この恋は始まらない

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第五十二話・好きな気持ちは全力で!そのに。

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全開までのあらすじ。

春休みが終わり。
高校三年生になって、新学期が始まった。
最初の日。
ハジメ達のクラスは二年生のメンバーのまま、三年生を向かえることなった。
しかし、委員長である中野ひふみの策略により、クラスメート全員は自己紹介という名の地獄に叩き落とされるのであった。


「私の番だな!」
白鷺冬華は、天然というか、名家のお嬢様なので、この空気感でも全然物ともせずにいた。
こういうみんなで盛り上がるイベントが好きなのは知っていたが、全員が全員、冬華の素の部分は知らないわけだ。
凄い美人で、本当の意味でのお嬢様。
テニス部で一番有名な人間だと理解はしているけれど、実際に絡んだことがある人間はそう多くはない。
どうしても、住む世界が違う人間であり、取っ付きにくい雰囲気を纏う女の子なのである。
平凡な家庭の人間が、おいそれと話し掛けていいものなのか。
みんな、距離を空けていた。

そんなことは露知らず、冬華は胸を高まらせながら、自信満々に自己紹介を始める。
「私の名前は白鷺冬華だ。好きなものは、可愛いものだ。特にくまくま体操のくまが好きだ」
????
白鷺さん??
冬華と仲のいい人は別に動揺していないが、知らない人からしたら、意味が分からない状況だ。
みんなが知っている白鷺冬華は、文武不岐を地で行くような、精神的にも強い女性であり、子供のような趣味には興味がないイメージだった。
それ故に、白鷺さんがご乱心しているようにしか見えないのだ。

みんなは、くまくま体操のくまが好きと言われて、目が点になる。
白鷺さん、知育アニメ知っているの?
くまくま体操を踊って育っていたイメージが無さ過ぎる。
とはいえ、父方が一般家庭という事実を知っているのはハジメくらいだから、驚愕するのは普通か。
「私の思い人は、東山ハジメだ。尊敬している部分は、何事にも誠実で真摯なところだ」
続けていいところを話すが、ハジメを恋人としてかなり美化している節がある言い方であった。
恋は盲目だと言いたいだろうが、冬華に関しては色眼鏡は一切かけておらず、思っている以上に正当な評価を下していた。
白鷺冬華は、日頃から両親を尊敬しており、ハジメには自分自身を大切にしてもらうより、両親と仲良くなってほしいと思うタイプだ。
そのため、両親と交流を兼ねたホテルでのディナーが思いの外上手くいったことにより、最近の冬華は上機嫌であった。
白鷺冬華の性格や立場上、恋に恋する女の子とはいかないが、好きな人が大なり小なり両親に認められているのは誇らしかった。

冬華は想いを熱く語るが、持ち前の教養の高さからか、想いを伝える言葉はとても難しく高度な恋愛文学だ。
平凡に生きていたら、絶対に知らない言葉を語り。
比喩表現をしていた。
冬華の語りは、高校生には難解である。
小説が大好きで、常日頃から読み耽っている黒川さんや西野さんでさえ、言葉の意味が即座には理解して読み解けないのだ。
頭の悪いやつが集まる学校故に、愛の言葉を理解出来る方が難しい。
このご時世、昔の恋愛小説のような甘美な言葉遣いをする女性は限られている。
冬華が如何に教養があろうとも、そこまで詩的に語るということは、ハジメに対してどれだけ本気でいるのか。
それが分かればいい。


ハジメは、冬華がはしゃいでいても、とやかく言わない。
冬華は持ち前の才能の高さ故に、自分自身の肯定力が高く、お父様譲りの口調からか自信満々に見えるが、女性というものは謙虚でなければならないと思っている生まれの女の子だ。
誰かが喋っている間は、どうしても遠慮して、引っ込み思案になりやすい。
二人っきりの時は元気だが、学校ではあまり話さないのだ。
それが原因で、みんなが思っている白鷺冬華のイメージと本心がかけ離れてしまう。
だから、知ってもらう機会になるわけだ。

自分だけの出番をもらっている時くらいは、好きなようにしている方がいい。
アニメ好きで、可愛いものに目がない。
お母様みたいな完璧な女性に憧れ、白鷺としての生き方に固執していた冬華は、遠い昔なのであった。
今なら、好きなものを好きと言える。
それがどんなに幸せなことなのだろうか。
ハジメが温かい目で見守っていると。
隣の男子から横槍が入る。
「マインドコントロールした?」
「は?」
あまりの褒め具合だから。
催眠アプリ使ってそう。
酷い言われようであった。
一応、朝学校に来たら毎日挨拶するくらいの間柄だから冗談だろうけど。
今の冬華は、そのレベルの褒め褒め具合であった。
ハジメからしたら、自分は誠実さとは無縁な存在であると自覚していたし、冬華の評価は過大評価だとは思っていたから、冗談言われても怒らなかった。
まあ、男はみんなクズだから、好きな人から素直に褒められても困るのだ。
言われ慣れてないからむず痒いし、罵倒された方がまだマシだ。
ハジメは、萌花と目が合う。
いや、嘘です。
好きな時は好きと言って欲しいです。


冬華の番は終わり、次は橘明日香である。
明日香は、最初からご立腹であった。
その理由は、少し前の、佐藤の自己紹介の時のことだ。
秋葉原の一件以降、ちゃんと二人で話し合い、告白を済ませていた。
だというのに、正式に付き合っている事実をすっかり忘れて、自己紹介をした佐藤のせいで、明日香は大分荒れていた。

ブチ切れた明日香は、その剛腕でおもっくそ、国語辞典を投げ付け。
佐藤の脳天に直撃し、炸裂した。
今も尚、頭から血を流していた。
佐藤は、漫画表現みたいな勢いがやばい出血の仕方をしている。
しかし、誰も気にしていなかった。
……自業自得である。
こいつを下手にフォローしたら、俺達が女子に嫌われてしまう。
誰も佐藤に触れるわけにはいかなかった。
あぶねぇ。
自己紹介をちゃんとやるか、はぐらかすか悩んでいた人間は、逃げ道を失っていた。
ハジメが同じことをしたら、豪速球で学校の机と椅子が飛んできていたはずだから、国語辞典で済んだのは橘さんなりの優しさだ。
「橘明日香です。好きなことは走ることです。彼氏は一応佐藤ですが、後でしばき倒します」
元気一杯に言い切る。
春休みを通して仲良くなっているはずなのに、関係が悪化していた。
秋葉原の一件のあとに、正式なかたちで告白をしたらしいが、佐藤のクオリティでは駄目だった。
ただ普通に、告白するだけなのに。
こいつに任せたのが間違いだった。
ハジメと一条の気苦労は絶えない。
自分の机で頭を抱えている。
この二人も大概アホなので、他人の心配をしている場合ではない。
恋人に睨まれていた。
「んで、好きなところは?」
「……は?」
中野ひふみは、マジレスする。
「え~、佐藤のどこが好きなのかな? お姉さんに教えて欲しいなぁ~」
親友に煽り散らす。
こいつ、いい性格してるな。
性根の悪さが垣間見える。
明日香を煽り散らす。
だから、親友の恋愛くらい素直に祝福してやれよ。
クラスのみんなは、そう思っていた。
三馬鹿の仲の悪さはどうしたものか。
性格を熟知している分、見事に煽りよる。
それだけ馬鹿にされたら、言われた方も怒るものだ。
「ぶっ殺してやる!」
「ぎゃあ!?」
ぶち切れていた。
明日香は、回避不能のゼロフレームタックルから、絞め技に繋げる。
如何に運動部といえど、視覚外からの急速接近は避けられない。
即座に、ひふみの首を絞め落とす。
身体能力の無駄遣いだ。
世界狙えるだろう。
この娘に関しては陸上部ではなく、レスリング部に入るべきである。
「次の人、自己紹介よろしくね」
親友のひふみを絞め落としながら、にこやかに笑う橘さんであった。
こええよ。


西野月子のターン。
準備組として、みんなの纏め役をしてくれていた西野さん。
よんいち組を除けば、クラスで一番可愛い女の子である。
勉強も運動も得意で、面倒見もよく、文化祭では難しい会計と管理の仕事を率先してやってくれていた。
誰もが認める優等生である西野さんは、サラッと自己紹介をこなす。
「西野月子です。好きなものはチョコレートです。彼氏はいません」
「月ちゃん、彼氏作らないの?」
ひふみの復活が早い。
明日香は自分の席に戻っていたので、そこから睨み付けていた。
舌を出して、あっかんべーしている。
馬鹿かな?
「……男の人に興味ないので」
「へぇ。月ちゃん、百合?」
そっちじゃねぇ。
勝手に百合にされる西野さんであった。
このクラスでは、こうやって普通の人でさえ、変人扱いされていくのだった。
萌花は一言吐く。
「誰かあいつを出禁にしろ」
「クラスを!?」
うん、クラスを。
残念ながら当然な意見である。
ひふみは、教卓にしがみつく。
ネタなんだろうが、流石に何度も同じことをやると教卓が壊れるからやめろ。
生徒の奇行を止める立場にある先生は、スマホゲームを始めていた。
いや、スタミナを消費しないと勿体ないのは分かるものの、今やるのはちょっと。
「ほら、男子でもいい人いるじゃん。隣のクラスとかさ」
「……本当にいい人は、すでに彼女がいると思うけれど?」
西野さんらしい、スンッとした返しである。
このクラスで馬鹿にされている男子ですら、他クラスで見たら競争率は高い。
一条は勉学共に学年トップのイケメンだし、球蹴るか紅茶淹れるしか脳がない佐藤ですら、サッカー部の貴重なエースであり、替えの利かないスタメンだ。
それなりに人気は高い。
高校生でも、運動神経がいい男子はモテるのだ。
運動部所属の誰とでも話せる陽キャの対義語であるハジメは、かなり特殊だ。
メイド好きで頭がいかれているから普通の女の子には人気はないが、大人の女性や変人には好かれているし、最近の頑張りを加味したらよんいち組と釣り合いは取れていた。
本当の意味での美人は、普通の人とは価値観が違うのだろう。
恋人の顔やスペックは気にしないのだ。
ハジメの良さは、嬉々とした目で女の子を見ないところ。
好感度がないのに、優しくしてくれて、話し掛けてくれるところであった。
美人故に、男にうんざりしている人ほど、ハジメの良さを理解出来ると思うのだ。
人のことを顔で見ていないから、好きになるまで時間が掛かる。
歩みが遅くとも、時間をかけて理解してくれるからこそ、どんな時でも信頼出来るのだ。

一応、クラス筆頭の男子達。
ハジメ達三人は、口を開けてアホみたいな顔をして、西野さんの自己紹介を聞いていた。
久しぶりの学校だし、気が緩んで表情がオフになっているのは分かるが、彼女がいる男子ですら、そのレベルのアホ顔なのだ。
彼女がいない男子となると、もっと酷いものだ。
そんな中、無理して恋愛をしたいと思うものではなかった。
白石や真島のような赤ちゃんが、はいはい覚えたてで同時に育てているような状況である。
自分のやりたいことが出来る状況ではない。
それに、自分はクラスで一番可愛い女の子みたいな、誰もが認める恋愛は出来ないだろう。
よんいち組のみんなは美人で、自分の人気にかまけずにみんなに愛想がよく、好きな人には心から尊敬している。
元々のスペックが高いから、勉強も運動も出来るだろうし、休日には自身を磨き、料理の勉強をしている人達だ。
西野さんからしたら、同じ十七歳であったとしても、天と地の差がある。
「まあ、優良物件は完売しているけどさ~」
ひふみは言い方を気を付けてくれ。
文化祭の時にハジメを悪く言って小日向風夏を怒らせていたのは、こいつである。
あの時はまだ関係が進んでいなかったからよかったが、今やったら四人から同時に殴られるはずだ。
「それに、恋愛をするにしても、私では小日向さん達には敵わないもの」
西野さんは綺麗な感じで語るが、ハジメを好きみたいな流れになっていた。
いや、それが本当だとしても、何故に教室で告白するのか。
やばいやつ過ぎる。
いや、それをやりそうな筆頭のよんいち組がいるから、結構冗談にならない。
西野さんは、真顔で受け答えする。
「ないです」
「……普通に考えて、西野さんの可愛さに釣り合う野郎はいないだろ? 」
この大馬鹿野郎?!
いきなり西野さんを褒めるな。
ハジメはハジメであった。
もっと頭を使って発言してくれ。
文化祭で仲良くなった間柄とはいえ、お前のフォローはクラスの空気をピリ付かせる。
頼むから、何も話すな。
静かにしていてくれ。
みんなそう思っていた。
日頃から女の子に可愛い可愛いと言い過ぎてて、可愛いのジョイントが馬鹿になっていた。
ハジメがサラッと無自覚に西野さんを褒めて口説いているから、よんいち組が殺気を放っていた。
数秒後に殺される未来しか見えない。
頼む、お前は彼女だけ見ていてくれ。
殺されるぞ。
ハジメは救いようがないアホだから、そんな気は一切ないのは知っているが、その言葉をよんいち組に使ってあげるべきであり、言われたことがない女の子は凄く嫉妬していた。
うらやま。
うらやましい。
……喉から手が出るほどに羨ましいのか、思念が飛んでくる。
いや、羨ましがられても困る。
唐突によんいち組の恋愛バトルに巻き込まれた西野月子であった。
カースト上位種に勝てるわけがない。
どれだけ優秀で、みんなから優等生と呼ばれようとも、張り合うつもりは毛頭なかった。
この四人は化物である。


やっとこさ、ハジメの番がくる。
「四股クソ野郎~」
三馬鹿は、早々に野次を飛ばすな。
しかもハジメの身内であるのに、容赦がない。
他の人もハジメをいじり倒す。
流石、人気ものだ。
こいつの性格を加味して、先に逃げ道を塞いでおく。
誰とも喋らずに過ごすくらいに陰キャだった昔とは違って、今となっては広範囲に交友があり、何しても問題ないサンドバッグだ。
たまに本気で殴り返してくるけれど、基本的には真面目で友達思いのやつなのでみんなに好かれていた。

よんいち組の時も野次は飛んできたけれど、ハジメは群を抜いて多い。
やはり、男子ということもあってか、男女共に人気がある。
学生からしたら、性格がいい奴でいじりやすいのは美徳だ。
誰からも好かれていて、テスト勉強のときは手伝ってくれる。
オタクには優しいギャルはいないが、クラスメートには優しい陰キャはいる。
東山ハジメは、名実共にクラスの代表だった。
他のクラスでは、あの人ね。メイド喫茶の時のリーダー……変態っぽいやつ呼ばわりされていたが、仕方がない。
それは事実なのだ。
身内からしたら、ハジメはそれ以上にやばいやつなのだ。
メイド服に欲情する変態なのだ。
ヴィクトリアンスタイルのメイド服大好きっ子なのだ。
クラスで一番イカれているのだ。

「東山ハジメ。好きなものはコーヒーです」
全員がいじり倒してくる教室の中で、サラッと自己紹介を始めるのだった。
鋼のメンタルである。
元々家族や身内の人間が騒がしいためか、スルースキルが高い。
うるさいやつには、言わせておくだけだ。
「付き合っている人は……」
辺りを見渡すと、よんいち組のやつらと目が合う。
まあ、そうだよな。
「……小日向風夏さん。白鷺冬華さん。秋月麗奈さん。子守萌花さんです」
仕方がない。
どう考えても逃げるのは男らしくない。
このノリに付き合うべきか多少迷っていたが、ちゃんとやる。
話す時に目が合わなければ、逃げていたかも知れない。
付き合いが長く、親しいというのも考えようで、目線だけで相手の考えが分かってしまう。
目は、口よりも多く語るものだった。

今この場面は、本気でやらないといけない。
そう考えたら、すんなりと行動に移せる。
ハジメは、よんいち組の全員にさん付けをして、敬称を付けていた。
親しき仲にも礼儀あり。
慣れ親しんだ仲間ではあれど、相手への敬意を忘れない。
呼び捨てにせずに、さん付けでちゃんと呼ぶあたりは、ハジメの性格の良さがよく現れている。
ひふみは、空気を読まずに問いかけた。
「東っちよ、んでんで。みんなの好きなところは?」
「え? マジで言わないといけないのか? はぁ……、好きなところは……」
他のやつらが真面目に答えてしまった手前、はぐらかすわけにもいかない。
好きなところねぇ。
ハジメは考えていた。
最近はずっと慌ただしくて、一日たりとも休ませてくれない。
ハジメの一生は、絵を描くだけの平凡な人生でしかないのに、自分にはない色々なものを無理矢理に押し付けてくる問題児ばかりだ。
春夏秋冬みたいに、色を変えて様変わりする女心。
そんな連中との日々は、ずっと走り続けているようなものだ。
立ち止まる暇もなく、よんいち組と一年間を歩み続けていたせいか、近しい人のことをあまり考えていなかった。
どこが好きか。
どこに惚れたのか。
どこに尊敬するようになって、敬意を払うようになったのか。
ハジメはアホなので、そんなことを深く考える頭もなければ、上手い言葉で口に出すことも出来なかった。
気の利いた言葉を表現出来る男なら、東山ハジメではないだろう。
理解ある彼氏くんではない。
空気が読めない陰キャ。
それは、生まれもっての親譲りなのだから無理なものは無理だ。
自分の気持ちを素直に言うしかない。

「俺が好きなのは、全てだ」

ーーーーーー
ーーーー
ーー
青天の霹靂。
のほほんとした空気を完全にぶち壊す爆弾を投下する。
女の子を褒めるのが苦手なのはまだいい。
だからって、真顔で断言するな。
彼女達の惚気話で上がったハードルを、易々と越えてくるな。
ハジメは、やりきった表情をする。
どやっ。
ハジメの頭の上には、
『パーフェクトコミュニケーション』
みたいなテロップが流れていて、満点の答えが出せて満足そうな顔をしているが、普通に馬鹿である。
学生恋愛の限度を知れ。
彼女が好き過ぎて、言動が狂っていやがる。
今さっきまで、やれやれオーラを出していたのに、誰よりも吹っ切れてぶっ飛んでいた。
アクセル全開である。
ベタ踏みで、愛を語るな。
みんな春休みに入って、東山ハジメに会わなかったから忘れていたが、こいつ学校屈指のアホだった。
しかも、かなりのレベルのやつだ。
さっきまでぼーっとしていたのに、いきなり本気を出すんじゃねぇ。
男は口ではなく、目で語る。
気持ちとは言葉ではなく、心でしか表現出来ない。
だとしても、ガチでやるやつがいるか。
全員が全員、心の中でマジレスをする。
ハジメの自己紹介の前と後では、自己紹介の難易度がジェットコースター状態である。
突如発生した地獄みたいな状況に、ブチ切れた野郎達はハジメを囲い込み、非難をする。
物を投げないでください。
罵詈雑言飛び交うが、あくまで友達故のノリであった。
「はぁ?! 何で怒られるんだよ!! 完璧だったじゃん!」
完璧だったのはお前の頭だ。
本人はアホなので自分のした悪行を理解していない。
無自覚の女たらし。
ハジメは、全方位に好感度を振り撒くせいで、逆に怒られるのであった。
みんなは非難するが、彼女なのだから全部好きなのは当たり前だ。
逆にピンポイントで可愛いところを褒めるコツがあるのならば、教えてほしい。
どこを褒めたらいい。
顔か、顔を褒めたらこいつらは満足するのだろうか。
「わかった。わかった。たまに見せる笑顔が好きだ」
こいつ、絶対に分かってない。
火に油を注いでいた。
恋人が居ない人間を舐めているのか。
自分だけに見せる笑顔が好きとか遠回しに言い出したら、どうなるか分かりそうなものだ。
彼女がいない歴イコール年齢の連中は、幸せそうなハジメに憤死している。
勿論、進行役の中野ひふみが一番キレていた。
「何で東っちみたいなクレイジーなやつがモテるのよ!」
「……いや、俺にも分からん」
即答するな。
そういうところが、ハジメの悪いところなのだ。
「クソガキ!! 何でアタシが傷付かないといけないのよ!」
ひふみは意味が分からない切れ方をしていた。
友達のカップルが上手くいき過ぎて、結婚する気満々なほど幸せな話を聞かされるなど、彼氏がいない人間には致命傷である。
ひふみだって恋はしたい。
しかし、
この恋は、はじまらない。
……そんなタイトル回収はいらないのだ。
ひふみの理想は、イケメン高スペ男子。
そんな釣り合いが取れていない高望みをしている人間に、まともな恋人が出来るわけがない。
ひふみは、どうしてこんな話をされて、傷付かないといけないのか。
アタシは一体何をしたというのか。
自分はこんなに恋人が欲しいから、クラスで目立つように頑張っているのに、何で陰キャの東山ハジメにはあんなに可愛い女の子に好かれているのか。
しかも四人も。
ハッ、よくよく考えたら、今の自分はハジメ以下なのか。
悲しい現実を突き付けられる。
マックで駄弁る春休みを送っているなんて、有り得ない。
春休みに買ったおニューの洋服を着て、格好いい大学生にナンパされるはずだったのに。
「誰よ! こんな自己紹介を始めたのは!! やめだやめやめ!」
いや、お前が始めた自己紹介だろ。
現実逃避をしていないで、最後まで責任を持てや。
諸悪の根源を討伐するため、クラスは一致団結するのであった。


教室で大乱闘を始めるクレイジーなやつらを見ながら、よんいち組の面々は暖かい目をしていた。
椅子に座って静観する。
四股クソ野郎は、他人の気持ちに鈍感な人間ではあれど、自分の生き方には真面目である。
女の子に好かれる為に、嘘を言うやつじゃない。

東山ハジメは、本心から私達の全てが好きなのだ。
一年を通して少しずつ相手を知り、両親への挨拶もした。
それは、好きな人だからこそ出来る行動である。

よんいち組との日常は、楽しいことばかりではなく、毎日のように騒がしいし苦労は絶えない。
ハジメのスケジュール帳には空きはなく、夜遅くまで絵を描いていても時間は全然足りないくらいだ。
自分のやりたいことを我慢し、身を削り、酸いも甘いも経験しているからこそ、全てが好きだとそのように言えるのだ。
よんいち組のメンバーは、超絶美人で、誰が見ても綺麗で、同性の女の子ですら付き合いたくなるほど可愛い面々とはいえ、人の子だ。
付き合いが長くなるにつれて、欠点もいっぱい知ることになるし、性格が真面目で芯がしっかりしているせいか、クソ頑固で自分を曲げないから衝突することだってある。
それだってその人間の特徴である。
彼女が怒ったら、いつも謝るのはハジメになる。
その人の全てを受け入れてこそ、本当の意味で好きと言える。
欠点すらも愛おしいと思われるほどに、貴方に愛されているのなら、女冥利に尽きる。
ハジメのよさは、多分。
この世の誰よりも、私達の欠点を知っていることだろう。
それでいて、欠片も私達を嫌うことはない。
生まれもってのアホだから、一生このまま変わることはない。
何度言っても直してくれないし、直すことは出来ない。
不変的な部分は、本来なら欠点だが。
ずっと私達を好きでいてくれるだろう。
変わることはない。
変わらないでいて欲しい。
全てが好きとは、そういうものなのだ。

騒がしい日常。
幾度も見た教室の光景を噛み締めながら。
……新学期が始まっていく。
ふとした瞬間、教室の窓から見える桜の色は、鮮やかに煌めいていた。
散っていく花びらは儚く。
それでも、力強く輝いている。
去年も一昨年も、この桜の木を見ているはずなのに、今年はもっと美しく感じるほどに、よんいち組の心を揺さぶるのだった。
嗚呼、これが私の運命なのだろう。
血が熱く、心臓は強く脈打つ。
ずっと生きてきて、幸せなことも楽しいことも、いっぱいいっぱいあったというのに。
この日のこの瞬間を、私の運命と感じるほどに大切な思い出になっていく。

新学期は始まっていく。
そう、始まっていくのだった。

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