この恋は始まらない

こう

文字の大きさ
上 下
89 / 111

第六十二話・三馬鹿だって可愛くありたい!

しおりを挟む
学校に到着した瞬間に、三馬鹿に絡まれる。
……暇人かよ。
そう思いつつもこいつ等から逃げたところで、オタクの俺では陸上部の脚力には勝てない。
大人しくするしかない。
「ねえねえ、わたし達も水着買いに行きたい!」
「東っち、水着買いに行きたい!」
三馬鹿の中野と夢野は、ぐいぐいくるのであった。
「ああ、分かった。すまないが、今日は無理だから明日でいいか?」
昨日の今日で疲れている。
この状態で買い物に行ったら倒れるわ。
「ま? 断ると思ってたわ」
「え? 逆に素直過ぎてきもっ」
「……だから何でアンタ達は東山くんを誘っといて喧嘩売るのよ」
最近の橘さんは完全にツッコミ役であった。
まあ、あの二人は後で絞めるとして。
三馬鹿は、他の奴等からこの前の話を聞いていたらしく、のけ者にされていて悲しかったようだ。
けものはいても、のけものはいない。
のけ者っていうか、腫れ物だけどな。
三馬鹿は悪い連中ではないが、静かにショッピングしたいのに、煩い奴を連れて行くのはしんどいのだ。
あと、こいつらの水着選びに付き合いたくないし。
絶対に面倒臭いことになる。
しかしながら、よんいち組ばかりを贔屓するのは居心地が悪い。
三馬鹿だって、いつも頑張って授業を受け……、いや寝ているか。
まあ、部活は頑張っているわけだから、一日くらいは付き合ってやってもいいか。
クラスメートだしな。
それだけで、仲良くしてあげる理由はある。
「ツンデレか」
「面倒臭い性格してるよね」
「まあまあ、東山くんも付き合ってくれるんだから、それくらいにしなよ。……ね?」
橘さんも橘さんで、心配そうに俺を見ないでいいよ。
別にキレていないし。
怒ることはあっても、そういうやり取りをする間柄なだけで、別に三馬鹿のことは嫌っていない。
一緒に居ると疲れるだけだ。
女の子はうるさい。
小日向といい、何故に朝っぱらから元気いっぱいで俺に絡んでくるのか理解出来ない。
朝一に挨拶してくるとか、仲良しかよ。
「東っちとは、ズッ友だし」
「フィーリングが合うわけだし、んなぁ細かいことはいいじゃん」
「二人は馴れ馴れしいけど。まあ、東山くんは話しやすい人だからね?」
いや、それはいいんだが、他の男子とも話せよ。
夏休みの予定決めだって、仲良くなる為に男子と話し合えばいいものを。
俺をバーターに予定決めをしてくるからな。
え? 男子から避けられている気がするって?
お前らはクラスで好き勝手するし、発言するから、引かれているんだよ。
だから、常日頃から女の子として慎ましくしなさいって言っているでしょうが。
机の上に座って大股開いているやつは、お前しかいないんだよ。
特に中野ひふみ。
こいつらの将来が心配である。
それだけが私の心残りです。
ママみを帯びてしまう。
はあ、恋人が欲しいとか言っている場合ではない。
やっていることは馬鹿だが、真面目な奴等だから困ったものだ。
夏休みはイケメンにナンパされたいとか言い出すし、変な男に掴まらなければいいが。
何で、自分の彼女よりも三馬鹿のことを気に掛けなければならないのか。

「東っち。そういえば、なんで今日は駄目なん?」
「ここ最近、溜めてしまっている仕事があるからな。すまないが今日は集中して消化したい」
「へー、大変だね。仕事がきついなら買い物はまた今度でもいいよ?」
「いや、先延ばしにしたら、お前らの部活が大変だろ? 余裕がある時に行った方がいいだろう?」
三人は陸上部だ。
陸上は自分との戦いのスポーツであり、毎日放課後まで残ってタイムを追い込んでいるのだ。
俺も部活がある日は、居残りしてでも漫画を描いている時がある。
そんな日の帰り際、三馬鹿は暗闇の中でも頑張って校庭を走っている。
運動神経がない人間からしたら、スポーツの良さは分からないが、夜遅くまで自分の為に努力して頑張っている人間は好きだ。
三馬鹿のことを一概に嫌いになれない所以は、そういうところだろう。
彼女達も自分に出来ることは精一杯やっている。
頭がチンパンジー並だとしても、誇れるところは一つくらいある。
まあ、普段ならこいつ等と買い物するくらいなら、首切って自害するところだが、部活続きでストレスが溜まっているはずだ。
こいつらの息抜きをさせる名目もあるので、付き合ってあげよう。
俺は優しいからな。
「たまにまともなの、なんなん?」
「DVしてくる彼氏がたまに優しくなるみたいなことしないでよ」
「……」
日常的にDVしてんのは、お前らだろうが。
橘さんは橘さんで、無言でいないでくれ。
まるで俺が日常的にDVしているみたいじゃないかよ。
俺はやってないからな。
「それで、お前ら。大会の方は大丈夫なのか?」
中野ひふみは、自信げに答える。
「もちろん! 大会に向けて身体を慣らしているし、自己ベストも出しているもん」
他の二人も同じように、最近は部活にも専念出来て調子がいいらしい。
顔や目を見ても、心身ともに元気そうだ。
正直、かなり心配していた。
努力とは、どれほど好きなものでも少しずつ心が磨り減る。
しかも、努力するものが好きなものだと、それが気付きにくいから性質が悪い。
気付いたらぶっ倒れるパターンもある。
同人作家の大半は、そうして命を削っていたりするわけだ。
だがまあ、杞憂だったみたいだな。
それならば安心である。
こいつ等が楽しそうならば、何よりだ。
「そうか。良かったな」
微笑ましい限りだ。
人間生きているなら、幸せな方がいい。
俺は少しだけだが、嬉しくて笑ってしまう。

「男の顔をしないで!!」
ぎゃおおおん。
中野、キレる。
「無茶苦茶言ってんじゃねえよ!」
理不尽過ぎるだろ!
俺がちょっと笑っただけで、何で炎上するんだよ。
気付くと、教室全体が燃えていた。
何で他にも引火してんだよ!!
お前ら、スピリタスかよ!?
よんいち組を含め、他の奴等からも俺が悪いという意見しか出ていない。
男は笑っちゃいけないのか?
頑張っている人が居たら、応援するのは普通じゃないかよ!?
「ハジメちゃんが悪い」
「東山が悪いだろう」
「東山くんが悪いかな」
「お前の普通は、普通じゃないんだよ」
何でなんだよ。
俺は普通だよ。
ホームルーム始まる前から、うちのクラスは騒がしいのだった。


次の日。
放課後になって、教室内で三馬鹿と一緒に水着を買いに行く準備をする。
他のやつも誘おうと思ったら、夏に向けて部活をしないといけない連中ばかりなため、教室に残っているメンバーは殆ど居なかった。
いや、待ってくれ。
……俺と三馬鹿だけは地獄なんだが?
小日向や白鷺は、仕事が入っているので参加出来ない。
秋月さんや萌花は、嫌な空気を察してか直ぐに帰っていった。
他のクラスメートも同様である。
お前ら、俺を見捨てるの早過ぎるだろ。
「東っち人徳ないね?」
「いや、無いのはお前だよ」
日頃の行いが悪い。
何で俺のせいになっているんだよ。
中野ひふみの下らない冗談を軽く受け流す。
正直、何人か他のやつが居てくれた方が良かったんだが。
この四人で駅前を回るのは構わないが、正直この四人で遊んだところでなぁ。
クラスメートではあれど、悪友の間柄だ。
特に何かイベントが発生するわけでもない。
「ラッキースケベもないもんね」
ふざけんな。
ゲームであったとしても、お前らに貴重な一枚絵を使えるか。
「我々には、新しい風を吹かせてくれる人材が必要ってことね!?」
何を言っているんだ。こいつは。
キリッ。
中野ひふみは凛々しい表情をする。
頭悪いのに、格好つけるな。
……三馬鹿あらため、馬鹿一人だ。
こいつが俺達のクラス委員長なのバグだろ。

俺達は思っていた。
中野がこの世界に居なかったら、俺達の学校生活はもっと穏やかで過ごしやすかったんじゃないか?
そう思えるくらいに、フルスロットルでブッ飛ばしてくる。
「いや、新しい風って。他に誰も居ないだろ……」
「教室出たら誰かいるでしょ。捕まえてこ」
昆虫採集じゃねえんだからさ。
そんなノリでクラスメートを探すな。
まあ、俺達だけで教室に居続けても始まらないので、外に出て廊下を歩いていく。
俺達は買い物に行くから残っていたが、クラスの連中は部活だ。
下駄箱までの道を探したところで誰か居るわけがない。
というのか、夏服に衣替えが始まっただけあってか暑いわ。
教室以外はクーラーも効いていないから、廊下をうろうろするもんじゃない。
「もやしか」
「東っち、体育祭ゴミカスだったし、男なら少しは筋トレして鍛えたら?」
「ぶっ○す」
陰キャのオタクに身体能力を求めるな。
というのか、あまりに酷過ぎて今年の体育祭も語れないレベルである。
すまない。
作者の文章能力が低過ぎて、みんなの体操着姿もチアガール姿も見せられない。
体育祭編をやったところで、目立つのは、運動部の一条や佐藤だけだし、俺はクラス対抗の玉入れや綱引きくらいしか参加していない。
それを話にしても詰まらないからな。
ああ、三馬鹿は数少ない目立つ機会だから頑張っていたっけか。
陸上部で足が早いと、リレーにも抜擢されるわけだから目立つよな。
中野がクラスの顔みたいなどや顔で、クラスのアンカーとして走っていたのは苛つくが。
まあ、俺みたいに、騎馬戦に参加して何の成果も得られずに戻ってくるよりかは偉い。
ともあれ、楽しい体育祭であった。
ゴタゴタもあったけれど、一致団結していたしな。
「……お前らも筋トレとかしているのか?」
「え? 走る時に無駄な筋肉は邪魔になるから筋トレはしないよ」
「じゃあ、走るやつはどうやって鍛えているんだ?」
「う~ん。せや、延々と走る!」
赤ちゃんみたいな表情しやがって。
ちったぁ、頭使えよ。
中野の言い方はともかく、陸上の選手は同じことをして重点的に鍛えるのだろう。
短距離の選手はずっと短距離の練習しかしないだろうし、マラソンの場合はマラソンしかしない。
繰り返しだけのトレーニングとか、普通に考えたら飽きそうなものだ。
こいつらは、勉強は直ぐ投げ出すクセに、部活は飽きずに続けているんだから偉いものだ。
「体育祭はお前等が居てくれて助かったよ」
こいつ等が居なかったら、クラスの点取り合戦で負けていただろう。
三馬鹿や一条含め、運動部の連中が真剣に挑んでくれたから一位を取れた。
高校生になったら、努力なんてださいって斜めに構えてしまう。
そんな中で、汗水流すほどの頑張りがあったから、体育祭で勝てたわけだ。
「じゃあ何か奢って」
「……何故そうなる」
「いや、分かりやすい報酬の方が嬉しいかなと」
物欲主義かよ。
「まあ、ジュースくらいならいいが……」
学校の自販機で三馬鹿にジュースを奢る。
安いジュースしか置いてなくて一本百円程度だからまだいいが、本当なら駅前タピオカ屋でジュースを奢らせるつもりだったらしい。
鬼かよ。
何でサラッと六百円くらいの物を奢らせようとしているんだよ。
百円のりんごジュースで我慢してくれ。
「東っちありがとう」
「うみゃ~」
「何で名古屋弁??」
橘さんはツッコミを入れる。
ツッコミ役は大変だな。
ジュースを飲んでいる最中ですら、一切気が抜けないとは可哀想である。
「お前の出身は東京だろうが」
こいつが居ると、物語が進まない。

それからしばらく飲み物を飲みながら雑談していると、見知った顔の人が歩いてきた。
「本屋ちゃんだ!」
ちいかわの新キャラ?
「田中さんね」
橘さんはマジレスする。
いや、冗談なので。
すみません。
ちゃんと知ってます。
彼女の名前は、田中ミナさん。
この前、写真立てを作ってくれたオタクの女の子である。
田中さんは、図書室で本を返してから帰宅する途中だったようだ。
「え? どうもです……??」
田中さんが本屋ちゃんと呼ばれているのは、その通りで図書室で本を借りるくらいに本が大好きだからだ。
図書委員でもある。
まあネーミングは安直ではあるが、安直な人間が付けたあだ名なので許して欲しい。
うちのアホどものせいだ。
田中さんはその中でも純文学が好きらしく、図書館に置いてある名作は網羅しているほどに、かなりの博識である。
彼女曰く、本とは人が生きた証だと言う。
読書はただの娯楽であれど、筆者が歩んできた数十年の経験や価値観を、我々読者はたった千円で知ることが出来る行為だ。
筆者が見て感じたもの全てを、美しい文字として紡ぐことで、それは一つの作品になる。
本屋さんで偶然手に取って、その作品に出逢い感銘を受けることは紛れもない奇跡なのだ。
数十冊読んだ作品の中で、心が打たれるほどの感動を与えてくれる作品がたった一つだけだったとしても。
引っ込み思案の自分に、新しい世界を見せてくれる。
だから、何よりも本が好きだと言う。
そう嬉しそうに語る彼女は、本屋ちゃんと呼ばれるくらいに輝いていた。
ラノベや携帯小説だけで読書することに満足していた俺達が恥ずかしいわ。
「ねぇ、本屋ちゃんも買い物行かない? あたし達、夏休みに着る水着を買いに行くんだ!」
「え……。水着ですか?」
田中さんは俺を見る。
まあ、男子が居るのは嫌だよな。
「大丈夫。俺が邪魔なら帰るからさ。安心して」
「そこ、面倒だからって帰ろうとしないでよ」
三人に止められる。
付き添う人間が俺か田中さんなら、田中さんが居た方がいいじゃん。
「東っちは害獣だけど、無害だから大丈夫。何かしたら、もえぴに言えば処分してくれるから」
……。
止めてくれるかな?
萌花はあかん。
結構、切実な願いなんだけど。
萌花は、お前らみたいなもんに何か言われても信じないし鵜呑みにしないだろうけど、田中さんが言ったら即座に信じるわ。
そして俺が死ぬ。
あと、俺達の生産性のないノリを、あまり絡んだことのない人に求めるなよ。
田中さんは、どう見ても体育会系ではないだろう。
「へえ、そうなんですねえ……??」
田中さんは真面目な人だからか、イカれた三馬鹿のノリがよく分かってないようであった。
「本屋ちゃんは、水着もう買ったの?」
「いえ、まだです。私は海とか行かないし、学校のでいいかなぁって」

「駄目だよ。女の子なんだから、可愛い水着を着なきゃ。今年の夏は一度しかないんだよ!」

「ええ……、何で東山くんが言うん?」
「小日向の生き霊が、俺にオーバーソウルした」
渋谷から飛んできたわ。
5Gより早い。
それが、小日向風夏ちゃん。
「ひえぇ。こいつやばいやんけ……」
「うげえ、やっぱ東っちが一番狂っているわ」
お前らドン引きすんなよ。
冗談やん。
キモいのは分かるけど、少しくらいオブラートに包んでくれよ。
俺だって人並みに傷付くんだぞ。
優しく表現しても、キモいものはキモい。
まあそうなんだけどさ。
「田中さん、ごめんね。ウチのアホ共がご迷惑を」
俺達に代わり、深々と謝罪する橘さんであった。
「アホ共ってアタシ達のこと? 東っちだけじゃないの??」
「わしは悪くない! 風評被害じゃ!! 全部こいつが悪い。」
「うっさい! アンタ等も同罪だろうが!!」
……橘さん。
それ、俺が罪を犯したと言っているようなものなんですが。
騒ぎ立てる雛達に、ミミズを与えて世話をする橘さんである。
親友とはいえど、よだれ垂らした赤ん坊二人の世話は大変だよな。
橘さんほどの人格者でなければ、あのゴミカス二人は見捨てられていたはずだ。
怒らないでいるだけ素敵である。
ぶっ○す。
いや、キレていたわ。
スポーツタオル片手で、二人の背中をしばきながら追い回していた。
逃げ惑う二人。
おもっくそしばかれた時に発生する音と悲鳴。
田中さんは、困惑していた。

早く買い物行こうぜ。

半分くらい物語の時間が進んでいるのに、一歩も学校の外に出ていないんですが。
「はあはあ……、買い物行きましょ」
「ぜぇぜぇ」
「東っち、お願い。汗拭きシートちょうだい」
全員満身創痍じゃねえか。
廊下を全力で走るからだろうに。
あと、サラッと制汗剤をねだるな。
持ってるけどさ。
「だって東っち、いつも持ってるじゃん」
「これは違うぞ。小日向がよく汗拭きシートを持ってくるの忘れるから、俺が代わりに持ってきているだけだ」
「ええ、きめぇよ……」
てめえら、戦争じゃ。
表出ろや。
女子供関係なく相手してやるよ。
「やってやらぁ!」
「表出たらボコボコだからな!!」
俺達は怒りの勢いに任せ。
上履きからローファーに履き替え、やっと校舎を出てるのであった。

校舎から出て、仲良く雑談しながら歩いて数分後。
「何で!?」
田中さんは、いきなり叫び出す。
「今までのって、絶対に喧嘩する流れじゃなかったの?!」
田中さんの情緒ぶち壊れているやん。

「だって、男が女の子殴れるわけないじゃん」
日本男児に生まれたからには、女の子は大切にしないといけない。
「ふふん。アタシは東っち殴れるけどね」
そんなことをどや顔で言うんじゃねえよ。
野郎を殴れる自慢とか、ただのやばいやつだわ。

「……田中さん。アホ共の言葉を鵜呑みにしちゃ駄目だよ。こいつ等は頭で考えて話をしていないが故に、アホなんだから」
「はわわ。この世には、そういう類いの人もいるんですね」
この人も大概、言葉にエッジが利いているな。
流石、俺達のクラスでやっていけるだけある。
文学少女からしたら、頭で考えていない人間がいるとは思っていなかったのか。
思わず口にしてしまったのだろう。
……うん。
同じ人類だと思われていないんじゃないか?
聞いた話だとIQが20違うと、人間は理解し合えないらしいし。
まあ、そんな俺達の買い物に文句言わずに付いてきてくれるだけ、優しい人なわけだし、有り難いんだけどね。


ショッピングモール。
入口に入るや否や、夢野ささらと中野ひふみが飛び出していく。
「海だ!」
「水着だ!」
「ロマンティックが止まらない」
水着売り場ではしゃぐとか、クソガキかよ。
うちの小日向と変わらないのであった。
「何かごめんね」
「いや、俺は慣れているんで大丈夫ですよ」
俺は冷静であった。
ああいう連中には慣れているし、クソガキ取扱保安責任者の資格を持っているからな。
俺は、母親や妹。小日向という多種多様な壊れキャラによって日々精神を鍛えているだけあり、並大抵のことでは動揺しない。
危険物の取り扱い方法として、常に冷静でいることが最重要だ。
冷静さを失った者から死んでいく。
ちなみに資格を取得するのは、草むしり検定三級並みに難しい。
「東山くん。相変わらず意味分かんないこと言ってないで、早くあいつ等を止めに行きましょ」
え!?
 相変わらず!?


それからしばらくは普通に水着選びをしていた。
三馬鹿も田中さんも、クラスメートと行く夏休みの旅行は楽しみらしく、海も久しぶりとのことだ。
学校ではプールの授業があるとはいえ、授業として泳ぐのと、プライベートで海に行くのとではテンションが違うわけだ。
磯の香り。
波打ち際の音。
ビーチで好きな人と追いかけっこして、ラブロマンスを堪能したい。
中野さん。中野さん。
いや、だから話を聞いてください。
貴女は恋人を作るところからやんけ。
現地でナンパされたらワンチャンあるとか言っていたが、そもそもコテージのプライベートビーチで泳ぐから他人居ないし。
「え!? 海の家は!? 小麦色に焼けたイケメンブーメランパンツは??」
「局所的な例えを出すな!」
海の家もないし、小麦色のイケメンの兄ちゃんも居ないわ。
ナンパのない海なんて、楽しみが半減である。
夏休みの人気スポットである海の家に行かないで、海に行く必要があるのだろうか。
……うん。
長々と海の素晴らしさを語ってもらって悪いのだけれど、色々な人間が居る中で、お前等は選ばれないと思うよ。
「身体には自信があります」
「うん。何で口にした?」
馬鹿なの?
女の子が自分の身体をアプローチにすんな。
運動部だからこそ、プロポーションの良さを活かせる。
陸上部で実力を残せるほどの恵まれた身体能力。
お前の身体は、誰よりも速く走るためにある。
その為に並々ならぬ努力をしているはずだ。
だったら、それは何よりも価値がある換えがたいものだ。
しかし何故、人は愚かな発想をするのか。
ああ、中野だからか。
ぽえーん。
口開けていた。
素のまんまでアホ面をするな。
こいつと比べたら、そこら辺の中学生の方が何倍も理知的で尚且つ、大人びた顔つきをしているではないか。
食事で摂取した栄養素の大半を、誰よりも早く走るために費やしている。
中野ひふみは、脳まで筋肉で出来ているのであった。
これぞ脳筋である。
「この馬鹿はさておき、プライベートビーチだからナンパも海の家もないからな」
「なんでぇ」
「お前は黙ってろッ!」
うっせぇんだよ。
さっきからお前しか話していないから、迷惑かかっている。
中野がずっと一人で話続けるから、田中さんがビビっている。
「いや、それは東山くんが怒るからじゃないかなぁ……」
「マジか。すみません」
「謝るの早いね」
深々と謝罪をする。
そうだった。
田中さんは俺と同じオタクで話が通じるとはいえ、一般人なのである。
クレイジーガール。
略してCGばかりのクラスメートとは違うのだ。
「最近の加工技術は凄いもんね」
「そうだ。風夏ちゃんって何のカメラアプリ使ってるの?」
「え? あいつ? 普通のカメラ機能しか使ってないはずだけど……」
俺は男だから写真は撮らないし、よく分からないけれど、普通の人はアプリのカメラ機能とか使っているの?
夢野ささらは、熱く語り出す。
「私が説明しよう」
何でお前。
カメラアプリは女子高生の生活必需品である。
女の子は可愛く自撮りすることで、学校内での自分の地位を誇示する。
クラスのグループラインで、可愛い自分のアイコンを見てもらい、承認欲求を満たすのである。
夢野さん可愛い。
そんなことないよ~。
化物じゃん。
それはそうとて。
女の子は、可愛くあるのが好きなのだ。
「アプリ使うと、肌質とか輪郭とか綺麗になるじゃん」
「そうなのか?」
「よくSNSとかに自撮り上がっているでしょ。あれですよ、あれ」
「ああ、なるほど。流石、夢野だな。夢女子だけあってかSNSに詳しいな」
「だから、一言多いんだって」
夢野、キレる。

なるほど。
ファンが上げている写真とかか。
へえ、最近のアプリは凄いな。
タイムラインに流れてくるものはよく見ているけれど、どの写真も加工されているとは全然分からないし、普通に可愛いわ。
これだけ綺麗に自撮りが出来るのならば、今時の子は自撮りに躍起になるものだ。
「ほら。白鷺さんも撮影しているんでしょ? 高橋くんが写真撮ってくれた時は写真を加工しているっていっていたし」
「いや、白鷺の時はハイライトしか弄ってないって」
白鷺との撮影ではポートレートも撮るし、屋外での撮影も多いため、編集時に光加減を調整している。
しかしそれだけだ。
高橋は、白鷺は美人であるが故に、撮るのも編集するのも楽で助かるって言っていたっけ。
高橋だし、他意はないんだろうけど。
中野は、間に入ってくる。
「あの、アタシが聞いた時はガッツリ加工しているって言っていたんだけど……」
中野。
悲しいこと言うなよ。
それはお前だけだぞ。
ーーーーーー
ーーーー
ーー
戦いのゴングが鳴る。


「はぁ。二人とも、喧嘩しないでよ」
土台無理な話だね。


橘さんの水着選びをしていた。
「明日香、こっちのがエッチだからいいんじゃない?」
「ふーん。佐藤にアピールすんの? じゃあこっちじゃね??」
「お前等、橘さんにセクハラすんな」
親友なのに、胸元が凄い見える際どい水着を勧めてくる。
せっかく恋人がいるのだから、彼氏を悩殺出来るようなものを着るべきである。
それは理解出来るが、言い方とか勧め方とか色々あるだろう。
言い方が直接過ぎて、スケベ過ぎるんだよ。
「明日香は腹筋バキバキバッキンガムだから、ヘソ出しは駄目だよ」
「腹筋6LDKかい!?」
てめえら。
俺を無視して会話を続けんな。
これは忠告である。
調子に乗っていると、橘さんに殺されるぞ。
「ダイエットには筋トレが良いって言っていたのに。毎日腹筋をして、夏のくびれボディを目指した結果がこれだよ!」
後のボディビルダー。
チョコレート明日香である。
「いや、意味分かんねえよ。あと、田中さんを置き去りにするな」
「あ、私は無視してくださいぃ……」
この会話に介入するのも無理である。
もえぴぃ助けてぇ。
嫌です。
返信早いな、マジで。
スマホ待機してんじゃねえかよ。

秋月さん。
嫌です。
二人とも待機してんじゃねえかよ。
ふたりはプリキュアかよぉぉ。

「東っち、隙を見て彼女にラブコールしないでよ」
そんなつもりはないんだが。
「しね!」
何でお前は直接的なんだよ。
僻むな。
お前がどれほど妬もうとも、もえぴは俺のもんじゃ。
「二度しね!」
それ逆に裏返って、生き返りそうだけどな。
中野の戯れ言に付き合っていたら、時間が幾らあっても足りなくなりそうだ。
アホ共は放置して、橘さんと田中さんで選ぶことにしよう。
「東山くんも読者モデルなんだから、水着選びのポイントとか教えてよ」
「……ポイントねぇ。流行りのデザインから選んだ方が無難だけど、ワンピースとかの方がいいんじゃないですか?」
「腹筋のせい?」
は?
みたいな顔しないでくれ。
やめろ、答えづらいわ。
見苦しい腹筋をしているのだから、ワンピースで隠すべきである。
……知らんよ。
この人も大概、面倒臭い性格をしているよな。
女の子だし、いつもとは違う海で、可愛い格好をするのに悩むのは分かるが、陸上部の運動着の方が薄着で恥ずかしいと思うぞ。
陸上競技だからこそ、可能な限りスポーツウェアを軽量化させ、タンクトップのような格好で空気抵抗をなくす目的があるのだろうが、男の子から見たらえちえちである。
身体のラインが見えるくらいの薄手の生地。
大きく空いている脇とヘソ下。
脇と腹筋フェチが歓喜しそうなレベルだ。
メイド服好きじゃなかったら、流石の俺でも恥ずかしくて死んでいただろう。
三馬鹿とはいえ、女の子だ。
上も下も布面積がギリギリだと、恥ずかしくて直視出来ないものである。
ただでさえ、胸元や股下が見えそうだからな。
知り合いだからもあるが、三馬鹿で発情したら末期だわ。
性別が女性ってだけで、橘さんならまだしも、夢野や中野はなあ……。
典型的な運動部だし、ノリもいい。
教室でぎゃあぎゃあしている分には付き合いやすいが、女の子として見たらいやぁきついっすわ。
放課後にたまたま出くわすと、男子はスポーツウェアが大好きで、エロいと思っているのか、俺にウェア姿を見せ付けてくる。
いや、スポーツウェアは可愛いとは思うが、てめえらの素肌とか下着を直視したら、俺の顔面が粉砕されるんだよ。
よんいち組を舐めるな。
彼女舐めんな。
女舐めんな。
全ての生物において、雌の方が圧倒的に強いのだ。
教室では可愛い子ぶって猫かぶっているだけで、裏では俺のことを殴っている。
街を歩いている最中に、流行りのファッションをした女の子を見ただけで逆鱗に触れるくらいなのだ。
私の方が可愛いでしょ。
そう返される。
いや、だから、ファッションが可愛いから見惚れただけであって、女の子の顔は見ていないし。
街中でのすれ違い様なので、洋服を見る時間しかなかった。
そう弁明しても。

言い訳をするな。

女の子とは理不尽な生き物だ。
何故、世の中の男性は女性を好きなのだろうか。
理解に苦しむ。
橘さんは、手に取った二つの水着を見つつ、可愛い系か綺麗系か悩んでいた。
まあ、彼女ともなると、頑張っている姿も知っているから、愛おしいのかもな。
佐藤に可愛いと言ってもらいたい。
その気持ちを知っている俺と田中さんはほっこりしていた。
ツンデレはいいな。
田中さんは、俺に小声で聞いてくる。
「橘さんって、乙女なんですね」
「うん。可愛いよね」
「……可愛いって。彼女さんに聞かれたらやばいことを、平然と話さないでください」
田中さんに怒られた。
好きな人以外に、むやみやたらに可愛いと言わない方がいいらしい。
なるほど。
「すまない。可愛いが口癖になっているみたいだ」
「女の子は、無意識に可愛いばっかり言いますからね。東山くんにも、その口癖が移ったみたいですね」
そうかも知れない。
小日向やファンのみんなは、ことある毎に可愛いしか使わないしな。
可愛い?と言われたら、世界一可愛いと返すことも多い。
大体は小日向のせいだな。
世界一可愛いを日常会話の中に、定期的に挟んでくるのは止めてくれないか?
あのアホは、俺に言わせたいだけだ。

それもあるが、SNSの影響も大きい。
ツイッターなんて、女の子の可愛いが飛び交うスプラトゥーンだ。
毎日可愛いの縄張りバトルをしているからな。
どちらかが滅ぶまで、この戦いには終わりがない。
他者より可愛く。他者より綺麗に。
これが人の夢。
人の望み。
人の業。
可愛いことが正しいと疑わず。
己が可愛さを求めるが故に、互いに可愛いと言い、その身を食い合い、際限なく可愛いを求める。
俺は、読者モデルだから分かるのだ。
自らが育てた可愛いに飲まれ、人は滅ぶとな。
いつの日だったか、数十件付いたコメントを見た時に気付いたのだ。
全員が全員、可愛いしか言っていなかった時に戦慄を覚えたぞ。
この世界は、これほどまでに狂っているのだとな。

という冗談はさておき。
女の子にとっての可愛いとは、挨拶みたいなものである。
男が飲み会の自己紹介で、彼女はいません。童貞です。と言うようなものだ。
それくらいに、大した意味はない。
いや、女性同士のコミュニティを維持する上で、友達に可愛いと言うことはとても重要か、意味があるのかも知れない。
可愛いを使うことで、敵意はないと示しているとも取れる。
可愛いのシェアは、生物として必要な行為だったのか。
なるほど。
女の子ってすげぇな。
クラスの男子達よりも全然大人である。
野郎なんて、気持ちよすぎだろ!ネタで、みんな揃って大爆笑しているくらいだからな。
うちのクラスの男子、仲よすぎだろ!
そう考えたら、女の子の可愛いと、気持ちよすぎだろ!は類義語なのか?
「……東山くん」
「すまない。脱線した」
「よく分からないですが、多分次やったら怒られると思います」
遠回しに集中しろと言われた。
そうだな。
今は水着を買いに来ているわけだから、専念すべきである。
橘さんは、二つの中から何とか選ぶ。
やっぱり可愛い系にしたみたいだ。
うん。
露出は少なめの、ピンクのリボンが付いた水着であった。
「わあ、可愛いと思います!」
「田中さんありがとう」
悩みに悩み。
時間を掛けて選んだだけあり、橘さんは満足そうだ。
一着数千円するわけだから、いいものが見付かってよかった。
「次は田中さんの番ね」
「はい?」
「頑張って田中さんに似合いそうな水着をチョイスするからねッ!」
橘さんはやる気満々である。
「ぴぇ」
田中さんは、知らなかったのだ。
オタクの世界に生きる住人。
そんな人間が陽キャに絡むことは、死を意味する。
橘さんは、他の人の水着を選ぶのが楽しいのか、キラキラと目を輝かせていた。

うんうん。
俺もオタクだからよく分かる。
陰キャで目立たない人間が突然話し掛けられると、痙攣を起こすのだ。
ちいかわみたいに、ぷるぷる震えている。
田中さんからしたら、最強クラスの近距離パワー型に絡まれて十二分に地獄だろうが、橘さんは運動部でも顔が広いのに、気さくな人だからまだマシだぞ。
三馬鹿の纏め役で苦労人なだけあり、こちらの距離感を加味してくれるからな。
それに比べて、小日向よ。
一昨日のあいつは、辺り構わずウザ絡みするから、西野さんの顔が死んでいた。
小日向の圧に負けて、流行りの可愛い水着を買わされていた。
まあ、西野さんはスク水で海に来る気みたいだったし、それを回避出来たから小日向にしてはいい仕事はしたんだが。
一緒に水着姿を撮影して、インスタに上げさせようとしていたから、阻止せねばならない。
だから、一般人を顔出しさせようとするな。
西野さんの人生にネットタトゥー残すな。
小日向は妙案そうに、顔だけ手で隠せばセーフとか言っていたが、それもう風俗写真なんだよなぁ。
……はぁ。
あのアホと比べたら、橘さんは何百倍も常識人だ。
田中さんが嫌がらない程度に、俺と橘さんで水着選びをする。
橘さんは一着の水着を手に取り、見せる。
「田中さん、ワンピース水着とかどうかな?」
ビキニタイプよりも肌面積が少ない分、水着っぽく見えないから恥ずかしさも少なくなる。
体型カバーの二重構造で、上着の着脱が出来るので肩と胸元が見えにくいのもいい。
「あ、はい。私みたいなデブスには似合うと思います」
「……」
う、うん。
すみません。
全体的に言葉が重いんだよなぁ。
陰キャだから分からなくもないが、卑屈過ぎると話が広げにくいし、ツッコミが出来ない。
俺は、三馬鹿にはいつも口悪く言っているが、付き合いが長く信頼しているから出来る芸当だ。
田中さんは、普通に弄れないのである。
橘さんにアイコンタクトするが、パスされたわ。
まあ、俺がなんとかするしかないか。
「いや、そんなことないですよ」
「気を遣わないでください。風夏ちゃん慣れしている東山くんから見たら、私なんてミジンコみたいなものですから」
可愛い水着も、私よりも風夏ちゃんに着て欲しいはずです。
そう言い出すのであった。
田中さんの言い分は、分からんでもない。
しかしまあ、この場に小日向居ないから。
うん。
……すまないが、橘さんが何とかしてくれないかな?
この手の女性は周りに居ないから、やりづらいわ。
私は可愛い。
故に大義は我にある。
そんな奴ばかりで、高校生特有の承認欲求に付き合わされるのは疲れるが、根が真面目でハッキリしているからな。
基本的に否定されることないし。
「そうだ! 風夏ちゃんなら何て言うの? 東山くん、憑依させてよ」
俺に無茶振りすんなよ。
この人も周りには陽キャしかいないし、卑屈過ぎる反応の対処方法が分からないのは知っているが、それでも俺よりも慣れているだろうに。
仕方ない。
何とか切り抜けよう。
「……小日向ァ! オラに力を分けてくれェッ!!」
「えぇ、声に出さないでぇ」
感極まっていた。
渋谷に居る小日向に意思を送り、届かせるのには、それだけのパワーがいるのだ。
「はあはあ。……今交信したが、田中さんにも可愛い格好をして欲しいってさ」
「いや、メールしろよ……」
橘さんのマジレスが強い。
「東山くんっていつもこうなんですか?」
「え? 東山くん?? 普段はまともだけど、うちのクラスで全員にツッコミ役が出来る時点で普通にやばい人だからね」
これもうわかんねぇや。
普通って何なんだろうね。
真面目に生きてきたつもりだけれど、そうではないらしい。
生きるのって難しいね。
田中さんは、補足してくれる。
「えっと。男の人のことはよく分からないですが、普通の主人公っぽいことをすればいいと思います」
その発言がまず普通じゃないんだよなぁ。
あと、主人公っぽいってなに?
この世界はアニメじゃないんだけど。
すまない、田中さん。
現実的な話をしてほしい。
奇想天外なネタをぶっ混むのはいいが、基本が出来ていないのに奇抜な展開をするのはご法度である。
ラノベの普通をしろよ。
ラブコメならば、可愛いヒロインがたくさん出てきて可愛いことをするだけで幸せなのだ。
普通のラノベを書け。
普通に面白いものが、普通の読者層にヒットするんだよ。
それが分かってない作者が多過ぎるのだ。
更衣室で水着姿に着替えてきて、恥ずかしいとか、水着姿になったらこんなに巨乳だったの?!
とか、普通に定番のネタをしていたらいいのに、全然しないし。
そもそもヒロイン一人もいないし!!
「え? あの。東山くんが、普通普通言い過ぎて、普通のゲシュタルト崩壊していますけど……」
「う~ん。東山くんは普通の人じゃないからねぇ。普通でいると概念が保てなくなるんじゃないかな」
二人の中の俺のイメージってどうなっているんですかね。
俺はどこまでいっても、陰キャの地味なオタクであり、誰かに誇れる魅力的な個性があるわけでもない。
絵を描くしか脳がない高校生だ。
凡人である。
「あ、そういえばフォロワー数十万人おめでとうございます」
「ありがとう」
田中さんは、突如お祝いしてくれる。
何故今思い出したのだ。
「へー、数十万って凄いの?」
「普通に凄いですよ。普通に考えたら難しいですからね」
田中さんが俺のことを素直に褒めてくれるのは嬉しいけれど。
二人も滅茶苦茶、普通普通言っているけどな。
「純粋にオリジナルの絵を描いてツイッターでバズるのは凄いですし、小日向ちゃんかメイド服しか描いていないのに、あれだけ有名になれたのは努力の賜物ですよ」
「へえ。アタシはツイッターあんまりやらないからよく分からないけど、凄いんだね」
何にせよ、褒められるのは嬉しいものだ。

「初志貫徹だな」

「あの……、毎日メイド服を嬉々として上げることを、志の高い武士の生き様の如く誇らしげに語らないでください」
なんだとぉ。
ちゃんと毎日、小日向のイラストも上げているぞ。
「そうじゃないんだよねぇ……」
「私、男の人とあまり話したことないんですが、男の人ってこんな感じなんですか?」
「あれは救えない人だから」
水着の話をしろ。

「うわぁぁぁ。東っちぃ~」
中野ひふみと、夢野ささらが水着を抱えてやってくる。
何で泣いてんの?
こわっ。
「この水着、後ろが紐だから丸見えなんだけど、どうやったら着れるの??」
知るかボケナス。
クラスメートと海に行くって言ってんだろが。
ちゃんと人前で着れるやつを持ってこい。
つか、よく見るとやべえデザインしていやがるし、よくショッピングモールに置いてあったな。
「うわぁーん。モテたいのに、水着の流行りとか、デザインとか種類とか分からないよぉ」
「めちゃモテ委員長になりたいぃぃ。いっぱい彼氏ほしいぃぃ」
意味分かんねえって。
悲し過ぎて精神が幼児退行していた。
おぎゃおぎゃ。
二人の赤ちゃんをあやしつつ、水着を選んであげて、本日のミッションは終了である。


翌日。
朝一のホームルーム前。
「ミナっちに迷惑かけんなよ!」
「田中さん。うちの者がすみませんでした。後で言い聞かせておきますので許してください」
萌花と秋月さんが付き添いで、俺と三馬鹿は教室の中央で正座して謝罪する羽目になる。
このメンバーで集まって遊ぶなど、田中さんに迷惑をかけるのは、言うまでもない。
付き合いが長いせいか。
言わなくても何をやっているのかバレていた。
「うわぁぁん! アタシは絶対関係ないじゃん!!」
橘さんはギャン泣きしていた。
すまない。
橘さんは犠牲になったのだ。
俺達の犠牲の犠牲にな。
「お前は今日一日コーヒー禁止な」
「あばばば」
この世の終わりかよぉ。
説明しよう。
コーヒーからカフェインを摂取出来なくなった東山ハジメは、冷静さを失うのである。
心の平穏を保つには、コーヒー飲んでカフェインを取るのが一番幸せなのだ。
「東山、大丈夫だ。緑茶の方がカフェインは多いぞ」
白鷺は天然だから真面目に答える。
彼女なりの優しさなんだろうけど、違うんだ。
俺はコーキチなだけだから、コーヒー以外は飲まないのだ。
「あ、ピーチティー飲む?」
おめーは、気付いたように今さっきまで飲んでいた飲みかけ渡してくんな。
意味分かってねえじゃん。
喉乾いているわけじゃねえんだよ。
はあ、最後の最後によんいち組の出番をちゃんと作らないでほしい。


橘さんは、秋月さんに問う。
「コーヒー禁止にしても見られてなかったら普通は飲まない?」
「普通はね。でも、東山くん。萌花が言ったらちゃんと守るから」
しおりを挟む

処理中です...