この恋は始まらない

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第52.5話・半ドン女子トーク!

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半ドンとは、午後に授業がない日の意味であり、今の若い子には分からない言葉である。
騒がしい自己紹介は昼頃に終わって。
帰る時間になる。
「じゃあ、俺は帰るからな……」
ボロボロになっていたハジメは、絵を描かないと締め切りに間に合わなくなるので、すぐさま帰宅することにした。
バイトがある連中や、男子達は、ゲーセンに行ってから帰るらしい。
特に予定がなく暇な女子達は、集まっておしゃべりする。
クラスの女子同士で仲良しなのはいいことだが、ハジメのことであることないこと話しそうである。
まあ、節度を持って話してくれるはずだろうけど。
いや、節度がある奴等は自己紹介で暴走しない。
「大丈夫だと思うけど、暗くなる前に帰るんだぞ。一人で行動しないようにしろよ?」
萌花は、ツッコミを入れる。
「お前は父親か」
「……」
言い返してこいよ。
目線を逸らしていた。
さっきまでの勢いはどうしたのだ。
完全敗北するな。
いやだって、心配だからで済む話である。
前々から、ハジメは女の子に気を遣いしいな性格なのは誰もが知っているので、別に文句は言ってない。
クラスの女子には、夜遅くまで遊び歩くような人間はいないし、半ドンだから夜になる前に解散するだろう。
それに、遊ぶと言ってもカラオケに行くわけでもない。
教室で軽く雑談するいつものやつだ。
一時間くらいで終わるだろう。
「まあいいや、萌花。後は頼む」
「ん」
ハジメはサラッとした返事で萌花に任せて、帰宅する。
人間は、最初に話し掛けた人を一番信頼しているらしいが、それは間違いではないようだ。
三馬鹿は、もえぴに対してキラキラした目をしていた。
「あん? なんだよ……」
「愛され女子だね」
なんじゃそりゃ。
ギャル語をよく使う萌花ですら、意味が分からないのであった。
口を開いたのは、三馬鹿の三人目。
二人まで紹介してあるが、彼女の名前は夢野ささら。
自作小説を書くのが趣味な夢女子で、男性アイドル好きの典型的な女子高生である。
まあ、三馬鹿の中では、橘明日香や、中野ひふみみたいな濃いキャラクター性がないので、あまり目立たない。
……いや、目立つ必要はないのか。
今となっては、普通の人間枠の方が貴重になってきていた。
普通の方がいい。
キャラの濃い女キャラは、供給過多である。
「まー、よく分からないけど、別にそういう意味ではないっしょ」
「そうなの? 仲良さそうだったよ?」
「面倒見るのは、もえの役割なだけだからな」
よんいち組で誰にお願いするかとなったら、立ち位置的にも萌花が適任者である。
他の人も女の子としてはかなり優秀ではあるが、人間として優秀となると、萌花に分がある。
トップの顔となると風夏になるが、全員の面倒を見れるほどコミュ力や人間力が高いわけじゃないし、三馬鹿みたいな見切り発車する奴等にボロクソに言えるのは萌花くらいだ。
三馬鹿は、テスト勉強の時に萌花にガチ切れをされたのが、ちょっと堪えたのか怯えていた。
「大丈夫です。萌花ちゃんに迷惑かけません」
「右に同じく」
「左にも同じく」
三馬鹿は、しゅんとしていた。
別に迷惑かけるから、三馬鹿にキレているわけではない。
男性のハジメに怒られて、理詰めで悪いところを言われるよりは、何倍もマシだ。
ハジメの代わりに萌花がキレているだけだ。
誰だって、父親以外の異性に怒られたくはないだろう。
それも、自分の為に勉強を教え、時間を費やしてくれている人なら尚更だ。
萌花なりの優しさだ。
多分、異性としてハジメが好きじゃない三馬鹿にはハジメの良さを理解出来ないものだろうが、まあ別に構わない。


それからしばらくすると、みんなで机をくっ付けて席を囲っていた。
中心の机の上には、みんなが持ってきたお菓子が山盛りになっていた。
お菓子の持ち込みは原則として禁止だが、ゴミを持ち帰れば容認されるくらいの校則の緩さである。
十人以上が集まり、各々がお菓子を出していたので、どう考えても食べ切れないくらいだ。
「もぐもぐ」
読者モデルが一番お菓子を食べていた。
両手を使って食べている。
お菓子好きなのは構わないけれども、食べ過ぎたら怒られるぞ。
春先とはいえ、この時期から夏に向けて、水着撮影が始まる。
そのためにスタイル維持の減量が始まる。
そのことをすっかり忘れて、嬉しそうに両手にお菓子を握りながら頬張る小日向風夏であった。
幸せそうな顔をしていた。
もちろん、後でこっぴどく叱られるわけだが、今が幸せならいいのかも知れない。
横顔を見ても、読者モデルだけあってか、可愛すぎるのであった。
三百六十度が可愛い。
本当の美人とは、全てが可愛いのだ。
前々から学校屈指の美貌を持つ女の子ではあったが、最近の風夏ちゃんは前よりも綺麗になっていた。
恋をすると変わるタイプ。
そうだとしても、恋をして少女から女の子変わることはあれど、大人の女性になることはない。
些細な違いだ。
風夏は、いつもと変わらない。
中心人物だけあり、楽しそうにみんなに話し掛けているし、好き勝手している。
だけど、ふとした瞬間に大人の落ち着きを見せていた。
目の奥の光が、普通の女の子とは違う。
それを見ていた夢野ささらは、風夏に問いかける。
「……風夏ちゃん。仕事、大変?」
「へ? ううん。すっごく、楽しいよ!!」
昔の風夏なら、即答していなかったかも知れない。
楽しいことはあったけれど、辛いこともたくさんあったからだ。
しかし、一年もあれば、誰だって環境は変わっていく。
風夏は、一人で仕事を頑張ることはなくなった。
同じ事務所に入ったハジメちゃんがいつも隣にいるし、スケジュールはあまり合わないが、冬華と一緒に撮影することもある。
春休みが終わったとしても読者モデルの仕事は変わらず忙しいし、本当の意味での一日中の休みはないに等しいが、 知り合いが傍に居てくれる精神的支柱があるかないかでは、モチベーションはかなり違ってくる。
ハジメちゃんにいつでも頼れる。
冬華の手を取り合える。
それが、如何に幸せか。
どれだけ助かっているのか。
ストレスが溜まったら、帰りの渋谷でお買い物も出来る。
カフェに入って、お茶が出来る。
……実際は、風夏のストレスをハジメがサンドバッグになって吸収しているだけだが。
風夏が毎日元気なのは、ハジメの犠牲の上で成り立っているけれど、被害者本人は、小日向が元気になるならそれでいいと言っているだろう。
誰がどう見ても、付き合ったばかりの恋人というよりかは、長年連れ添っている夫婦かマネージャーである。
仕事を通して仲良くなっただけあり、二人の関係は一蓮托生なのだ。
ハジメは、読者モデルとしての小日向風夏を心から信じていた。
どこまでも走り続ける彼女の為なら、多少のわがままや癇癪には文句は言わない。
世界一可愛い読者モデル。
このまま、隣で彼女の夢を見ていたい。
小日向の才能は、全てを照らす太陽だ。
唯一無二の熱く燃え盛る才能は、人の憧れで、勇気をくれるものではあったが、太陽と称するほどの輝きは近付き過ぎれば人の身を焦がす。
他人の才能とは、それほど素晴らしきものであり、強烈なものなのだ。
自分では永遠に手に入らないものだからこそ、人は誰かに憧れる。
小日向風夏はそれだけの価値がある。
その才能に打ちのめされても、ハジメは同じ道を歩むことを決めたのだ。
二人の関係は、美女と野獣と揶揄される。
才能のない凡人は、天才の隣にいるべきではない。
他に相応しい男性が居て、その相手をパートナーにすべきと言われていようとも、気にしないのだ。
多分、彼女が才能の全てを解放し、本気を出したら、誰だって自分の才能の無さに苦悩し、死に至るほどに絶望して挫折するだろう。
自分の見ている光景の遥か遠く、先に進む者を追いかけたところで、才能無き者は一生かけても追い付くことは出来ない。
常人ならば、小日向風夏の圧倒的な才能を目の前に、憧れで終わってしまう。
同じ事務所のモデル仲間ですら、風夏に対抗心を懐くことなく、世界一の読者モデルという夢をへし折られる。
天使の顔をした、才能の化物なのだ。
彼女の才能を知っても尚、太陽の光にその身を焼かれても、自分を見失わないのは同じ天才か、または愚か者か。
ううん。
ハジメちゃんくらいである。
子供の風夏には相応しい相手とかは分からないけれど、それだけは分かるのだ。


ささらは、風夏の入り組んだ人間関係や、読者モデルが抱える本心までは知らないし、のほほんとしていた。
学校は、平穏な生活を送れる唯一の場所。
風夏にとってはそれが一番有難いのだ。
「はえ~、風夏ちゃんは大変だね」
「どしたん?」
ささらに抱き付くように、ひふみは身体に寄りかかってくる。
「風夏ちゃん、春休みも仕事が大変みたい」
「ほえ~、人気者は大変だね。でも、楽しそうでよかった。東っちも同じ事務所なんでしょ? あの子ずっと無愛想だし、迷惑かけてない?」
ひふみは本心から心配していた。
いつも互いを馬鹿にしているけれど、仲良しではあるのだ。
よんいち組みたいな恋愛感情は持ち合わせていないが、人並みには気に掛けていた。
勉強は出来るけど、アホだから。
ハジメは、可愛い彼女にはベタ褒めするのに、身内以外の人間や、野郎に気を遣うのは不得意である。
好きな人には情に深いものの、リソースを使い過ぎてそれ以外には無愛想なのだ。
「大丈夫だよ。スタッフのみんなとも仲良しだよ」
……大人の女性からの人気は高い。
貴重な男性枠であり、肉体労働もこなしてくれる。
ハジメの仕事は、事務が主にはなっているが、読者モデルとしても、安定した人気がある。
真面目な性格だからこそ、アイドルタレントよりも女ウケはいいし、スタッフのみんなはハジメを重宝していた。
とはいえ、経験値はあくまで学生の範囲内でしかない。
社会人経験がないのだから分からない部分は多々あるし、ハジメの人間としての適性がどこにあるかを探りつつ、色々な仕事を覚えさせて、貴重な男性枠として丁寧に鍛えて上げていた。
「ほーん。おねショタ?」
「え? 今まで、ずっといい話だったのに??」
ひふみは狂っていた。
親友の狂った言動に、ささらはビビる。
会社の先輩に優しく教えてもらいながら仕事を頑張る人間を、問答無用でおねショタ呼ばわりである。
まあ、日頃から年上のお姉さんやママ達に好かれていて、おねショタ適性が高いハジメが悪いのだが。
風夏はよく分からない単語に、不思議がっていた。
ピュアな女の子である。

「ふうに変な言葉を教えるな!」
「ぎゃ!」
萌花の鉄槌により、ひふみの頭はかち割られる。
純粋無垢な女の子に、性癖の濃いジャンルを教えるな。
萌花や三馬鹿と比べたら、風夏はまだまだ子供なのである。
赤ちゃんはコウノトリが運んでくると思っている女の子だ。
大人気の読者モデルに、変なことを覚えさせるわけにはいかない。
この娘、卑猥な言葉とか普通に口に出しそうだし。
「……可愛い女の子から、えっちな言葉聞きたいじゃん」
「東っちに殺されるぞ」
ハジメの逆鱗に触れていくスタイルなのは構わないが、自己責任だ。
自分のせいで怒られるのだから、助けるつもりはない。
あと、風夏にセクハラするな。
こっちが麗奈にやっているセクハラとは違うのだ。
歩くドスケベと同じことをしたら、可哀想である。
「え? 私のこと??」
秋月麗奈に飛び火する。
西野さん達と楽しくお話をしていたのに、いきなり地獄に落とされた。
「麗奈ちゃんもこっちで話そうよ」
「え、まあいいけど……」
麗奈は席を外れる前に、今話しているメンバーに軽く頭を下げる。
麗奈は席を移動して、嬉しそうに萌花達の隣に座るが、直ぐに気付いた。
風夏や萌花。三馬鹿が一緒に居るのはあかん。
天敵が多過ぎる。
IQが低いメンバーしかいない。
全員口を開けっぱなしだ。
絶体に黒川さんや西野さんがいるグループの方が平和だった。
あちらのグループには、和気あいあいとした日常会話がそこにはあるが、ここには混沌しか存在しないのだ。
天然で、何をしでかすか分からない輩しかいない。
ここに冬華が座っていないのが不幸中の幸いか。
「それでもこの中で一番やばいのはれーなだから安心しろ」
「脳内を読まないでよ! あと、競ってないから!?」
秋月麗奈は、生粋のハジメ狂の三銃士だし、ドスケベ具合では誰も勝てない。
普通なら可愛くて巨乳の女の子。
彼氏が好きで、ちょっとえっち。
これだけなら男の子なら誰でも好きな要素が詰まっていて、魅力的なワードの数々である。
そこに、秋月麗奈。
秋月麗奈だ。
その言葉を付け加えるだけで、凶悪な特級呪物になる。
クラスの女子は下を向いて目を逸らす。
「私の評価おかしいでしょ!?」
「いや、正当な評価だから」
萌花が真面目な顔でそう言う。
こいつの愛への執着心はある意味、妖怪の類いだからな。
前々から言っているように、他人をぶち殺してでも手に入れようとしてくる。
狂ったように愛に餓えた獣である。
魂の慟哭が聞こえてくる。
麗奈は、さも自慢そうに胸を張っていた。
「私だって、変わったんだから。そんなに東山くんに依存していないし」
「おまえ、マジで言っているのか??」
「え……、そんなにも? そんなにもか」
みんなは無言で頷く。
クラスが一致団結していた。

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