くことだけは避けたい。
高校三年生になり、最後の高校生活が楽しみなのは理解していたが、読者モデルとして今が絶頂期なのだから、ちゃんとしてほしいものだった。
「他にもハジメちゃんの好きなところはねぇ~」
駄目だ、こいつ。
相変わらず、止まらない女の子であった。


風夏が話し終わると満足そうに着席する。
「は? 次はもえなんだが??」
小日向の次は、名前順的に子守の番である。
萌花からしたら、目に見えたギロチン台に立たされている気分だ。
初期は設定が固まっておらず、やばいキャラだったが、今となっては一番まともになりましたみたいな顔をしていた。
いや、萌花もハジメのことはまあ人並みに好きではあるが、根本的に遺伝子レベルで狂っている狂人と、好感度五億の読者モデルの二人を相手に、恋愛で張り合うことは出来ないのだった。
愛とは総じて歪んでいるものだ。
恋愛漫画みたいな、綺麗なかたちに収まる恋愛は出来ない。
自己紹介のハードルが上がり続けていた。
萌花は考える。
手堅くまとめるべきか。
ここである程度本気を出して、リードしておくべきか。
……麗奈は狂った愛情ではあるが、好き好きオーラ全開で即座に手元のカードを切ることが出来るのが、素直な性格の風夏や麗奈の強みであり、長所である。
可愛い女の子なら、愛情表現はそれだけで強力な武器になる。
静かな娘といえば。
慎ましい性格である冬華は、二人みたいに公衆の面前では好きな人に対して顔や態度にはあまり出さないが、白鷺冬華が操の固い一途な女性なのは誰もが分かり切っているため、恋愛で特別なことをする必要もない。
白鷺冬華と正式にお付き合いしているだけで、生涯を誓い合うのと同義であるのだ。
その点では、冬華もまた、女性としてちゃんとアプローチをしているのかも知れない。
萌花は、よんいち組で争うつもりはないが、恋愛で出遅れていればどこかでリードをしておきたいのが女心だ。
生まれや育ち、境遇を加味しても、誰よりも劣るのは事実だ。
如何に萌花といえど、気にする部分はあるのであった。
アホなハジメを含め、よんいち組の人間は本人の周りの外的要因など微塵も気にしないだろうが、そういうわけにもいかない。
自己紹介する前に、思考をフル回転させていた。
萌花の脳内では、数秒の出来事であった。
「私は、子守萌花。好きなものは……」
「何でこいつが好きなんだろうな」
ふとした疑問が頭をよぎる。
と同時に、普通に声に出していた。
ハジメに指差しをする。
隣の隣の席の男は、いきなり話を振られ、口を開けてぽかんとしていた。
よく分かっていないアホ面をいつも殴りたくなるが、好きなものは好きである。
別に、自己紹介で好きと言ったところで恥ずかしいとは思わない。
しかしながら、どこが好きと言われたら思い浮かんでこないものだ。
そもそも何で三馬鹿に乗せられて、みんな素直に自己紹介をしているのか。
全員、このノリが好きなの?
どうみても頭悪そうな流れだが、偏差値としては高い学校だ。
特待生制度もあり、成績優秀な生徒は有名な大学に進学もしている。
だというのに、頭が悪いノリと会話が好きなやつばかりだ。
先生は先生で、自主性に任せているため、特に気にせずスマホをいじっていた。
大丈夫か、この学校は。
そう思いつつも、クラスカーストもいじめもないのだから、学校としては生徒と真摯に向き合っているともいえる。
放任と放置は紙一重である。
見えないところで、生徒の為に仕事をやっているのだろう。
頭の中の考えが脱線しているので話を戻す。

萌花は気持ちを落ち着かせ、一息吐く。
「彼氏は東っちで。好きなところは、特にないです」
「えっ……」
えっ、じゃねぇよ。
何期待してんだよ。
ハジメは、この世の終わりみたいに、とてつもなく悲しそうにしていた。
好きなところはない。
そんなことで絶望すんな。
ハジメは、自分のことを女の子に好かれているやれやれ系主人公だと思っているようだが、血統主義のジャンプ主人公よろしく、ハジメママの血が濃く受け継がれているせいか、どんだけ可愛い女の子よりも、お前の方が愛が重いんだよ。
風夏や麗奈がぐいぐい来るとか、とやかく言っているが。
大体はハジメのせいである。
こいつの愛が頭おかしいから、期待値が上がり、歯止めが利かなくなってしまったのだ。

女の子が彼氏に愛情表現をするのは、思っている以上に難しい。
彼氏に嫌われるかも知れないと思っていたら、素直に好きとは言えない。
本当に好きならばこそ、付き合う距離感は難しい。
不安な時は、お茶を飲んでリラックスしている何気ない瞬間だって、口に出す言葉を選んでしまう。
しかし、よんいち組は誰も不安になることはなく、好きな時に好きといえる環境で、のびのびと恋愛をしていた。
告白して付き合うまではとてつもないプレッシャーで地獄みたいな空気感を漂わせていたが、今となっては遠い昔の出来事だ。
よんいち組は、元々は恋のライバルのはずなのに、気兼ねなく接しているあたり、みんな変わったものだ。
この恋に一点の曇りもない。
それだけ、ハジメはよんいち組を分け隔てなく愛していた。
花に惜しむことなく愛情を注いであげると、より綺麗に花が咲くように、人の好意はその人の写し鏡である。
愛おしい目で我が子を見るように、ハジメのそれは過保護気味な愛情ではあるが、それでいい。
好きになったのがハジメでなければ、多分ここまで頭を空っぽにして幸せを実感していないだろう。

何だかんだクラスメートがよんいち組を祝福してくれるのだって、ハジメのお陰である。
根本的にはアホだが、何があったとしてもハジメなら死ぬ気でやり遂げる。
他の野郎なら口先だけで言う言葉も、ハジメなら腹を斬って詫びるし、腹を斬って詫びさせる環境が出来上がっているのを知っていた。
「分かった。ちゃんと好きなところを上げればいいんでしょ。………………、……お前ねぇぞ?」
「何でや!」
教室の中心でおもっくそ叫ぶなよ。
それほどまでに自分の評価を気にする。
ハジメに愛されていることが、萌花にとって一番好きなところだった。
しかし、そんなこと、教室では言えるわけがない。
好きな気持ちを長々と語るなど、萌花の性には合わないのだ。
どれほど好きになったとしても、二人の時にしか言えない言葉もある。
今は、まだ。


つづく。
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