この恋は始まらない

こう

文字の大きさ
上 下
87 / 111

第61.1話・水着を買いに行くまで。 そのいち。

しおりを挟む
バタン。
事務所内で大きな音がした。
ジュリねえが、ケツで冷蔵庫の扉を閉める。
両手に飲み物とアイスを持っているから仕方ないんだろうが、女性がするには下品な行動である。
尻まで器用に使うのは凄いけど、他の後輩や、他の読者モデルもいるんだから、模範的な行動をしてほしいものであり、自重してほしい。
「見た?」
「え、見てない」
「見たでしょ」
「いや、見てないって」
「ケツがでけえのに、扉閉めやがってって思ったでしょ!!」
何だよ、この人。
意味わかんねえキレ方すんなよ。
三十路のコンプレックスとか知らないから。
ジュリねえほど、背も高くて胸も大きかったら、相対的にケツもでけえだろ……。
ボンキュッボンだから、それが普通だと思う。
はあ、俺のマネージャーなのだから、ちゃんと仕事してくれ。
元々スカウトがメインの人だし、朝から外回りして疲れたから、事務所でアイス食べながら一息吐きたいんだろうけどさ。
迷惑行為である。
不機嫌になるのは構わないが、不機嫌になった原因である俺の隣に居座るな。
頼むから、休憩室に行ってくれ。
他にも居場所あるだろうに。
俺は頑張って事務仕事しているんだから、アイスを食べながら絡むのやめてくれ。
無言でじろじろと見ているだけでもプレッシャーになる。
それが分からない人だから苦労するのであった。
まあ、気にしたら負けか。
今日のノルマを終わらせるまでは集中してやるしかない。
それから数十分、仕事を頑張る。
ファイルを保存して、一段落付いた時に、ジュリねえが話し掛けてきた。
え?
なに、ずっと隣に居たん??
暇人なの??
「君、失礼なことを思っただろう?」
「いえ、なにも」
いやだから休憩するなら、休憩室を使って欲しいけど。
本人に言えないわ。
何で俺の隣を居座っているんだ?
一応、ジュリねえは直属の上司だから、見られていると気を張るものである。
「ハジメちゃん。暇なら話そう」
「いや、暇ではないんですけど……」
俺の仕事を何だと思っているんだ。
普通にあんたが滅茶苦茶な量の仕事を振ってくるから、最近忙しいんだぞ。
「読者モデルが忙しいことは、良いことだろう?」
「いや、忙しいのは事務仕事だけ何ですが」
「だははは」
ジュリねえは、大爆笑していた。
悪魔か、こいつは。
そんなんだから、性格が悪いと言われるんだよ。
ジュリねえは、仕事が出来るキャリアウーマンと言えば聞こえはいいが、プライベートが暇ってことだしな。
女の子をスカウトして口説いている時が一番幸せと語っていたから、別に恋人が居なくても困らないんだろうけど。
この人が、女の子が大好きとか言うと不穏な空気になるから止めてほしい。
なまじ上司だから、誰もツッコミ出来ないし。
本人自体は何を言われても気にしない気さくな人ではあるが、俺でも言いにくいわ。
頼む。
もう少しだけ、やりやすい職場にしてください。

ジュリねえは元々モデルだから、街を歩けば人の目に止まるし、高級そうなスーツを着たお金持ちのイケメン男性に声を掛けられる時もある。
人を惹き付けるその美貌と存在感は、現役モデルの小日向にさえ負けないだろう。
この人ほどの美人ならば、色々な男性に求婚されていてもおかしくないか。
しかし、そんなお誘いも全く興味なさそうに一蹴するあたり、イケメンやお金そのものに価値を見出だしていないのかも知れない。
社会人として自立した女性は、簡単には靡かないものである。
まあ、ジュリねえにもやりたいことがあって、そちらにご熱心なんだろうけどさ。
事務所の人間が、自分の分までモデルとして有名になり大成することが、彼女の願いなのである。
自分の分も夢を叶えて欲しい。
そう常々言っていたのだ。
「はぁ~、なんか面白いことないかなぁ。わくわくしたいなぁ。心が満たされないなぁ」
本人はくっそ適当だが、俺以外にはちゃんとしているので勘違いしないでほしい。
仕事が出来ることと、人間性の善し悪しは関係ないのだ。
どちらか一つが完璧であれば、人間として価値がある。
「……ジュリねえも、趣味とか見付けたらどうですか? 仕事だけに依存しないように、色々な趣味を持つと幸福度が上がるらしいですよ」
「相変わらず、じじいみたいな思考をしているな」
どないせい言うねん。
「いや、趣味って言っても、ショッピングとかでもいいんですから。たまのま休みに出歩くとかでいいんですよ」
「ハジメちゃんがデートに付き合ってくれるならいいが?」
「いや、普通に殺されるんで」
「……モテる男も大変だな」
他人事みたいに笑うなよ。
この事務所に知り合い二人居るんだから、少しは気を配ってほしい。
今日は二人とも出払っているが、聞かれたらガチもんの議題に上がるんだぞ。
俺は知らないが、よんいち会議とかいう、単語が存在するらしい。
可愛い彼女とて、女の子は怖い。
怖過ぎるのだ。
「まんじゅう怖い」
いや、ふざけんなよ。
いくら彼女のことが好きだからって、冗談でもまんじゅう怖いとか言わないわ。
ただただ怖い。
母親の次くらいに怖い相手だぞ。
機嫌が悪い時なんて、目で人を殺せるほどの殺気を飛ばしてくる。
女の子は例外なく、怖い生き物なのである。
「君の恋愛には、学生特有のラブコメ要素はないのかね?」
「私にも分からん」
女心と秋の空。
永遠の謎である。
「メタ○マンみたく言われても知らんが、夏休み前に多少は彼女をよいしょしておいた方がいいんじゃないか? 夏休みに入れば、みんなで海に行くのだろう? 早いうちに水着を確保しておいた方がいい」
ジュリねえは、水着特集の載っている雑誌を数冊取り出し、今年話題になっているデザインの水着を見せてくる。
夏の海に似合う南国風の花柄や、今の流行色である暖かい色がオススメらしい。
いわゆるビキニタイプではなく、少し布面積が広い水着。
陸上選手が着ているようなスポーツ的なものであり、そこにオプションパーツ的なスカートや花飾りなどを付けて、自分用に可愛くアレンジするタイプだ。
泳ぐ時は装飾品を外してシンプルにして、写真を撮る時は可愛く盛る。
友達とシェアしたりも出来る。
今時の女性が好きそうな欲張りセットである。
「ハジメちゃん、これとか似合うと思わないか?」
「どうなんですかね。女の子なら、もっと可愛い方がいいんじゃないんですか?」
ジュリねえの選んだ水着は可愛いと思う。
綺麗なイメージがあり、流行の水着は目立つし、インスタ映えして良いとは思うけれど、もっと女の子らしい可愛いデザインが好きだ。
女性の可愛いと、男性の可愛いはまた違うものなのだ。
水着は布地が少ない割には高い買い物だし、夏限定だし何度も着るものではない。
着る機会が限られるが故に、女の子としては少しも妥協は出来ない。
ジュリねえなりに、小日向に似合いそうなものを選んでくれているようだった。
何で小日向用なのかは知らないが、暇だしいいか。
俺も一緒になって、あいつに似合う良さそうな水着を幾つかピックアップしてみる。
ジュリねえは、綺麗系の水着を選んでいて、俺は定番の可愛い水着を選ぶ。
「ハジメちゃん、ちょっと可愛すぎないか? 今時の学生だって、もっと大人びた格好を選ぶものだぞ?」
「まあ、俺は綺麗めより可愛い方が好きですからね。最近の水着は大人向けになってますけど、やっぱり王道的な可愛いデザインが好きですからね」
男の子はみんな、普通のビキニタイプが好きなのだ。
流行に合わせた無駄に凝ったデザインよりも、ベーシックなタイプがいい。
赤や青や黄色みたいなトリコロールカラーと言われるやつが好きだ。
何か見慣れた色合いだからな。
あ、この配色。ガンダムやんけ。
これはやめておこう。
他にある白色との組み合わせを選ぶことにする。
俺が白に拘っているように見えるらしく。
「男の子は、パンツも純白が好きだものな」
「いや、知らんけど」
何でパンツの話をしたんだ?
俺に同意を求めるな。
オタクみたいなノリで、俺の趣味を聞いてこないでほしい。
風評被害が酷い。
別に童貞だから、童貞みたいな発想をしているわけじゃない。
普通に白色の下着が好きなだけだ。
パンツの趣味には、童貞のバイアスは掛かってないからな。
「君の趣味なら仕方ないか。じゃあ、この水着を買おうかしら」
……は?
アンタが買うんかよ。
脈絡ねえことするなよ。
何だよ、嬉しそうにしやがって。
俺の魂を刈り取るかたちをしていやがる。
色々話し合って決めたから言い出し辛いが、三十○歳が着るにはきついデザインである。
白とピンクの可愛いフリルが付いた水着は可愛いけれど、それはあくまで高校生基準で似合うわけであり。
小日向とか、普通の学生が似合うことを前提に話していた。
これをジュリねえが着るとなると。
うわきつ。
大の大人が、制服姿でコスプレしているようなものだ。
それに、ジュリねえ。
うちの母親と年齢あんまり変わらな……。
はっ。
俺は何て酷いことを言おうとしたのだ。
彼女とて、女の子なのだ。
女の子はいつだって誰だって。
恋したらヒロイン。
如何にいつも悪逆無道な行いをするマネージャーとはいえ、女の子をディスっていいわけではない。
本心を告げたら、ジュリねえから本気の鉄拳制裁を喰らうので、口を紡ぐのであった。
「ジュリねえ、海にでも行くんですか?」
「は? 行かんが?」
……本当に、仕事に戻ってくれないかな。
次回予告では、水着購入回をするって言ったが、ジュリねえの話を延々とするとは誰も思っていないのだ。
三十路の女性が楽しそうに雑誌を見ながら、可愛い水着を選ぶ話を聞かされていた。
こんな話をしていて、喜ぶような人などいないだろう。
メインヒロイン不在で盛り上がるなよ。
「じゃあなんで水着を買うんですか?」
「私だってたまには可愛いと言ってもらいたい」
「ウルトラ承認欲求モンスターファームやんけ」
だから、何で当て馬が俺なんだよ。
俺に可愛い水着姿を見せても意味がないんだよ。
彼女居る人間に、意気揚々として水着姿を見せようとするな。
「去年撮った、白鳥の水着姿があるんだが見たいか?」
人の心すらないのか。
サラッと白鳥さんを売るなよ。
小日向のマネージャーである白鳥さんは、ジュリねえと同い年ながらも滅茶苦茶綺麗な人で、大人の女性の雰囲気が漂う魅力がある。
大人しいし、イカれたことは言わない。
しかも、おっぱいでかいから水着姿は普通に気になる。
くそ、悩む。
ここでジュリねえの口車に乗ってしまえば、どうなるか分からない。
だが、白鳥さんの水着姿は見たい。
あの大人びた性格の白鳥さんが大胆な水着姿を見せるなんて、本来なら有り得ないくらいだ。
今回を逃せば、一生見れないかも知れない。
「いや、本気で悩むなよ。ほら、私の水着姿もあるぞ」
あ、それはいいんで。
希少価値が違うものに、同価値を付けるのは違うと思う。
「白鳥みたいな乳しか取り柄のないやつより、ちゃんと私の写真も見ろや!」
スマホを顔面に押し付けてくるな。
普通に見れねえよ。
上司だから言いたくないけどさ。
馬鹿なの?
「ねえ、見てる?」
「いや、見てるよ」
「凝使って見て」
「なんで?!」

ちゃんと凝を使って見た。


後日。
放課後。
ホームルームが終わり、俺は帰り支度をする。
今日は仕事も部活もないので、家に帰ってゆっくりと漫画でも描こう。
「ハジメちゃん」
げぇ、小日向風夏。
こいつも仕事休みだったわ。
嬉しそうに俺に近付いてくる。
小日向ステップで近付いてくる。
「ハジメちゃんも休みでしょ? みんなで買い物行こうよ!」
「え?」
「水着買いに行くの」
「何で俺も?」
「ハジメちゃん。去年も一緒に行ったじゃん」
「まあ、そうだけどさ」
「あ、そうだ。読者モデルだし、ちゃんと水着の勉強しているよね?」
小日向のにらみつける。
ちくしょう。
仕事の延長線だわ、これ。
小日向の目が怖い。
仕事の時のこいつは、ガチモードだから困る。
延々と水着のことを話し続ける小日向と一緒に買い物をするなど、地獄である。
「小日向、因みに他に誰がいるんだ?」
「えっとね。冬華と麗奈。萌花と、姫ちゃん達だよ」
なるほど、準備組ね。
黒川さんに白石さん。
西野さんに真島さん。
いつものメンツである。
珍しく、三馬鹿はいないようだった。
あいつらは、部活大変だもんな。
大会前のピリピリとしたムードが漂っていたから、大会が終わるまではそちらに集中する方がいいだろう。
みんな応援していたし。
それに、部活抜け出して遊びたいとか言い出したら、しばいてでも部活に連れていくところだったわ。
まあ、三馬鹿の事情はいいとして。
これは好機だ。
俺としてもうるさい奴が減った方が気楽だし、黒川さん達は真面目な方だから、一緒に行動するのは安心できる。
俺に迷惑を掛けないからいい。
それだけで評価は爆上がりである。
うざ絡みが多い女子連中の中で、普通に接してくれるだけで幸せなのだ。
水着買いに行くのに、騒がしい三馬鹿はいらんしな。

小日向に連れられて、教室の後ろで帰り支度をしている黒川さん達と合流する。
「あれ、黒川さん。一条は?」
「逃げました」
「ああ、うん。なんか、すみません」
何で俺が謝ることになっているんだよ。
あいつ、面倒事になる空気を察して逃げやがったな。
一条はイケメンだから、女の子の話相手は慣れているが、基本的に女嫌いだ。
女の子は誰しも裏表がある上に、イケメンには猛禽類の如く、飛び掛かるハンターと化す。
そんな、学生あるあるの恋愛によるいざこざに巻き込まれまくったせいか、一条は膝に矢を受けてしまってな。
今の一条は、黒川さん一筋の自慢の彼氏であった。
いや、それはいいことなんだけど、準備組以外には心を開いていない。
とも取れる。
今でも女嫌いが直らない哀れな一条だ。
根がしっかりしている陽キャのよんいち組のことは、特に苦手のようであった。
別に仲間なんだから、気遣いしなくてもいい気がするが。
まあ、怖いものは怖いもんな。
「あ?」
萌花にガン飛ばされた。
なんか、すみません。
パブロフの犬状態である。
萌花に睨まれたら、謝る癖が付いてしまっている。
そりゃ、一条も裸足で逃げ出すわ。
「大丈夫だよ。一条くんが居たら、それはそれで大変だし気にしないで」
黒川さんは笑いながら言っていた。
乾いた愛想笑いである。
悪い意味で慣れた人が見せる表情だ。
大丈夫か、一条。
俺もお前も、彼女からの評価めちゃくちゃ低くなっている気がするぞ。
野郎の持つ尊厳がミジンコ並みだとしても、プライドはあるわけだ。
彼女くらいからは、いい彼ピッピだと思われたいのが男心である。
早めに名誉挽回しとかないと、後々苦労するやつだ。
黒川さんにフォローせねば。
一条は悪いやつじゃないからな。
親友の俺がやらないといけない。

「大丈夫、うちよりマシだよ」
いや、誰だよ今言ったやつ。
変なフォローをするな。
さも当然のように俺を下げる。
何でなんだよ。
俺は頑張っているのにこの言われようである。
俺と同じく一条はヘタレだが、学校でも有数のイケメンだし、運動も勉強も出来る優等生だ。
コミュニティ能力はかなり高いし、人脈を活かして色々纏めてくれるから、頼りになる時は多いのだ。
陰キャの俺と比べるんじゃないよ。
お前は性格が問題なんだって?
軽率な行動が多い?
すみません。
それは否定出来ないです。
黒川さんに聞く。
「逆に俺が居てもいいのかな? 一条が居ないなら、男は俺一人じゃん。邪魔じゃない?」
「水着を買いに行くんだから、ナンパ野郎が来るっしょ。男なんだし、女の子の楯になれよ」
「いや、理由があるなら、それは構わないが。俺一人なんだけど……」
無茶苦茶やんけ。
よんいち組と準備組だけで、八人居るわけだ。
しかも、みんな可愛い女の子だし、高確率で数人はナンパされるだろう。
小日向なんて、レトロクソゲーのエンカウント率並みに野郎にナンパされるからな。
こいつの面倒だけでも大変なのは目に見えており、どう考えても男手が足りてないんですけど。
教室に残っている男子が居れば、そいつら誘って助けてもらった方がいいかも知れない。
辺りを見渡すと、教室には俺達以外はおらず、もぬけの殻であった。
他のやつ、全員逃げやがったわ。
ラブコメの波動を受けて、居なくなっていた。
いや、気を利かせて出ていこうみたいな雰囲気で去っているが、見捨てているだけだ。
頼む、俺を一人にしないでくれ。
助けてください。
お前ら、クラスの女子とショッピングするより、逃げることを選択するなんて、勿体ないと思う。
可愛い女の子と一緒にショッピング出来るなんて、絶対に楽しいぞ。
小日向と目が合う。
やべえアホ面していやがる。
この娘、ハムスターより知能低そう。
小日向さん、出逢った時はもっと頭良かったよね?
……いや、俺でも今すぐに逃げたいくらいだから、その判断は正しいのか。
一条さん。
貴方の判断は間違っていなかったです。
巻き込まれる前に容赦なく見捨てて逃げ出した、危機回避能力の高さは凄いものである。
ただ、一条は後日絞められるそうなので、覚悟しておいてください。
俺には止められません。
あと、俺が同じことをやったら確実に殺されるんだから、そう考えたら恩情だと思う。
何故か、俺がやったら物理的な死が訪れる。
それに比べれば、一条への仕打ちなど何でもマシと言える。
萌花に怒られた。
「親友だろ、ちゃんと教育しとけや」
え、俺の仕事なの?
つい先月までは、一条の方がイケメンで優秀だったじゃんかよ。
一条みたくみんなに優しくしろとか言っていたのに、何で立場が逆転してんだよ。
いつの間にか、俺が一条の保護者になっていた。
「アレは面はいいが、基本的にはお前の方がマシ」
もえぴさん?
全然、褒めてないじゃん。
下位争いしているだけであった。
イケメンではないのだから、比べられても気にしてはいないが、一条を比較対象にするなよ。
優劣とか関係なく、親友と比べられても困るわ。
気まずいだけだ。
「まあ、よく分からんが、一条には言っとくわ」
黒川さんが悲しむのは嫌だしな。
一条は知らん。

「ねえ、みんな。……ぶっちゃけさ、一条くんっていいところあるの?」
真島さんは、一条にいいところが無い前提で話を振るなよ。
他の人もフォローしてやってくれ。
「面」
「遺伝子」
「人脈」
だから、誰だよ。
今、口にしたやつは。
外道かよ。
お前らにとっても、一条は親しき仲だろうに。
問答無用でフルボッコにするなよ。
真島さんは、親友の西野さんに話を振る。
「ねーねー、月的には一条くんどうなの?」
「……え? 黒川さんの彼氏のイメージしかないから。えっと、正直男性だし興味がない……」
「いや、月はそういう性格だけどさ。少しは他人に興味持ちなよ」
極限の人見知りを発揮していた。
西野さんは美人で優等生だが、どちらかと言えば目立ちたくないタイプの人だからな。
クラスでも女の子としか会話していないし、男性そのものが苦手である。
西野さんと小日向は、見た目だけで見れば似ていて、小日向から承認欲求という魂を抜いたら、こんな感じなんだろうなと思いつつも、まあ無理して小日向みたくコミュ力を鍛える必要もないだろう。
西野さんは西野さんの良さがある。
女の子の人見知りくらいは個性だろうさ。
正直俺も、異性と話をするのは苦手だからな。
他人のことをとやかく言えない。
俺も、クラスの連中は身内だからまだ話せるが、他のクラスの人達に話し掛けられても困るし、興味ないからな。
西野さんと同じような困った顔をするだろう。

まあ、西野さんからしたら、一条は友達の彼氏という認識が強いのだから、興味ないだろうよ。
「東っちは? 同小だし、多少は興味あるんじゃないの?」
「……え? ああ、うん。三年の時に一緒のクラスだったもんね。ちゃんと覚えているわ……?」
いや、覚えてないやん。
興味なさそうだ。
西野さん、興味ないなら興味ないって言ってほしいな。
俺も高校に入るまで西野さんのことを認識していなかったんだから、無理して話を合わせなくていい。
俺からしたら、文化祭以降の交友関係で別に構わない。
小学校の時の話題を出すと、よんいち組の機嫌が悪くなるし。
美術部繋がりで何度か話したことある黒川さんや白石さんも、俺の影が薄過ぎて忘れていたくらいだ。
記憶に残らないレベルで、俺の存在感がなさ過ぎるのが悪いのだ。
忘れていても別にいいよ。
悲しいけどね。
小日向が間に入ってくる。
「そういえば、ハジメちゃんのアルバムで小学生の西野さん見たことあるよ! すっごく可愛かった!」
「そうなの?」
「うん!」
こいつ、結構前に俺の家に遊びにきた時に、卒業アルバム漁ってたもんな。
ずっと前から図々しいやつだな。
俺達は地元は同じでも、微妙に通っていた学校が違う分、学校で流行っていたものが違ってくる。
うちの学校では、これが流行っていたで盛り上がる。
小学校が終わってから駄菓子屋さんに通っていたり、おもちゃで遊んでいたり、各々違う思い出を共有しながら話していた。
ただ、地元は同じなので、このお店で食べたホットケーキが美味しかったとか、終始くだらないが小学生の頃の懐かしい話をしていた。
白鷺や萌花は地元が違うから小学生の頃の話は盛り上がりに欠けるだろうが、二人は大人なので聞き専に徹してくれていた。
「今度私の卒業アル持ってくるね。一緒に見よ!」
小日向よ。
だから、お前の成長記録はいらないんだけど。
何で俺の方を向いて同意を求めるんだ?
まあ、見るくらいならいいか。
俺も卒業アルバムを持ってくるように促されるが、断固拒否する。
「俺は自分の写真が嫌いだし、小学校の時は黒歴史だから嫌だ」
「いまも黒歴史だろ……」
萌花は、言葉が強い。
不満があるのは分かるけど、横からぶん殴ってくるのは違うだろうに。
「じゃあ、れーなが代わりに持ってきて」
「うん。分かったわ」
秋月さん?!
「あ、そうだわ。他にも色々とアルバムがあったはずだから、それも持ってくる?」
流石、狂っていやがる。
俺の恥ずべき人生全てを、部屋から持ち出すつもりであった。
野郎の成長記録とか、学校で見るもんじゃないんだが。
「そうだ。赤ちゃんからハジメちゃんはハジメちゃんだもんね。可愛いんだよ~」
生まれた時から目付きが悪いベイビーで悪かったな。
美人のやつは生まれた時から美人なんだろうが、俺はあくまで普通の人間なんだよ。
親父と母親の遺伝子を濃く受け継いでいるのだ。
写真に撮られた姿が目付きが悪くて、ボスベイビーしていても俺が悪いんじゃない。
生まれた時からちゃんと親に似ていただけだ。
遺伝子強過ぎである。
親からしたら目付きが悪い子供なんて可愛くないはずだが、うちの母親は死ぬほど溺愛してくるからな。
俺の目付きが良かったら、もっと母親に絡まれる地獄だったはずだ。
そう思うとゾッとするわ。
適度に可愛くなくてよかったものだ。
「それだけ遺伝が強いと、ハジメちゃんの子供もハジメちゃんだね」
「いや、俺よりもどっちかというとお前に似るはずじゃ……あ、タンマ!」
タイムタイムタイム。
ストップしてくれ。
タイミングを逃したので効果は発動しない。

もう少し考えてから発言しろと、滅茶苦茶怒られた。
ボコボコである。
八人で殴る蹴るするのは、いじめじゃないかよ。
言葉の暴力には勝てない。
この物語では、女の方が強いんだよなあ。
俺は教室で正座させられていた。
何であの発言をした?
四人いるよな??
そう言われたら返す言葉もない。
一人を贔屓にすれば、他から不満が出る。
四股クソ野郎というのは大変で、よんいち組を平等に扱わなければならない。


神視点。
麗奈は萌花を宥めるのであった。
「まあまあ、萌花。東山くんは絶対に何も考えて発言していないんだから、そんな人を一方的に責めても仕方ないでしょ?」
「お前は、ちょくちょくトゲあるけど……。まあ、いいっしょ。れーなから何か良い案があるなら聞くけど」
「風夏だけが特別だから不満が出ているだけだし、みんな同じ立場になれれば満足でしょ? 東山くんに男の子として頑張ってもらえばいいと思うわ」
もう無理。
SAN値が吹っ切れていた。
この前の一件から麗奈の頭は壊れていた。
ハジメちゃん好き過ぎて、お嫁さんまでのウイニングロードを走っているせいか、チンパンジー以下の知能しかないのであった。
恋は盲目。
結婚の為なら、どんな手段であれ勝てば良かろうなのだ。
最悪、好きな人との赤ちゃんが居れば、それだけで幸せだろうし問題ない。
シングルマザーも辞さない覚悟を持って来ている人ですね、貴女は。
「正気か、この女」
こうしてとんでもない化物が誕生してしまったのである。
愛は人を狂わせる。
いや、こいつは最初から狂っている。
頭の中がヤバイやつなのは、今に始まったわけではない。
狂っている麗奈を尻目に、風夏と冬華は楽しそうに話していた。
「みんな赤ちゃんが生まれたら、赤ちゃんもよんいち組だね」
「なるほど!」
全員ドン引き。
美人二人だけは気楽であった。
元より、風夏も冬華も他人からの目線を気にするタイプではなく、自分が幸せと感じたものを守れればいい。
読者モデルと、かたやテニスやバイオリンという、勝ち負けが存在する世界で常に戦っているだけあり、ドライだ。
この世界は非情であり、勝者は一人しかいないのだから、望んだもの全てが手に入るとは思っていない。
二人とも、ハジメのことが誰よりも好きだが、自分だけが独占し、自分だけを見て欲しいとは言えない。
幸せと不幸は紙一重だ。
不相応にも、これ以上の幸せを望めば、神は容赦なく皆を不幸にするだろう。
ハジメちゃんが好きで、他の三人も同じように好きだから。
みんなが幸せ。
それが大前提だ。
誰か一人でも欠けてしまえば、それはもうよんいち組ではない。
ハジメが男として、よんいち組であることを守りたいように、その為に尽くすのが女というもの。
全員が全員、幸せになれる道を模索していた。
「まあ、三人がそれでいいなら、従うだけだけどさ」
萌花は深く考えるのを止めた。
今回の一件はハジメが全部悪いけど、告白したのがこちら側の手前、四人をずっと平等に愛せと言うのは酷である。
それに、自分より優秀な女性がそれでいいと我慢しているのだから、これ以上怒るのは駄目だ。
萌花は、正座しているハジメに最後の一言を与える。
「条件は一つ。お前が守るべき相手は、四人ともだからな」
多分、それは守る。
死んでも守るだろう。
だから多少なりとも評価してしまうのだ。
はあ。
何だかんだ許してしまうのは、惚れた側の弱味である。


水着ショッピング編につづく。
しおりを挟む

処理中です...